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エピローグ

 ――そして。

 少年少女が新たなる歴史を白紙に紡ぎ出したなか。また『誰か』も静かに動き出していた。


『時は満ちた。私は貴様にそういったはずだな? ウェズコット(ネズミ )


 この世全ての闇を溶かしてもまだ、薄まることのない声が静かに吐き出された。


 目の前に跪く男の命はそれこそ戯れの一つで無残に散るだろう。

 慎重に言葉を選ばねば、それが遅いか早いかの違いでしかない。


『こ、此度の失態はわたくしの致すところでございます。なにぶん、警備団が動いておりまして』

『そんなことを聞きたいのではない、我がしもべ、ウェズコット。サンプルはどうなったかと聞いている』


 誤魔化せば、即首が飛ぶ。

 身体から滴り落ちる脂汗が、未来の結果を物語っている。

 震える声帯を必死に抑えながらウェズコットと呼ばれた男は、恭しく額を地面に擦りつけた。


『サ、サンプルは聖神守護機関の手に渡りました』

  

 一拍だけ僅かな沈黙が流れる。それでも、口調の全く変わらない冷たい声が室内に響いた。

 子供を諭すような声。それでも響き渡る冷たい声には死臭が漂っていた。


『それで? 貴様はいままで何をしていたのだウェズコット。まさか、ただ何もしなかったわけではあるまい?』

『我が君!! わ、わたくしめはあなた様の命を忠実に実行しておりました。運び手を始末し、一切の情報を抹消させました。わたくしは御身のためにと!!』


 泡を吹くように捲し立てる男の声に、冷たい声が低く唸った。


『いいやそれは違うぞウェズコット。貴様は我が命に従ったのではない。貴様は己が失態を隠すために、運び手を殺したのだ。畏れ多くもこの私を欺けると疑わずにな』


 うッ!? と男の口から声が漏れた。

 口調が強くなり、気道が圧迫される。

 頭に血がたまり苦しげにその場にうずくまる男は、喘ぎながらも何もない空間に震える手を伸ばした。


 掠れた声が闇に溶けていく。 


『誓って!! 誓ってそのようなことはありませんわたくしはあなた様の忠実なしもべです、あなた様を裏切るようなことは致しません』

『ならば、貴様は私のために何をしたというのだ。答えろ、ウェズコット』


 男の身体が不自然に宙を舞い、バタバタともがき苦しむ。

 僅かにもれるうめき声と共に、男のあらん限りの掠れた声が室内に響き渡った。


『――っ実験は第二段階を迎えました』

『……ほぅ。……それはよい報せだ。よい報せだぞウェズコット』


 まるで全ての束縛から解放された様に崩れ落ち、男は大きくせき込んだ。

 むせかえる声に僅かに血の匂いが香る。


 姿なき声は、それでも這いずるように闇を闊歩し男を見下ろしているようだ。


『気取られてはならん。我が神にも、そして忌々しい貴族どもにもだ』


 怒りに満ちた声が、静かに。それでいて全てを凍らせるようにまき散らされる。

 その声に恐れ戦く男は、額を床に付け頭を守るようにして震えだした。


 口のなかで転がすような声には残酷さを愉しむ色が乗せられ、冷たい声が一瞬途切れた。


『ウェズコット。いま我が従僕が面白い知らせを持ってきたぞ』


 まるで、白痴の愚かさを嘲笑うような声に、男は飛び上がるように顔を上げた。


『その扉の前に客人がいるとのことだ。なにをしているウェズコット。貴様は客人のもてなし方も知らぬのか?』


 男が慌ただしく進み出でて、扉をあけ放つ。

 身を隠す暇もなく暴かれ、慌ただしい音とともに悲鳴が室内を満たした。


 呆然と開け放った扉を眺める男の顔が白く染まる。


『完成を急がせよ。二度目はない。その時はウェズコット、貴様の最期となろう。貴様の働きに私は期待しているのだ』


 満足そうに息をつく冷たい声は、一向に口調を変えずこう告げた。


『黄昏の時は近い』


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