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14話 洞窟の先

 沈んだ気持ちというのは厄介だ。

 どこらへんで気持ちを切り替えればいいのか自分でわからなくなる。

 

 ミスをいつまでも引きずって生きていくほど馬鹿な話はない。

 だが、この気持ちを自力で切り返せないと見越した魔王さまの励ましと脅しにより、慌てて気持ちを切り替えるに至った。


 まったく誰かを励ますのにお仕置きを使って脅すなんて初めて聞いた。なにが「活を入れてやろうか?」ですか、これでは照れ隠しの度にローストが出来上がってしまう。

 まったく最近のツンデレというのは物騒で本当に困る……わけないじゃないですか、やだなぁジョークですよジョーク。え、なに? 黙らねば死ぬことになる? はい黙ります、黙りますので耳元でバチバチなる音をやめてください、心臓に悪いです魔王さまッ!!

 

 どうやら怒りの矛先を収めてくれたらしい。それでもなんだか乱暴に慰められたようで不思議な気分だ。ワタワタと興奮していくうちに、自分の中に凝り固まっていた罪悪感が薄れていくのを感じた。

 

 なんだかお礼を言うのも負けたようで癪なので、借りのパフェにもう一つデザートを追加することを心に固く誓うと、魔王さまらしからぬハシャいだお祭り騒ぎが聞こえてきた。

 本当に、安上がりの魔王さまだ。

 頭に響く空気の爆ぜる音が鳴りやみ、ほっと胸を撫でおろし小さく苦笑すると、先頭を歩くセンバスたちの方から驚きの声が上がった。

 

「何かあったんですかね?」


『上を見てみろ人間。面白いものが見えるぞ』


「おもしろいもの、ですか?」


 何かと思い、顔を挙げれば、だんだんと洞窟の作りが変わってきたことに気付いて声が溢れた。

 洞窟というよりかは遺跡に近いかもしれない。

 ごつごつと無造作に敷き詰められていた岩の塊はいつの間にか消え去り、石畳のように整地された平らな地面が顔を出している。天井は前の階層よりはるかに高く、広い。壁も苔のような未知の生命体がこびりついている様子はなく、土埃っぽいがそれでも何かの建築物と言っても不思議ではないくらいの柱が何本も天井を支えていた。


『文化レベルが一気に上がったな』


「うわ、さすが異世界。地下に神殿とか男のロマンじゃないですか!?」


 ノアの口から洩れた印象は、なにも洞窟内の造りだけで判断したものではない。

 時折、顔を出す拙い壁画や四体の像は何かを現しているらしく、センバスやファッジを感嘆させるまでに至った。ノアにしてみれば子供の落書きや工作に見えるものもその手の職人にしてみれば垂涎ものらしい。興奮気味な声が『洞窟』に響いた。


「これは、かなり古い像ですね。約千年くらいのものでしょうか。それにしてもなんて美しい造形なんだ。これは歴史的発見ですよセンバスさん!!」


「ああ、探索班のクソ野郎どもに押し付けられて飽き飽きしていたが、今回ばかりはあたりだな。ここまで苦労したかいがあったぜ」


 あの温厚なファッジがここまで興奮するのだから相当貴重なものなのだろう。センバスと何か専門的な会話を広げてはなにか頷きあっている。

 ちょっとなかなか入っていけに雰囲気なので、ローナンの方に目を向けてみれば、こちらも先輩たちの変貌ぶりに目を見張っているらしく、大きく目を見開いて不思議そうに首をかしげていた。


「ローナンさんは気にならないんですかあの像?」


「うーん。まぁ、そうだね。おれはまだディアハートに入社して一年やそこいらしかたってない新米だから、まだこういった芸術品の価値ってのがいまいちわからないんだ」


「バカやろう、だったらちゃんと見とけっ!! こいつは何回なまで見れるかどうかの貴重な代物だ、そのろくでもねぇ目に焼き付けとけ」


 そう言って、センバスがローナンの耳を引っ張って行った。ローナンの痛がる声が聞こえてくるがセンバスには聞こえていないのだろう。入り口の探索途中にも関わらずお勉強会が開催される。

 ノアはジェイの護衛役なので彼から離れないが集団から孤立するのはもっと不味い。半ば狂乱気味にブツブツ呟く彼の手を取ろうと手を伸ばすと「触るな化け物!!」と振り払われてしまった。

 

 心に小さなとげが刺さるようで、思わず痛む胸に顔をしかめる。それでもここで仕事を放り出してしまえば、それこそ昔の自分に逆戻りだ。逃げるわけにはいかない。

 

 必死の説得で一人にならないように説き伏せると、ジェイ自身が一人でいることの危険性を本能で感じ取ったのだろう。怯えた目をノアに向けながら、恐る恐るセンバスたちに近寄っていった。


「――で、こいつの意味は、四つの種族と象徴をそれぞれ表しているわけだ」


 三人に合流すれば、何かの専門用語を交えてローナンとセンバスが話し合っていた。不可解な用語で解説するセンバスの言葉をローナンは真剣な表情で耳を傾けている。

 こうして遠くで見ればまるで習い事を真剣に教え込む親子のようにも見えなくもない。だが、そんなことを言ってしまえば、センバスはきっと照れ隠しのように慌てて「な、なぁに馬鹿なこと言ってやがる!?」と言ってノアでなくローナンの頭をひっぱたくのだろう。

 それも少し面白いが、それでは叩かれるローナンがあまりにも不憫だ。

 

 思わず小さく漏れた笑い声は、ノアの沈んでいた心を軽くするには十分な出来事だった。

 ありがとう、はなんだかおかしいような気がする。

 だから、たったいま口にしかけた言葉をそっと胸の内に押し留めて、ノアは壁画を見上げた。


 こうして歴史的建造物をまじかで見上げるのは初めてかもしれない。

 これがいわゆる抽象画というものなのだろうか。掠れたように描かれた壁画は四体の『何か』がを中心にいる『なにか』をあがめているようにも見える。それがなにを意味しているのかは分からないが、少なくともそう感じた。


「あの、センバスさん。これってやっぱり奈落に関係することなんですか?」


「――あん? ああ、たぶんな。――おいローナン、俺をそんな非難するような目で見るんじゃねぇ!! 俺は歴史専門じゃなねぇんだ、どっちかっていうとこういうのはファッジの方が詳しい。――ああん!? 文句あるのか? ――たく、日に日に生意気になりやがって。……で、なんだっけ?」


「えっと、この壁画は奈落に関係したものなんですか?」


「全部が全部そうだとは言い切れねぇ。だが、こいつだけは俺にもわかる。――こいつは、『至宝の四氏族』について書かれているんだろう」


「至宝の四氏族、ですか」


 バッシャバッシャと撮影機で記録を取るファッジを横目で見つつ、困ったように眉根を寄せてセンバスを見上げた。

 なにを言いたいのかはなんとなくわかるが、肝心なところが理解できない。魔王さまはこの抽象画を見てなんとなく理解したのか、小さく声を上げるばかりで説明してくれなかった。


「あの、センバスさん。その至宝の四氏族ってなんですか? 『四貴族』なら聞いたことあるんですが……」


「あん? 嬢ちゃんに聞いてねぇのか? ……まぁそんなに自慢げに言うことでもねぇか。よっしゃ俺が教えてやる。至宝の四氏族ってのは――ようは嬢ちゃんたちの遠いご先祖様のことよ」


「クローディアさんたちの!?」


 身を乗り出すように問い詰めると、センバスはどこか面白がるように声を出して、大きく頷いた。


「ああ、いい反応だ。うちの新米もこれぐらい可愛げがありゃ教えがいがあるんだがなぁ。――で、世界創造の話は聞いてるよな? 神様が世界を作り直したっていう、ああ、それだ。――そんでもって魔族は『神の子』達により全部いなくなっちまったって聞いてるか?」


「――あっ、その話ならおれも聞いたことありますよ。たしか『四方の四氏族』っていうのは神様に唯一許された魔族なのことなんですよね。それで新しい世界に住むことを許されて、死んだ後もその子孫たちが唯一『魔力』を扱うことができるって、教会で習いました!!」


「初等部で習うことを大人がいちいち自慢げに語るんじゃねぇ!! ……まぁいい、でだ。ローナンの言う通り、その『至宝の四氏族』って名前だと昔の『魔族』を思い出すっつーんで今では名前を変えて『至宝の四貴族』って通り名になったわけだ」


「じゃあクローディアさんのいう本家っていうのは――」


「王侯貴族と対等以上の地位を手にしているのが嬢ちゃんとこの本家『ティタノエル家』って訳だな。まだほかにも三つの氏族があるがどこに住んでるのかは詳しく知らねぇ。……だが、ティタノエル本家といやぁここの政にも一枚かんでる大物だ」


 満足そうに頷くセンバスの顔を見て、ノアの胸からほぅっと声が漏れる。

 そういった情報は本来クローディアからノアが直接聞きださなくてはいけないものなのだろう。

 それが筋というものだし、当たり前の礼儀だ。けど、本家の話になるとなぜかクローディアがあからさまに不機嫌になるのもまた事実なのだ。なにか触れてはいけない事情な気がして聞けずじまいだったが、まさかそんな話だったとは思わなかった。


 だからあんなにも劣等種に優しいのだろうか?

 ……いいやあれはあの人たちの内側からあふれる感情が元になって行動しているに過ぎない。同情で彼ら劣等種を世話している訳ではないだろう。

 

 ただ、そうなるとクローディアも劣等種という事になるが、ノアは本人からそんな話聞いたことはない。

 だいたい、この世界に魔力というものは失われたはずではなかったか。

 それに『至宝の四氏族』の子孫が存在しているという事は、この世界にも『魔族』がいるという証明に他ならない。ならば、なぜクローディアはあんな言い方で『魔族は絶滅した』といったのだろうか。

 

 考えれば考えるたび頭のなかでいくつもクエスチョンマークが浮かんでくる。答えを求めようにも、どうやらセンバスはこれ以上応えてくれそうにもないらしい。

 あとは、彼女たちから聞きだすのが筋だと言わんばかりに肩をすくめて見せた。


「前々から気になってましたけど、センバスさんたちの仕事って何なんですか?」


「俺たちの主な仕事は製造業さ。おもに探索者用の武器を専門にな。失われた技術の継承や再生はその過程で得た技術でな。かの昔、まだ魔力が普通に存在した時代の技術を応用しているにすぎねぇのよ」


「へー、そうだったんですか」


「まぁ、そういうおめぇさんもなにもんだと、俺は聞きたいがねぇ」


 思わず心臓が大きく高鳴るが、表情に出ないように苦心する。

 すると、ノアの表情を読み取ったのか。センバスの豊かな口ひげが大きくゆがみ、ノアの背中を勢い良く叩いた。


「――そう警戒しなくてもいいって。俺が気になるのはそのマントだよ。ただの布切れじゃあねぇな。……俺の目が節穴じゃなければそいつは相当な技術で編み出されてるもんだ。……なぁ、不躾だとは思うがちょっと見せちゃあくんねぇか?」


 それは職人たっての願いだろう。

 このマントの出所がそう簡単にバレるとは思わないが、魔力で編みこまれているとバレない保証はない。思わず、魔王さまに助けを求めると、魔王さまから呆れたような返事が返ってきた。


『そう心配するな臆病者。この者に見せたところで、そうやすやすと見破られるような雑な作り方はしていない。いいから見せてやれ』


 一瞬だけ躊躇ったのち、マントを脱いでセンバスに手渡す。

 魔王さまも大丈夫というお墨付きをもらって大丈夫だと思うが、それでもハラハラが止まないノア。

 受け取ったマントを感慨深げな声を上げて、眉根を寄せるセンバス。やはりファッジもローナンも職人なのだろう。すべてのことを投げ打ってでもノアの手渡したマントに目を光らせた。


「うーん。こんな状況じゃなきゃしっかりと鑑定してぇんだが。それにしてもすげぇ手触りだ。まるで液体でも触ってんじゃねぇかって感じだ」


「でも伸縮自在で、形状変化もできる。医療技術なんかに用いられる神経系伝達技術の応用でしょうか? それとも、一本一本が鍛えた鉱物で出来ているのか。所有者の好きな形に変形し直せるっていうのはかなりの高度な技術ですね」


「――というより、もはや兵器っすね。筋力いらずで優に四百はくだらない重さを軽々と持ち上げられるんすもん。いったい何をしたらこうなるのやら、素材もわからないし」


 まさに最高技術だと褒めそやすたびに魔王さまが満足げに頷いて見せる。

 やっぱりいくら時代を経ても、魔王さまの技術は時代の最先端を行くらしい。まさか鼻歌交じりに作ったマントが七千年先の未来でも通用する最先端技術だとは思わなかった。

 一見興味なさげだったジェイも気に入らなさそうな視線を向けていたが、それでもやはりセンバス達の盛り上がりが気になるのか、こちらをのぞき込んでは決まりの悪そうに眉をひそめた。


「坊主、お前さんこいつをどこで手に入れた。まさか地上で作られたわけじゃねぇよな」


 そう言いながらマントを返してくるセンバスの眼差しが一層強く光った。

 それは職人としての単純な興味だろう。

 誰が作ったかを知りたくなるのは当然だ。だが、自分の髪の毛を加工して作りました言えるはずもなく、ましてやそれが魔族の王の作品ですなどと口が裂けても言えない。

 何かうまい言い訳はないだろうかと口ごもんでいると、センバスはハッと気が付いて、ばつが悪そうに頬を掻いた。


「――あ、いやすまねぇ。仕事柄ついな。ここまで見事な仕事ぶりを見せられると悔しくって――」


「すみません。これだけはクローディアさんたちにも明かせないんです」


「あの嬢ちゃんたちにも明かしてないんじゃ仕方ねぇな。まぁ道理で合点がいった」


 深々と頭を下げるノアに対して、ノアの肩が優しく叩かれた。

 顔を上げると、なんだか照れくさそうに頬を掻くセンバスの目が柔らかくノアに注がれていた。


「なんたっておめぇさんは武器の何一つ持ってねェでここに来たからな。はじめは素手だけで戦うのかと思ったら、そんないいもん持ってんだ。――もし何もねぇってんだったら、オレが直々に一本こしらえてやろうかと考えてたんだぜ」


「――へぇ、センバスさんが直々になんて珍しいっすね。名の知れた探索者たちがこぞって依頼を出してては断ってるのに」


「まぁもちろん報酬はいただくがな。それに俺はこの坊主の心意気に惚れてんだ。恩人のために何かを成そうっつぅ姿勢がいい。嬢ちゃんはいい広いもんをしたよ。あの嬢ちゃんの目はいつだって確かだ」


 そう言ってガハハと豪快に笑って、今度は背中を容赦なく叩いてくる。

 気まずそうに微笑むも、大切な人を褒められるのは自分のことを褒められるよりも何倍も嬉しかった。


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