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06話 馬車のなかで

 シオンは他の仕事があってどこかへ行っているのか、見送りはクローディアと子供たちだけだった。

 どうやら早々に自分の仕事に出かけてしまったらしい。迎えの男も来ていることだし、これ以上待たせられないので手を振り、迎えの馬車に乗り込んだ。


 例によって、馬車を引く生物は牛のような創生獣だがその足は見た目に反して速く。見送りの言葉を言い終わるころには、屋敷の姿があっという間にコメ粒ほど小さくなっていった。


 迎えの男は今朝やってきた黒縁の眼鏡をかけている男だ。連れ添っていた男たちの姿はなく彼だけがこの馬車に乗り込んでいる。一応、社交辞令とも取れる挨拶を口にするが、鼻で笑われそれっきり彼とは一言もしゃべっていない。


 どうやらこの男も劣等種を毛嫌いしている雰囲気がある。どこか神経質そうな顔立ちだし、ノアが一緒に同じ空気を吸っているのが許せないように感じられた。


 馬車に揺られて数十分。信号や渋滞に揺られてノアは窓の外を忙しなく覗いていた。

 一人でできるだろうかという不安に身体が落ち着かない。そわそわと革張りのソファーに腰を下ろしては何度も小さく深呼吸を繰り返していると、頭のなかで魔王さまの声が響いた。


『いい加減落ち着け、初めての仕事だからって気張りすぎだ。動揺がこっちまで伝わってくるだろうが』


 魔王さまは至って落ち着いているのかいつもの様子だ。

 新しいものが見れるとなればこの方に恐怖などないだろう。対して小心者の僕と言えば、生前の劣悪な職場環境を思い出して小さく震えていた。


「でも、一人で地下大地に行くんですよ? いきなり失敗とかしたらクローディアさんたちに合わせる顔がない」

『たかが護衛だろう、そんなに心配したところで待っているのは赤の他人だ。もっと気楽に考えろ人間』

「そうだ、そうですよね。たかが護衛……うわぁ、うまくやっていける自信ないよマジで」


 小さく呟かれる独り言に奇妙な視線が眼鏡の奥から向けられるが、気にしない。

 こっちとしては初陣のことで頭がいっぱいなのだ。人の目など気にしていられない。


 幸いにも受け取った手紙と朝食のあとに聞かされれているので今自分が何をすべきなのかなんとなくわかった。


 それでも、ノアの頭には今朝の朝食の出来事が何度も脳裏をかすめた。


 地下大地への入り口は一つではない。それを聞かされたのは、朝食を終えた後だった。


『今回、新たに入り口が発見された』


 食事の終わりに重く口を開いたクローディアの言葉に、あれほど賑わっていた食堂が静寂に包まれた。

 シオンもリュコスも、探索に赴いたことがあるであろう年長組が一様に驚いた顔を浮かべている。

 そのなかで何のことかわからず、眉をひそめてた自分を殺したい。ベーコンエッグを口に突っ込んでいると、クローディアの視線がノアに飛んできた。


「私はこれを、最近は言ってきた新人君にやらせようと思う」


 今度は、波打つような動揺が食堂を打つ。

 当然、何を動揺しているのかわからず首をかしげるが、周囲の、特にリュコスの瞳に珍しく動揺が浮かんでいたのでこれはただ事ではないのだけは理解した。


 それでもこの話をそのまま放置するわけにもいかない。

 無知は罪であるという言葉があるように、知ったかぶりで話を流すのは危険だと魔王さまの一件で十分、身に染みている。

 何よりも魔王さまが聞きたがっていたので選択肢は一つしかなかった。


「あのー、新たな入口ってというのはどういうことですか?」

「文字通りの意味だよ。――国の成り立ちはこの際省くが、簡単に言ってしまえばこの聖門都市には四つの奈落へと通じる『入口』があるんだ」


 手を挙げて質問すると、

 すると小さく頷く彼女だったが、その瞳に宿る光は真剣そのものだった。


 一つ目は、ノアが生まれた懐かしき故郷『深淵の森』

 二つ目は、都市の少し外れに存在する湖に沈む、『遥かなる水の園』

 三つ目は、観光区に存在する、探索者主流の奈落。『始まりの門』

 最期は、地図にさえ書かれていなかった空白区に存在する『無の掃き溜め』


 この四つが現在この都市に存在する奈落への入り口らしい。


「国という成り立ちがそもそもいびつでな。人がいるから国ができるんじゃない。奈落に続く道があるから周囲に国ができるだ」

「それはどういう意味ですか?」

「わからないか、まぁピンとは来ないだろう。……ただ、この都市の九十パーセントが現在、奈落から持ち帰った遺物を使って生活が成り立っているのは知っているかい?」


 衝撃の事実に、ノアは思わず言葉を詰まらせた。


「九十って、つまりこの国のほとんどは奈落の資源で成り立っているんですか?」

「そういうことだ。そして、この入り口が多ければ多いほど国が豊かになる。――言いたいことはわかるな」


 それはつまり、人間は奈落によって生かされているのだ。


 元々この世界は神様のもの、というのがこの世界の定義だ。

 しかし君臨すれども統治せずの唯一神は、人間にこの大地を貸し出すことによって人間の管理を任せるようになったと言い伝えられている。

 ゆえにこの世界には王はいない。多くの王侯貴族が神の持ち物を預かり守っているという立場なのだ。


「それで、今回見つかった入り口は開拓途中でな。教会が多くの企業に呼びかけて地下まで続く道のりを探ろうって話だ。このプロジェクトに成功すれば、世界の宣伝にもなるしヘカテリアは神の賜物でさらに発展できる。……ことの重大さがわかったかい?」

「なんとなく。……それじゃあ、ウチにもその依頼が来たってことですか?」

「いいや」


 ノアの言葉をあっさりと否定して見せるクローディア。

 ならばなぜそこまで焦る必要があるのだろう。参加しないのなら、ここまで慌てる必要はないはずだ。

 考えが顔に出ていたのか程なくしてクローディアは一度、ノアから視線を外して手元にある羊皮紙に視線を落とした。


「向こうさんの依頼から依頼が来たんだ。その入り口探索のための護衛をよこせと」

「それは、また乱暴な。向こうの企業の従業員でもダメなんですか?」

「おおかた、自分の社員をそんな質に送りたくなんだろうな。入り口探索は何が起きるかわからないから危険だ。もしかしたら『奈落の恩恵』を得られる前に徘徊する創生獣に襲われるかもしれない。……だから、恩恵が得られる前でも陣がいの力が発揮できる創生獣を借り受けようとしたのだろう」

「……その、奈落の恩恵って何ですか?」


 何度も話の腰を折るようで申し訳ないが、聞かないわけにはいかない。

 ああ、と相槌を打ち、クローディアはたったいまメイド長がいれた紅茶に口をつけ、小さく息をついた。


「君の所ではまだ浅かったんだな。……そうだな、古い言い方をするなら『ステータス』というんだったか? 要は地上とは比べ物にならない力の恩恵が奈落の底では得られるんだよ」

「ステータスッ!? それって能力値や特殊技能なんかを現すあの!?」

「その通り。教会はこの不可解な現象を神の恩寵とでも言っているが、あながち馬鹿にはできん。この力のおかげでわたし達探索者は、あの創生獣とも互角以上にわたりあっていけるのだからな」


 これにはさすがの魔王さまも驚いたのか目を丸くしている。

 魔法や魔族はいないくせに、異世界要素がほとんど見られなかったこの世界にも、やはりこんな刺激的な秘密が隠されていたのか。

 あまりにも現実的すぎる世界で、そういった未知の力は諦めかけていたがここに来てようやく運が回ってきた。


 胸が熱くなる展開にノアはワクワクした思いが胸からあふれだすのを感じた。


「君にはもう少ししたら経験してもらおう、と思っていたのだがあいにく急な依頼だったものでな。今日体験してもらう」

「それは構いませんが、そんな大事な依頼。僕なんかでいいんですか?」


 一人で任務に出かけるというのはそれはそれで恐ろしい。

 地下大地に赴く恐怖はそれほどでもないが、失敗した場合のことを考えると少し怖い。

 シオンも、ノアと同じ考えだったのか服が汚れるのも構わず、テーブルに手をついて立ち上がった。


「そうよ。別に初めてのノア君じゃなくてもいいんじゃない」

「いや、彼でなくてはならない」


 シオンの抗議をクローディアは首を振って拒否した。ただし、その表情は苦虫を噛み潰したような渋い顔だった。

 

「図ったようにお前や探索組も含めて仕事が回ってきた。ここまで来ると本家の意図のようなものを感じる。……このタイミングは明らかに不自然だ」

「――じゃあ断ればいいわ。彼だけにそんな危険なことをさせる必要はない。お姉ちゃんも知ってるでしょ、本家がどれだけ私たちを邪魔者扱いしているか――」

「先手を打たれた」


 一瞬の逡巡もなく言い切るとクローディアは横に座るシオンに時代を感じさせる羊皮紙を一枚手渡した。何を書いてあるのかわからないが、シオンがその内容を読み始めると、彼女の表情があからさまに強張ったのがわかった。


「本家の方からの指令書だ。本家の許可がある以上、この案件を突っぱねるわけにはいかない」

「――じゃあ、この件はノア君に任せるしかないの?」

「そう言うことだ」


 そう言って、事のあらましを見ていた全ての視線が再びノアに集中する。


「やってもらいたいことは、追って向こうで話すそうだ。とりあえず『礼装』と必要なものはすでに取り揃えてある。君が今すべきことは死ぬ覚悟をここで決めてもらうだけだ」


 死ぬ覚悟。

 それは日常を生活するうえでついつい忘れがちになる感情だ。


 人はみな明日生きているかどうかの保証もないのに、未来に希望を抱いて生きている。

 生きていて楽しいと思えたのは、魔王さまと共に生きていて日々思うようになった感情の一つだ。

 こんな日々がずっと続けばいい。そう考えることもしばしばあるが、それでも必ずこの幸せにケリをつけなければいけないのも分かったいた。


 こうやって改めて考えさせられると、自分の死をどこまでも軽く考えている自分がいることに気付いた。


 周囲を見渡せば、誰もが食事をやめて心配そうにこちらを見ている。

 もちろん死ぬ気はないし、もし任務中に死んだとしてもきっとそこに悔いはないはずだ。

 けれど彼らを安心させるためには何と答えれば正解なのかがわからなかった。

 だから、何も考えずに飛び出た言葉にノアは自分でも驚いていた。


「みんなのために命を懸ける覚悟は、とっくにできてます」


 その言葉を聞くなり、ガシャン!!とテーブルを叩く音が食堂に響いた。

 誰もが音のなる方に視線を向けると、シオンがテーブルに手をついて俯いているところだった。そしてそのまま立ち上がる彼女は、呆気にとられた子供たちを残して、勢いよく扉を開けてどこかへ行っていまった。

 誰もが勢いよく閉められた扉に視線を向けるなか、クローディアはヤレヤレと小さく首を振り、いつも以上に鋭い視線でノアを見ていた。


「……何か不味いこと言っちゃいましたか?」

「いいや。――それじゃあ、やってもらえるか?」

「はい。期待に沿えるよう頑張らせていただきます」


 歓声と称賛の声が食堂に響き渡る。

 よく言ったと声をかけ肩を叩く者もいれば、頑張ってねと心配そうにノアを気遣うものまでいる。

 小さく苦笑するクローディアは大きく頷くと、ノアはメイド長に手を引かれて新たな仕事に向けて様々な準備をさせられた。


 おおかたの荷物は向こうに送られるそうだ。ゆえにノアはお手製のマントをローブ型に『編み直して』玄関口まで走っていった。

 そこで、後ろからクローディアに呼び止められてノアは慌てて振り返った。


「ああ、ちょっと待て。護衛対象の名前を教え忘れていた」


 そう言って懐から一枚の紙を取り出して、ノアに手渡す。

 中を開けば、綺麗な文字がびっしりと書かれてある。


「だいたいのことはそこに書いておいた。……護衛対象はジェイ=キシュハルト。二十八歳。大手創薬企業ラフィエルの係長にして、次期部長の呼び声高い後任者……らしい」


 渡された紙には依頼内容のほか、詳しい支持や約束事なんかも書いてある。

 サッと紙に目を通して、ノアは顔を上げてクローディアを見た。

 やけに依頼者の情報が詳しく書いてあるのが気になる。クローディア自身の筆記体ではあるが、ここまでの情報をこの短時間で入手できたとは考えにくい。


「……これってどこ情報ですか?」

「信用のおけない本家からさ」


 それは信用していい情報なのだろうか。

 そう言って肩をすくめるクローディアは、ノアの背中を叩いて激励を送った。


 そしてこの男がジェイ=キシュハルトのなのだろう。

 神経質そうな黒縁の眼鏡の奥に、野心のような炎がめらめらと燃えているような気がする。


「私の顔に何かついているかね?」

「あ、いや。別に」


 つい顔を凝視しすぎたようだあからさまに機嫌が悪くなったジェイは大きくため息を吐き出すと、眼鏡を取ってレンズを布で拭き始めた。


「これだから教育のなっていない劣等種は嫌だったんだ。上の命令でなければあんな落ちぶれた分家の力を借りずに済んだものを。まったく上は何を考えているんだか――」


 ブツブツと吐き出される呪詛はまるでノアでない何かを呪っているようにも聞こえる。

 どうかその矛先が自分に向きませんようにと願っていると、馬車の速度が徐々に落ちて、身体が大きく前に揺れた。

 馬車が止まったのだろう。


「西門2K-六番地。憩いの間」


 室内で鳴る機械的な音に、左側の扉が開錠される音が聞こえてきた。

 眼鏡を掛け直したと同時に鼻を鳴らすジェイは勢いよく立ち上がる。その表情にはどこか侮蔑が混じり、汚物を見るような目でノアを見ていた。


「ついたようだな。ではくれぐれも、私の護衛を頼むよ。えーと、ノア=ウルム……だったかな?」

「はい」

「じゃあ、給料分の仕事はしてくれよ。それが例え命がけでも」


 まるで人権があること自体汚らわしいとでもいうようにして、ジェイは不遜な足取りで馬車を降りていった。

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