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06話 来客


 この度、無事に生まれ変わることのできた(元)人間は、男だか女だかわからない人外の身体に転生しましたとさ。めでたしめでたし。


 ボーッと崖下の景色を眺め、黄昏る『僕』は現在、体育座りで絶賛落ち込み中であった。


 死んだ眼は、崖の奥に広がる広大ない『森』にむけられ、だらしなくポカンと空いた唇からはなんだか見えてはいけないものが見えているような気だする。


 どこからともなく流れる風は髪を掬いあげるようにして頬を撫で、草木のざわめきがサワサワと楽器のように音を立てた。

 蒸し暑くもなく、かといって肌寒くもない。

 光合成でもしているのか、酸素濃度が高くて空気がおいしいと感じられるくらいだ。


 無造作に切られた短い髪が耳元をくすぐるが、そんなことを気に留める余裕は『僕』にはなかった。


『まぁまぁ、せっかく新しい人生を送ることだし気を取り直して自分たちの名前でも決めようじゃないか』


 五分近く爆笑しといてそれを言いますかあなた。


『いやー人間のリアクションもなかなか面白いものだな。ついなからかってしまった。……だから、な? いいかげん機嫌なおせ、ほら、いつまで不貞腐れている』


 機嫌を取りなそうと、ウロウロと子犬のようにご機嫌を取ろうと必死の魔王さま。

 自分は立体映像のためか、たまに崖の向こう側まで歩いちゃっているが問題ないらしい。


 傍から見れば、びっくりマジックショーだがあいにくこの立体映像は『僕』にしか見えていないらしく、心配するのも馬鹿らしい。

 

 ちょっと焦っている様子がなんだかおもしろいが、思考を読まれてお仕置きされるのは目に見えているので、お遊びはここまでにしておこう。


 なんたって後が怖いから。


 それでも若干、反省はしていたらしい。

 ホッと胸を撫でおろす魔王さまを見上げ、幾分も小さくなった身体で立ち上がった。

 

 車いすの時と目線はそれほど変わっていないためか、大した違和感がないのは幸いだ。

 それでも身長が縮んでいることにすら気付かずにいた自分の間抜けっぷりに絶望したい。


「それにしても広いジャングルだなぁ。――人が住んでいる気配は全くないし」

『まぁよしんばいたとしても大した文明など期待できるはずもないな』

「血気盛んな野獣の声はそこら中から聞こえてくるんですけどねー」


 そう言って崖から見下ろす魔王さま。

 僕もそれに倣って、のぞき込むように崖下を見下ろす。 


 崖下から広がる景色は圧巻だった。

 

 海のようにどこまでも広がる緑と言えばいいのだろうか。風に揺れて揺蕩うさまはまるで波のようで、よく見れば湖や、ここと同じようながけも存在する。けれどその先に終わりは見えず、見下ろしているはずなのに見上げなくてはならないほど大きな樹木まであった。

 遠目からでしか確認できなかったが、所々ねじれて成長しているのか。地球には存在しなかったであろう種類の植物まである。


「さすが異世界」

『まぁこれはその一端であろうな』


 そう静かに呟き、魔王さまは後ろを振り返る。

 その動きにつられて首をひねると、そこには『森』が続いていた。


 崖下の樹海ほどではないが、それでも

 ほとんどが数メートルから十数メートルの樹木が群生していて、広葉樹でも針葉樹でもない植物が何かを隠すように鬱蒼と生い茂っている。

 

「魔王さま、ここどこらへんかわかります?」

『そんなの私が知るか。転生体の劣化具合からして、私が死んでせいぜい七百年くらいの時代だとは思うが、まさかここまで変化してるとは予想もしていなかった』


 若干嬉しそうに呟き、歩き出す魔王さま。

 『僕』が生まれ出た樹木に触れては、これは珍しいなと呟いて、深紅の瞳を輝かせている。


 元々魔王さまは、自分の死後の世界がどうなっているのか知りたくてこの身体を作った節がある。

 そのため、こういった子供らしい探究心は素直に微笑ましいと思えるのだが、いまはそれ所ではないのだ。


 遭難の二文字が唐突に脳裏によぎった。

 

 それを言葉にせずとも思考を読み取ったのか。魔王さまは、幹にぽっかり穴の開いた樹木から一枚葉っぱを引き抜くと、こちらに目もくれず口を開いた。


『そう心配するな人間。お前がびくびくしたところで状況は変わらんし、動けば動くほどかえって状況は悪化するかもしれん』


 立体映像のくせに、なんで葉っぱをつかめるんだとかそんな突っ込みは置いておいて、魔王さまの言葉は続く。


『そもそもこの周辺に人がいるかどうかすらわからんのだ。いまはここを拠点にして活動していくしかあるまい』

「かなりワイルドな提案ですね」

『そうか? まぁお前のいた世界なら考えられないだろうが、私の世界だったら宿が取れないなどざらにあったぞ。いい機会だから今のうちに慣れておけ』


 さすが異世界。自由だ。


 これが経験豊富な人生の大先輩と、二十年足らずの人生を送った矮小な人間の違いなのか、すごく落ち着いてらっしゃる。

 何でもないように葉っぱを投げ捨てる姿すら、なんだか頼もしく見えてくる。


 あらやだ、なにこの感情。


 ドキドキする胸を抑え、呼吸が少し荒くなる。

 障害者生活で車いすの移動が大半だった生前。こんな野外キャンプとか一度も経験したことがなかった。それが転生したいまこうして夢がかなうとは思ってもみなかった。


 テンションが徐々に上がっていくのを自分でも感じ、訳もなく大きく息を吸い込んだ。


 うん。生きてるって気がする。


『それよりどうだ私が作ったそのマントの着心地は。最高の出来だと自負しているがどんな感じだ?』


 興味の矛先が、葉っぱから自分に向き、驚いて目を丸くする。

 ずいっと顔を近づけてくる魔王さまに気圧され、何歩か後退ると言い淀むように視線を逸らした。

 

 それでも、その気まずさに気付いていないのか魔王さまの声は、先ほどの落ち着きと百八十度変わって、子供のように深紅の瞳を輝かせていた。


「かなり、快適です」

『そうだろうそうだろう!! なんたって私の知り得る技術の粋を使って作ったものなんだからな!!」


 そう言われて、『僕』は自分の身体を包み込む灰色のマントに視線を落とした。

 先ほどまで素っ裸だった身体には、灰色の毛布のような布がまかれている。


 魔王さまがお詫びと称して作ってくれた品物だ。


 広げて使えばそれなりの大きさになるため、こうして身体に巻き付けるように羽織ることで恥ずかしい思いをしなくて済んでいる。

 しかし一枚の布であることにはかわりないので、隙間からスース―舞い込んでくる風が若干心もとないのもまた真実だ。

 まぁ贅沢は言っていられないし、なにより文化的な人間らしい形を取り戻せただけマシだろう。


「いやほんと感心した。まさか、何もない状況からここまで完璧な品物を作り出すとは」

『ふっ、褒めたってなにも出んぞ。だが、そこまで言うのであればもっと褒めたたえるがいい」

「……まぁ、この原材料がわからなかったらもっと喜べたけどさ」


 そう。文句はない。文句はないのだが――。

 その表情を見て、全てを察したような魔王さまの声が横から飛んでくた。


『仕方がないだろう。それしかなかったんだから』

「そうなんだけどさー、もうちょっと草とかなんとかあったと今にしてみればそう思うのですよ」 

『うん不満か? 何か着るものをと泣きついてきたのはお前だろう、人間』

「でもさ。自分の裸を隠すのに自分の髪を使うってのはどうなの?」


 うん、まさかあんな惨状になるとは思いませんでしたよ。


 手が勝手に動いたと思ったら、白い髪を掴んでブチブチと引きちぎりはじめるわ。

 そんでもって引きちぎった髪をどうするのかと思えば『魔力』を用いて繊細にワッシャワッシャと目の前で編みこんでいくとか。


 染色も、白はこの森では目立つとか言って魔力でグレーに染め直してくれるというこの気配り!!

 ささくれもないわ、手触りもいいわでホント便利だな魔力って!?


『今回はお前が泣きついてくるから特別に手助けしたが、今度からは自分でやるのだな』

「……あれを、じぶんで、だと」


 いやいや、編み物とかやってたことあるから言いますけどどんだけ時間かかると思ってるんですか?

 不肖、元人間の僕にはそんな超常的な能力なんてありませんことよ!?


『それとも何か、こんなくだらないことで二つ目の願いを使わせる気か?』

「いやいやそうじゃないけどね? せめて編み方とかその教えてもらえるとなーなんて思ったりしなかったり」

『何のために身体の主導権を渡してると思っている。その程度、自分で考えて見せろ』


 簡単に言ってくれますね。

 まぁ、それでも魔王さまの言う通りこの身体。ただの入れ物だけではないというのはなんとなくわかった。


 改めて気付かされたのだが、地面に身体をこすりつけても傷がないのだ。

 おそらくさっきから走るこの痛みは、別の原因だろう。

 それにどうやらファンタジーっぽく魔力も使えるみたいだ。


 魔力の使い方など(元)人間の『僕』にわかるはずもないが、それでもまた一つ夢が叶うというかもなら何としてでも覚えたい。


「――痛ッ」


 小さく意気込むと、胸のあたりが突然痛んで、思わず顔をしかめた。

 なんだかんだ動くと、痛むこの身体。どういう仕組みなのか動いてもいたくない時と痛いときの二種類あるらしい。

 この原因もどうにかしなくてはいけないなと思いつつ、『僕』は改めてこの世界で生きていく決意を新たにする。


 やはり種族が違えば体の頑強さも違ってくるのだろうとか。

 この身体にはどんな秘密があるのだろうとか。

 とりあえず、この身体のことはおいおい魔王さまに聞くとして、いまはとりあえず無事転生できただけでもよしとするか。


『それが賢明だな人間。なにせ私も初めての試みだし、変に弄って異常が出ては目も当てられん。とりあえずいまは慎重にいきたいというのが本音だな』

「……まぁ、おかげで髪はすっきりしたし、とりあえず最低限度の文化的生活は守られたけど、さ」


 乱雑に引きちぎられた白髪を掻き揚げて、小さく息をつく。

 そう、問題はこのマントより深刻だ。


 『僕』のため息に反応する魔王さま。

 まだ何か文句でもあるのかと睨むその表情は、なんだかいつもよりトゲトゲしている。


『なんだ。まだ何か不満があるのか?』


 改めて声に出されて、威圧される。

 無言の圧力は『僕』に決定権がないことを示しているのか有無言わさぬ視線が怖い。

 そんなことを錯覚するほど、さっさと喋れと言う視線は時間が過ぎるごとに迫力を増していった。


「いや、でもやっぱり無性っていうのは――」


 よく見たら排泄器もないし。

 色々と触ってみてわかったが、この身体。ほとんど人間に近い造りをしているのか一応違和感はない。

 お子様体型だけど。すべすべのつるつるだったけど。


『別に問題なかろう。どうせ使う予定もないのだし』

「そうだけどさぁ。せめて性別くらいははっきりしておきたかっていうか、その、ね?」


 このままではなんだか危ない扉を開きそうで怖いのだ。


『人間というのは変なところで気を遣うんだな。……まぁ、その身体は未完成にとどめてあるからいつでも改良はできるぞ』


 おおっと突然希望が見えてきた。ならこの調子で立派な男の子にクラスチェンジするというのは――。


『断る。それじゃあ面白くないだろうし、なによりいいではないか。さっき手にした変態の称号を掲げるには十分な要素だと思うのだが』


 ばっさり切り捨てられた。そして、まだ引きずりますかこのサディスティック魔王さまは。

 ぷぷっと口元を抑えては必死に笑いをこらえてやがる。

 まったく記憶力というか頭のいい人も大変だ。なんたって持ち前の頭の良さで何度も笑い地獄に陥るのだから、さぁーて首でも括っちゃいますか。


『待て待てわかったもう触れないもう触れないから』

 

 なんでつかめる。そしてなんで体が動かない。


『気にするな。それよりもっと楽しいことをしよう。もう、しばらくは弄らないと誓うから。な?」

「繊細なボッチのハートを弄って遊ぶのはやめてくださいよまったく、憤死しても知りませんからね」

 

 そうだぞ。ボッチとコミュ障は唐突に何をしでかすかわからないんだからな。


『わかったと言っているだろうが。……で、脱線したが名前の件だ。私はお前に名前を贈ろうと思っていた、のだがな――』


 初めて、ここで魔王さまの言葉が途切れた。

 こちらではなく、あらぬ方角へ視線を飛ばして固まっている。

 その表情はどこか真剣で、今までふざけていたのが嘘みたいになにかを『感じ取っている』ようだ。


 何事かと思い魔王さまを見上げると、その姿が突然ブレはじめ、瞬きの瞬間に掻き消えた。

 突然の減少に、『僕』は腰を浮かせかけ、思わず叫んだ。


「ちょッ魔王さま」


 すると、その声に反応するように耳元で囁くような声が聞こえた。


『案ずるな。それより客だぞ人間……後ろだッ』


 聞くが早いか、魔王さまの声に反応して後ろを振り返る。

 視界いっぱいに広がる白と赤。

 大きく広げられた牙と認識する前に、目の前に広がる現状意識がついていかず、身体が一瞬硬直した。


『よけろッ』


 遅れてやってきた魔王さまの叫びと痛み。反射的に飛び退くように身体が反応して、勝手に動いた。

 ガチンと火花を立てる牙は先ほどまでいた空間を正確に噛み千切っていた。


 それは黒い黒い毛皮に覆われた、四足歩行の獣だった。


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