幕話 『――』の企て
そしてここでもまた、和やかなの地上の裏側で闇の影がうろついていた。
おおよそ、豪奢ともいえない飲食店。昼時だからだろう、どこにでもあるようなチェーン店は大繁盛だった。軒並み増えていく客足は途絶えることを知らず、片手で食べられるバーガーやポテトを頼んでは、右へ左へと掃けていく。
そんな庶民向けのハンバーガ店で、ひと際異彩を放つ『女性』がグラマスな豊かな胸をテーブルに押し付けて、注文したてのポテトに噛り付いていた。
御付きの人がいればそれこそだらしないと叱ったであろう姿。
それでも『彼女』は、一人でありマナーを気にするようなそぶりも見せない。
いかにも絵本から抜け出してきましたという見た目だが、周りは誰も気にしない。
そもそも混雑した店の中で誰も彼女に気が付かないという方がおかしいのだ。
『まるでそこには誰もいない』とでもいうように、群衆の視線が『彼女』に集中することはなかった。
しなしなのポテトを口に含んでは口についたケチャップを気にせず、また一本また一本と口に運んでいった。
「はいはーい、そんじゃあ確定っと」
モグモグと口を動かし、虚空に向かって話す言葉に答えるものは誰もいない。
それでも、周囲の視線が『彼女』に集中することはなかった。
「黒幕さんってのは基本的に表に出られないが辛いところよねー。自分で出張りたくってもこうしてただ見てることしか出来ないんだもの。ほんと困ったものだわー」
つまらなそうに息をついて、庶民の食べ物を口にすると艶めかしく指についたソースを拭う。
「じゃあ、当初の予定通りお願いね? とっておきの情報拡散よろしくー。教会への根回し? ああ、それは私がやっておくわー、だってその方が面白くなりそうだしー」
適当に指示を出して、即座に通信を切ると大きく伸びをして、ポテトフライを口に運ぶ。
視線を少しずらせば、廃墟と化した洋館から豊かな声が聞こえてきた。
あの日常をぶち壊せば『あの子』はいったいどんな顔をしてくれるだろう。
脳裏によぎるのはあの責任感の強いあの真面目ちゃんだ。あの子がどんな顔をするか考えただけでゾクゾクする。
さぞ、頭を抱えて困っているに違いない。
「ふふふ、せいぜい束の間の幸せをかみしめてなさい」
ゆっくりと席を立ち、優美な動きで立ち去る。
『誰とも接触』せず、かといって『誰にも気づかれる』ことなく優雅な姿で。
「さてさてじゃあ楽しませてもらおうっかな≪クロちゃん≫?」
彼女は心底楽しそうに声を上げた。