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21話 勇気の示し方

 日が落ち、街並みの明かりが一層強くなる時間帯。

 聖門都市を背中に、ノアはごつごつした岩場で息をひそめていた。

 マントを頭からかぶり身をかがめて、できるだけ目立たないように心がける。


 森の息づかいに溶け込むようにして、三百メートル先の宴会場を見下ろしていた。

 

 多くの組織の人間が偽装した貨物車を不自然に森に停泊させて、煌々と薪を焚いている。

 逃げおおせたと騒いでは酒を煽り、逃亡中の身にも拘らず不快な声を森にとどろかせていた。


『この高台ならどんな状況でも対応できるな』

「でもあいつら騒ぎすぎじゃないですか?」

『もう追ってこないとでも思っているんだろう。それだけ劣等種はこの世界では嫌われている』


 実際、検問の詰め所を潜り抜けたとき時には、貨物車のなかも確認せずに車両を通したという話を耳にした。

 アレンの話では少なからず賄賂の取引があったが、彼らの話を聞いて間違いないと確信する。

 一見、綺麗な街並みに見えるこの都市もずいぶんと汚れていると実感した。


『どこも世界だって弱者を食い物にする奴は減らないものだな』

「だからって、市民を守る立場の奴らが汚職に目を瞑るなんて」

『まぁ私の生きていた時代でも役職の横領など日常茶飯事だったよ。人間も魔族もそんなに変わらないという事だな』


 開けた高原には唯一、中心から半径二百メートルほど広がる森がある。

 あとはだだっ広い高原が続くばかりで、岩場や舗装されていないあぜ道が広がっていたりする。


 灯りもなくはっきりと見えるのは、これも魔王さまが視神経を弄ってくれているおかげだ。

 ノアの身体は暗闇でも真昼のように明るく見える。


『あと三分で襲撃開始か』


 ノアには聞こえないが超人的な感覚で周囲の情報を素早く察知しているのだろう。

 そのすべての情報は的確で、早い。


『気を抜くなよ人間。お前の役割はあくまでも観察だからな。飛び出したりするなよ振りじゃないからな』

「でも奴らは本当に魔王さまの言う通りに動くんですか?」

『わたしはいまでこそこんなちんちくりんな姿だが、昔はれっきとした魔王だ。三流の子悪党の考えくらい読めないでなんになる』


 そう言われてしまえば確かにその通りかもしれない。

 実際に、常に動く情報のなかで魔王さまはごく僅かな情報で、盗賊団の居場所を割り出し、監視に最適なポイントまで見つけてしまった。


『いいから、下を見ていろ。もうすぐ始まるぞ」


 魔王さまの言う通り、襲撃は音もなくはじまった。


 高台にいるため、アレンたちの動きがよくわかる。

 木々の陰に息をひそめるようにして立っていた彼らが、カウントダウンを最後に素早く奇襲をかけた。

 一人の叫びをはじめに何事かと武器を取る者もいるが全て無力化され、捕らえられていく。


 軍隊として一個の生き物のように動く彼らは、まさに狩人だった。

 

 しかしノアが戦場に見とれていたのは一瞬で、すぐに周辺の荒野に視線を向ける。


『おい人間、左前方、距離十数キロ』


 魔王さまの声に弾かれた様に顔を上げる。

 遠くてはっきりとは見えないが、黒い荷馬車が不自然に荒野を駆けているのが見えた。

 こんな夜更けに、それもごつごつとした岩場をかなり早い速度で移動している。


 連結型の貨物車が真ん中に据えられ、それを守るように両脇を二台の車両が固まっている。

 どこかの旅業者とも思ったが、普通の商人やら旅人でも暗闇のなかを灯りなしで移動したりはしないだろう。


 まるで見つかりたくないように隠れて移動している姿にノアのなかである可能性が浮上する。

 そう認識は答えに変わり、身を低くしたまま崖下から飛び降りた。


 満天に広がる大空を滑空し、戦場に躍り出る。

 弾丸のように突っ込んだノアは、アレンに切りかかろうとする一人の男の剣を打ち壊すと、着地と同時に体を回転させて蹴り飛ばす。


 バウンドする男の身体を無視して、目を見開くアレンと目があった。


「アレンさん。大変です!!」

「何故君がここに!? ついて来るなとあれほど――」


 そんなことはどうでもいい。

 混雑する乱戦のなか、ノアはこの眼で見た情報を素早くアレンに伝えるため東の森を指さした。


「左前方に不自然な貨物車が走っています。それも複数台」

「――ッ!! こっちの荷台の確認。急いで!!」


 途端、アレンの顔色が険しいものに変わった。

 弾かれたように指示を飛ばすと、一人の女性職員が腰から刀を抜き放ち、荷馬車の扉を切りつける。

 ガタガタを木材が崩れ落ちると同時に、息を呑む彼女の声が聞こえた。


「隊長!! 子供たちがいません。これはフェイクです!!」

「――ッ!! あまりにも統率が取れていない気がしたけど、やっぱりか……」


 アレン自身、ある程度予想していたのかもしれない。

 悔しそうに顔を歪ませ、歯を食いしばった。


「くそ、誰か今から追えるものはいるか!!」

「いません。これ以上人員を割くと取り逃がす可能性があったので全員突撃と、応援をよびましょう――」

「それもダメです。数時間前に応援要請を断られたばかりでだれもこの救出作戦に参加してくれる人なんていません」

 

 飛び交う情報の一つ一つがどれも決め手に欠ける。

 現状ではいくら追いかけても盗賊団に追いつけないのが目に見えているのだ。

 捕まった盗賊団たちも、自分たちが囮に使われたのを理解したのか、失意の表情で項垂れている。


 普通、宴会をするにしても見張りを立てるのが常識だ。

 もう追ってこないと油断していたとしても、アレンたちを出し抜いた彼らが、森で堂々と焚火をするとは考えにくい。どうも動きが素人臭い気がしたのだ。


 最初から幹部の連中はここにいる彼らを囮として使うつもりだったのだ。


 ここから馬車で追ったとしても逃亡した貨物車を追うのは難しいだろう。

 相手も同じ速さで移動しているのだ。どう回り込んだとしても複数の車両を一台で追うのは不可能に近い。


 だから――


「アレンさん」


 息を呑む声が聞こえる。

 きっとこうなることも予想はできても、彼の性格がそうさせなかったのか。ノアを巻き込めなかった。

 それでも今は違う。もう、覚悟はできている。


「アレンさん!!」


 身を切るような強い声で、アレンに呼びかける。

 まるでそうなって欲しくないように息を詰まらせるアレンだったが、少し間が開いて力強い声が耳元に届いた。


「君が自ら進んで危険な目にあう必要はないんだ」

「でも、ここで何もしなかったらそれこそ僕は一生後悔しますッ」


 ノアの叫びにアレンは僅かにたじろいだ。

 黒い瞳が大きく見開かれノアを見つめている。

 そして、自嘲気味に苦笑すると指輪から透明のパネルを開くと、何かの操作をしながら一つの端末が投げ渡された。


「……そうか、それが君の意志か。……どうやら余計な世話を焼いてしまったみたいだね」

「これは?」

「発信機と通信機だ。スイッチはもう入ってる。ただ耳に詰めるだけでいい」


 周囲の動揺が機械越しに聞こえてくる。


「クローディアさんにはボクの方から連絡を入れておく。一度は助力を拒否した身だけど、――協力してくれるかい?」

「そのために来ました」


 大きく頷き、通信機を耳に詰める。

 どうやら問題なく動いているみたいだ。


『無茶だけはするな。僕らも君の後を必ず追うから』

「了解です」


 言うが早いか地面を踏み切る際に、現在扱える全ての力を両足に圧縮させて、解き放つ。

 不意に激しい風が顔面を叩き、後方で岩場が激しく揺れる音が聞こえた。



 ただアイツらを取り戻したかっただけだった。


 ガタガタと激しく揺れる貨物車に押し込められてどのくらいたっただろうか。

 周りからすすり泣く声はやむことを知らず、ムーモを手繰る男たちから「うるせぇッ!!」と怒声が響く。


 勢い良く締められる扉の音に誰もが驚き、肩をすくめる。


 男たちの話だと、どうやら俺らを攫った人間たちは捕まったみたいだ。

 助けてくれる人たちがいたんだと驚きつつも、男たちからの話しぶりにもう逃げられないことを知る。


 使えないやつらにしてはいい囮だった、と高らかに笑い声が聞こえてきて唇を強く噛んだ。


 こんなはずじゃなかったのに――。


 不意に湧き上がる熱にジンと目頭が熱くなる。慌てて両目を擦ると、隣の方で聞きなれない女の声がか細く響いた。


「ねぇ、わたしたちどうなっちゃうのかな」


 鉄格子に背中を預けていると、驚いたように隣の女の子が俺を見た。

 劣等種だ。よくよく見ないとわからないが、隠している右手が異様に太いように感じる。

 それも月明かりのせいか潤んだ瞳をめいいっぱい見開いて、その瞳には不安が広がっている。


 そんなのおれにだってわからない。

 ただこう言う手合いの末路がどうなるのかはあいつらに聞いたことがある。


「さぁな。このまま売り飛ばされるか。いいようにつかわれるかのどっちかだろ」

「じゃあ、おやしきにはもう帰れないの?」

「俺みたいな孤児を助けてくれるお人よしなんていない。お前んとこはどうかしらねぇけど」

「でもおねぇちゃんはどんなことがあっても私たちを助けてくれるって言ってた」


 そんなお人よしいるはずねェ、と思ったけど昼間あった子供のことを思い出す。


 あいつも確か劣等種だったはずだ。警備兵が立ってたから思わず逃げっちまったけどどうなったのだろうか。

 少なくとも俺みたいに捕まったりはしないだろう。

 おれより小っちゃいくせにすごい力を持っていた。

 そしてお人よしだ。こんなクズみたいな服着てる奴を助けたってなにもならないのに心配事までしてきやがった。


 隣に座っている女の子もよく見れば服はきれいだ。どこぞのお屋敷とも言っていたし、きっといい暮らしをしてたんだろう。

 怖がってるくせに、あきらめてない。きっと助けに来てくれるって信じてるんだろう。


「なぁほんとに助けに来ると思うか?」

「絶対来てくれるよ」


 根拠のない自信が大きく檻のなかで響く。すると貨物車の扉が開いた。


「さっきからうるせぇって言ってんだろうがクソガキ」


 苛立った男のだみ声が檻のなかを震わせる。後ろの扉の方では仲間たちがはやし立ててはからかう声が聞こえてくる。

 おおかたかけ事でもしてその腹いせに乗り込んできたのだろう。

 大股で歩いてくる男に怯えて、道を開くように捕まっていた子供たちが脇へそれていく。

 みんな恐怖に凝り固まったような表情で男を見ている。


 当然だ。劣等種とは言えども他の子たちはまだ子供だ。

 自分のようにしっかりと物事を考えられるような年齢じゃない。

 その証拠に、隣で話していた女の子も怯えた様子で腕に縋りついてくる。


 まっすぐ歩いてくる男は背中に武器を背負っていた。地下世界でしか使えないという武器だ。一回だけ見たことがある。


 わざとらしく足音を響かせてやってくる男は、まっすぐと女の子の襟首に手を伸ばした。


 この子はおれと一緒に捕まった子だ。

 たまたまお使いの帰り道に、撒いたはずの男どもに捕まった。巻き込んでしまった子だ。


「やめろッ!!」


 こんなことしても何の得にもならないとわかってる。でも気づいたら体が動いていた。

 伸ばした手を力いっぱいの手で払いのける。

 驚いたようにおれを凝視する男。その表情がゲス野郎のごとく不気味に歪んだ。

 

「お前は確か、旦那に依頼されて掻っ攫ったガキだよな。どうした正義の味方ごっこか?」

「――かッ!?」


 両手で首を掴まれてつるされる。

 バタバタともがいても短い脚は男に届かず、苦しくて喘いでも酸素は入ってこない。

 まるで見せしめのように、苦しむさまを子供たちに見せると、男はさらに楽しそうな声をあげて笑った。


「いいかお前等。テメェ等みたいな出来損ないを助けようなんて思う奴はこの世界のどこにもいねぇ。お前らはただの家畜だ。人間様のいいように使われる運命なんだよ」

「――ッ、そん、なこと」

「だったらテメェを助けてくれるヒーローさまはどこだ? もう追ってこれねぇ。俺らが愉快に撒いちまったからなぁ」

「そんなことないッ!!」


 横から女の子が飛びついて、瞳いっぱいに涙をたたえて睨みつけるのが見えた。

 やめろ、関わるな。そう言葉にしたくても喉がつぶれて声が出せない。

 青い瞳を潤ませる女の子の声は震えている。それでも意志を持った声が室内に響き渡った。


「そんなことないもん。必ず助けてくれるって、おねぇちゃんが」

「触るな化け物、気色悪い」


 震える声は男の蹴りで黙らされ、女の子の口からわずかに血が流れた。

 怒りに体が震える。それでももう力が入らない。


 ああ、おれはこんなところで死ぬのか。アイツ等を助けることもできずに。


 だらりと両手を落としたとき、貨物車の前方で異様な音が響いた。

 そしてそれはすぐに頭上でも鳴り、あれだけ暗かった檻の中に光を入れる。


 月明かりがまぶしくて、目を細める。

 そこに立っていたのは、白い髪をなびかせたアイツだった。


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