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18話 神のきまぐれ

 とりあえず言えることは蛇肉おいしかった、である。


 ステータスとか、未開の入口とかもどうでもいい。とにかく肉、肉がものすごくジューシーでした。


 いや、最期まで言い訳をさせてもらおう。

 そりゃ、仲間割れもあったし、危うく大切な人の命が危険に晒されたのだ。不謹慎と言われればあまりにも不謹慎。

 だが少し考えてみよう。

 なにせ今まで不安のドン詰まりだ。救援もなく帰れる保証もない。そんな絶望的な状況であんな豪華絢爛な食事を出されたらそりゃかぶりつくしかないでしょう!! 


 ナイフを入れるたびに緑と赤が混じったネトネトの血液が噴き出すお肉をわざわざ煮込むのか理解できないと思ってましたが、訂正します。

 コックさん並みに腕を振るうファッジさん!!

 塩コショウのみならず、そこら辺に映えている野草を駆使して作る料理はまさに思考の一品。


 ちなみにグルメの魔王さま曰く。


『大変美味である』


 とのことでした。


 そんな己の欲深さに呆れつつ、なんだかんだでお腹いっぱいになった探索者ご一行は、六時間の休憩と共に探索を再開していた。


 交代で見張りを後退しては何時間か休む。実質五時間くらいしか寝れなかったが、それでも不眠不休の探索よりかは遥かにマシだった。

 負傷したローナンも歩ける程度には回復したらしく、傷口もほとんどふさがっていた。さすがポーションもどきである。ファッジもさすがにこの回復には驚いたようで目を丸くしていた。

 それでもさすがに目の前の絶壁を上る体力は回復しておらず、決死の崖登りはノアの背中に負ぶさることで事なきを得た。


「よし、いいぞ!! コイツにつかまれ」


「はい」


 差し出されるセンバスの右手を取り、ゆっくりと崖を這いあがる。

 背中から苦悶の息づかいが聞こえてくるが、身体を縛るように固定していたマントを解いて小さく息をつく。


 合計四往復はさすがに疲れた。


 幸いにも向こう岸に創生獣らしき化け物がいないのは幸いだった。

 ここでもう一度戦闘という気分に離れなかった。


「ごめんよノア君。君の大切なマントを包帯替わりなんかに使っちゃって」


「そんなの構いませんよ、ローナンさんの命のほうが大切なんですから。それに、代わりにこのロングソードを貸してもらってるんです。おあいこです」


 腰にぶら下げたロングソードを掲げて見せる。

 ノアの身体にはあまりに大きすぎるため、横一文字のような形で肩から吊るしかないのだが負傷者のローナンの負担を減らせればなんてことはない。

 それに力任せに拳を振るうより、剣を振り回したほうが周囲に与える被害も少ないように思えた。


「よし、全員上り切ったな。……おい、ジェイさん。あんたも離れてねぇでもっと固まれ、ここからはどんな化け物が出てくるか分かんねぇんだぞ」


 周囲を見渡し、一人はずれで孤立しているジェイを呼び戻す。

 奈落の大地で武器を取り上げるのは死刑を意味する。

 さすがにセンバスもそんな鬼畜じみたことはできないのか、武器だけは没収されなかった。それでも、未だに精神は不安定らしく俯いた表情を上げることはなかった。


「んじゃ、まぁ。坊主が入口の反応を見つけた。目的地は近いさっさと行って終いにしようぜ」


「やっぱ正規のルートを通らなきゃダメなんですか? 下をもっとじっくり探すっていう手も――」


「逆に聞くが、そんな悠長な時間を食ってお前を殺す方が問題だ、ローナン。傷は治りかかっているがこの衛生状況だ、ないとは思うが二次感染だって考えられる。多少時間はかかっても確実性のあるルートを通っていった方がタイムロスも少ないだろう」


「そんなもんなんすかねぇ」


 傷口の腹部をマント越しにさすり頬を掻くローナンの肩に、重い手のひらがズンと置かれた


「まぁ君はいい意味で足手まといだからね。とりあえずそこの人でなしと固まってノア君に守られておくといい。――ということで申し訳ないが頼むよノア君」


 未だにジェイのことを許していないのか、ファッジの言葉は辛辣だ。まぁそれに値する行為を犯したので、ノアからもこれ以上言うことはない。ローナン本人が気にするないうのなら気にしないべきなのだろう。

 武器を構えて先頭をセンバスが、最後尾にファッジが就き。挟まれるようにノア、ジェイ、ローナンの順で進んでいく。


 見上げれば洞窟の壁や天井は完全に広い聖堂と化しており、白くいて細かく装飾された柱や壁はその聖堂のなかの神聖さを表しているのか、光がこぼれるように天井から柔らかい光が降り注ぎ奥ゆきがはっきりと見えた。

 この神秘の光景に誰もが言葉を失い、ただ目の前に広がる太古の芸術を目で楽しんでいた時、ノアのなかでふっとした不安がよぎり、静かにセンバスの横に駆け寄った。


「センバスさん。やっぱり地下の入口は近いんですか?」


「坊主の指輪に反応があったんだろ? おめぇさんが見たって特徴は間違いなくステータス表示だ。つーことはあの場所の真下に入り口があるってことに他ならねぇ」


「罠とかありますかね?」


 あまりに美しすぎて忘れていたが、ここは奈落だ。いつ命を落とすかわからない神秘の世界でもある。

 もしかしたらこれが探索者を油断させる罠という可能性も十分にあり得る。


 しかしすっかり警戒心を解いていたセンバスは、ノアの言葉に小さく噴き出すと次第にその笑い声は大きなものになっていった。

 目尻からあふれた涙を太い指先で拭い、反響する豪快な声はセンバスの中でゆっくりと押し殺され、そしてひとしきりに笑い終えたあと静かに息をついた。。


「ここまで豪華絢爛の装飾を施しておいてぜんぶ罠か。だとしたら、太古の人間は相当暇だったと見えるな。……まぁそう疑心暗鬼に駆られる必要はねぇここは間違いなく正規のルートだ」


「一応根拠を聞いてもいいですか?」


「一つはさっきも言ったが、ブラフにしては装飾が細かすぎること。もう一つは――」


 その指先が、百メートル先にある大きな扉の紋章に向けられていた。


「あれは――」


「正真正銘の、神の紋章だな。こいつを偽るとしたら、太古の奴らは全員、恐れ知らずだったと言えるな」


 あれは確か、教会の人間が首に下げていた紋章に似ている。

 二重の円のなかに小さな核のようなものが浮いている。それは今だに動いているのか、宙に浮くように回転する二重の円を中心に、紅い核が『神の瞳』であるかのようにノアたちを見下ろしていた。


「そうビビることはねぇよ。何も悪いことはしてねぇし、なにより神さんが俺ら人間のために用意した奈落だ。文句もあるめぇ」


 そう言って、勢いよく背中を叩かれ、腰に付けていたロングソードがカチャリと鳴った。

 ノアとしても、別に震えるつもりはなかったが、それでもあの深紅の核を見た瞬間、身体の内側が締め付けられるように痛んだ。

 魔王さまも睨みつけるように『神の象徴』とやらを黙って見つめ、明らかに警戒しているとばかりに、身体の内側から殺気がこぼれてきた。


「(どうしたんですか魔王さま。魔王さまらしくない殺気を放って……)」


『いや、なに。なぜかあの印が気に入らなくてな。――ああ、クソ。なぜこんなに苛立つのか思い出せん』


 やはり、それは欠如する記憶に関するものなのだろうか。

 ノアとしても初耳だったが、魔王さまは転生する際に一部の記憶が欠落しているらしい。

 わざわざ死後の世界を見るために死んだのだから、それくらいの記憶の欠落は仕方がないように思えるが、どうやら『忘れた』こと自体が気にならないらしい。


 心のなかで荒れ狂う魔王さまをそっと宥めていると、隣に立つセンバスから不意に声がかかった。


「そういや坊主もステータス表を見たんだろ? どうだった、初めて見たの感想は」


「いや、なんか想像していたのと違ったと言いますか。何と言いますか――」


「なんだ煮え切らねぇ返事だな。ここはガキらしく興奮してはしゃいだって恥ずかしくないんだぜ。ウチの若手は大抵、初めての探索でそうなる」


 確かに目の前でステータスが飛び出してきた時は飛び上がるほど驚いた。

 だがよくよく観察してみると、基準わからないというのは考え物だった。


 攻撃力や防御力が表示されていないのはゲームじゃないからまだ納得できる。

 異世界転生のものの物語だって大抵は、レベルや特殊技能。HPやMPなんかが表示されているのがほとんどだった。

 わかりやすい数値というのは読者を安心させるし、なにより強さが一発でわかる。だが――


『見事に、上限マックスだから困ったものだよな、人間』


「(やっぱり魔王さまもそう思います? ――ってことはもうこれ以上、成長の見込みなしってことじゃないですかやだーッ!?)」


『いい意味で規格外、ってところだろう。まぁ喜べ人間。 お前は生まれながらに最強に至ったのだ』


「(いやいや恰好よく聞こえますけど、他の異世界ものでももうちょっと段階踏んでますって!! 生まれながらに最強とか言いますけど、レベル1が限界値とか嫌ですよ僕!?)」


『ふっ、事実は小説より奇なり、だぞ人間』


「(それでも生まれた時点で赤表示って不味くないですかね魔王さま!?)」


 ゴショゴショゴショーッ!!? と声にならない悲痛の叫びをあげるノア。

 

 聞くところによると、ステータスに表示されているHPというのはあくまで奈落の活動限界値を現しているらしい。

 レベルが上がれば活動限界値も増えるし、特殊技能や身体強化などといったレベルに応じて奈落で発揮される恩恵が変わってくるのだという。


 腕が細くても身体の三倍はある刀を振り回したり、重装備にも拘らず百メートルを十秒で動いたり。

 地上では考えられないであろう肉体の限界以上の力を『奈落』という限定的空間のみで発揮できる奇跡。


 それがステータスというものの正体らしい。


「(世界が僕を殺しにかかってきている!!)』


『まぁ、当たらなければどうという事はないだろう』


「(またそんなこと言って―、どこからそんな記録持ってくるんですかもー)」


 ややげんなりと、肩を落とすと隣からセンバスの声が聞こえてた。

 おそらく思った以上にステータスが低かったと勘違いしたのだろう。太く分厚いセンバスの手がノアの白い髪を乱暴に掻き揚げた。


「まぁ、奈落ではHP以外はたいして気にする必要もねぇよ。特殊技能だってなにもレベルが上がらなきゃ手に入れられないわけでもねぇ。創生獣を討伐して得た称号や、手にした武器を極めた結果得られる技能だってあるんだ。そう落ち込むなや」


「じゃあもしもですよ? その耐久値が0になった場合とかは――」


「まぁ死ぬな」


 センバスの口ぶりからも冗談に聞こえず、瞳に宿る鋭い光が言葉の真実をより深めていく。

 その瞳が続きを促すようにノアに向けられるので、ノアは小さく喉を鳴らし喘ぐようにゆっくりと口を動かした。


「傷の手当てをしてもHPは回復しないんですか? そのポーションみたいな回復アイテムとか使って」


「昔はそれこそ回復魔法や魔道具なんてもんが溢れてたらしいが、いまじゃ魔法の使えねェ俺たちには打つ手なしだ。ポーションにしたって製造法は失われている。HPを回復させるには地上に上がって回復を待つか、聖釘を用いた拠点に篭って回復を待つかの二択しかねぇんだ」


「蘇生技術とかもないんですか?」


「そんなもん開発したら、それこそソイツは世界の英雄だ。教会はいい顔しねぇだろうが、そんな冒涜的な技術が普及すりゃあ俺たち人類の生活は今以上に豊かになるだろうよ」


 まるでそんな夢物語があればいいなというような言い方。

 確かに自分で聞いておいて、なんて滑稽な話だと思った。

 異世界だからと言ってなんでもゲームのように復活できるわけではない。人生は一度きりだ。自分はたまたま二度目の『人生』を与えられたが、もうこんな恵まれた機会が訪れることはないだろう。


 ノアだってこの一生を魔王さまと共に精一杯かみしめて生きていくつもりだし、例えどんな状況においても後悔しない生き方をするつもりだ。


 この世界では復活なんて言う都合のいい奇跡はない。

 つまりHPの消失は文字通り、死を意味していることになる。


「そういう意味じゃあ、ローナンがいまのうちにやられておいてよかったってのはあるな」


「なんでですか?」


「ああ、HPはそれこそ神の気まぐれだ。例え、どんなに屈強な男でもかすり傷一つでHP0になっちまえば死んじまう。だが、HPが適応されるのは『奈落』に入ってからだ。いまのあいつが地下大地に降り立ってもステータスに影響を受けることはねぇんだ」


「……なんだか人の生き死にがゲームみたいですね」


「まぁあながち否定はしねぇがな」


 ふと立ち止まるとセンバスとノアは同時に顔を上げた。

 おそらく一人では絶対に開くことのないだろう。優に二十メートルはあるように思える。

 真っ白で純白で清潔な神聖そのものと思える扉だが、そこに彫られている彫刻の数々はまるで地獄だった。

 そしてその地獄にノアは見覚えがあった。


『まるで「災禍」を表現しているようだな』


「(生と死の流転。彫刻に詳しくない僕でも一目でそうだと理解させられるものがありますよ)」


 まるで地獄の門だ。

 この扉を潜るものは一切の希望を捨てよ。

 そう扉自身がノアに語り掛けてくるような威圧感がある。


「……どれどれ、ありゃ古代文字だな。おいジェイさん。あんたこいつを読めるか?」


 急に呼び立てられて肩を動かすジェイ。見惚れるように扉を見ていた視線がセンバスに向けられ、恐る恐る近づいてきた。


「あんなたの力が必要だ。あの一文、解読できるか?」


「ああ、こ、これはおそらく教会の聖句の一節だと思う。内容は――」


 小さく呻くようにして眉を顰めるジェイに対して、魔王さまは素早く答えを口にした。

 当然、実体を持たない魔王さまの声など彼らに聞こえるはずもなく、未だに苦しむようなうめき声が聞こえてくる。


『とある英雄への追悼文だな』


「(魔王さま、知っているんですか?)」


『この程度知らずして何が魔王か。私の時代にもあった有名な一文だよ。意味は――』


 ――全ての生命はことわりへと還る。


『――ん? なんだ知っておったのか人間』


「(え? いや、なにか急に浮かんできて、……あれ?)」


 確かにこんな文章を見るのは初見のはずだ。

 教会に行ったことのないノアにしてみればなおさら馴染みのない一文でもある。

 だが、頭に浮かんだフレーズはまるで『知っていた』かのように自然と頭に過ぎった。


 奇妙な感覚に、眉をひそめて首をかしげていると――。

 音が聞こえた。

 ギャリギャリギャリギャリッ!! とさび付いた扉が地面を擦るようにしてゆっくりと開かれる音だ。


 慌ててセンバスを見れば、何かしらの操作をしたのか満足げに頷くセンバスの姿が。その横にはやや自信を取り戻した様子のジェイの姿があった。

 センバスがジェイの肩を叩き、どこか照れくさそうに眼鏡の位置を直すジェイ。


 仲直り、とはいかなくても出発時よりかは打ち解けたようだ。これも全て、センバスの持つ大雑把な広く深い心のおかげだろう。

 武器を構えて周囲を確認するセンバスが大きく頷いた。


「敵影はなし、っと。……よっしゃ、じゃあお前ら、気ぃ引き締めてかかるぞ!!」


 センバスの声にジェイたちがつられて意気揚々と進んでいく。

 ゴールが近いから安堵しているのか。それとも、まだ見ぬ世界に興奮しているのか。

 それでも、彼らにはわからない。おそらくこの感覚を理解している者は誰もいないだろう。


 明らかに空気が変わった。

 それも『懐かしい』空気だ。


「魔王さま」


『ああ、おそらく「いるな」』


 魔王さまの同意を得て、いつでもロングソードを抜き放てるように、鞘の留め具を外しておく。

 一歩一歩、警戒するように。いつでも飛び出せるように最後尾について周りを警戒する。


 そんな一人だけ場違いに警戒心を研ぎ澄ませているなか、ノアは思い出したように声を上げた。

 周りに聞こえないようにボリュームを抑えて、問いかける。


「魔王さま、ちなみにあの言葉の意味は何だったんですか?」


『ああ、そりゃもう言葉通りだよ』


「というと?」


『安心して命を捧げろっていう、神にささげられる生贄ゆうしゃへの常套句だよ』


 そう短く、それでいて苛立つように言い放った。


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