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20話 合流戦線

 という訳にもいかず、しばらく待機しているとトールがシオンを連れて戻ってきた。

 やや疲れた様子を見せる彼女に傷はない。ほとんど変わらない姿のシオン=ティタノエルがそこにいた。月のような髪を軽く見出し小さく息をつく。

 あとから秘密の通路を潜り抜けるジェイの同僚も、一人だけ肩を担がれているが目立った外傷は見られなかった。

 出発前とさほど変わらない様子のシオンはノアの顔を見るなり、ホッと小さく息を吐き出して手を振って笑顔を向けてきた。


「久しぶり、ノア君。一日ぶりかな? 無事で本当によかった」


「そっちこそ、怪我がないようで何よりだよ」


 差し出された右手を確認するように握ると、そこには確かに実体があった。

 嘘じゃない。温かい。

 随分久しぶりの感触だと、そう思った。


「よく、秘密の抜け道がわかったね。こっちでも見つけるのに結構神経使ったんでけど」


「わたしにはこの眼があるからね。どんな幻術や仕掛けがあってもわたしはにはまるっとお見通しなの。――ノア君たちはどうやってここまで?」


「あー、ちからわざ?」


「……?」


 たまらず首をかしげるのも無理はない。

 まさか地下の岩盤を崩した上に、力技で秘密の隠し通路を開いたなどそんな無茶苦茶なこと言えるわけがない。

 それでも報告しないわけにもいかず、言い淀むようにあちらこちらに視線を飛ばしていると、後ろの方から陽気な声が聞こえてきた。

 ドカッ!! と背中を打ち下ろすように大きな手のひらがノアの背中に吸い込まれ、咳き込むようにして後ろを見上げる。


「よう、久しぶりだなシオンの嬢ちゃん」


「あっ、センバスさん。それにファッジさんも。お久しぶりです。会場でお見掛けしてたんですけど、まさかノア君と一緒だなんて」


「おう。俺らもまさか嬢ちゃんたちと仕事が被ってるとは思わなかったぜ。なっ?」


「そうですね。まさかこんなところでシオンさんに会えるとは思いませんでした」


 片手をあげて親しそうに挨拶するセンバスに、シオンは弾かれるように顔を上げると、彼女らしい柔らかい微笑みを浮かべて軽く二人に頭を下げた。

 やはりクロ―ディアを通しての知り合いではあるらしい。

 センバスの口ぶりからしてもしかしてと思っていたがどうやら当たりのようだ。


 ファッジが不安そうな色を湛えて、後ろを振り返るとシオンの眉がハの字に


「それで、そっちの三人は……」


「あっ、あの人たちはラフィエルの従業員さんで、わたし達が一時的に護衛の役を任されているんです」


「ああなるほど、あいつの私兵か……」


 センバスの目尻が鋭くなり、背後で一塊になって守られているジェイを睨みつける。

 どうやら、トールの報告通りどこか負傷しているらしく動きがぎこちないが、彼らと合流したジェイの表情は明らかに血色がいい。


 その隣では現在、ローナンがトールに支えられてドギマギしている。

 わかる。わかりますローナンさん。

 身長なんかも丁度、女の子と見間違うほど少年にしては低いし、気づかなければ迷うことなき完璧な肩だしゴスロリメイドさんなのだ。

 薄い胸板からわずかに覗く魅惑の空間は神秘かもしれない。

 いい匂いがするかもしれない。華奢でオドオドしてて今にも守ってあげたくなってしまうような庇護欲に駆られるかもしれない。


 だが、そいつは立派な男だ!!

 どうか、どうか傷つく前に戻ってきてほしい。そんなデレデレしないでほしい。


 そして丁寧に看病されるなんて羨ま……ゴホン。別にちっとも羨ましくなんかないんだからね!!


『人間、お前……』


「(テンプレです魔王さま!! そのガチトーン傷つくからやめて!?)」


 そんな茶番劇を乗り越え、総勢十名の探索者たちは奥に進むことに決めた。

 余裕のある者が前衛に。負傷者を守るように陣が敷かれる。

 このまま、黙ってバラバラに動くメリットはないし、固まって動いた方が役割分担も容易い。幸いにも、ノアやシオンはほとんど無傷と言ってもいいくらい元気だったので何が起きてもいいように進んで先頭に立ち、みんなを引っ張っていった。


 奥に進めば進むほど、よくわからない重圧が胸にのしかかっていくのがわかる。

 まるで、こちらをじっと見ているようなプレッシャー。かといって複雑に絡み合った感情がノアを襲う訳でもなく、空気中に漂っているようにも思えた。


『おそらく残留思念のようなものだろう。なんだこの感情の渦は、期待、不安、後悔、それに……絶望?』


「(そんなものまでわかるんですか)」


『おおよそだがな。とにかく油断はするな。なんだか妙な感覚がするのは確かだ』


 その異変をシオンも感じ取っているのだろう。

 妙に視線を泳がせては、ノアを見ては視線を戻すといった落ち着かない行為を何度も繰り返している。

 その行為が何を意味しているのか思い悩み、やがて会話の糸口を探しているのだと察して、小さく手のひらを打った。


 とはいってもコミュ障のノアに気軽な話題提供などできるはずもなく、何か会話がないかと思い悩んでいるととある疑問が頭を過ぎり、質問は自然と口から放たれていた。


「なんだか怪我してるってトールから聞いたけど何かあったの?」


「えっ!? ――あ、ああっ、そうね。実は妨害工作があって」


「そんなに驚かなくても、それにしても妨害? 罠でもあった?」


 そんな風に問いかけると、言いにくそうに言い淀むシオン。何やら困ったように眉根を寄せて口を開いたり閉じたりしている。

 すると、横から並ぶようにして周囲を警戒していたセンバスが小さく肩をすくめてハッキリと答えを口にした。


「要は、足の引っ張り合いだよ坊主。大人げねぇがまぁ探索優先権ともなりゃそれこそ争奪戦だ。たいていが一企業五人一組で固まってるからな。うちみたいに企業混合でチームを組むところなんて滅多にねぇ」


「というとやっぱり、殺し合いとかに発展するんでしょうか?」


「殺し合い、は言い過ぎかもしれねぇが、それでも一度奈落に入っちまえば地上の法律なんて関係ねぇのは確かだ。やるかやられるか。そういう意味ではあのジェイがウチの馬鹿を襲った罪は正当化されるって訳だ。忌々しいことにな」


 苦虫をかみ砕くような声色に、背筋がぞくっと冷たくなるのがわかった。

 それでは探索の最中、味方に背中を預けることができなくなるではないか。どんな時も誰かに命を狙われる可能性がある。信頼関係なんてそこにはない。誰かを殺しても罪に問われないのなら必ず暴走するような輩が現れる。

 その時、頭の片隅で奈落の奥底でシオンを平気で殺そうとする二人組を思い出して何も言えなくなった。


「……はぁ、だからノア君にはまだ言いたくなかったの。……疑心暗鬼に陥って欲しくなかったからね。まぁ彼らのけがは襲ってきた探索者を撃退した時に慌てて転んで捻っただけなんけど。……一応ね」


「あのメイドの嬢ちゃんに偵察に行かせたわけか」


「ああ、それでシオンらしくないオーダーが出てたのがわかった」


「えっ!? まさか聞いちゃったの!?」


 ワタワタワターーッ!!?! とわかりやすく身体を動かして弁明に入ろうとするシオン。

 だがその舌は急な動揺により、うまく回らず声にならない声を上げている。


 ……これは。


 面白そうにセンバスと顔を見合わせると、お互い唇の端が繰り上がるのがわかる。

 どうやら、同じことを考えているらしい。

 お互い大きく頷きあうと、あからさまに目を白黒させるシオンを見て、


「俺は、頭潰されかけた」


「危うく落とされかけました」


 と順に手を挙げていくと、紅潮していた顔がみるみる青くなっていった。


 「そ、そのごめんなさい!! まさかノア君みたいなズブの素人がこんな深くまで下りてるとは思いもしなくてつい、その……」


 ……なんでしょう、そのためらいがちというか遠慮がちな顔は。


「あ、違うのよっ!? そうじゃなくって、たまたま偶然にたどり着いたとしても、そのーむしろ探索に手間取ってもう少し後ろのほうかと――」


「あれ? という事は僕の行動はたいして期待されてなかった? うそ。あんなに笑顔で送り出してくれたのに?」


「そんなことないわ!! でも、その。その……ね?」


 なんだろ、投擲するナイフがズンズン胸に刺さってくるこの感じ。

 動揺が目に見えてわかる分、言葉の真実味に切れ味が増しているような。

 しかも最後はあいまいに微笑まれてしまう始末。そうか、そんなに期待されてなかったのか、僕。


「あ、でも。ちゃんとお姉ちゃんにはちゃんと頑張ってたってわたしフォローするから」


 フンスっと鼻息を荒くされても全然フォローになってませんシオンさん。むしろ傷口に塩塗ってるレベルです。

 うわ、なんだこの気持ち。これはあれだ。浮つくような言葉を投げかけられて、いざ失敗したら、たいして期待されてなかった一蹴された研修時代を思い出す。

 がっつりトラウマをえぐられ、わかりやすく絶賛落ち込み中になっていると、ノアの首に逞しい二の腕が巻きつけられた。

 見上げれば、わずかに忍び笑いを浮かべているセンバスの右手が、乱暴にノアの頭を叩く。


「いいや。しかし嬢ちゃん。この坊主は意外にやりてだったぜ。すこーしおっちょこちょいな所もあったが、それでも俺たちゃ何度も命を救われた」


「そうですね。ちゃんと護衛の任務は果たせていると思いますよ。ただ、今回は護衛対象が悪かっただけで……」


「ん? 何かあったの?」


 キョトンとした表情でこちらを見てくる。清らかな視線が爛々と輝いているあたり、すごく言いにくい。

 だがここまで来たら話さないわけにはいかない。

 センバスや、ファッジの介添えもあって、今まで起こった探索道中をわかりやすくシオンに説明していく。

 まっすぐ歩きながらも、相槌を打ち、時折楽しそうにハラハラするシオンを見てなんだか胸が熱くなった。


 恥ずかしいではない。ならこの気持ちはいったい――


「へー、そんなことがあったんだ。じゃあ、ここが正式なルートで間違いないのね」


「おそらくだがな。まぁ神の印があったんだほとんど間違いねぇ」


「シオン達はどうやってここが本当のルートだと確信できたの?」


「さっきも言ったでしょうけど、わたしにはこの眼があるの。全てを見通せるこの眼がね。正規ルートにつなってる確証はなかったけど、隠し通路って大抵は非常用の脱出ルートだったりするでしょう? 一つ一つ探していけば見つかるかなーと思って」


「なるほど」


 シオンの眼の秘密などよくはまだ本人から詳しく聞いていないからわからない。それでも誇らしげに語るあたり相当すごい能力らしい。

 ノアの感覚器官と同じ原理なのだろうか。隠された通路をすべて暴くとなると、もしかしたらノアの身体以上に感覚の精度がいいのかもしれない。

 館にいる子供たちと触れ合ってよくわかる。みんな普通の人間の身体能力以上の力を持っているのだ。

聴力が並外れてよかったり、脚力や、腕力、視力なんかも並外れていたりするのだろう。


 そう考えると、周りの人間が少しだけ『彼ら』を恐れる理由もわかるし、『彼ら』が自分の特徴に劣等感を抱いてしまうのもわかるような気がする。


「ねぇノア君? ノア君はわたし達が来なかったらどうするつもりだったの?」


「え?」


 物思いにふけって、つい話を聞きそびれてしまった。

 顔を上げると、難しそうにこちらに顔を近づけてくるシオンが視界いっぱいに見える。その息づかいが鼻にかかるほど接近されて、思わず心臓が大きく一つ鳴った。


「え、いや、えっとですね。その、絶賛穴掘りでもしようかと」


「ノーアーくーん?」


 あたふたと手を動かして言い訳してみるが余計に、疑念を募らせてしまった。

 やはり彼女らに隠し事は無理らしい。

 大人しく手を挙げて小さく謝罪すると、堪えたように笑うシオンがついに大きく噴き出した。


「ふふ、冗談。まぁどんな結果でも生きていれば儲けものの世界なんですもの、むしろあざの一つや二つで済んで本当によかったわ。最悪なのは護衛対象を守り切れないことだから」


「まぁそう言うことだな坊主。真面目なのは結構だが肩ひじ張りすぎるのも考えものだぜ?」


 心配してもらえるというのは本当にありがたいものだ。

 ポンポンとそのまま頭を叩かれ、ノアの口から自然と声が漏れた。

 そして、


「止まって」


 シオンが静かに言い切り、全体が唐突に止まった。

 何事かと、こちらを見守るセンバスを無視して、ノアは素早くシオンの方を見た。彼女も彼女で気付いているらしい。おそらく劣等種としての勘がそうさせるのだろう。

 腰につるしたホルスターを指ではじくと、二丁の拳銃をゆっくりと持ち上げた。


「ノア君気づいてる?」


「はい、ざっと数えて二十はくだらない」


 暗がりがまるで正体を隠すようにベールに包まれている。磁気のせいかそれとも奈落がそうさせているのか、暗がりの奥はノアの眼をもってしても見通せない。

 それでも結構近くに『奴ら』がいることだけはわかった。


 ロングソードを鞘から抜き放ち、静かにそして無意識に中段の構えを取る。

 トールもファッジにローナンを預けて、前線に加わった。三つの視線が絡み合い、ゆっくりと頷きあう。


「センバスさん。ここはわたし達、アルセクタが担当します。防衛の陣を敷いてジェイさんたちを守ってもらえますか?」


「それは構わねが、三人で大丈夫なのかよ」


「ええ、あれくらいの敵でしたら僕らで軽く殲滅できます」


「……わかった。負傷者の護衛は俺たちに任せろ」


 走っている二人を見送り、ノアはゆっくりと前方に向き直る。


 ここは確かにノアたち劣等種のような存在がはるかに生きる場面だ。

 奈落の恩恵を得られない彼らでは足手まといになる可能性が高い。

 それを承知で、センバスも何も言わずに後ろに下がってくれたのだろう。


「僕があの気配の大きい親玉を叩く。二人にはその小物の撃退を頼みたい」


「いいえ、あなたは周囲の雑魚をお願い。わたしとトールで親玉を叩くから」


「でも――」


 首をゆっくり横に振り、一歩踏み出した身体をやんわり引き留める。

 堪らずトールを見上げると、その小さな唇を柔らかく持ち上げてゆっくりと頷いた。


「少しはいいところを見せて頂戴。おねぇちゃんから禁止されてたけど、あくまでこれは護衛なんだもの。少しは先輩はできるってところを見せておかなくちゃ、――ね?」


「そうですね。頼りがいのあるところを見せないと、ですね。ぼくだって男の子となんですから。それに、ぼくも妹君さまと同じように、もう少し頼ってもらえると嬉しいかな」


 シオンの自嘲気味な声とは裏腹に、彼女の自信ありげな笑みと可愛らしいウィンクに呆気にとられる。

 そしてノアは堪らず小さく噴き出すと、大きく頷いて剣の柄をゆっくりと握り直した。


「それじゃあ、お任せします。かっこいいところを見せてください」


 そう言って三人は合図も決めず一斉に走り出した。


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