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19.それぞれの想い

(どうしてこんなことになったのかしら……)


 いくら考えても出るはずのない答え。それでも考えずにはいられないのは、何故だろう。


 皇子は、閉じ込めてからも夏蓮に対して変わらない態度を取り続けている。

 けれど自分一人としか面会させないという異常な執着を見せるから、酷く違和感を覚えた。


 皇子さえいなければ、夏蓮には何もすることがない。気紛らわしに書庫へ行くこともできず、厨房で料理を作ることも、茶会を開いて談笑することも、時間を潰すこともできない。


 行動も食事も、すべて皇子の意のまま。まるで躾けられる獣のような気分だ。


 ぺったりと頬を卓にくっつける。視線は、扉から逸らさない。開け、と強く念じたが、それがピクリとも動くことはなかった。






 ❀ ❀ ❀ ❀ ❀






 自室に閉じこもって、姚佳は泣き続けている。涙が幾筋も頬を滑り落ちて、まぶたが熱を持って腫れぼったい。

 姚佳はひたすら、自分の主人の身を案じていた。彼女に指南を受けて完成させた刺繍の数々を胸に抱いて、一つ一つに付随する思い出を浮かばせては、また涙を溢れさせている。

 こんなぼろぼろな自分を見たら、きっとあの方は驚かれるだろう。そして、優しく接して、どうしたのと聞いてくれる。


「夏蓮様、夏蓮様……っ」


 すべてが、悪夢だったなら良かったのに。寝て、起きて、また皆で笑い合えたなら良かったのに。

 けれど悪夢と思いたいことは現実でしかなく、今も敬愛する主人は外に出ることも許されず、幽閉されている。

 それもすべては、自分が至らなかったせいで。

 思えば思うほど、涙が溢れて止まらなかった。


「また泣いているのですか」


 突然の声に、姚佳は顔を跳ね上げた。

 戸口には、鳳泉がいた。泣き腫らしたとわかる目元を化粧で誤魔化して、そうして背筋を正して立っている。


「鳳泉様……だって、こんなのってあんまりです」


 心無い者の声が耳に届かないことは良しとしても、何も知らされぬまま飜弄される主人が哀れでならない。

 姚佳は嘆くが、そう思うのは鳳泉とて同じである。


「それでも、私たちが騒ぎ立ててこれ以上夏蓮様の身を危険に晒すわけにはいきません。わかっているでしょう」

「っはい……」


 姚佳が歯をくいしばる。

 部屋に閉じ籠り泣き暮れていようと、女の園の内であるここにも噂話は届いているのだ。

 第三皇子の後宮で起きた初の騒動でもある今回の一件は、現在最も注目度が高く、城下まで広まっているという。

 敬愛する主人たちが好奇に晒されることが、姚佳には悔しくて苦しくて仕方がなかった。


「泣くなとは言いません。ですが、私たちには夏蓮様をお守りする義務があります」


 会うことが叶わずとも、動くことはできる。専属女官として、彼女を慕う者として、できることをしなければならない。

 泣き暮れている場合ではないと告げる鳳泉に、姚佳ははっと目を瞠った。


「明日からは仕事に戻りなさい。疎かにすることは許しませんよ」

「ーーはい」


 姚佳が応える。その声には、しっかりとした響きがあった。瞳にも、強さがあった。


「あの、鳳泉様」

「何です?」


 背を向けかけた鳳泉が振り返る。姚佳は問いを投げかけた。


「鳳泉様は、どうして私に声をかけてくださったのですか? 私などおらずとも、鳳泉様なら……」

「なんとかできる、と?」

「はい」


 姚佳が言うように、鳳泉自身、己の能力の高さを自覚している。だからこそ、恐らくは鳳泉一人でも事足りることもわかっていた。

 なのに、それを良しとしないのは何故なのか。


「……簡単なことですよ」

「え?」

「私一人で動いても、意味はありませんから」


 それだけを告げて、今度こそ鳳泉は姚佳の室を後にした。

 再び一人きりとなった自室で、姚佳は言葉の意味を考える。


「一人で動いても、意味はない……」


 譫言のように繰り返して、姚佳は一人頷いた。

 明日からはまた仕事がある。第三皇子唯一の妻女に使える者が怠業などしては、主人の評判に傷がつく。

 決心して、姚佳は立ち上がった。

 すべては、主人を守るためにーー。


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