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13話 来訪者 ~その2~

 一見するとちぐはぐな二人組だった。

 白銀の鎧を身にまとう女性と、喪服のような丈の長いメイド服を身にまとう女性。

 騎士のような風格の女性の腰には一本のロングソードがつられており、生気のない無表情のメイドはメイド服以外武器らしい武器は身に着けていない。


 ここ一か月、様々な探索者を見かけてきたがここまで異様な組み合わせは初めてだ。

 探索者のほとんどがいかにも冒険者、といえるような装備でこの森に入ってくる。

 それに対していまの彼女らの装備はいいところで城に仕える従者という印象だ。


 どうしてこんなところに来たのとか、何者だとか飛び交う質問が一気に脳内で霧散していく。

 まるで毒気を抜かれるような雰囲気に、構えていた拳をゆっくり下ろすと、こちらに気付いたのか鎧の女性が晴れやかな声でこちらに手を振ってきた。


「やっと見つけた。まったく手間をかせさせてくれるな君は」

「――へっ?」


 銀のような凛とした声がノアまで届き、そしてそれが自分に向けられているのだと知って、思考が一瞬フリーズする。

 それでも構わずに近づいてくる女騎士は、まるで旧知のなかであるかのような振る舞いでノアの肩を叩いた。


「おっ、ずいぶんと立派な家だ。ここに住んでいるのか? さぞ大変だったろうまさか本当にここに子供がいるとは」

「ええっとあなたはいったい」

「ああっすまない。混乱するのも無理はないが我々は君の敵じゃないんだ。だからそちらの狼さんを止めてもらっていいかな? 話がしたいだけなんだ」

「へ? ――あっ、ホロストップ。とりあえずストップだ」


 小さく苦笑を浮かべて、ノアのすぐ隣を指さす女騎士。

 つられて視線を飛ばせば、今にも飛び掛かりそうなホロの剥き出しの敵意が謎の二人組に向けられていた。慌てて持っていた全ての道具を取り落とし、ホロをなだめさせる。

 敵意がないのはなんとなく理解できたが、それでも女騎士の後ろから発せられるメイドさんの威圧は変わらない。

 きっと不測の事態にいつでも対応できるようにするためだろう。

 そう理解はしているが刺さるような重圧を前に、野生本能を刺激されたホロを宥めさせるのにはなかなか苦労した。


「ほら、メイド長。お前のせいで怯えているじゃないか、いい加減警戒を弱めろ。これでは話もできやしない」

「……ですが」

「私が大丈夫と言ったのなら大丈夫だ。いままでもそうだったろう? 護衛に駆り出したからと言って全てが敵では誰も信じられなくなる。彼はいい奴だよ」

「あ、いいんですちょっと待っててください。――ほら、大丈夫あの人はいまのところ敵じゃないから、な?」


 顔を強引に向き直るようにして、言い含める。

 仕方ないとばかりに気まずそうに視線を逸らすホロ。先ほどまで剥き出しにしていた犬歯を渋々引っ込め、大人しくノアを守るように身を寄せる。


「守ろうとしてくれたんだよな。ありがとう」

「ヴぁ、ヴぁう」


 ホロの頭をクシャクシャに撫でてやると、すぐに人懐っこい顔に戻って頬を舐められる。

 ざらざらした舌がくすぐったいがこれも一種の愛情表現だと思うと、なんだかうれしかった。


 するとその一部始終を見ていた女騎士から興味深げな声が上がった。


「へー黒狼の亜種か珍しいな。彼らが誰かに懐くのなんて初めて見た」

「名前はホロって言います。……それで、一体こんなところまで何の御用ですか」

「ああいやなに、そう警戒するな。わたしたちが怪しく見えるのは仕方がないが、我々はただ本当に君に会いに来ただけなんだ」

「僕に?」


『人間気をつけろよ。奴らはなかなか強いぞ』


 魔王さまはあまり過剰な反応を見せていないが、それでも警戒しているのはなんとなくわかる。

 確かに、あのチンピラなんかよりはるかに強い。


 二人とも重心の位置が全くブレないのだ。

 メイド姿の女性は直立不動のまま女騎士の後ろでいつでも動き出せるように待機し、女騎士は女騎士でメイド長よりやや小柄な背丈だが、それでもつま先から指先までの立ち居振る舞いにどこか余裕を感じさせる。

 強者ゆえの立ち居振る舞いだろう。


 気づかれないようにつばを飲み込み、手のひらに滲んだ汗を気付かれないように拭いとる。


 心のなかで魔王さまに感謝すると、ノアは二人の出方を待った。


「顔を隠して挨拶するのは礼儀がなっていないな。……どれちょっと待ていてくれ」

「え、ちょっと、なにを――」

「恩恵が得られんのは本当に面倒だな。これか? ――よし、外れた」


 そう言って慣れない様子で、女騎士は仮面をはぎ取ると、そこからくすみのない月明かりにも似た淡いブロンドヘアが小さく零れた。

 厳ついマスクの下はどこかで見覚えのある静かな顔立ちだった。首を左右に振れば、揺れるブロンドヘアのなかから低い位置で結んだ一房の長い髪が後頭部から尻尾のように垂れる。

 そして長いまつげを開いたその奥から覗く、ガラス細工のように淡く輝く金色の瞳がノアを捕らえた。


「自己紹介が遅れたな、わたしの名前はクローディア=ティタノエル。君に助けてもらったシオンの姉と言えばわかるかな」


 薄い唇から洩れる小さな吐息に続いて、白い息が吐き出される。

 仮面のなかでくぐもっていた声とは違う、凛と響く鋭い言葉にノアは思わず背筋を伸ばした。


「シオンって、あの子の!? じゃあ、そちらは――」

「ああ、彼女か。彼女はわたしのメイド長だ。少し事情があって彼女には名前がないんだ。だから今は役職が彼女の固有名詞になっている」

「――はぁ」


 そう言って恭しく礼をする黒髪のメイド長と目があい、彼女は表情を一切変えず、スカートの裾を持ち上げた。

 ノアもそこそこ失礼にならないように丁寧にお辞儀をすると、魔王さまとは別の意味で楽しむような視線がクローディアから注がれた。


「それで、要件というのは」

「いやなに、仕事のついでに礼をしにな。身内が助けられて何もしないとあっては貴族の名折れだ。君はここにいるという情報を妹から聞いて慌ててはせ参じたのだよ――おっ、これは」

「ああっすみません。そう言えば片付けの途中だった」


 散らばった裁縫道具に視線を落とし、興味深そうに拾いはじめたクローディア。それに気づいてノアも慌てて散らばった道具を片づけに入るが、ほとんど拾っては手渡しされてしまった。

 メイド長は未だに主人の後ろに控えており、手伝う気はなさそうだ。ただ生気のない黒い瞳をノアに向けている。


「少年、これでぜんぶか」

「――あ、はい。ありがとうございます。助かりました」

「いやいやどうってことないよ。ええっとすまない、まだ名前を聞いていなかったな。わたしから言うのは失礼ではあるが、君の名前を教えて貰えないか? 妹の恩人をいつまでも少年呼ばわりじゃ申し訳ない」


 言われて確かに自分が名乗っていないことを思い知らされる。

 いくら他人とのコミュニケーションをとってこなかったからと言って、自己紹介されて名前を教えないというのはないだろう。

 それにこの拠点の位置までバレてしまっては今更名前を隠す意味もない。


 とりあえず拾い集めた道具類は、ホロが気を利かせて持ってきてくれた籠の中に入れて、寝床までもっていってもらう。

 尻尾を振りながら寝床に向かっていくホロを眺め、ノアはクローディアを見上げた。


「申し遅れました、僕はノア=ウルムと言います。えっとクローディアさん、でいいですか?」

「わたしは呼び捨てでも構わないぞ? それにしてもそうか、君はノアというのか。シオンは君の名前を教えてもらえなかったと言って酷く落ち込んでいてね。わたしもそうだったらと少し心配していたよ」


 差し出した手を強く握り、はにかんだ笑顔を浮かべるクローディアの言葉に、ノアは気まずそうに頬を掻いた。


「その節はすみませんでした」

「なに君が謝ることじゃない。むしろ誇っていい。他人に名前を知られるというのは少なからずリスクがあるからな、この世界で生きる上で君の判断は正しい」


 クックックッと思い出すように笑みを浮かべるクローディアに、ノアはただひたすら頭を下げた。

 いえ、ちがうんです。

 そっちもすごく申し訳なかったけど、当時のすっぽんぽんの状態で妹さんを助けてしまったことがものすごく申し訳ないのです。


 説明する訳にもいかず、結局胸の中で言葉を飲み込むと、反応を愉しむように観察していたクローディアの右手が唐突にノアの頭に置かれた。

 反応できずにいた自分に驚く反面、その指先があまりにも優し気で胸が大きく高鳴った。


 籠手ごしに柔らかく白い髪を撫でられる。力加減は絶妙でまるで手慣れたような手つきだ。


「あ、あのクローディアさん? いったいなにを」

「ああすまない。妹も君くらいの伸長でな。つい癖で」


 気づいたように右手を頭から離し、申し訳なさそうに苦笑して見せる。

 人に触れられるという行為自体あまりにも久しぶりで、火照った頬を抑えられずにいるとクローディアは腰を落とすと、ジッとノアの瞳をのぞき込んだ。


「それにしても、君はすごいな。こんな小さな体で人質にとられた妹を助けるとは」

「ああ、無事に帰れたんですね。よかった」

「――おかげさまでな。妹の話を聞いて半信半疑だったが、確かにこれだけの実力があればあの程度の者どもなど軽くあしらえるだろうな」


 ノアの右手を取ってしげしげと眺めるクローディアに、思わず首をかしげる。

 するとその反応は予想していなかったのか、クローディアの眼が大きく見開かれた。そして唐突に小さく吹き出したかと思うと、ノアの抱えた道具類のなかからいつの間に失敬したのか、糸の束を手に取っていた。


「まさか知らなかったのかい? だとしたら驚いた。――これでもわたし目利きに自信があるんだ。もちろん、メイド長の目もな」

「なんの、ことですか」

「白を切っている訳ではないみたいだな。メイド長、説明してやってくれ」


 そういうと、今まで後ろに待機していたメイド長が、クローディアの言葉に反応するように機械的な口調で口を開いた。


「はい、黒狼の毛皮に王酸粘菌の糸、空竜魚の牙、そして家財に使われているのは巨大木猿の外殻。ここにあるものすべて『最果ての森』の旧支配者の素材と一致します」

「――っ!?」


 表情を一切崩さず情報を口にするメイド長の言葉に、ノアは思わずたじろいだ。

 固有名詞は知らないが、それでもメイド長が上げた生物はすべてノアがここ最近、命を奪った覚えのある生物だ。

 どれもこれも強敵で苦戦した覚えがある。けれども魔王さまの助力とこの身体の身体能力でことごとく困難を乗り越え、いまでは欠かせない道具として使っている。


 それをこの人たちは、素材を加工した状態で素材が何であるかを全て当てしまった。


「まぁそう驚くほどでもない。確かに市場になかなか流通しない上位素材だが、それでもそこまで珍しいというほどじゃない。――問題は君がこれを討伐してしまったという事だ」

「それが何か不味い事なんですか?」

「君の性ではないさ。ただ、近々討伐隊を派遣しようとした教会の予定が狂ったのと、この森の覇権争いが一層激しくなっただけのことだよ。そして――」


 小さく言い淀んだ瞬間、痺れる感覚がノアの身体を走った。

 ――やられる。

 そんな確信が身体を貫いたときには、すでに身体が反応していた。

 地面の草木を揺らし、頬に浮かぶ汗がやけに冷たく感じる。

 

 本当に一瞬の出来事だった。もし反応が遅れていたら組み伏せられていただろう。


 右手を差し出すような形で固まるクローディア。その表情は少なくとも感嘆ともとれる驚きに満ちていた。

 自分の右手とノアを見比べ、小さく口笛を吹く。


「勘がいいんだな。もう少しで捉えられるかと思ったのに」

「一体、何をするんですかッ!?」


 いつでも飛び出せるように身を低くして叫ぶと、遠くで様子を見ていたホロも近くに跳んできて警戒態勢に入る。

 全身を逆立てて唸り声があがる。

 本能で今度こそ危険を察知しているのか、その姿はノアと対峙した時同じように体毛に閃光が帯びていく。


『要警戒だ。油断するなよ人間』

「了解です。ホロも無理だけはしないで」

「ヴぁうッ!!」


 魔王さまの忠告通り、ノアもいつでも動けるように身体の重心を落とすと制御可能になったばかりの身体を低く構える。


「助走なしで十メーテル。大した身体能力だ、それに感覚も鋭い。おそらく白狼もかなりの手練れだが――まかせられるか?」

「問題ありません」


 膝についた草を手でほろい、立ち上がるクローディアの声にメイド長がはっきりと答える。

 その口調は偽りもなくただはっきりと事実を述べている、そんな風に思わせるほどの言葉だ。


 そしてその言葉には先ほどまでなかった敵意がありありと感じられた。


「クローディアさん、なんで急に――」

「君も存外甘い奴なんだな。よくそんな性格でこの地下大地で生き残れたものだよ、まだわからないかい?」


 そう言って、クローディアは王酸粘菌の糸を放り捨てると、腰につるしていたロングソードに手を掛けた。


「シオンも言っていただろう。我々が受けた仕事はこの森の異変の調査。あの子が失敗したのなら――」

「――くっ!?」

「私が異変の元凶を排除するしかないじゃないか」


 鋭い踏み込みの後に向けられた剣先が空気を切り裂く。

 鋭い一閃はノアのいた地面に振り下ろされ、横に薙ぎ払うような豪快な太刀筋が続けざまにノアの髪を掠めた。

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