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13話 来訪者

 転生生活はじめての異世界人交流を終えて三十日が過ぎた。

 あれから探索者と関わることはなくなった、というより不用意に近づくことはしなかったのほうが正しいかもしれない。

 たまに、ここいらを捜索している探索者を見かけるが、いまでは遠目に観察するだけにとどめている。

 

 傷つくのはお互い様だし、シオンのようなお人よしに会えるとは思えないからだ。


 それにこの地下大地での生活もすっかり板についてきた。朝起きて、探索して夜になる前に帰ってくる。その繰り返し。

 たまに街に様子見をしに行っては、地上の現状を探ったり言葉の勉強などにいそしんでいたりする。


 そしてここ最近、嬉しいニュースができた。それは――


「つ・か・め・たああぁぁぁあああッ!!」

『騒ぎすぎだ人間。たった一回成功しただけだろう』

「でも、やった。やりきりましたよ、最終試験クリアだってばよ」


 果物を潰さずに掴めるようになった。

 人間の頃は無意識に力の調節ができていたが、いまはそれを魔王さまの感覚でやっているので出力の調整に手間取ったがようやくものにできた。

 何を大げさなと侮ることなかれ。これ、かなり難しい。

 いったい幾つの果物をジュースにしてきたことか。ベタベタになるし、マントは汚れて一人寂しく湖で洗う羽目になるわで大変だった。


「やった、やったぞホロ。ここまでここまで本当に長かったな!! よくここまで付き合ってくれたホントにありがと」

「ヴぁう」


 そしてこれが二つ目の嬉しいニュース。

 異世界転生、初めてのペットができました。

 ノアの白い毛並みとまったく同じ、ふわふわとした純毛を持つ狼、名前をホロだ。

 今ではノアを慕ってくれているのかざらざらした舌で頬を舐めてくる。


 長い話になるので割愛するが、ホロは元々黒狼の下っ端だった。

 魔王さまが蹂躙した狼たちは偵察部隊だったらしく、その本隊が二十日前に探索中のノアへと襲い掛かってきた。

 何度追っ払ってもしつこく牙を剥くので、申し訳ないがご飯になってもらった。


『毛皮の色からして亜種個体と言うやつだろう。闇紛れて狩りをする狼のなかでそいつの毛皮は目立つ。さぞ疎まれ、孤立した生活を送ってきたに違いない』


 という魔王さまの言葉に、他人事とは思えず、今では一緒に暮らす仲になっている。

 もちろんひと悶着はあったが、今では良き主従関係に収まっている。


 この地下大地では、命の取り合いが常だ。そこに哀れみを持ってはならないと魔王さまに教えられて以来、ノアも少なくない数の命を奪ってはお腹に収めている。

 黒い剣山のような毛皮を持つ狼。

 触れたものを溶かす強酸のアメーバ。

 空を泳ぐ、竜のような牙を持つ魚に、四十メートルはある巨大な猿の形をした暴れ樹木。


 どれも強敵で狡猾な生き物だったが、彼らの遺物は今では簡単な衣類になってもらったり生活用品と欠かせない存在として大事に使わせてもらっている。

 前のように命だけ奪って終わりにしなくなっただけ随分と成長したものだ。


 だからこそ、魔王さまの難題をクリアした瞬間というのは得も知れない充実感に満ち溢れていた。


「魔王さま、これで地上に出てもいいんですよね」

『まぁ、よほどの不意打ちでもない限り人を傷つける心配はないな。ひと月前よりはだいぶ扱いなれてきたし、おそらく大丈夫だろう』

「当たり前ですよ。ああ、今までどんな過酷なサバイバルよりきつかったようやく終わった」

『駄々洩れだった力が抑えられたぶん、ここいらのバケモノに襲われるだろうがな』

「まぁそれはそれ。とりあえずこうしてホロに思いっきり抱きつけるだけでもうれしい!!」

『いつも横になって、ホロの方から触れて貰ってたからな』

「触れないというのがあんなにもむなしいとは思わなかった」


 遠い目で在りし日の思い出を思うと涙が止まらない。

 もふもふ具合がもう最高。まるで洗いたてのタオル地みないな柔らかい感触に頬をうずめる。

 くすぐったそう身をよじるホロも嫌ではないのか、腹ばいになっては喉を鳴らした。


「ああ、もう何もしたくない」

『ヘタるなヘタるな。それで人間どうやって上に渡りをつけるつもりだ? ご都合主義なんて存在しない。あそこには結界のはお前もわかっているだろう?』

「それなんだよねぇ」


 そう言ってホロから顔を離して、起き上がると街のある方角に視線を向けた。

 実際に、あの街の結界に踏み込んだ創生獣の末路を知っている身としてはあれに手を出す勇気はない。

 まだ、力の制御ができていなかったころ。ノアの威圧感に怯えてか逃げ出した創生獣が結界に突っ込んで消滅した瞬間をこの眼でしっかりと見ているのだ。

 魔王さま曰く、許可なきものは問答無用で排除されるらしい。世界樹のように領域を固定する力もあるため、あの街はいまも災禍に巻き込まれずに済んでいるみたいだ。


 一見、何でもなさそうな杭だったが、実はとんでもない能力を秘めていたらしい。


「そこいらの探索者に保護してもらうというのはどうでしょう」

『こんな危険区で子供一人保護してもらうと? 前回のお前の行動は相手が被害者だったから受け入れられたんだと何度も言っているだろう。いまのお前が奴らの前に顔を出したって警戒されるのがオチだ』

「ならば、あの男たちみたいにちょっと脅して」

『それこそ愚策だ馬鹿者。本気で追われる身になりたいか。あの小娘だってお前のことを上に報告しているかもしれんのだぞ。少しは危機感を持て危機感を』


 そう言えばと思い起こされる記憶にノアは小さく柏手を打った。

 ずっと前から気になってたけど、あれから忙しくて結局忘れてしまったことがある。せっかくなので聞いてみることにした。


「魔王さま、あの子を助けたときから気になってましたけど。魔王さま知っていたでしょう、あの子が襲われるの。でなきゃあんなルールはつけるはずがないし」

『なんだ藪から棒に、……まぁあいつらは最初からあの娘を襲うつもりだったのは知っていたよ』


 何のあくびれもなく返ってきた言葉はいっそ清々しい。

 それならそうと言ってくれればよかったのに。


『そう言ってしまえばお前は襲われる前にあの子供を助けに行っただろう』


 それは否定できない。


『もっと前に飛び出せばお前は間違いなく危険生物だと認識されていたよ。間違いなくな』


 二度も言われた。しかも襲われる前に飛び出すという予想込みで。

 確かに真実だけど。


「うう、魔王さまに一杯食わされた」

『まぁ私は見ていて楽しかったがな。なかなかかっこよかったぞ人間、それに随分と収穫もあった』


 満足そうにつぶやく魔王さま。

 結局情報の交換はできなかったが、それでもこの上に人類が繁栄しているのはわかったのは大きい。そのぶん訓練も苛烈を極めたが……


 それでも一つの身体に二人分の魂はいらない? そんなの嘘っぱちだ。

 結局、痛い目を見るのは僕じゃないか。

 はッ、これは詐欺。詐欺だよ全くごめんなさいちょっと手加減んあああぁあッ!!!


『お・ま・え・はどれほど私が力加減に苦心したと思っている。他人の力加減の出力を感覚で掴むなんぞ、理論派の私が得意なわけないだろうが』

「そ、その割には、結構簡単に身体を操ってらりしてませんでしたか?」

『使い慣れた肉体だったからだ馬鹿者。まったく、これだから人間の感覚は非力すぎて嫌になる、もっと単純であれば楽だったものを』


 突然の奇行に驚くホロを脇に、びりびりと痺れる身体で地面に突っ伏す。

 いくら身体の制御や力加減に慣れたとしても、このお仕置きシステムは健在だ。

 もうろくなことを考えないと誓っても、考えてしまう自分がひどく恨めしい。


「お仕置きするときは、今度からはもっと早く教えてくださいね」

『それが第二の願いでいいのならな』


 いじわると心のなかで呟き、上機嫌な笑い声が返ってくる。

 それでも結局、あの救出劇で得られたものは情報だけか。


『いいやそんなことない。お前は一つ確かな称号を手に入れたぞ』

「へ? いったいなんですかそれは?」

『わからんか? それはもちろん裸マントという変態の称号だ』


 おおっと、人が必死にひた隠しに忘れようとしてたことをここで掘り返しますかこの魔王さまは。


『いやいやあのシオンとかいう子供もさぞ目の向け所に困っただろうな。なにせ、助けてくれたヒーローが全裸だったわけだし』


 楽しむように、いじめるように胸の奥で唇の両端を浮かべている魔王さまが思い浮かんだ。


『おめでとう人間。おまえはやっと恋焦がれていた変態という名の称号を手に入れたぞ』

「もういいんですぅもう忘れましたー、掘り返さないでくださーい」

『……なんだつまらん。もっと慌てふためくかと思ったのに』

「シオンちゃんを助けたのは後悔してないからねー、まぁすごく申し訳なかったけど」


 うん。今にして思えばさぞ気まずかったことだろう。もう会えない少女の顔を思い浮かべ、ノアは立ち上がって大きく伸びをした。

 時間は有限。それはどの世界でも一緒だ。軽くホロや魔王さまと雑談を交わしながらも日課の掃除はきちんとやる。


『人間、お前は意外に綺麗好きだよな。意外に』

「なんで二回言ったのかは聞かないでおいてあげますー。散らかってるのが許せないだけなんで」

『てっきり、女を家に上げ慣れてる――すまん失言だった。そうだったなお前は――』

「はいそこー変な想像しなーい。それと今思いついた想像は頭の隅にでもやってくださいお願いします」


 屈んでごみを拾っていると、前からホロの右足が屈んだ肩に乗った。

 なんかつぶらな目でこちらを見てらっしゃる。

 え、なにこれ。獣畜生にまで同情されての? っていうかなんでわかるの!?


『それはあれだけ多数の連携が取れる生き物なんだ。他生物とのコミュニケーションなど造作もないだろう――おっ、うまいこと言うな』

「ヴぁヴぁう」

『おお、なるほど。お前らはそうやって生き残ってきたのか。いやはや狼の恋愛事情もなかなか進んでいるな。そこで打ちひしがれているバカより』

「やめてッ!? なんか一人だけの除け者の悲しい奴になってるけどボッチにしないでッ!!」


 なんだろう、魔王さま。友達だよね友達ですよね? そんなに僕をイジメて何が楽しいの!?


『……冗談だ。いや、会話ができるのは冗談ではないが、そこまで落ち込むこともないだろう人間』

「もういい、もういいもん。一人でゴミ拾いしていればいいんでしょ、わかってるよもうッ」

『うわ、めんどくさい方向に拗ねだした。どうするホロよ』

「ヴぁ――うん?』

『そうだよな。お前がわかるはずもないよな、すまない。お前の主人が情けない姿をさらしてしまって、失望しないでくれこれでもいい奴なんだ。友人を代表して私がここに謝罪しよう』

「うわああああぁぁあああぁぁあああん!? 魔王さまがイジメるぅぅううううッ!!」


 感情に任せて森からもぎ取った果実をお手製の籠に入れては掃除を始め、ゴミは崖の下に捨ててやる。

 もういい、もういいもん。掃除に集中する。

 物が増えたせいで、片づけなくてはいけないものが多くなったが、それでもこのほとんどが魔王さまの指示の下で作った探索道具なのだから仕方がない。

 時には直して、時には使い捨てる。そんな生活を繰り返していくと、意外と物の目利きができるようになっていった。


 バラバラと屑籠から落ちる不燃ごみは、崖下の森に消えてなくなる。

 どうせ災禍に巻き込まれるのだ。ヘタに処理するよりはかえっていいかもしれない。


 一面に広がる樹海に視線を落として一人静かに体育座りしていると、なんとなしにある疑問が頭を過ぎって声を上げた。


「それにしても魔王さまはこの崖の下に行きたいとは言わないんですね。てっきりすぐ行こうとか言いだすかと思ったのに」

『……死にたいなら止めはせんが、この下はまだお前には早い。おそらくここ異常に過酷な環境だ。――ほら、見てみろ』


 そう言われて正面を見据えてやれば、先日仕留めそこなった虹色の尾羽をした怪鳥が、森のツタにからめとられているところだった。

 全長十五メートルほどある巨大な鳥をやすやすと飲み込み、ケーケーと悲痛な叫び声をあげるが、一分もしないうちに森は何事もなかったかのような静寂に包まれる。


『この下はここよりも環境が過酷で狡猾な生物が多い。お前みたいなのほほんとした能天気が生きて行ける場所じゃない』

「やっぱり危険だ地下世界」

『少なくとも身なりを整えて満足しているようなお気楽野郎が生きていけるような場所ではないな』


 聞こえないよ。聞こえないだろうけど、魔王さまの声に小さく同意するように鳴くホロの声を聞いてなんだか泣きたくなってきたよっ!?


「別にいいじゃないですかこちとら生まれて初めて服を作ったんだ。たとえ黒狼の毛皮はなめしてぶきっちょに縫い付けた程度の服でも、とりあえず変態要素は限りなく無に近くなったしまったくの無問題ってやつですよ」

『こんなことで殺された奴らが浮かばれんよ』


 そう言って首をヤレヤレと振る魔王さま。

 言い返せないんじゃない。言い返したら百倍の皮肉になって帰ってくるから言わないのだ。

 プルプルと引き攣る表情筋をを必死に抑えて、大きく呼吸を整える。魔王さまがからかってくるのはいつものことだ。落ち着け僕、クールになるんだ。


 プンプンとわかりやすい擬音を立てて、散らばった道具を片付けに入る。服も予備を含めて十着はできた。着れないこともないしこれで何とか文化的な生活は送れるだろう。


 粘菌の死骸を乾かして作った糸と魚の牙から作った針を抱えて、世界樹の苗木まで戻る。

 これが終わったら、さっそく今夜の晩御飯を狩りに行かなくてはならない。


「すごくうまい鹿でも買って今日はパーティーにでもしよう。ホロも肉がいいだろう?」

「ヴぉう」

「どうせなら魔王さまが喰ったことないくらいの肉をこれ見よがしに食べてやろう!!」

『そんなことをしたらいいか、食事の時だけお前の味覚を封じてやるからな覚悟しろ』

「ちょっとやり方が陰湿すぎませんか魔王さまっ!?」


 嬉しそうな声が隣から上がり、軽快な足取りで寝どこまで走るホロ。

 ここ最近修行に浸かれてろくなもの食わせてやれなかったからな、絶対おいしい奴を仕留めちゃる。


「はは、はしゃぎすぎだってホロ、これを片してから――」


 なんかアンテナのアホ毛が反応した気がする。

 それはホロも同じなのか森の向こう側から強い気配を感じて、ノアとホロは立ち止まった。


「魔王さま、このプレッシャーはいったい」

『足音からして人間だ。だが、なんだ一人は確かに人間なのに、この反応は――』


 珍しく困惑気味に声を上げる魔王さま。

 その口調はどこか怪しげで、狼狽えた雰囲気さえある。


『とにかく要警戒。敵意はないようだが、気をつけろなにか怪しい』

「了解」


 短く言って、ノアとホロは静かに臨戦態勢に入った。

 草むらが小さく揺れる。そして現れたのは探索者の姿をした二人の『女性』だった。

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