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22話 狩る者と狩られる者


 遠慮はいらない。迷ってる暇などない。素手で引きはがした鋼鉄製の天井を投げ捨てると滑り込むようにして貨物車の中に侵入した。

 その汚らしい口が言葉を発する前に拳を打ち込み、僅かに緩んだ手のなかから少年を救出した。


「かフェ?」


 間抜けな声を出して顎が外れた男はそのまま床に倒れる。周囲から悲鳴に似た甲高い声が鳴ると同時にロブの瞳と目があった。


「あんたは――」

「攫われたって聞いて助けに来た。無事で本当によかった……でも話はあとで」


 派手に侵入したから異変がばれたらしい。視線を前方に向ければ慌ただしく扉を開けった鎧姿の男と目があった。


 倒れ伏した男とノアを交互に見る。そしてすべてを悟り、男は背に付けていた斧を振り回してきた。

 前方車両ではまだ人がいるのかガチャガチャと男たちの騒がしい声が聞こえてくる。


「てめぇ商品になにしやがッ――」


 これ以上来られると面倒だ。


 そう判断したノアは、男が言い切る前に飛び出して鳩尾を蹴り飛ばした。

 弾丸のように放たれた男の身体は宙を舞って、扉近くに待機していた仲間たちを巻き込んで派手な音を響かせる。


 その脇で様子を診ていた男たちも仲間の惨状を見て慌てて武器を構えるが、目が合うなり剣を振りかぶられるよりも前に素早く飛び退くと、ノアは前方車両と後部車両の連結部分を素手で引きちぎった。


 ガキンと耳障りな音と火花が目の前で散り、小さく揺れる車体は推進力を失い徐々に離れていく。


 慌てた様子でこちらに飛び乗ろうとする男たちも、ノアの構えた拳に怯えてか僅かにひるんだ様子を見せた。

 その間にも両脇の車両は貨物車を追い越し、離れていく。


「――よし、これでもう追ってこない」

「で、でもよ。またあいつらが俺たちを追ってきたらどうするんだ」

「そうならないように、片づけてくる」

「か、片づけるったって」


 言い淀むロブの言葉に、バラバラに砕いた連結部分を放り捨て、ロブに笑いかけた。

 それでも、彼らの瞳に不安の色が消えることはない。


 当たり前だ。相手は何十人という武器持ちに対してこっちは丸腰の、それも子供だ。


 助けに来たと言われても信用などできるはずがない。


 それでも――


「少しここで我慢してて。すぐに終わらせてくるから」

「ほかの奴らがあんたを殺すかもしれないんだぜ? 怖くないのかよ。それに、こいつらを置いて逃げるなんておれはできない」


 ロブは足を鎖でつながれた子供たちに向ける。

 太い鎖は鉄格子に繋がれ、ここから決して離れられないように頑丈に固定されている。

 ノアの力で鎖を引きちぎることもできるが、いまはそんな時間も惜しい。


「だいじょうぶ。助けるって決めたんだ全員無事に帰す。約束する、だから今は僕を信じて」

「でもよぅ」

「……これを君に預ける。ここのボタンを押せばアレンって人に繋がるから、何かあったらすぐに連絡するんだ。いいね」


 今度はできるだけ柔らかい笑みを浮かべて、駆け寄ってきたロブの頭に手を置く。

 耳に付けていた通信機をロブの手に落とすと、あらかじめスイッチは入れてやる。あとは向こうが応答するのを待つだけの状態だ。


 少なくとも何かあってもアレンが助けてくれるだろう。


 何か言いかけたロブだったが、返事を聞く前に床を蹴るノアは外に飛び出すと、ひとりでに走っていく車両を追いかけた。


「あれでいいんですよね魔王さま」

『ああ、周囲に敵は感じられない。あの子供らは警備団に任せても問題ないな』


 一抹の不安はあるが、ここで奴らを逃してしまえばまた同じことを繰り返すことになる。

 ゲーム理論で言ってしまえば、危害を加えてきた相手には徹底的反撃を行う事こそが最適解らしい。

 

 ノアの趣味ではないが、何度やっても懲りない相手ならば仕方がない。

 ちょうどムシャクシャしていたし、新技の練習相手にちょうどいい。


『では人間。手筈通りに』

「了解ッ」


 走り去っていく車両の後姿をものの三十秒もかからずに捉えた。

 むこうもノアの姿を視認したのか、扉や窓を開け放ちボウガンを向けているのが見えた。


 どうやら相手も子供一人とわかったのか逃げるのをやめて応戦してきたらしい。


 身を低くし、時には蛇行するようにして弓矢の嵐を掻い潜る。

 黒狼の連携に比べたらなんとも緩い攻撃だ。

 それに全員捕らえると初めから決めていたので、攻撃してくるなら好都合だ。

 時折、大地を縫い付けるように走る電撃や宙を幾重にも曲がって迫りくる火球を払いのけ、ノアは拳をきつく握った。


 遠距離攻撃が無駄だと悟ったのか、三つの車両がそれぞれのタイミングでUターンしてくる。


『後ろには子供たちがいる。人質にされたら面倒だここで片付けろよ』

「わかってますって」


 車両でひき殺そうとしてくる車体をかわし、すれ違いざまに車輪を蹴り壊す。

 バランスを失った車体が味方の車両を巻き込んで派手に壊れていくさまを見つめ、人質を取ろうと駆けだした鎧姿の髭面に蹴りを入れた。


「がへッ」


 間抜けな言葉を漏らし、鼻血が噴き出す。昏倒して地面に崩れた男を放り捨てると、また一人また一人と横倒しになった車両から駆け出しては、ノアに切りかかる。

 そのすべてを逸らし、受け止め沈めていく。

 カエルがつぶれたような声を三者三様響かせたあと、唯一無事だった貨物車がノアの前で止まった。


 逃げることをやめ、戦うことを選んだのか二十人ほどの武器を持った男たちがノアを囲んでいく。


 年齢は三十代から五十代まで様々だ。それでもリーダーらしききらびやかな装飾に身を包む男が豊かに蓄えた髭を撫でては不気味に笑っている。


「……投降しろ。この人数では劣等種の貴様とて勝ち目はあるまい」

「それはこっちの台詞です。武器を捨てて降伏してください。いまなら痛い目を見なくても済みますよ?」

「――やれ」


 

 短くそれでいて容赦のない言葉。

 そうなることが初めからわかっていたように周囲を囲っていた仲間たちの武器が子供に向けられ、火を吹いた。


 あるいは閃光が、あるいは炎が、あるいは氷の柱が容赦なく降り注ぐ。


 やるせない気持ちはあったもののリーダーに逆らうのが馬鹿らしくて、嫌々ながらに杖を振った。


 『魔術』

 正式な名称は『魔導式科学術式』

 古の魔法の技術体系を再現させた現代の至宝の技術は、家庭用に治まらずこのように武器としても用いられる。

 学のない俺でもこの技術がどれだけ現代に多大な恩恵を与えているのか理解している。


 なんとなく割のいいバイトだと思って手を出したが、一度入ってしまえば後の祭りだ。もう抜け出せない。

 自分がどれだけ危険な片棒を担がされているのか理解しつつ、あんな目にあいたくない。

 もうもうと立ち込める土ぼこりから視線を逸らした。


「……ごめんな」


 いまさら罪悪感を感じたって何になる。俺は殺したんだ。この手で、何も悪くない子供を。

 仕方ないことだなんてどの口が言える。

 あのガキどもがどうなるかなんて、俺が気にすることじゃない。現に無謀にも歯向かったガキがたったいま焼かれて消し炭になったところだ。

 正義の味方にあこがれてリーダーに逆らったこともあるが、そんな幻想は地面に転がされてからすぐに無駄だと思い知らされた。


 弱肉強食。

 これが所詮、この世界での現実だ。


 あとに残ったのは立ち込める煙と、塵のみ。


 せせら笑いを浮かべては、手にした武器をそれぞれ自慢気に掲げて見せる。雇用主が奮発して前払いをくれたらしい。俺の武器はその中で最も古い中古品だが、他の奴らは羽振りがよさそうだ。


 ヒュン――。


 誰もが笑みを受けべて勝利を確信した時、全ての幕を打ち払うように一本の何かが見えた気がした。

 はじめはつむじ風だと思った男たちも、音の感覚が徐々に短くなっていくことに疑問を覚えて狼狽え始める。


 ひげを蓄えたリーダーも異変に気付いて片手をあげて、警戒態勢を取らせた。

 見捨てられた馬鹿どもと違ってここの連中は優秀だ。ほとんどが幹部クラスの男たちはリーダーの命令に従って、もう一度武器を構えはじめる。


 それでも誰かが様子を見に行かなくてはならない。

 そんなときに限って俺の悪い予感はよく当たるんだ。


「おい、新入り。死体を確認してこい」

「……え、俺っすか?」

「テメェ以外に誰がいると思ってんだよ。――ったく勝手に持ち場離れたクズが。テメェもあそこで捕まってりゃよかったのによ」


 苛立ちげに背中に蹴りを入れられ、踊るようにたたらを踏んだ。

 転びそうになる身体をぐっと堪え、顎でしゃくってみせるリーダー。


「いや、もう死んでますって。わざわざ確認なんてしなくても」

「いいからやれっつってんだろッ!! それともバラされてぇのか?」


 周りから上がる嘲笑。

 ここで逆らっても殺されるだけだ。小さく舌打ちをして恐る恐る、土ぼこりに近づく。


 大丈夫だよな。きっと――


 その瞬間、月明かりに照らされた荒野で突如、ハリケーンのような突風が俺を襲った。

 あまりに突然のことで、身体が煽られて地面に転がる。一回二回と視界が回転し、頭を地面に打ち据えて小さく呻いた。


 いったい、何が起こった?

 見れば風にあおられバランスを崩す仲間たち。ある者は堪え、反応しきれなかった者は俺のように転がって地面に這いつくばっている。

 それでも顔の前で腕をかざし、ぎりぎり開ける瞼をかっぴらいて、その場にいた誰もがハリケーンの中心を見た。

 赤い瞳に、白い髪。

 灰色の細い『何か』が、膜のように中心を隠している。

 しかし、その隙間から覗く輝く瞳に射すくめられ、俺は小さく息を呑んだ。


「魔力操作開始」


 静かに吐き出された言葉は冷たく、背中に嫌な汗を滴らせた。

 直感でわかった。あれは化け物だと。


 ひゅんひゅんと風を切る音に合わせて対流していたのは子供が羽織っていた『マント』だった。


 まるで宿主を守るかのように意志を持つその『糸』は、空へと伸びて子供のかざした右手に一本一本集約されていく。


「形成、構築完了」


 それはまるで不格好な獣の腕を思わせる大きな凶刃だ。

 子供の言葉に合わせて、液状のようでいて形を成す『それ』は意志を持つように形を崩し、鞭のようにしなって形作っていく。


「テメェ等ナニヲッ――」


 リーダーの言葉は続かなかった。

 縮小した『腕』が一気に伸びあがるようにリーダーに爪を立て、貨物車の残骸に押し込む。

 ズンと腹に響く地鳴りが周囲を震わせた。

 バラバラになった貨物車が原形をとどめていない。隙間からわずかに覗くリーダーの腕がピクリとも動かない様子を見て誰もが固まった。


 そして――


「ば、化け物だ」

「に、逃げろおおぉぉぉおッ!?」


 誰かの言葉が呼び水にして恐怖の波紋が広がっていく。


 しかし、子供の攻撃に容赦なかった。

 声を上げて逃げようとする者から、順々に灰色の腕は爪を立てていく。

 その場から駆け出しても、先回りして一人一人潰されていく。


 一人、また一人と仲間が地面に倒れていくなかで、俺は何もできなかった。

 絶叫と命乞いの声が響くなか、唯一持っていた命綱を手放し、現実を見据える。


 飛ぶようにして腕を操る子供は綺麗だった。

 剣も斧も盾も。そのすべてを砕き、折り曲げ破壊する。


 『魔術』を放っても全て避けられ、流される。


 あれほどむかっ腹が立った上司が顔面にいろんな汁をつけて逃げまどい、伸びる腕の餌食になる。

 俺に雑用を押し付けていたクズも、捕らえた劣等種を嬲っていたカスも同様に振り回し、蹂躙していく。


「――すげぇ」


 目の前に自分の死が迫ってるってのについ見惚れっちまった。

 深紅の瞳と目があう。

 その目はどこまでも深く、俺を見据えている。


 もし生まれ変わったら、もちっとまともな生き方がしたいもんだ。

 コイツみたいなヒーローに。

 俺はたぶん、笑ってたと思う。

 そこで俺の意識は完全に途切れた。


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