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11話 不審な音

 不気味な空気は依然として止むことなく、ノアたちを取り囲み誘うように大口を開けている。

 携帯ランタンをかざし、これまで以上に注意深く周囲を警戒するノアは、率先して全員の先頭に立ってあたりを見渡していた。


 後ろを見れば心配そうにノアを見つめるファッジだが、これ以上お世話になるわけにはいかない。

 もう充分、休ませてもらったしこれ以上足手まといになれば、ノアがここにいる意味はなくなる。


 気合を入れ直し、探索を続けていくとノアはある一つのことに気付いた。


「魔王さま、もしかしてこれって――」

『お前の考えていることはおおむね正しいな。おそらく一本道だ』


 そう、ここまで来てほとんど分岐らしい分岐は見られなかった。

 まっすぐ、時に曲がりくねった道はまるで化け物の胃袋の中だ。胃袋に続く食道を錯覚させる洞窟は、臭気を漂わせ一人の探索者を怯えさせていた。


 あれほどリーダーシップに駆られていたジェイが見る影もなく怯えている。

 まぁここまで洞窟の姿が様変わりすれば仕方のないことかもしれない。

 まるでノアを盾にするように進む姿は、完全に威厳を失ってた。それでも僅かばかりのプライドはあるのか、逃げることだけはせず歯を食いしばって進んでいった。

 他の三人も、緊張で表情が硬いものの周囲に目を光らせて、いつでも異常に対処できるように身構えていた。


「……にしても、さっきいたところと打って変わって、ずいぶんと不気味ですね。なんでかわかります? センバスさん」


「俺だって知らねぇよ。だいたいこういうのは現場担当の俺らじゃなく、探索専門家のあいつらの仕事だろうが、――おい、しがみつくんじゃねぇ気持ち悪い!!」


「だってヌメッて、ヌメッてしましたよこの苔!?」


「まぁ、気味悪いのは同意しますよ。なにせ――」


 言いかけてファッジが嫌そうに手を拭ったような気がして、ノアも心のなかで小さく同意した。

 そう。壁に手を付けば、不思議なヌメリ気と同時に上層階では見られなかった変化が起きているのだ。気持ち悪いと思うのも仕方ないのかもしれない。


 壁に張りついたその苔はどういう原理か薄く青い光を発光していた。触っても熱くないことを見るとおそらく蛍の一種かなにかだろう。苔のようなアメーバ状の物体が所々にこびりついている。

 暗がりの中でもわずか先までぼんやりと見通せるのはいいことだが、それでも得体のしれないものが周囲を取り囲んでいるというのは気分のいいものではない。

 ましてや、それが正体不明のものであればなおさらだろう。そう、……魔王さまを除いて。


『おそらく蛍の発光と同じ原理だろうな。私が生きてきたころは燐光と呼ばれていたが、まぁ害はない。……ちなみに食べてみる気はあるか人間?』


 そこまでの勇気はまだございません。

 心のなかで懇切丁寧にお断りさせていただいて、魔王さまの探究心にげんなりとため息を吐き出した。確かに興味深いけど、さすがにこれを食べる気にはなれない。これなら、まだゲル状の王酸粘菌を味見した方がマシだ。


 とりあえず触っても害がないのなら、邪見にするだけ無駄だ。

 どんどんと前に前進していくと、太陽もなく鬱蒼と生い茂った背の高い雑木林がノアたちの行く手を塞いでいた。


「少し止まってください」


 そう言って立ち止まると、湿気がそうさせているのか、それとも魔素がそのように変化させているのか。太陽もなく生い茂る雑草が僅かに揺れているのがわかった。


「なんかあったか、坊主」


「いえ、何か物音がしたような気がしたんですが、――聞こえませんでしたか?」


「いんや俺には何も聞こえなかったがなぁ。ファッジ、おめぇはどうだ」


「――音、ですか。……確かに、空気が流れるような音は聞こえてきますけど、それ以外はちょっと」


 難しそうな声で唸り声をあげるファッジに続いてローナンも何度も頷いて見せた。

 気のせいだろうか?

 なにか、軽いものが落ちたような音が聞こえたのだが。


「……気のせい、だったか?」


「まぁここは突っ切るしかねぇな。――ジェイさん。あんたはどう思う?」


「――ッ!! わ、わたしか!? そ、そうだな。目的地が近いなら進むべきだろう」


 おどけたように高い声を喉から響かせ、左右に視線を走らせるジェイ。

 まさか自分に話しかけられるとは思ってもみなかったのだろう。困惑した表情でセンバスを見ていた。


「おいおいしっかりしろよ。俺たちゃなにもあんたを見捨てようなんざ考えてねぇ。――俺たちは一蓮托生だ。あんたの意見だってちゃんと聞くし、いざとなればおめぇさんを助けるのに命を懸けるのもやぶさかじゃねぇんだ。知識人のあんたの頭も期待してんだからそうビビんなよ」


「と、当然だ。君達みたいな無鉄砲な輩に命を預けてよかった試しなどない。わ、私は私で自分の命を守る!!」


「そうそうその意気だ。どうせビクビクしてたって何も変わらねぇんだから前向きに行こうや、前向きに!!」


 そう言って、派手に鎧を叩き手高笑いするセンバスに、ジェイは乾いた笑みを浮かべて身を引いた。

 どうやらノリに着いていけないみたいだ。真面目そうな雰囲気を放つジェイは、豪快で大雑把なセンバスとは馬が合わないのかもしれない。

 それでもセンバスがジェイをないがしろにしない人物だとわかって、心がどこか軽くなったような気がした。

 

 改めて、鬱蒼と生い茂る雑木林に向き直ると、誰にも聞こえないように心のなかで小声で魔王さまを呼びかけた。


「それで魔王さま。あの草に何か異常があると思いますか?」


『いや、何もないだろうな。ただの雑草だお前が心配するようなことは起こらないだろう』


 そう言われて、ほっと胸を撫でおろす。

 地下大地では突然木の根が動き出すなんてざらにあった。

 今回もその可能性を警戒していたのだが、どうやら徒労に終わったようだ。

 後ろではすでに、雑木林を切り開いて進むという意見が一致したらしく、各々が武器を構えてノアの意志を待つばかりだ。


「じゃあ、突っ切りましょう」


「おうよ、なら一応隊列を組んでおくか。俺が先頭を務めるから、俺の斜め左右をファッジとローナンが守れ、坊主。お前は最後尾についてそのあんちゃんを守っとけ」


「――えっ、でもそれじゃあセンバスさんが」


「バカ野郎!! ガキに先陣きらせて堪るか。こいつは俺の意地だ。いいからおめぇさんは護衛対象を守ることだけ考えてな」


 拳骨が飛んできそうな剣幕に圧倒され首をすくめると、拗ねたように鼻を鳴らすセンバスが草むらに向かって歩いていく。その後ろについていくようにノアを追い越すローナンとファッジだったが、苦笑したように頬を掻き、ノアの耳元でそっと呟いた。


「あの人はあれでかなり不器用な人だから、ノア君を心配してるんだよ」


「まったく、もっと素直になれば嫁さんに出ていかれなかったんですがねぇ。まぁ、彼なりのやさしさです。受け取ってあげてください」


 言い切るなり、センバスの怒号が飛んできてヤレヤレと首をすくめ、二人はセンバスの斜め横を固める形で陣取った。

 呆気にとられるノアとファッジだったがここで離れてしまっては隊列を組んだ意味がなくなる。

 慌ててジェイの手を取り強引に彼らの間に押し込むと、前に進むと短い息づかいと共に、それぞれの武器が細くしなる草木を断ち切る音が聞こえてきた。


「ったく、いつまで続くんだよこの道は!!」


「どこか野宿できるところがあるといいんですけど、ねッ!!」


「ああん冗談じゃねぇ、こんな薄気味わりぃところで寝てられるか」


 怒りの矛先を群がる草木に向けて発散するセンバス。悪態をついて斧を振るセンバスだったが、後ろに続くローナンやファッジの苦笑した顔に気付いていないらしい。ジェイとノアが通りやすくなるように中途半端に刈った草木を踏み均し、道を作っていく。


 そうしてしばらく進んでいくと先頭のセンバスから声が上がった。


「ん? ちょっと待て、こりゃなんだ」


「なんかあったんすか?」


「……ああ、こいつを見てみろよ」


 そう言うなり身体を斜めに傾けると、前に立つジェイの方から悲鳴が上がった。

 ノアもたまらず横から盗み見るようにしてセンバスの手の中にある『もの』に目を向ける。


 それは一見ボールのようでいてその実、丸みの欠けた白い塊だった。

 理科室にある実験道具とは違い、所々ひび割れ欠けているが、それは本物の頭蓋の割れた骸骨だった。


「――ひゃあぁッ!? なんでそんなものあるんすか!!」


「うるせぇ!! 奈落の入り口だぞ、こんなもん珍しいもんでもねぇだろ。男ならビビんじゃねぇよ」


「……白骨死体ですか。奈落で見かけるのは珍しいですね」


 センバスの一喝に、我に返ったジェイ。歯を鳴らしているところをみるに白骨死体を見るのは初めてなのかもしれない。ファッジの訝しげな声に、センバスも大きく頷いて鼻を鳴らすと、骸骨を頬り捨てた。


「しかし、なんでこんなものが草むらに……」


「そうだなファッジ。この道が地下に続いてるってのはわかる。だが、ここに白骨死体が一体だけってのは何かおかしい。あいつは何かに襲われたって感じだったな……」


「それの何かおかしいんですか?」


「考えてごらん、ここは奈落に続く道のりだ。一人で行動するには無謀すぎるし、例え仲間割れしたとしても骨の状態が良すぎる。脳天をカチ割られたとしても、抵抗した跡が見受けられないんだ」


 確かにそれは一理あるかもしれない。

 無抵抗のまま殺されるのはノアだっていやだし、できればそんな現場など見たくもない。

 見れば地面に同化する形で胴体までそろっている。襲われたのか、それとも何かしらの理由で病死したのか。


 妙な胸騒ぎがするのは事実だ。


「よし、やっと抜けたぞ!! 鬱陶しい林もこれで終いだ。あとは――」


 嬉しそうな声が上がった矢先、センバスの声が徐々に小さくなっていった。

 あとから続くファッジやローナンも静かになり、ジェイですら顔面蒼白で前を見つめていた。

 

 何かあったのか、疑問で眉をひそめて草木をかき分けると、センバスが黙った理由が分かった。


 一個小隊と思しきおびただしい数の白骨死体が地面に散らばっているのだ。

 十や二十では利かない。少なくとも三十以上ある白骨が人の形を保ったまま地面に転がっていた。

 隣には朽ちた荷台が布をかけて横たわっていおり、何かを運んでいた途中なか、見慣れない動物の骨が散らばっていた。


「おいおい、いったいこりゃなんだ。全滅してやがる」


「しかも、襲われたわけじゃないっぽいですね。保存状態があまりにもよすぎますもん」


 慎重に近づいて骨を拾っては丹念に観察し始める三人。

 探索慣れしているのか、それともこれが探索者のなかでの常識なのか。ノアも出遅れた形でファッジの後ろをのぞき込むと、疑問に眉をしかめた顔が後ろを振り向いた。


「何かわかりましたか?」


「ああノア君。そうだね、なにか妙だ。……ざっと見た限り外傷らしい外傷がないのが気になる。まるで自然死したみたいに綺麗なままなんだ」


「それは、――やっぱり、おかしいんですか?」


「――そうだね。これだけ大勢の人が死んでるんだとしたら、全員が病死というのは考えにくい。ましてや、さっき見た骸骨の仲間だとすればこれは――」


 言いかけて、甲高い男の悲鳴がノアの言葉を遮った。

 弾かれたように顔を上げれば、ジェイが尻もちをついて腰に下げた短刀を振り回している。

 そして、その先には――骸骨がひとりでに動き出していた。


「――ッ!?」


 理由はわからない。

 それでも反射的に飛び出したノアは一息でジェイの鎧を鷲掴むと勢いよく引き離した。

 悲鳴を上げて身を丸めるジェイだがどうやら無事のようだ。護衛対象の安否を視線の端で捉え、弓なりにしならせた腕を素早く振りぬき、骸骨の頭を吹き飛ばした。

 頭部が粉みじんに吹き飛ぶ音と、胴体の骨が振動して音色を響かせるのは同時だった。

 仰向けに倒れ崩れ落ちる骸骨。しかし、まるで痛覚がないように立ち上がり襲い掛かってきた。


 一切の容赦なく、上腕、胸部、背骨に至る全てを打ち払い、一息で塵に返す。


「みなさん、迎撃準備を――」


 言うが早いか、一様に武器を取り出し構えている三人。

 カタカタと木琴を鳴らすような音が次々と洞窟に鳴り、屍が意思を持つ人形のように立ち上がった。


「――このやろッ、何があったってんだ!!」


「わかりませんよ。とりあえず、ローナン。後ろッ!?」


「了解っす!! ――ってこの武器、骨相手じゃ相性悪いって!?」


「ガタガタいうな、さっさとやっちまえ」


 センバスは背中から両諸刃の大斧を抜き放ち、ファッジはメイジで受け止め、ローナンは腰からロングソードを骸骨に突き立てた。

 一見チグハグなようできちんと連携が取れている。

 向こうは今のところ大丈夫だろう。問題は――、


「――ッ、危ない!?」


 横跳びするように壁に寄り掛かった骸骨が跳ねるようにジェイの頭目掛けて飛んできた。

 頭を抱えて小さく丸まるジェイ。

 

 反射的に素早くマントをひるがえし、巨大な灰色の爪を作り、振り回す。

 魔力操作。形成完了。

 一瞬で形成された『爪』は、骸骨を押し潰し、派手な音と共に地面にめり込ませた。


「やるじゃねぇか坊主!!」


「センバスさん粉々に潰してください。それが不可能なら背骨を!! そうすればとりあえず噛まれたりすることはありません」


「おうよ!!」

 

 吠えるように声を荒げ、鼻を鳴らすセンバスは、切るのではなく面で吹き飛ばすように斧を振るい、骸骨の上半身をバラバラにしていく。ファッジもメイジを縦に振り回し、頭蓋から背骨にかけて潰すように振り回していった。ローナンも苦戦しているようだが、横なぎに背骨を断つことで、倒れた骸骨の頭を注意深く踏みつぶし、無力化していった。


 動く骨が一か所に固まるセンバスたちに集中していてどうやらこちらには来ないようだ。

 うずくまるジェイに近寄り、急いで容態を確認する。すると、怒りで顔を真っ赤にするジェイが眼鏡をずらしてノアを睨み上げた。


「お、お前は!! 劣等種の分際で依頼主の私をき、危険に晒して、許されると思って――」


「すみません。でも今は少しご協力ください。センバスさんたちが危険です」


「あんな奴ら放っておけ、そんな事より私を――」


「そういう訳にはいきません」


「――なっ!?」


 きっぱり言い放ち、有無言わせず素早くジェイの鎧の襟を鷲掴む。そして、一気にバックステップで飛び退くと、センバスたちの輪の中に合流した。

 できうる限り丁重に放り捨て、ノアはセンバスを見上げた。


「僕がこいつらを薙ぎ払います。三人はジェイさんの保護を!!」


 無責任なのはわかっている。

 それでも何も言わず三人の背中がノアの意思に沿うように動き出したのを見て、ノアは大きな声でお礼を叫んだ。それと同時に、脚力を操作して飛び上がり、天井に足をつける。


 そして――

 

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