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24話 終劇

 もうもうと上がる土煙。

 首輪に仕掛けた爆破術式が無事発動したのだ。奴隷が逆らわないように着けていた首輪だったが、威力を最大限に上げたら想像以上の威力になった。

 クレーターのように地面はえぐれ、無事だったはずの荷馬車は余波で横転し、なかから生き物の鳴き声が喧しく響き渡る。


 それを一人、遠目で見ていたモースンは傷に障るのも関係なく、高らかに下卑た笑い声を上げた。


「ははは一緒に自爆しやがった!! あんな家畜ども見捨てりゃあ助かったものを所詮は家畜は家畜だ!!」


 転げまわるようにして、身体をよじり痛みで顔をしかめる。

 当初の予定は狂ったが、荷物は無事だ。これなら本国に帰っても十分に挽回できる。 


「まずは、迎えを呼ばねぇと。このクズ共はもう使えねェからな」


 パネルを操作し、本国に通信を入れる。

 迎えの時間はとっくに過ぎている。このまま時間を食ってしまえば、警備団の捜査の手がここまで伸びてしまう。


 何度もなるコールのなか、苛立ちげに舌打ちする。


「さっさと出ろってんだクソが」


 ズキズキ痛む鼻を抑え、小さく呻くと不意にモースンの首筋に冷たいものがよぎった。

 慌てて後ろを振り向くが、そこには立ちこめる煙が空に尾を引くばかりで、なにもない。


「なんだ、脅かせやがって」


 どうやら荷物となる創生獣が暴れただけらしい。

 ホッと胸を撫でおろし、ガキどもが塵に立ったクレーターをじっと眺める。


 ただ妙な違和感があった。


 確かに爆発四散したはずのクレータ。そこには確かに何もない。

 ただ、あまりにも綺麗すぎる気がする。

 四人のガキどもが吹っ飛んだのなら血と臓物の破片がこびりついてもおかしくない。それはまるで初めからガキどもがいないような――


『だから言ったろう人間。この程度造作もないと』


 不意に聞こえる女の声に、心臓を鷲掴まれたような感覚が全身を襲った。

 あまりにも妖艶で美しく、それでいて冷たい声。

 本能に根差す寒気は魂を震わせ、モースンの身体を凍らせるように硬直させた。


 カチカチと歯の根が合わない。痛む身体も構わずあたりを見渡すがそこには誰もいない。

 にも拘らず、この頭に響く声は何だ。

 寒くないのに身震いする身体は言うことを聞かず、モースンを震え上がらせた。


『いい加減種明かししてやったらどうだ。これ以上こんな下等な奴の魂に干渉するなど私はごめんだぞ』

「そうですね。ご苦労様でした魔王さま」


 明滅する視界が開けた途端。聞きなれた声にモースンは目を見開いた。

 視界がぶれて、奴隷もろとも吹っ飛ばしたはずの白い髪のクソガキが立っていたからだ。


 身体に傷はなく、爆破に巻き込まれた形跡すらない。


 慌ててクレーターに視線を飛ばせば、奴隷のガキどもは地面に伏せているばかりで傷の一つもついていないかった。


「な、なぜだ。確かに俺は吹っ飛ばしたはずだ!?」

「チョーカーの楔は爆破の瞬間に外させてもらった。あんたが幻覚を見ている一瞬のすきにな」

「げ、幻覚だと!?」

『この程度の小細工を見破れない私ではないからな。マントの素材を通して、低俗な魂に干渉するなど片手間でできる』


 手のなかで唯一無事だった家畜のチョーカーを弄び、ふわふわと宙に浮く白いガキと瓜二つの女を見て、喉から干上がる悲鳴が上がった。

 愉しそうに口を歪める女の視線がモースンを捕らえる。その視線は嗜虐に満ちており、恐怖に凍り付く顔をどこまでも楽しんでいるようだった。

 すると、女の視線が愛おしそうに白いガキに向けられる。


『さて人間。このクズはどうする? あの子らは私の魔力で眠らせているが、こいつにそんな生易しい手段をとる必要はないよなぁ?』

「もちろんです。ただ殺すだけじゃ、あの子たちは満足しない」


 ハッキリと言い放つ白いガキは、ゆっくりと近づきモースンの頭を鷲掴んだ。

 ギリギリと締め付けられる頭蓋骨が嫌な音を響かせる。苦悶の表情を浮かべて叫び声をあげても、身体が動くことはなかった。


「ただ、殺すようなこともしたくない。こんなクズのために殺人は侵したくないしね。……だから」


 言い淀むクソガキの口元が柔らかく持ち上がった。


「死ぬほど辛いトラウマを負ってもらいます。これから一生、苦しむようなトラウマを」


 瞬間、モースンの脳に電流が走った。

 それはつま先から炙られるようにじわじわと走り、頭のてっぺんまで焼かれる痛みが襲ってくる。

 切り刻まれ、肉をすりつぶし、神経の一本一本をそぎ落とすような感覚が。

 頭の中に蠢く虫が脳を喰らい、臓腑を喰らい這いずり回る感覚が身体中を蹂躙していった。


 いくら許しを請おうと、意識が途切れることはなかった。

 


「こんなものかな」


 手を離すと、顔から溢れ出るものすべてを出し尽くした男が地面に崩れ落ちた。

 僅かに息はしているが、白目を剥いて痙攣するばかりで生きているのかさえ怪しい。


『廃人一歩手前まで追い詰めるとはなかなかエグイことをするな人間』

「この人はそれだけのことをしたんだ。当然の罰、……とは思わないけど、彼らの痛みの十分の一でも味わう義務がある』


 それに、と言って未だに小さな寝息をたてている子供たちに目を向ける。


「彼らに復讐なんて馬鹿げたことはさせたくない」

『記憶を一応弄っておいたから、本人たちも多少は溜飲が下がっただろうよ。人間がさっそうと罰を下したようにな』

 

 それはありがたいが、やってもないことで彼らにヒーロー扱いされるのはちょっと困る。

 疲れ切っているのか、それとも緊張が途切れたのか子供らしい寝顔を浮かべている。

 その隣に、虎の因子を持った少女を寝かせてやり、彼らの頭を一人づつ撫でていった。


『……それにしても、かなり危なかったな人間。あと少し遅れていたら子供たちは肉片だったぞ』

「そうならなくて本当によかった」


 最期まで魔王さまに助けられてしまった。

 魔王さまからもらったマントに視線を落とし、大きくため息をついた。


 魔力操作による形状の再構築。


 マントをとっさに鋭い刃に変えて、子供たちのチョーカーだけを正確に切り離す。

 爆破の寸前に素早くマントの姿に再形成させ、子供たちの身体を爆風から保護してみせた。

 とっさに思い付いた判断だったが、思いのほかうまくいってよかった。

 

 地下大地であれだけ苦心していた技術をものにしたのだ。いまでは思い通りにマントの形を変えることができる。

 すると、魔王さまの方から声がかかった。


『この男の記憶も弄っていいんだよな?』

「あ、はい。さっきまでの一部始終のすべてを消してください。おしおきの幻覚も含めて」

『しかし何故そんな回りくどいことをする。このまま残しておけばよいだろうに』


 そうブツブツ言いつつも、魔力を直接脳に流して記憶の改ざんを始める魔王さま。


 もちろん大まか理由は二つある。

 一つは、記憶をのぞき見防止策だ。

 アレンの口ぶりだと、他者の記憶を覗けるような術があるように思えたのだ。

 例の下っ端を捕らえたとき、あそこまでの短時間で犯行の内容を自供させるというのはかなり難しいはずだ。

 もし、何らかの方法で記憶の閲覧が可能ならば、それを防ぐ手立てを講じておいても悪くない。


 これはあくまでそんな気がする、だがリスクはできるだけ排除しておいた方がいい。


 二つ目の理由はもちろん――。


「この人の罰だよ。この人は一生、記憶にない恐怖に怯え続けなくちゃいけないんだ。トラウマってのは記憶がなくても体が覚えてるからね、――あとはこの人次第だ」

『それは経験者としての言葉か?」

「まぁね」


 記憶の改ざんを終え、小さく寝息をたてる男。


 もしこの経験を通して、生き方が変われるのであれば生きているうちにそのチャンスを与えてやりたい。

 それがノアの考えだった。

 確かに彼に対する怒りは今もなお消えていない。それでもノアが彼らに変わって罰を下すのは間違っている。

 それは単なる自分の感情の腹いせに過ぎない。ここはしかるべき機関に捌いてもらうのが妥当だろう。


『汚職が横行するような組織にか?』

「アレンさんが何とかしてくれるよ、きっと。それに、この人は重要な情報を握っているみたいだしね」


 荷台に目を向ければ、いまも檻のなかで泣き声を上げる創生獣たちが。

 クローディアの話では、遺物の密輸は大罪らしい。これだけの物的証拠があれば言い逃れはできない。


 甘いと何と言われようと、人は変わることができることをノアは知っている。

 ならば、この人が何らかの形で変わるその可能性を信じてみたい。


『また同じことを繰り返すようならどうする?』

「おそらくそれはないと思う。……死ぬより辛い経験をしたんだ。もう一生、彼らに関わろうなんて気は起きないはずさ」

『相変わらずお前は甘いな』

「疑うのが面倒なだけですよ」


 大きく息をついて、夜空を見上げる。

 そう言えばアレンたちはどうなっただろうか。


 そんなことを考えていると、複数の荷馬車の足音に気付いて振り返る。

 馬車に揺られて、アレンがこちらに手を振っているのが見えた。

 そうして十名あまりの職員が到着して、皆一様に目を丸くしていた。

 総勢、二十人余りの男たちが大地に突っ伏しているさまを見れば誰でも驚くだろう。


「これは――」

「この事件にかかわった幹部のすべてです。誰も逃げていないと思います』

「ああそれはいいが、ノア君。君、怪我を――」


 飛びつくようにアレンがノアを抱き留め、赤く染まった頬に手をやった。

 気づいて指で拭えば確かに返り血がついていた。おそらくモースンを殴ったときに飛んだものだろう。

 ナイフを突き立てられても傷つかない身体だ。

 報告するわけにもいかないがそれでも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「ああ、これ返り血です。誰も殺してませんよ」

「十分だ。彼らの拘束はボクらの仕事だ。本当によくやってくれたよノア君」

「……それで、子供たちはどうなりました?」


 本当に心配なのはそっちだった。

 本来ならアレンたちの到着を待ってから追いかけるべきだったのだが魔王さまに急かされて、追いかけてしまった。

 結果、多くの子供たちを救うことができたが、これで一人でも攫われていたら助けた意味がなくなる。


「そっちのほうなら問題ない。いま仲間たちが彼らを保護している最中さ」

「そうですか。本当によかった」

「君の友達のロブ君? が状況を詳しく説明してくれてね。迅速に君の後を追うことができたよ」


 険しい顔つきだったアレンの顔がふっと緩み、ノアは大きく胸を撫でおろした。

 結局、魔王さまの言う通りになった。

 胸を張る魔王さまの言葉を頭でいなしつつ、ほっと息をつく。

 やりたかった実験を成功しつつ、なおかつ目的も達成できた。

 辛い目にあった子供たちもいるけど、助かって本当によかった。


 女性職員の手で荷馬車に運ばれていく子供たちを見送り、アレンは大きく伸びをした。


「結局、君に任せっきりになってしまった。本当に申し訳ない!! ……そして、街を守るものとしてお礼を言いたい。よく子供たちを助けてくれた本当にありがとう」

「そんな、顔を上げてください。僕の方こそだいぶ迷惑をかけてしまってすみませんでした」

「いいや、素直に君に助力を願っていればもっとスムーズに事件は片付いた。あと少しで取り返しのつかないことになるところだった」


 年上に謝られるのは慣れていない。

 ワタワタと手を動かし、顔を上げるように言うがなかなか聞き届けてもらえなかった。


「……それで、アレンさん。あの子たちはどうなるんですか?」

「ボクの知り合いに幾つかツテがある。信用できる人たちだから、そんなに心配しなくても大丈夫さ」


 明るく言い放ち、アレンは聖門都市に向かう荷馬車を見送った。

 あの中には、きっとロブもいるのだろう。荷馬車の後ろから顔を覗かせる子供たちがこちらに手を振っている。



「彼らが助かったのは本当に喜ばしい。ただ、心に深い傷を負っていないかだけが心配だ。……特に、君が救った奴隷だった子たちは」

 

 アレンもそこからの言葉は続かなかった。 


 当然だ。心の傷がそんなに簡単に言えるのならば苦労などしない。

 おそらく彼らは、一生苦しい思いをして生きていかなくてはならない。


 いま、自分たちにできることは少しでも彼らの心が癒えることを祈るしかできないのだ。


「もっと早く助けてあげられれば良かったけど」

「ああ、ボクもそう思う。でもそれは言っても仕方ないことだ。……だから、ノア君。もし彼らが望むのなら彼らの遊び相手になってやってほしい」

「遊び相手ですか」


 首をかしげると、その大きな掌がノアの両手を包み込んだ。


「クローディアさんからはボクの方から伝えておくよ。本当ならあまり会わない方がいいんだあろうけど、馬車のなかで子供たちがしきりに君のことを聞いてきてね。君なら彼らの心を開かせることができるかもしれない」


 それは願ってもない申し出だった。

 怖い思いをした直後だ。恐ろしい記憶を思い出すかもしれないと、会えないことを覚悟していたが少しでも子供たちのためになるんだったら協力は惜しまない。

 

「あとは我々の仕事だ。君にばかり任せるのは本当に心苦しかったが、無事でよかったよ。これでクローディアさんにもいい報告ができる」

「げっ、そういえば言いつけ破ってたんだった」


 そういえば忘れていた。

 あれほど問題を起こすなと言われていたのに堂々と破ってしまった。これではどんなお説教が待っているかわからない。


「はは、まぁあの人のことだから気にしてないと思うけどね。それよりもう眠いんじゃないかい? だいぶ目がとろんとしてるけど」

「え、そん、なこと――」


 あれ? おかしい。力が入らない。

 これじゃあまるで地下世界で魔力を使ったみたいな――。


 何かを言いかけて事切れる。


 アレンに抱き留められたと思ったら、意識がだんだん遠ざかっていくのを感じた。

 魔王さまが何か言っているような気がするけど、聞こえない。

 重い目蓋を押し上げようと努力するがどうやら駄目みたいだ。


 よくやったな人間。


 優しげな声が心を打つ。

 泥に沈むように意識はどんどんと胸の奥に沈んでいき、ノアの意識はやがてぷっつりと途絶えた。 


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