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03話 『三守義幸』は死にました

「正確には、アルカ=シエロ=オレナール=グラシア=アトレクス=プリセッサ=アウローラだがな」

「なんだか長ったらしい名前というか。よく噛まないで言えますね」

「まぁ人間には難しかろう。気軽に偉大なる魔王様。もしくは闇の皇帝でもいいぞ」

「……ネーミングセンス皆無ですか。とりあえず、魔王さまにしておきます」


 空中に浮いた紅茶をティーカップに注ぐ彼女は、得意げに鼻を鳴らすと紅茶の香りを楽しむようにして口へ運んだ。


 ここは僕の魂の内側の世界。なんでもできるし、僕の知っている者なら何でもできるらしい。

 腹は膨れない代わりに、いくらでも生前食べたことや体験したことを再現できる、みたいだ。


 みたいだというのは、魔王さまの言葉を借りているだけであって、僕自身詳しいことはよく知らない。

 けれど、こんなにも思い通りにいってしまうのだから信じざる負えないのもまた事実だ。


「所詮は情報。だがこうして未知の食べ物を食せると、――ングいうのはなかなかに得だと、私は思う」

「それはそうでしょうけど。これはやりすぎでは――」


 次々に吸い込まれていく料理を頬袋パンパンに詰め込む魔王さま

 ラーメンにチャーハン。カレーライスにソフトクリーム。刺身に熱燗。

 いくら腹が膨れないからと言って、所望してくるものぜんぶが食べ物というのはどうかと思う。


 それでも魔王さまは気にしないらしく。行儀よくかつスピーディにテーブルの上のものを平らげては次の品へと手を伸ばしていく。


「よく、食べますね。その細い身体で」

「腹は膨れぬがな。それにしてもお前の世界の食い物はうまいな。私の世界には無かったものばかりだ。……ほら、お前も食べるか?」

「いや、その、拒食症でそんなに食べれないと言うか」


 ずいっと突き出される、アイスクリーム。

 つい最近は栄養ドリンクを飲んだだけで、もう駄目だった。

 みっともない姿は見せたくないのだが、なによりもきらきらと目を真っ赤に輝かせる彼女は、これを食べさせないと引き下がるつもりはないらしい。というか僕に選択肢はないみたいだ。


 大きな口を開けて、差し出されたアイスクリームにかぶりつく。

 世が世なら嫉妬で人が死ぬレベルの誰もが夢見る甘いシチュエーション。

 ひんやりと冷たい感覚が口に広がり、反射的に頭を抑えると冷たさまで再現されたアイスクリームを飲み下した。


「……甘い」

「ふふ、うまかろう」


 すごくご機嫌みたいだ。

 それに久しぶりに食べたアイスクリームだが吐き出す気配などない。

 これも魔王さまとの羞恥にまみれた『お説教』のおかげか。今までにないくらい調子がいい。


「当然だ。一人で何かを食べたところでたいしてうまくなどない。分かち合ってこそ、食事というものだ。私もそれをつい最近だが知ったのだがな」

「そういえば、誰かと食べるなんて久しぶりかもしれない。いつもは『この足』で誰も近寄ってこなかったし」

「『それ』を言い訳にしてるのではまだまだだがな。もう一回お説教とでもしゃれ込むか?」

「もう充分です。というかもう思い出させないでくださいホントに死んじゃいますホント死んでるんですけど!!」


 障害者だから、そんな理由で落ち込んでいた時もあった。

 だからといってなんてことはない。『いま』にして思えば、ただ自分から声をかけなかったにすぎないのだ。周りも悪いかったかもしれないが、少なくとも自分自身にも非がある。

 

「まぁ、まだまだなんだろうけど少しはマシになったかな。魔王さまと一緒に食事したなんて経歴今までの人生じゃ考えられないだろうし」

「人間。お前は考え方が柔軟というか、受け入れるのが随分と速いな。もうちょっとないのか。こう疑うとか」


 三個目のアイスクリームに突入した魔王さま。どうやらイチゴ味がお気に召したらしい。随分とゆっくり食べている。


「確かに生きていた頃だったら信じられなかったかもしれない。けど、こんな摩訶不思議な空間で、こんなカオスな状況になってるですから、信じたほうがなんだかおもしろい気がして」

「そういう考え方は私も好きだ。おい、人間。さっきの奴もう一個」

「はいはい、イチゴ味ですね」


 そう言って、空中からイチゴ味のアイスクリームをキングサイズで出してやると、魔王さまは溢れんばかりの輝きを放って、アイスクリームと格闘を始めた。


「というか、そんなに食べたいんだったら自分で出したらいいんじゃないですか?」

「この世界はお前の魂の内側だといっただろう。私は人間の魂に接触しているにすぎないのだ。いわば刺激を送ってやることしかできない。いまは強制的に『私』という体の情報を投影しているに過ぎない。だからこの空間の主導権はお前にあるのだ」


 つまり、身体の各機能に電気信号を外部から送って強制的に動かすことはできるが、その脳の『記憶』までは取り出せないということだろうか?


「おおむねそんな感じだ。と言っても、私にかかれば記憶情報の入手など簡単だがな」


 口にする前に答えられてしまった。

 もぐもぐと咀嚼する魔王さま。口の周りにピンク色のクリームがついているが気にしていないらしい。誇らしげに豊かな胸を張って見せる。


「まぁおおよそ私は万能だからな」

「ああ、もう食べながら動かない。服が汚れたら大変じゃないですか」


 ナプキンを取り出してうまく身を乗り出すと、腕を伸ばして魔王さまの口元を拭ってやる。

 魔王さまもされるがままなのか、大人しくその様子をじっと見つめ、一匙ぶんのアイスクリームを口に運ぶと、戸惑ったような不思議な声を上げた。


「人間。お前はなんというか、面倒見がいい? いや優しい? という奴なのだな」

「なッ!? そ、そんな面と向かって正直に言います!?」


 言われ慣れていない言葉のため、こっちがドギマギしてしまう。

 優しいなんて、生きていてそんなこと言われたことなかった。誰かのため、というより誰かの役に立たなくちゃという理由で自分から進んで仕事を受けたことはあるが、まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかった。

 それにこんなに綺麗な人に優しいなんて言われて照れない奴はなんていない、というかホントに魔王なのこのひと!?


「いやな、このテーブルが現れたとき変だと思わんかったのか?」

「へ? い、いや。普通に身体があることに驚いてて特には――」

「そう、そこだ!!」


 なにがそこなのだろうか。ああ、おかわりですねわかります。

 二つ目のキングサイズを取り出し、満足そうに受け取る魔王さまは、店で使うようなアイスクリームをくり抜く奴でテーブルを叩き始めた。


「このテーブルどう見ても二人用だろう。そして、私がこの世界に介入してからすぐに紅茶が出された」


 ん? ちょっとまって魔王さま。


「そして、それに応えるように私の望んでもいないクッキーまで出現した」


 あれ、あれちょっと待って待ってたら!!


「そして極めつけは、私のティーカップが空になったらすぐに紅茶が現れた。ここはお前の意識が反映される魂の内側だ。もうわかるな? す・な・わ・ち――」


 あーあー、聞こえませんよー聞こえませんことよー


「人間。お前は目の前に現れた女に気を遣っちゃうムッツリさんというわけだ。しかも無意識に!!」

「ああああぁぁあぁああぁああああああ!!?!?」


 うわ、別の意味で死にたくなってきた。今まで人付き合いしなかったからと言って、他人にムッツリとか言われるとかまじで。

 しかも、いい笑顔でおちょくってくるし、もうほんと悪魔だよ魔王さまだよ。


「そうテーブルに突っ伏すな。私も誘導した節もあるし、なによりそこまで恥ずべき事か、おい」

「いや、単にそういった話題に免疫ないだけでして、ほら今までボッチだったから」

「それにしたって二十代の男がこんな、…………あっ」

「やめて!! たぶん真実だけどそんな可哀そうな奴を見る目で見ないで!!?」


 もう嫌だ。なんで死んでからもこんな恥ずかしい目に合わなくちゃいけないの。

 さっきまであんなにシリアスだったじゃん。あれもあれで超恥ずかしかったけどさぁ。


「ふふふ、やはりお前は面白いな。というよりこっちが素なのか」

「……自分のことだけどさ。やっぱり怖くてさらけ出せなかった部分はあるんだよ。普通であろうとすればするたび、なんだか自分が壊れていくような気がして」

「せっかく面白い頭をしているんだ。わざわざそれ以下になってどうする。――はむ」


 ぽんぽんと僕の頭を叩き、大きな口でアイスクリームディッシャーごと頬張る魔王さま。

 今度は綺麗に食べながらも、しっかりと視線はこっちに向けてくれる。


 やっぱり、こういうのがいいな。


 起き上がり、空になったティーカップに二人分の紅茶を注いで、一つは自分にもう一つは魔王さまに渡してやる。


 軽く礼を言われて、紅茶に口をつける。

 ほんのり後に引く爽やかな香りは、確かに母さんが入れてくれた紅茶だ。


「……死んだ者は帰ってこないぞ、絶対に。せいぜい想う程度にしておけ」


 魔王さまの言葉が胸に刺さり、脳裏に一瞬だけ浮かんだ母の姿を振り切るように、僕は頭を振るった。

 紅茶に写る自分の顔を見つめると、自嘲気味に笑みを浮かべる自分が映る。

 その全ての感情を飲み干すように僕は紅茶に口をつけた。


 ホッと漏れると息のあと、魔王さまと目があった。


「わかってるよ。ただ、こっちも死を待つ身なんだから、気持ちの整理とかしたいなって。こんなに幸せな気分で逝けるんだ。贅沢だけどさ」

「ん? なんのことだ」 

「いや。だって僕は死んでるんでしょ。だったらもう――」

「お前はまだ死んでないぞ、『人間』」


 …………いまなんと? 

 思わず漏れた言葉は声にこそならなかったが、気づけば、いくつものクエスチョンマークが僕の頭上に浮上していた。

 

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