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23話 震える心に手を添えて――

 静まり返る夜。

 あれほど喧騒と悲鳴が入り交じっていた惨劇が嘘のように鳴りを潜めていた。

 月明かりが煌々と照らす大地は、草木に光を入れ剥き出しになった大地を赤く光らせる。

 小さく息を吐き出し、形成した『腕』をマントに戻すと、飛んできた小刀を拳で弾き飛ばす。


 くるくる回る小刀は、地面に深々と刺さり、ノアは未だに無事な荷馬車に視線を投げかけた。


「いい加減出てきたらどうだ」


 凄惨な現場で、ほとんどの者が病院送りになる傷を負ってはいるものの、一応死者はいない。

 ここには動けるものなどいない。いるとすればそれは今まで隠れて息をひそめていた者だけだ。


「あんたの仲間は全滅した。もう隠れてコソコソする必要もないんじゃないか?」

「……なんで俺がいることが分かったのかねぇ」


 誰もいないはずの馬車から声が上がる。

 どこか聞き覚えのある声だ。

 もぞもぞと布が蠢き、そこから銀色の甲冑を身にまとった男が顔を出した。


 無精ひげを生やし、赤いバンダナを頭部に巻き付けた海賊のような男だ。だが騎士のような甲冑姿のためその印象はどこかちぐはぐしている。

 肩までかかる長髪は後ろで束ねられており、下卑た黄色い歯を見せては周囲を窺っていた。


「おうおう、ほんとに全滅じゃねぇか。派手にやりやがって、これじゃあ商品が届かねぇじゃねぇか、っと。――また会ったな。クソガキ」

「あんたは……モースンだったか」

「モースン=マッケンジー。まぁ自己紹介なんかいらねぇかテメェは貴族様じゃねぇしな」


 クックックと怪しい笑みを浮かべて肩を揺らす。

 腰に下げたカトラスを抜き、月明かりに反射させては下卑た笑みを浮かべていた。


 うわさ話を聞く限り、コイツは傭兵のはずだ。


 気絶している盗賊団に雇われているのだとしたら、率先的に護衛をしなければならない存在だ。

 それが、盗賊団が壊滅したあとノコノコと顔を出すのは不自然だ。

 何か裏がある。


 そう感じて、いまも飄々とカトラスを構えるモースンに拳を向ける。


「……あんたの目的は?」

「荷物の運搬と護衛ってとこさ。そんな変な顔すんなホントだぜ? 疑われるなんて悲しいねぇ」

「この惨状で護衛が務まってるとは思えないけど」

「おいおい、まさか俺がこんな運び屋どもを守るためだとでも? 馬鹿言っちゃいけねぇこんな運び手の連中を守るためにわざわざ命張るかよ」

「仲間なんだろ」

「それこそまさかよ。こいつらの小遣い稼ぎと俺の荷物の護衛は別もんだ。俺はこう見えて仕事はきっちりとこなすタイプだからよぉ」


 荷物。


 怪しげなワードにノアの眉間が僅かに動く。


「まさか子供たちを」

「はぁ!? はっ、あんな家畜どもを俺が後生大事に守るとでも思ってんのか?」

 

 ぱちんとその場で指を鳴らすと、荷台の方で動きがあった。


 最初の印象は生気のない人形かと思った。

 大小さまざまな子供たちが無言で荷台から降りてきたのだ。

 頼りなく歩く手足はいたるところに傷がつき、虐待のあとがうかがえる。

 着ている服もズタ袋に穴をあけて作ったような簡素なもので、顔だけでなく髪の毛に至るまで土や脂で汚れていた。


「この家畜どもは俺の俺の奴隷よ。劣等種はいいぜ。何せ体が頑丈だからなどんなに痛めつけても死にはしねぇ!!」

「――ヴぁッ!?」

「なぁお前も劣等種なんだろ?  だったらコイツ等クズがどれだけ異端で不気味か分かんだろ」


 カトラスの柄で頬を殴られた少年が地面に倒れる。

 血を吹き出し、ボトボトと口から血を流すがその顔に表情はない。

 何度も何度も踏みにじられても、身動き一つとることなくされるがままの姿を前に、他の三人は怯えた目で男を見ては小さく身を寄せ合うように震えていた。


「本当ならそろそろガキも新調したかったんだけどよ、なにしろまたクソ忌々しい劣等種に邪魔されちまってなー。ほらあれだ昼間見た青髪のクソ牛だ。あいつがいなきゃいいおもちゃが手に入ったんだが惜しいことを――」


 肩で喘ぐように大きく息を繰り返し瞬きした瞬間、超常的な脚力を用いて飛び出す。

 カッと赤くなる視界。ノアのなかで何かが切れる音がした。

 振りかぶった拳をまっすぐクズ野郎の顔面目がけて振りかぶる。

 容赦はしない。子供たちの甲高い声が、夜を引き裂き、男の張りついた笑みが変わることはなった。


 何かがおかしい、そう理解した瞬間、


「――がッ!!」


 男の声ではなく、ノアの口から小さく息が漏れた。

 視界の端で子供たちが出た荷台から黒い影が飛び出してきたのはわかった。

 防ごうにも攻撃に集中しすげて無防備な状態で攻撃を喰らったため、横殴りに地面に飛ばされ、何かが張り付いたままいっしょに転がった。


 パキンと胸元で金属が折れる音が響き、震える手でナイフを握っていた少女が見えた。

 胸元にナイフを突き立てたと理解するのに数秒かかった。

 それよりも、ノアは少女の顔に驚いていた。泣いているのだ。ボロボロの衣服に顔のあちこちにミミズ腫れのような傷が浮かんでいるが、その顔には見覚えがあった。

 昼間あった虎の少女だ。

 そのとび色の瞳は大きく揺れており、いまにも零れそうになる涙は瞳いっぱいに浮べている。

 噛み合わない歯をカチカチ慣らし、浅い呼吸を何度も繰り返している。その小さな声は震えていた。


「君はあの時の――」

「……お願いです。う、動かないで。お願いします、お願いしますから動かないでくださいじゃないとあたし――」


 ビクッと肩を大きく振るわせて、身体の震えがより一層強くなる。

 どれほど恐怖を与えればこんな風に怯えるようになるのか。

 ごめんさいごめんなさい、と何度も何度もうわ言のように呟き、ナイフを握る手が祈るように握られている。


「ははっいやぁー探すのに苦労して調教する時間がなかったんだがな? 鞭の一つや二つで言うこと聞いてくれるなんて劣等種のガキはホント便利だよなぁ?」


 醜い手が少女の髪を掴み上げ、少女の身体が激しく強張った。

 その反応を愉しむように下衆な笑みを受けべる男は、煙草をくわえると大きく吸って、少女に吹きつけた。


「ははっ、ホント便利な消耗品だよ。劣等種ってガキは」

「消耗品だと?」

「ああ、だってそうだろ? 親から見捨てられ、破棄された家畜を俺たち人間が再利用してやってんだ。――奴隷にしてもよし、戦争で弾避けに使うもよしのなんでもござれだ。こんな都合のいい家畜はねぇだろう?」


 両腕を広げ、まるで舞台男優のように大空に手を伸ばすモースン。

 煙草を押し付けるように少女の腕にこすりつけ、少女の口から悲鳴が上がった。


「結局のところ、出来損ないは出来損ないらしく俺たちに再利用される定めってことだ」


 いまノアが暴れれば、少女は間違いなく殺される。それがわかって言っているのだろう。

 それでも、ノアはもう止まれなかった。


「魔王さま。制御頼みます」

『――ッ!?』


 静かに吐き出された言葉はどこまでも冷たかった。


 息を呑む声と共に、溢れ出した力で体がはち切れそうになる。

 この世で一番強い感情は何かと問われたら、いまは間違いなく怒りと答えるだろう。

 ふつふつと湧き上がる感情が力に変換されていくのがわかった。


 子供の姿でも何でも言わなくてはいけないことがある。


 君は本来なら庇護されるべき尊い存在なのだと、抱きしめなくてはならない。

 絶望に打ち震え、膝を抱えて涙する。そんな子供たちにわからせないといけないことがある。


 でもそれは今か? いや今じゃない。


 ただの慰めを口にして、自分の正論を押し付けることじゃない。

 一方的に正しさだけを説くだけじゃ、それはただの偽善だ。

 いますべきことは子供たちを慰めることじゃない。


 こんな理不尽に繋がれた子供たちを一刻もはやく解放させることだ。


 他者を殺す恐怖に怯え、痛みの恐怖に縛り付けられた子供たちを解放してやることだ。


 伸ばされた小さな掌がノアの首元に伸び、きつく締め付けられる。

 苦しげにさく息を漏らすと、少女の顔が僅かに歪んだ


「ははいいぞ家畜。そのまま身動きを封じていろ」


 まるで全てがうまくいったかのように声を弾ませる男が愉快そうにノアを見下ろす。


「どうだクソガキ。同族に殺される気分は、ええ!?」


 ニタニタと顔を歪ませせせら笑う。月を鈍く光らせるカトラスを振り上げたのを見た。

 そのまま振り下ろされれば、鋭いカトラスは間違いなく少女の首を切断する。


「――ッ」


 迷いなく振り下ろされるカトラスから少女を守るため、ノアは身体ごと抱きしめて横に転がった。

 鋭い刃がノアの背中に打ち下ろされ、痛みが全身を駆け抜けた。

 マントのおかげで切れてはいない。

 怪訝そうな声を上げる男が何度もカトラスを振り下ろし、そのたびにノアの口から小さく声が漏れた。


「ど、うして――」


 困惑気味に揺れる少女の瞳。

 彼女の目尻から零れる涙をぬぐい取ると、ノアは小さく微笑んで額に手を当てた。


 ――君は悪くない。


 心のなかでそう唱え淡い光が少女の両目を塞いだ。小さく漏れる声も、あれほど荒かった呼吸も落ち着きを取り戻していく。


「……これで全力を出せる」


 小さく呟き、少女の首元にあるチョーカーを一瞥する。

 黒いチョーカーは新しく、何かの刻印が少女の首筋に接続しているのが『視えた』


 こんなくだらないものでこの子を縛っていたのか。

 こんなくだらないものためにこの子は怯えていたのか。


 抑えていた感情がノアのなかで爆発する。


 少女の首輪を引きちぎる。引き絞るように身体を弓なりにしならせ、渾身のストレートが男の身体を捕らえた。

 骨と肉が砕ける音が拳に伝わる。

 振り上げる格好のままカトラスを握っていたモースンは何が起きたか理解できない顔のまま、三メートル吹き飛ばされた。

 ガシャンッ!! と鎧甲冑が擦れる音のなか、鈍い小枝が折れるような音が響いた。


「がはッ――!?」


 何度もバウンドして転がる男は、何度も血反吐を地面に吐き出し、焦点の合わない目線を彷徨わせていた。

 折れた鼻は完全に陥没しており、前歯も全て砕け散っている。だらだらと口から血を流し、怯える姿は滑稽だ。

 それでも息をするのがやっとの状態だろう。そうなるように『手加減』した。


 一歩一歩、男に近づくたびに仰向けに倒れた男が地面を這う虫けらのように後退していく。


「や、やひぇろ。くるな。来るんふぁない!?」

「……お前らはあの子たちの頼みを聞いたことがあるのか?」


 男の胸ぐらを鎧ごと掴み上げ、引き寄せる。

 このまま殴り殺すだけでは足りない。


「いままであの子らが受けた傷に比べれば軽いもんだろ」


 振り上げた拳が頬を捉え、男の口からどこかの歯が地面に吐き出された。

 鎧を砕き、足を折る。


 そしてもう一度拳を振り上げようとしたところで、モースンの視線が一瞬だけ荷馬車の方に向いたのに気が付いた。

 隠れた指先から、いつの間にか半透明なパネルが出現している。

 その操作は見覚えのない。ただ下卑た笑みを浮かべている男の考えだけは、なぜかすんなり理解することができた。


「――まさかッ!!」


 弾かれた様に不気味な笑みを浮かべる男を投げ捨て、ノアは駆けだす。

 嫌な予感がする。

 状況を理解しきれない子供たちの表情は恐怖で固まっている。


「――ッ。間に合えッ――!!」


 そう願うように右手を伸ばし――。

 

 轟音を響かせて爆散した。


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