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彼女はアイドル

作者: カルロスアキラ

学生たちの制服が衣替えをする頃、アイドルの八木詩織は、河口湖畔の古い趣きのあるホテルで撮影をしていた。

十数名のスタッフに囲まれ、詩織はセクシーポーズをとっている。

ショートカットの髪型に、意志の強さをおもわせる、パッチリした目。透き通るような肌の白さは、人目をひき、十六歳という子供でもない大人でもない、妖しい魅力を漂わせている。

髭面のカメラマンが、一眼レフのカメラで、詩織に近づく。

「はーい。詩織ちゃん。にっこり笑って。にっこり」

詩織は、浮かない表情で微笑んだ。

マネージャーの木村は、それを見逃さなかった。ゲイだけあって、女性の心理を見抜けるのだ。

「ちょっと詩織ちゃん。どうしたの? ファンの子たちが楽しみに、待っている写真集なのよ」

詩織は、ため息をついて、

「すいません。マネージャー。少し休ませて下さい」


詩織は、椅子に腰掛け、窓の外を見ている。一隻のボートが湖を横切るのが見えた。

木村が、缶コーヒーを持って来る。

「安心して。無糖よ」

詩織は、缶コーヒーを手に取る。

「・・・」

木村が、詩織の額に手を当てる。

「詩織ちゃん。具合でも悪いの?」

「・・・」

「黙ってちゃ、わからないわよ」

詩織は、虚ろな表情で立ち上がり、

「・・・毎日、分刻みのスケジュールをこなすのがやっとで・・・。ただ流されていくだけの毎日で・・・」

木村が缶コーヒーを開ける。

「アイドルは、あなたの夢だったんでしょう! ファンの子たちのために頑張るのよ!」

詩織は、目に涙を浮かべ、

「もう。イヤ!」

現場を飛び出し、ホテルから、走り出す。

木村は缶コーヒーを床に落とし、

「詩織ちゃん!」

スタッフたちは右往左往している。

「あんたたち! 役に立たないわね! 早く追いかけなさい!」

木村が怒鳴り声をあげる。


古い礼拝堂の前に、車を止めて、遠藤修二は、建物の写真を撮っていた。売れない建築家で、今年で四十になるが、全然、女性の噂もなかった。無精髭に、古いティシャツ、ヨレヨレのGパンが哀愁を誘う。

そこへ、詩織が駆けてきた。

ちょうど、突風が吹き、詩織のスカートがめくれる。

「ヘンタイ! 今、パンチラ撮ったでしょ!」

遠藤は、詩織の方を向き、

「馬鹿言うな! 由緒ある建物を撮っていたんだ」

詩織は、手でスカートを抑え、

「あなた。カメラ小僧ね」

「失敬な。ぼくはこういうものだ」

遠藤は、ポケットから、名刺を取り出し、詩織に見せる。

《二級建築士 遠藤修二》と書いてある。

詩織は名刺を手に取る。

「二流建築士?」

遠藤は、詩織から、名刺を奪い取り、

「だれが二流だ! 二級だ! 二級!」

詩織は意地悪な笑みを浮かべ、

「二級って一級じゃないの?」

遠藤は下を向いて、

「試験にうからないからだ。理系なのに、数学が苦手で・・・」

詩織は腕を組んで、

「数学・・・算数ね。七七?」

「四十九! 九九ぐらいわかるわ! 馬鹿にするな!」

「アハハッ。怒った。怒った」

遠くから、マネージャーの木村たちの声が聞こえる。

「詩織ちゃーん! どこにいるのー!」

詩織は、遠藤の車の助手席に乗り込む。

「私、追われてるの!」

慌てて遠藤も車に飛び乗る。

「早く発進して!」なな

「わかった!」

フロントガラスに、ウォッシャー液が、飛び出る。

「ちょっとふざけないで!」

「悪かった。今度こそ」

遠藤のシートが倒れる。

「ぷっ! 何、馬鹿やってんのよ!」

遠藤がアクセルを踏む。車は急発進する。

電柱にぶつかりそうになる。

「きゃあっ!」

間一髪で車は、電柱をよける。

「何て運転するのよ!」

遠藤は、若葉マークを指差す。

詩織は、ため息をついて、

「なるほどね。どうせ免許も一回で合格しなかったんでしょう?」

遠藤は、うなづき、

「一年半かかった」

「一年半も・・・。でも、ここまで来れば、追いつけないわね」

車は赤信号で停まる。

「悪い奴から逃げてるんだったら、警察に一緒に行こうか?」

「えーっ! け、警察! そんなおおげさな! そう。私はワケありの家出少女なの。それより、お腹へった。あー、あそこのアイス食べようよ!」

遠藤は、車を駐車場に止める。車体が白い線から、はみ出している。

ウッドハウス風のつくりのアイスクリーム店である。

遠藤が奥の席に座り、詩織が手前の席に座る。

「私、ソフトクリーム! 牛乳たっぷりだって。あなたは?」

「とりあえずコーヒー」

詩織は、メニューを閉じて、

「とりあえずコーヒー? はぁっ?」

「な、何だよ。じゃあ。アメリカン」

詩織はテーブルを叩き、

「芸人だったら、インディアンとか、カナディアンとか言ってぼけるのよ!」

「ぼくは芸人じゃない!」

「えーと、二流建築士だっけ?」

「ちがうわい! 二級建築士!」

ウエイトレスがやってくる。

「ソフトクリームとコーヒーでございます」

詩織は、ソフトクリームを手に取る。

「わーい。お腹へってたんだ」

ウエイトレスが微笑み、

「お似合いのお二人ですね」

遠藤はコーヒーを吹き出す。

詩織は、テーブルの上の遠藤の手に、自分の手を重ね。

「そう。私の大事な彼氏なの」

「な、何言ってんだ!」

「わっ。赤くなった可愛いい」

「ば、馬鹿にするな!」

遠藤がコーヒーを飲みほす。

「ちょっと、お花を摘みに行ってくるわ」

「は?」

「馬鹿ね。トイレのことよ。私、こう見えても、お嬢様なの」

遠藤はポカンと口を開けている。

詩織は、店の奥のトイレへといく。

何気なく、遠藤は、テーブルの上のスポーツ紙に目がいく。

「!」

スポーツ紙の芸能面に、詩織の水着の写真が掲載されている。

詩織が、ハンカチを持って、トイレから戻ってくる。

遠藤は慌ててスポーツ紙をたたむ。

「あなた。好きなアイドルとかいないの?」

「今はいない」

「じゃあ昔は? ひょっとしてキャンディーズ世代?」

「そんな歳いってない。モー娘。世代だ。モーニング娘。」

詩織が着席して、遠藤を見つめる。

「あなた。彼女とかいないの? あっ、いるわけないか。そんな風体じゃ。アハハッ」

「やかましいわ!」

「怒った。怒った」

遠藤が、タバコを取り出し、ライターで火をつけるが、なかなかつかない。

「建築で賞を獲るのが夢なんだ。アイドルや女の子なんかに構ってられるか」

やっと、タバコに火がつく。

詩織が鼻をつまむ。

「私、タバコ嫌い。副流煙ていうのよ。周りの迷惑も考えて」

遠藤は、慌ててタバコの火を消し、吸い殻を灰皿に入れる。

「君には夢とかないの?」

「私は・・・」

詩織が黙り込む。

「早く、みんなの所へ帰った方がいいよ」

「私にだって夢くらいあります! かっこいい彼氏とデートでボートに乗ることよ!」

遠藤は、笑いながら、

「早く見つかるといいね」

「・・・じゃあ。これから河口湖へ行って一緒にボートに乗りましょう」

詩織は、遠藤の手を取り、車まで連れて行く。

二人は車に乗り込む。

しばらく走行すると、カーラジオから、詩織の曲が流れてきた。

「!」

詩織は横目で遠藤を見る。

「この曲、どうおもう? いい曲だとおもわない?」

遠藤は、ラジオを落語のCDに切り替える。

「えー。毎度馬鹿馬鹿しいお話で・・・」

「何すんのよ!」

「やっぱ落語は最高だね」

「もう最低!」


ボートに詩織と遠藤が乗っている。

遠藤がボートを漕いでいるが、なかなか前進しない。

「ヘタクソね。あなた。私が代わるから、どきなさい」

詩織が漕ぎ手になる。たちまちボートは前進する。

「ほら。みなさい」

「スポーツ新聞の記事見たよ。君、アイドルなんだってね・・・」

「・・・」

「ぼくは、まだ夢の途中だ。君は今、夢を叶えている。後悔しないように夢をまっとうしてほしい」

岸から、マネージャーの木村が手を振る。

「おーい! 詩織ちゃーん! 戻ってらっしゃーい!」

詩織は、遠藤の目を見つめる。

「ほら。早くみんなの所へ戻るんだ」

詩織は、軽くうなづいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 青春のような淡い葛藤を抱く夢を叶えたアイドルと、夢を求め彷徨う四十男の邂逅譚、素敵でした。 夢と夢の行き交いが産む切なさを宿すこの作品には、誰もが経験しうる成功への嫉妬や憧れを背後に想起…
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