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05話 嫌な予感

――とんでもない寝相な気がする。

なぜなら、身体が痛いから。

背中が軋むように悲鳴を上げて、呼吸がしづらい。これは間違いなくとんでもないくらい無茶な体勢を強いられているに違いない。

意識がはっきりしてくるに従い、疑いは確信に変わった。


手慣れたように身体の深部に意識を集中すれば、暗転していた視界が変わり魔王さまがとんでもない格好でご就寝だった。


うつぶせで寝ているのに、なぜか上半身が変にねじれている。

予想の斜め上を寝相を前に、通りで腰あたりがじんじん痛むのかよくわかった。


身体の主導権はノアにある。この言い方には少し語弊がある。

これは魔王さまが契約の際に、この身体の使用権を一時的に譲渡してくれた特典のようなものだが、如何せんノアの意志だけで体を動かすことはできないのもまた真実だった。

元々魔王様専用に作られたこの身体。元々二人分の魂を入れて動くようにはにはできていないのだ。

原因はどうやら、二つの意識が身体を奪い合ってしまうため起こる現象らしく、現在はあえて僕の意識を『先読み』することで身体を動かしてくれている。


右手を挙げたければ、魔王さまがこの身体を操作し、初めてノア=ウルムが動くことができる。

何が言いたいかというと――


「魔王さま、朝ですよー!!」


魔王さまが起きなければまつ毛の一つ、指先の一歩と手動けないのだ。


相変わらず朝に弱い魔王さまを、慎重に叩き起こす。

機嫌を損ねて朝からお仕置きは勘弁願いたいし、下手に魂に干渉すれば魂ごとローストされるのは僕自身なのだ。


ここは慎重にいかねば。


するとノアはふと顔を上げて(魂なのに顔を上げるとはこれ如何に)小さく顔をしかめた。

一応、最低限の感覚は共有できるようになったのか、身体は動かないが五感は共有できるようになったのはありがたい。

おかげで周囲の状況が魔王さまなしでもわかるようになった。


夏のジメジメした空気ではなく、爽やかな朝露の香りと鳥のさえずりが心地よい。

規則的な寝息を立てて上下する身体に、開け放った窓から流れる風が頬を撫でた。


できるだけ早寝早起きの健康的な生活を心掛けているノアとしては、なんとなく今が朝の五時というのがわかる。

この時間はたいていがメイド長やその下で働く朝当番が仕事をしており、窓を開け放っておくと食堂から洩れる食欲をそそる匂いが風に運ばれたりする。


だが、ノアのいる納屋の屋根裏部屋と屋敷との距離はそこそこ離れており、ここまで喧騒が聞こえてくるというのはおかしい。

それによく聞けばクローディアさんと誰かが門扉のまえで話し合っているようだ。


内容は掠れて聞こえないが、どうやらただ事ではないような雰囲気を放っている。


「魔王さま魔王さま、起きてください。朝ですよあさッ!!」

「――もう少し寝かせろ人間。私はもっと寝ていたい」

「いやでも何かあったみたいですし、早く起きましょうって、事件ですよ事件」


むにゃむにゃ口を動かす魔王さま。平時であれば可愛らしく、ささやかな癒しの時間なのだがそうもいっていられない。

寝返りを打っては、毎回違うパジャマからおへそがチラリと見えてらっしゃる(魂なのにパジャマ? 硬いこと言いこなしじゃ!!)が、ここは我慢。

ボタンの外れ賭けた胸元とか、うなじとかその他もろもろの色々危うい誘惑をググっ!! と押し込め覚悟を決める。


多少強引な手に出ても叩き起こす。


そう、まるで平日疲れのOLさんばりにまったりと寝返りする魔王さま向けて、僕ができることはただ一つ。


「あーさーですーよッ!!」


ダイナミックジャンプしかあるまいよッ――!?!!



 結論から言いましょう。朝からローストされました。

 泥棒さんダイブは、未然に気配を察知した魔王さまのカウンターで沈められ綺麗に組み伏せられる。

 若干怪しく光る深紅の瞳には『ほほーん、寝起きを襲うとはなかなかの下衆になり下がったな?』というに言葉がありあり浮かんでおり、魂なのに冷や汗をかくという不思議な体験を経験させてもらった。


 結果、言い訳も虚しく、過度な干渉が魂を焼き朝から悶絶して覚醒する羽目となった。


 床の扉を開けて梯子を降りると、道具のしまってある一階の納屋を抜け、外に出る。

 僅かに日の出の上る朝日に、目を細めるとそこにはスーツ姿のクローディアがこちらに気付くことなく、門の前で何かを話し込んでいた。

 すると、数人の男を引き連れた眼鏡をかけた営業マンの男がノアに気付いて、クローディアに向けてまた何かを話しかけた。

 それに対して、何かなにか渋そうに顔を歪めるクローディアが反論するが、それに取り合う男ではなかった。


 この距離から会話を聞き取ることはもちろんできるが、それは魔王さまの補助あってのことだ。

 ノアの力でも『本家』やら、『彼』『命令』という言葉しか聞き取れなかった。


 首元でまとめた一房の髪が、朝日に反射しては動きに合わせて小さく揺れる。

 声が荒々しくなると、ノアは慌ててクローディアのもとに駆け寄った。すると、彼女の瞳がわかりやすく大きく見開かれ、男の表情に余裕が生まれた。


「――して、クローディア殿。彼ではだめなのですか?」

「この子はまだ研修中だ。いきなり、あそこへは行かせられない。それは貴方がたも承知のはずだ」

「ですが、人手は一人浮いているのでしょう? なに、劣等種のことです。身体も丈夫ですし、なにより今回の仕事には彼以上の適任者はいませんよ。……いまのところは」

「貴方の会社は未熟な社員一人にプロジェクトを放り投げるのが方針のようだ」


 皮肉ったっぷりの言い草に、わずかに頬を痙攣させる男だったが、すぐに余裕の表情に戻ると、


「勘違いしてもらっては困ります。我々としてもこのように急な依頼は申し訳ないと思っております。……ただ、クローディア殿にも申し上げました通り、すでに許可は得ておりますので」


 勝ち誇ったように、厭らしく笑みを浮かべた。男の言葉に、クローディアはあからさまに小さく舌打ちする。

 しかし、大きくため息をつくと忌々しい表情で男を睨みつけ、差し出された男の右手と握手を交わしていた。


「くれぐれもよろしく頼みますね、クローディア殿」

「――はぁ、わかりましたよ。そちらの件はそれで妥協しましょう」

「では、午後に改めて伺いますので、これにて失礼します」


 男の声に苦虫を噛み潰したように答えるクローディア。

 一瞬、男の視線がノアの方に落ち、下から上まで舐めまわすように見てから数人の男を連れて立ち去って行った

 男たちが去ったのを見送ってから、もう一度大きくため息をつくクローディアはゆっくりとノアに目を向けた。


「もしかしてなにかやっちゃいましたか、僕?」

「いや、君は悪くない。悪くないんだが、……面倒なことになった。朝食のあとで話す、とりあえずいまは外に出かける準備をしていてくれ」

「準備、ですか?」

「ああ、――ったく、あいつは面倒なことを押し付けてくれる」


 あの男に対して悪態をついているのだろうか。

 怒り心頭のクローディアは、尻尾のように揺れる一房の髪を激しく振り、屋敷の方に歩いていく。

 その手には一枚の紙がクシャクシャに握りつぶされていた。


 そしてあとに残されたノアの頭に楽しげな声が響いた。

 

『なかなか愉快なことになってきたな』


 そう言って、ノアは魔王さまに促されるままに急いで、自分の部屋に戻っていった。


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