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05話 目覚め

『おい、人間。いつまで寝ているさっさと起きぬか』


 全てが夢だったんじゃないか、そう思えるほど心地よい目覚めのなか聞き覚えのある声が胸に響いた。


 微睡む視界のなかシパシパと瞼をしばたかせ、あたりを見渡す。


 夢のなかで見た景色と同じく真っ黒な空間。けれど何かが自分を包み込んでいる感覚が肌を通してはっきりと伝わってくる。


 ここは夢じゃない。


 そう思った瞬間、自分の意識がやけにはっきりしているのに気付いた。


 ここは――。

 そんなことを考えて、夢のような記憶がたちまちフラッシュバックする。


 転生。契約。友達。


 そうだ自分は一度死んで、そして転生体の身体に入って、魔王さまといっしょに――。


 そこまでは思い出せるのに、契約が完了した後のことはひどくおぼろげだ。

 確か何かを言われたような気がしたが、それが何だったのか覚えていない。


 見覚えのない空間に、動かなけない身体。自分はいったいどうなってしまったんだ。


 そんな疑問が次から次へと浮かび上がらせ、思考の袋小路に迷い込んでいると、


『その話はあとだ、いまはこんな窮屈なところから出るのが先だ』


 魔王さまの声が頭に響き、自身の意識とは裏腹に右手が勝手に動いた。

 何かを無理やり引きちぎるような音。

 それと同時に身体に走る電流のような焼けた痛みが『僕』を蝕んだ。


 思わず顔をしかめるが、それでも魔王さまの声はいつになく余裕のないものだった。


「――いっつ」

『我慢しろ、この程度どうってことないだろう』


 こちらの意識とは別に、勝手に動くこの身体が発する痺れにも似た痛み。

 確かに我慢できないほどの痛みではないが、それでもかなり痛い。


『どうやら長い間放置したせいで木の中に埋まっているみたいでな。いま掘り起こしている最中だ』

「木のなか? 掘り起こす?」

『ああ、かなりの年月が経っているらしくてな。まぁ樹木の生長に巻き込まれたらしい』


 それで身体が無事なのだから驚きだ。それにしてもそうか、ここは木のなかか。

 普通は転生体の保管するなら培養液に浸すなり、棺の中に封印したりとそんなイメージがあったが、まさか木のなかに埋まっているとは。


 なんだか、竹取物語の御姫様や、桃から生まれた男の子の気持ちがわかった気がする。

 ぶっちゃけかなり窮屈だ。

 それでも勝手に動く身体は、自分の意志に反して自由に動く。

 おそらく幹を掴み、えぐり、文字通り掘り起こしているのだろう。


 耳元ではいまだに何かを破壊するような乾いた音が響き渡る。


 その動きは身体に僅かな隙居間ができてからだんだん激しくなり、抜き手の要領で伸ばした指先から僅かに光が漏れ出てきた。


『よし、外だ。このまま飛び込むぞ』

「ちょっと待ッ――!?」


 思わず顔をしかめて、手をかざそうとするが身体は思うように動かない。

 逆に、動かそうと思えば思うほど身体は言うことを聞かず、痛みだけが身体を舐めるようにしびれていった。


『いいから行くぞ』


 言うが早いか、制御できない身体は『ぼく』の意思とは関係なく動き、屈伸の要領で隙間から伸びあがるようにして『外』に向かって飛び出した。


 木の節や、木片があたりいっぱいに散らばり、束縛していた『何か』から解放されるような快感が身体を襲う。

 生まれたという感慨深い感情はない。


 ただ眩む視界と、目の前に迫る地面との激突に産声を上げるしかできなかった。


「だあぁぁぁあああああああッ」

 

 みっともない叫び声をあげて顔面から着地。次に襲う僅かな衝撃。

 首、背中、続いて臀部。

 前転の要領で転がっていく身体は止まることなく、視界は緑と茶色でぐちゃぐちゃに歪んでいった。


 痛みはない。それでも平らな地面ではなかったのか、一度低くワンバウンドして硬い地面に横転し、うめき声をあげた。


 明らかに外傷ではない痛みが身体の奥から焼けるように蝕んでいく。

 蛇が身体を這いずるように胸の中心から末端まで焼けるような痛みが走り、もがけばもがくほど痛みは伝播していく。


「~~~ッ!? ……いったい、これは?」


 顔をしかめてひたすら痛みが過ぎていくのを待っていると、不意に魔王さまの声が響いてきた。


『なるほど、これが同調外傷という奴か。一応、気を付けていたつもりだったんだがな』


 慌てて目を開けて、あたりを見渡す。ジンと焼き付く痛みに顔を歪めるが、そんなことはどうでもいい。

 そう言えば魔王さまの姿が見えない。


 魔王さま。魔王さまは!?


『そう慌てるな人間。母を亡くした子でもあるまいに――私はここだよ』


 すぐ真上で魔王さまの声が聞こえ、まばゆい光に目が眩んできつく目を細める。

 徐々に視界が晴れていき、輪郭がしっかりと像を結んだとき、そこには見覚えのある女性が立っていた。


 この世全ての、色を洗い流したような純白とでもいえる存在といえばいいか。

 

 長く白い髪に、どんな宝石にも勝る深紅に染まった二つの瞳。

 飾り気の少ないドレスは、その女性の身体つきをはっきりと意識させるように揺れていた。


 その姿はまさしく、あの黒い空間で出会った魔王さまそのものだ。


 軽く引き結ばれた唇はどこまでも気高く、柔らかい表情を浮かべている。


「――ッ、魔王さま!!」


 今度こそ考えるよりも先に身体が動いていた。

 反射的に飛びつき魔王さまに向かって手を伸ばす。

 魔王さまも受け入れるように両腕を広げ柔らかく微笑むと、――身体に触れるはずの右手が空を切った。


 避けられたのではない、『すり抜けた』のだ。


 そう理解したころには、僕の身体は再び地面に転がり、土煙をもうもうと立ち上げていた。


「は?、 え、ちょッ――」

『私に会えたのがそんなに嬉しいのか、うん? その反応はわかっていてもいささか嬉しいものだな』


 訳も分からず困惑していると、腹を抱えてケラケラとからかうような笑い声が飛んでくる。

 その表情はまるでペットをからかうご主人様といった所か。


 痛みも忘れて起き上がり、魔王さまを凝視する。

 そして、気付いた。


「……立体、映像?」

『おお気付いたか、花丸をくれてやろう。……そう、私は今この世界に存在しない。いまはお前の視神経を弄って幻覚を見せているにすぎないのだ』


 確かによくよく見てみれば、魔王さまの身体が僅かに透けて見える。本当に注視しなければ見えないくらいい僅かだが、それでも何故だかはっきりと確信できた。


『どれ、立ってみろ。……うん、身体の方は問題なさそうだな』

「身体って、この身体のこと?」

『そうだ、何か異常はあるか? どこかおかしいとか』


 ジロジロと観察されるように、僕の周囲を歩く魔王さま。

 どこか難しそうな顔をしては頷き、そのまま観察を続けている。


 何をどう観察しているのかわからない『僕』にとっては、生前の物珍しいものを見る目線と種類が異なるためなんだか少し恥ずかしい。

 手を上げたり、跳んでみたりと身体を動かすよう指示されるが、主観的には問題ないような気がする。


 気になることがあるとすれば――。


「手とか身体が勝手に動いたくらいで、とくには――」

『そうか。問題ないならいいが、ここら辺には水場もないしなー、……仕方ない』


 なんだか勝手に自己完結され、頭に疑問を浮かべている『僕』をよそに、魔王さまは立体映像にも関わらず指を鳴らした。

 とたん、先ほどまでクリアだった視界が突然かすんでは徐々に輪郭を取り戻していく。

 まるで突如貧血に襲われたような感覚に驚いて、声を上げると、次は別の意味で声を上げた。


「うおッ!?」


 そこには一人の『子供』が立っていた。


 まるで魔王さまが子供まで縮んだような姿。

 その顔に表情はなく虚ろで、まるで人形を見ているような姿だが、それでも一目見て綺麗だと見とれてしまった。


『こういった使い方はあまりしたことがないのだが、まぁ問題ないだろう。――さて人間。これを見てどう思う』

「どう思うって言われても」


 美しい。とても美しいのだが、これは明らかに人ではない。


 真っ白な髪は魔王さまに似て、絹のように滑らかで地面に接地するほど長く、どこか儚げ印象を与える。


 深紅に染まる双眸は、魔王さまに似て眩い輝きを放っているが、そこに知的な光は見られない。

 身体も普通の人間より若干色素が薄く見える気もするが、それでも健康的な色合いをしており、肌も子供らしい張りがあるように感じられる。


 一見してみれば魔王さまの子供のように見えなくもない。

 ただ幾つか、別のものが色濃く混ざっているようにも感じるのは確かだ。


 はっきりと魔王さまと違う点があるとするなら、左頬についている『もの』と所々に脱色しきれていない黒い髪が混じっていることくらいだろうか。

 それでも放つオーラはどこか神秘的であり、おそらく絶世の美女にも美男子にもなれる整った顔立ちだ。


 はた目から見れば確かに人の子だ。


 だがそれは、左頬についた黒い瞳の第三の目がなければの話であり、それゆえ『僕』の脳裏には人外の二文字が浮かんでいた。


 それでも子供を表現するのならどのような言葉を尽くしても言葉は足りず、『僕』にはただ美しいという言葉で片づけるしかないできない。


『まぁ、妥当な印象だな。不気味だと感じなかっただけまだマシか』

「この立体映像を見せて僕にどうしろと。とりあえず探せとかそういう系のミッション? この子を見つけろ的な」

『――うん? 察しが悪いな。そうだな。ちょっと視線を下に向けてみればわかるかもしれんぞ』


 一瞬眉を顰める魔王さまだったが、すぐに何かに気付いたらしくニヤニヤと嫌な種類の笑みを浮かべる。


 何事かと首をかしげていると、魔王さまがちょんちょんと自分の胸元に指をさすものだから、なんとなく嫌な予感がしながらもゆっくりと視線を下におろした。


 そしておそらくこの世に生まれて初めて、声にならない悲鳴を上げた。


「全裸ッて、ええ!!? ちょ、まさかこの身体」

『察してくれて助かるよ。いい加減気づいてくれないから感覚器官のどこかが壊れてるんじゃないかと思って冷や冷やしたぞ』


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる魔王さま。

 しかし、そんなことを気にしていられる状況じゃなかった。


 ないのだ。ナニガとは言えないが、とにかくないのだ。

 身体を触った限りこれ無性じゃね? みたいなつるつるした感触だし、少年っぽく見えたのも少女っぽく見えたのもこういうことかというかとりあえず服!? 服をください!!


 思わず目の前の立体映像と自分の身体を見比べて、身体を確認する。


 とたん、遅れて恥ずかしさがやってきて、思わず大事なところだけを隠して座り込んだ。


 ニタニタと『僕』の反応を愉しむように見つめる魔王さまが今はただただ恨めしい。

 というか素っ裸で転生する予定だったのなら、せめて布の一枚でも準備してほしかった。


『私は別に気にしないがなぁ。ま、強く生きろ人間』


 綺麗にサムズアップされても、というかここは捨てちゃいけない常識です。


 それにしても。うわ、自分自身が裸だと気付いた人類初のアダムとエバさんの気持ちがめっちゃ分かった。

 くっそ恥ずかしい。こんな格好で今まで平気でいたとかマジで変態じゃん。

 生まれて初めて、獲得した称号が変態とかマジありえねぇ。


 とりあえず言えることは――。


「もういっそ殺せぇぇぇぇええッ!!」 


 生まれたばかりの大絶叫は、森の中に木霊し、遅れて魔王さまの爆笑する声が響き渡った。


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