1ー5 視線
「 起立。お願いします 」
授業が始まる前の号令。係りの生徒に続き、他の生徒も続く。
「 はい、それじゃあ前回の続きから____ 」
いつも通り、変わらぬ授業風景。
私の言葉に、生徒が一生懸命耳を傾ける。
まあ、雑談も多くて授業なんて時間内の半分くらいしかやってないけど。
「 先生~ 」
「 ちょっと、待ってね 」
こんな感じで、今日もまた雑談が始まろうとしている。まあ、その割りにこのクラスは国語の成績が良いものだから、ついついおしゃべりになってしまう。
とりあえず、今日やっておきたい最低限の内容を黒板に書き出す。
「 また授業の予定、組み直さなきゃ…… 」
「 先生、心の声が漏れてますよ 」
「 え、本当に!? ごめんなさいね! うふふふふふ! 」
「 うふふふふって~ 先生、わざとでしょ! 」
教室中で笑い声が沸き上がる。私も、生徒達につられて笑みが溢れる。
なんて、楽しいんだろう。授業中は、過去の自分を忘れられる。今は、ここが私の生きる道なんだ。
でも、なんだか視線を感じる。
今の生き方を認めていない自分の視線?
いや、違う。
教室を見渡すと、一人の女子生徒がこっちをじっと見つめる。
( いや、比喩じゃなくて本当の視線かい!! )
思わず自分で自分にツッコミを入れそうになったが、なんとか思い止まる。
見覚えのある黒髪メガネの女の子。下山 理夢だ。
理夢は、視線を反らすことなく、鋭い眼光でこちらを見つめる。
( うぅ、凄いみてる…… ていうか、彼女ここのクラスだったんだ )
昨日の帰りに話すまでは、正直あまり印象が無かった。
絶え間なく向けられる視線に、昨日の事を思い出す。
『『 声 優 に な り た い ん で す !! 』』
理夢のいる方向を見ることができない。
そんなことはお構い無しに、生徒達はどんどん話しかけてくる。
早く、この時間が過ぎてくれないか。そう強く祈りながら、理夢の視線に少しずつ神経をすり減らす。
( やばいよ~ そろそろ限界だよ )
そのとき、待ちに待った鐘が鳴った。本当に限界寸前だった。
「 よし、今日はここまで! ちゃんと予習復習してきてね! 」
「 は~い 」
「 起立!! 」
授業が終わるとお昼の時間。生徒達は、ソワソワしながら挨拶をする。
挨拶が終わると同時に、一気に騒がしくなる教室。食堂や購買に走り出す生徒。
待ちに待ったお昼、私も早く職員室に戻ろう。そう思いながら、出口の方に向かう私を、理夢はまだ見つめていた。
職員室に戻ると、千里先輩が私の机に座っていた。
「 お、沙月。やっと戻ったか 」
「 お待たせしました。 早く行きましょう!! 」
実は今朝、お昼の約束をしていたのだ。
食堂は生徒で混んでいるから、近くにあるカフェに向かう。
学校から歩いて五分のところに古民家がある。看板も目印もない場所にあるそこが、カフェだと知っている人は、ほとんどいない。それに、居心地が良すぎて常連客は一切、他の人に勧めたりしない。ちなみに店名は、『喫茶 杏』と言うらしい。いつも私達は『杏』と呼んでいる。
そして、マスターこだわりのコーヒーやナポリタン、サンドイッチなど、どのメニューも抜群に美味しい。
高校のとき、先輩に連れてきてもらってから通うようになった、三人行きつけのカフェ。
嬉しいこと、不安なこと、悲しいこと、なにかあれば良く訪れていた。
そう、なにかあったら____