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序章 うわさとちくわ ~仁義なきある朝~

……噂話というのは厄介だ。

どこが発信源で、何が本当なのか分らない。

周囲に聞き耳を立てていると、(元)魔王たる私でも馬鹿馬鹿しく思えるような井戸端会議が聞こえてきた。


『それで聞いたかい? ティタノエル家の問題児がまた新しい劣等種を引き入れたんだって』

『またかい!? 今度はどんなのが入ったのよ』

『なんでも、白い髪に真っ赤な目をした化け物っていうじゃない。ほら、あそこで騒いでいる――ああ、恐ろしいたりゃありゃしない』

『もしかしてあの奴隷商団千人を相手に殺しつくしたっていうあのッ!? なんで警備団はそんな化け物を野放しにしておくのさ!!』


ややげんなりとため息を吐き出し、私は七千年後の『異世界』を仰ぎ見た。


空がどこまでも青く澄み渡っており、賑わう人の数。そして生前とは違うその生活技術に圧倒される。

この世界に転生してまだ一年たっていない私からしてみれば、魔族のいない世界というのがここまで平和だとは考えられなかった。


人間の卑劣さも、浅ましさも見てきた。

それ以上に、道端で餓死してきた子供や、戦死していく者の数が多い『あの頃』に比べればはるかにはましだが、平和になったかと言えばそうでもないような気がする。


『だいたいなんで劣等種なんてケダモノを守るのかねぇ、そのまま他国に攫われっちまえばよかったのに』

『そりゃ、警備団が裏で糸を引いてたに決まってるじゃない。きっとあの問題児とつながってんだよ』

『えーッ!! それじゃあ、この聖門都市も危ないじゃない。いつ暴れるかわかったもんじゃないよッ!?』


どこからともなく語り継がれる話題は毎朝、事欠かない。

ご婦人たちの噂好きにも困ったものだ。

他者の主観によって大きくねじ曲がった情報は、いつしか尾ひれがついて面倒なことになると聞いたことがあるが、まさかこんな形で耳にすることになるとは思わなかった。


転生してからはや六十日。

事件が過ぎてから、約二週間が過ぎた。


未だに、警備団の大捕り物の話題が事欠かず、いまではニュースで持ち切りだ。


世界の裏側を垣間見たあの誘拐事件。


その事件の渦中で、『私たち』は多くの悲しみを見て、多くの命を救った。


地下生活初めてかかわった事件が、差別とは『人間』も運が悪い。

現行犯となった男は風の噂で獄中で死んだらしい。

悪人の最期など決まってそんなもんだが、私の『友人』はドがつくほどの甘ちゃんだ。

一時は、暗い表情を見せていた『友人』も、こうして研修期間に勤しむことで気を紛らわせている。


転生生活にも慣れてきたのか、それともただお気楽なだけなのか。いや、おそらく両方だろう。


この『友人』の性格からすると、周りの噂など気付いてさえいないかもしれない。

自分に向けられる評価を人一番気にするくせに、こういった噂には鈍感だから手におえない。

それでも出会った時よりはまともになったのがせめてもの救いだろう。


三つの願いの内、友達になって欲しいなどとのたまったのは世界でもあの『人間』が初めてだろう。


……まぁ、話題はそれてしまったが、とにかく。人という生き物は未知の可能性というものによく惹かれるものだ。

一概に、人間だけとは言えないがおおよその生物はそれに当てはまるだろう。


そして人間は、形の伴わない噂話でさえ嬉々として共有せずにはいられない。

それが実物などなくとも、その情報の正しくなくとも関係ないのだ。


『情報は正確に』が信条の私からしてみれば考えられないことだが、要はただ誰かと話題を共有するのが楽しくて仕方がないのだ。


そうなると、この朝の市場でも、


『ハタウリデパート大特価、いまならモシウリの卵が安い!!』

創薬会社ギルドの闇!! 恐怖の人体実験の裏側とは!?』

『ちくわで始めるダイエット法!? 魅力のプロポーションをあなたに』


という胡散臭い噂話で持ち切りになるのも頷ける。


現在、奥様の話題の九割は噂のダイエット法だが、一昨日のニュース番組に乗せられて、朝一番で商品棚から目ぼしいちくわを消し去ったその執念深さには感心させられる。

すでに死んでいる私からすれば肌のケアなど心配する必要はないのだが、寿命の短い人間たちは一大事だしい。


この朝の市場には勝者と敗者しかいないかった。


ウキウキルンルンで買い取りレジに向かう若奥様と、わかりやすく意気消沈する奥様方。

一方、店の従業員はその絶望的な顔をするお客様にオロオロしているばかりで、あまりにも哀れだった。


そんな死屍累々に項垂れる奥様方のなかで、ここにも一人。馬鹿な噂話に踊らされた愚か者が、太陽照り付ける朝市場で慣れない値切りの真っ最中だった。


そしてそれは恥ずかしながら私の『友人』である。


「だーかーらー!! なんでちくわ一本二百ゼルするんだってば、――ほらこのチラシ!! 一本九十ゼルじゃん!! 百ゼルいかないじゃん!?」

「ふっふっふ、ノアの兄ちゃん馬鹿いっちゃいけねぇ。時代はちくわブーム。そう!! 昨日のチラシなんざぁ当てにならねぇのよこれが!!」

「だからって二倍はボリ過ぎでしょう!?」

「関係ないねッ!!」


白い髪をぶんぶん振り回し、手元のビラをバシバシ叩いて語調を強めるノア=ウルムに対して、決して身なりがいいとは言えないボロ継ぎの服を着たロブ=レッドフィールドが、勝ち誇ったように大きな練り物を掲げてみせた。

持つ者と持たざる者の違い。そこには勝者の余裕が浮かんでいる。


他の買い物客がとてつもなく痛い目で二人の子供を見ているが、どうやらこの二人は気付いていないらしい。

店の外で白熱する言い争いのなか、唇の端を二ッと浮かべるロブはどこか誇らしげな様子で、ちくわを弄んでいた。


傍から見ればしょうもない子供の喧嘩に見えるかもしれないが、言い争っている内容も内容なだけにしょうもない。


ぐぬぬぬぬッ!? と歯を食いしばるノアに、くすんだ赤毛の少年はいやらしく唇を吊り上げた。


「それに俺は兄ちゃんの言うもんをきっちり買っただけで、そこに関しては文句を言われる筋合いはないんだけど? ちょっと高かっただけじゃん」

「いやしっかり値札九十ゼルじゃん!! 定価格じゃん!? 百十ゼルどこから来た!?」

「そりゃ、プレミア価格?」


飄々と言い放つ赤毛の少年。たくましく生きてきたせいか、路地裏でもきちんと生きる術を身に着けている。

対して、この甘ちゃんはただ叫ぶことしかできないのか、我が友人ながらに本当に情けない。


「とにかくこの通り!! 屋敷でシオンが楽しみに待ってるんだ、あの人の涙ぐましい努力を奪わないでやってくれ」

「んなこと言ったって、依頼のダブルブッキングで買いにこれなかった兄ちゃんが悪いんじゃん。……ちくわブームで品切れになると思ったから俺に頼んだんだろ?」

「くっ!? さすがに痛いところをついて来る」


懇願するように縋りつくノアの言葉を、バッサリと切り返す。そう言われてしまえば何も言い返せない。


そう、時間は昨夜に遡る。

研修期間でクローディアの任務を果たすために早めに就寝しようと、廊下を歩いているところだった。

前から歩いてきた雇い主の妹。シオンが申し訳なさそうにノアを呼び止め、お使いを頼んだのだ。


『無理なのは承知なんだけどね。ノア君、ちょっとお使いを頼みたいんだけどいいかな? え、なんで? それはちょっと――』


どうやら、身長が伸びるという謳い文句を本気で信じたらしい。

ちくわにそんな効果はないとわかっていても、目を潤ませる少女の瞳に、この馬鹿は断り切れなかった。


そうして迎えた早朝、クズ鉄拾いに勤しんでいたロブを見つけては頼み込み、金を渡して店に並んでもらったという訳である。


「頼む!! 自信満々で買ってきますって言っちゃって今更買えませんでしたじゃ格好がつかない」

「悪いね兄ちゃんこっちも生活が懸かってるんだ。それとこれとは話が別だ、でもいい勉強になったでしょ?」


全くである。

そう言っていい笑顔で小さな手のひらを差し出してくるロブ。途端、ノアの顔色が青くなった。

不思議そうに首をかしげるロブが、わかりやすく深紅の瞳を逸らしたノアに向けられる。


「……ん? たった百十ゼルくらい余分に払ったって問題ないでしょ。兄ちゃん働いてるんだし」


ビクッと肩を震わせる我が友。『人間』の動揺がこちらまでありありと伝わってくるようで、情けない思いで大きく息を吐いた。

か細く漏れる声がノアの口から発せられる。


「い、いやその、ね? 前のお使いの分で手持ちがほとんどないというか~、ぶっちゃけもうお金ないというか~」

「……兄ちゃん?」

「えー、だからと言いますかー今回は定価で売っていただくことはできないでしょうか?」


すると、ロブの目元がスッと鋭くなった。笑っているのに目が笑っていない。

途端、人間の方からSOSが飛んできたがもちろんそんなの知らん。自分でどうにかしろ。


泣きつくような抗議に無視を決め込むと、目の前の少年がヤレヤレと首を横に振った。

嫌な予感に駆られている人間だが、おそらくその予感は正しい。


「ただいまより、ちくわの競売を始めたいと思いまーす」

「ちょっと待ってロブ君話し合おうッ!?」


よく通る声が、市場にとどろいた。縋りつくようにロブの口をふさぐがもう遅い。


ロブのたった一言に、生きる屍だったご婦人方が息を吹き返した。

ちくわちくわと呪詛を吐き出すご婦人たち。

血肉を求めるゾンビのように赤く目を光らせ、迫りくる姿はまるで獣だ。


当然、そんな中に人生舐め切ってる甘ちゃんが叶うはずもなく、

「待って、待っててばそんな吊り上げないでッー!?」と叫ぶも虚しく、戦場とも呼べる競売がロブを中心から勝鬨が上がった。


さわさわと頬を撫でる風が頬を撫でる爽やかな朝。

ほくほく顔のロブは、哀れな敗者に九十ゼルを突き返さすと、満足げな足取りで去っていった。


文字通り真っ白に燃え尽きた人間ことノア=ウルムは、九十ゼル片手に呆然と立つしかなかった。


ちなみにちくわは九百ゼルで売れた。

ここから第一巻がはじまります!!

0巻を読んでいない方でもこの巻を楽しめるよう工夫していくので楽しみにしていてください!!


PS―― できるだけ早く用語集を作るように頑張ります 

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