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月は放課後 夢をみる  作者: 金華鯖
1 月はまた昇る
7/10

1ー6 前へすすめ

 店の扉を開けると、コーヒーの良い香りが一気に押し寄せてくる。さらに、店内ではジャズが流れ、気分を落ち着かせてくれる。


 「 いらっしゃい 」


 黒いエプロンを身に付けたおじさん。いや、おじ様といった方が合っているダンディーな風貌。この店のマスターだ。丸いメガネの奥からは優しい眼差しが向けられている。


 「 マスター、いつもの二つ 」

 

 テーブル席には、先客が三人程いた。その間をすり抜けながら注文をする千里(ちさと)先輩。私達は店の奥にあるカウンター席に座る。

 マスターの目の前、このカウンターが昔からの決まった場所。


 「 はいはい、いつものね 」


 そう言って、マスターは奥に消えていった。





 「 それで、なんかあったの? 」


 なにかを見透かしたかのように先輩は聞いてきた。


 「 やっぱり、先輩には叶わないです 」


 「 違う、あんたが分かりやすいんだよ。何かあると、すぐ私をここに誘う 」


 そう言って、水の入ったコップを口元で傾ける。


 「 えぇ、そうですかね? 」


 私は、少し声を出して笑った。そして、昨日あった出来事、それから私の今の気持ちを全て話した。





 「 つまり、一度は逃げたけど、また声優として頑張りたい、だけど後ろめたさがあると 」


 「 それに、昨日の出来事で頭の中がぐちゃぐちゃで。あの二人に顔向けできなくて…… 」


 「 とんだ馬鹿野郎だな 」


 「 ですよね…… 教師失格ですよね 」


 「 はぁ~ そういうことじゃなくて____ 」


 「 はい、お待たせ 」


 熱々の鉄板にのった、いつものハンバーグナポリタンが二人の前に置かれた。


 「 いただきます!! ____つまり、お前は考えすぎなんだよ。そりゃあ、今の生活はそこそこ楽しいから、手放すのがもったいない気持ちも少しはわかる 」


 フォークで綺麗に巻いたナポリタンを一口頬張る。


 「 あつっ… ほっ、ほっあ… でも、やりたいならまたやれば良いじゃん。元声優だって事実なんだから、もっと自分に正直になれよ 」


 「 でも、そんなの…… 」


 「 だーかーらー、そういうのが考えすぎって言ってんの!! あれだ、少しわがままになった方が良い 」


 「 わがまま? 」


 「 そう、わがまま。花の二十代、好きなことしないでどうするのさ。三十路の先輩からの助言だぞ~ 」


 先輩はそう言って、鼻で笑いながハンバーグを口に運ぶ。


 「 そうだよ沙月(さつき)ちゃん。君は、今までいろんな経験をしてきた。その経験の中で、なにが一番楽しかった? 」


 マスターの言葉が胸を締め付ける。


 「 確かに、好きなことだけじゃ生きていけない。大人になればなるほど、現実を突きつけられる。でも、チャンスがあるのに後悔したままは違うと思わない? 辛くても、いつか報われるかもしれない。諦める人生なんてつまらない、なんでもやってみなきゃ。今の私みたいにね!! 」


 そう言って、マスターはメガネをクイッとやった。


 「 諦める人生はつまらない…… 」


 『 『 い い 加 減 前 に 進 め よ !! 』 』


 あいつの言葉が頭の中を通りすぎる。


 本当は、もう一度声優として頑張りたい。

 演技の仕事がしたい。

 声の仕事がしたい。


 やりたい!!


 やりたい!!


 『 『 二 人 で 業 界 を 引 っ 張 ろ う ね !! 』 』


 「 一緒に仕事がしたい…… (ゆめ)の隣で…… 」


 気付くと私の目から涙が溢れていた。二人の言葉に、胸に残っていた滞りが薄れていく。


 「 千里先輩、マスター、ありがとうございます!! 私わがままになります!! 」


 「 それで、良いんだよ。ほら、涙拭いて早く食べな。せっかくの料理が冷める 」


 先輩がハンカチを渡してくれた。その様子を見てマスターは微笑んでいる。


 「 そうですね!! いただきます!! 」


 涙を拭い、マスターお手製のハンバーグナポリタンを頬張る。


 「 ど、どうした。また、そんなに泣いて 」


 「 美味しい…… 」


 あの頃と変わらない味。心に染みる懐かしい味。

 私、先輩、マスター、そして親友の四人。あの頃の思い出が溢れだす。


 「 そりゃー、マスターの料理は美味しいよ!! な、マスター 」


 「 もちろん、昔から腕に()りを掛けて作ってる、自信の料理達だからね 」


 二人のくだけた会話に、私は嬉しくなる。


 二人がいてくれて本当に良かった。

 

 待ってて…… 


 私、もう一度頑張るから!!

 




 『 よかった 』


 『 前に進めたみたいだね 』


 『 頑張ってね、本当の私…… 』





 いま、誰かの声が聞こえたような。






 そして、この日を境に夜な夜な彼女は、一切現れることが無かった。

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