11話 調査 ~その3~
もはや、弾丸と言っても差し支えのないスピードで人間――ノアは草藪から飛び出した。
全てを眺め、耐えていたノアだったが、最後に目が合ってから覚悟が決まったらしい。
おおよそ、朗らかな表情を浮かべていた子供とは思えない厳しい顔で、大地を駆ける。
覚悟を決めたノアの行動には一切迷いがなかった。
目視できていないであろう髭面の男が持つナイフを、蹴りで根元から断つ。
キィンとナイフが刃の根元からなくなった様子を見て、硬直した男たちはそこでようやく襲われていることに気付いた。
助走をつけすぎたあまり、ノアの身体も制御できずに反対側の草むらに隠れて消えたが、外傷はない。
それどころか、いつも出せずにいた出力をやすやすと制御して、再び開けた野原の前に立った。
◇
ノアは自分の保身を考えていた自分自身を殴り殺したい気分に駆られていた。
一瞬、自分のなかで必死に抑えつけていた何かが切れた、と思ったらもう止まらなかった。
約束だとか、自分の保身だとかどうでもいい。ただ死なせたくないそう思ったら身体は考えるよりも先に行動していた。
その結果、目の前の二人がどうなっても構わないとさえ思った。
揺れる白い髪の隙間から真っ赤な瞳を覗かせ、ノアはナイフと自分を交互に見る男たちを睨みつける。
まるで楽しむかのように人ならざる笑みを浮かべていた男たちの表情は驚愕に彩られていた。
いままで何があったとか、どうしてこんなことになったのとか関係ない。
目の前で起こった出来事を飲み込めずにいる、そんな表情だった。
突然の出来事に狼狽し、あたりを見渡す男たちが小さく見えてノアの口から小さなため息が漏れた。
こんな奴らにあの子は――。
視線を投げかければ、いまも苦しげに呻く少女は横たわりながらも、うっすらと瞼を開けている。
乱れた髪に、土で汚れた顔。小さな四肢は力なく地面に投げ出されて動く気配はない。それでも浅く上下する胸元はまだ彼女が生きている証拠にほかならない。
間に合ってよかったと思う反面、自分のなかで熱い何かが身体を這いずり回るように駆け巡る。
今日初めて見かけた子供だ。
それでも、彼女の悲痛な叫びは自分のなかにある大切な『なにか』を確かに震わせた。
そして気付けば、考えるよりも先に踏み出した一歩は止まることなく少女に向けられた凶刃をたやすく断ち切っていた。
いま自分はどんな顔をしているのだろう。
案外冷静な自分がいることに驚き、それでも開いた拳を握り直すと、遅れて立ち上がった男たちは思い出したように武器を構えはじめた。
「兄貴、ガキだ。ガキが居やがる」
「ガキ一人に何怯えてんだ。いいからやっちまうぞ」
「で、でもナイフが」
「何かしら細工してんに決まってんだろが、さっさと構えろ」
耳障りな声が耳朶を打つ。
まるでテンプレのような物言いに、ノアの唇が不自然に持ち上がった。
先ほどまで浮かべていた下卑た笑みと裏腹に、男たちの酷く狼狽した焦りがあまりにも滑稽だ。
近づけば近づくたびに目を覆いたくなる思いに駆られる。
まるで潰れたカエルと、腐った半魚人だ。
今すぐにでも奴らを血祭りにあげたい感情が胸の奥からふつふつと溢れ出て、ノアを苛立たせる。
一度、周囲に視線を走らせ素早く周囲の状況を把握する。
開けた土地だが、ここからあの拠点まではずいぶんと離れている。
ここでどんなことがあろうとあの男たちが助けを求めても誰も邪魔されることはできないだろう。
ここのなら存分にやれる。
そんな考えができる自分に驚き、そして不思議な高揚感が胸の内にあふれた。
「……今すぐ彼女から手を放してくれるますか」
「はぁ、なにいって――」
爆音が響き渡り、ノアの足踏みで地面が揺れた。
波打つように盛り上がる地面は揺れに変わり、大地に亀裂が走る。
先ほどまで襲撃の算段を立てていた二人の表情が唐突に引き攣ったものに変わった。
「もう一度言うよ。その子を離せ」
静かに吐き出される言葉に男たちがわずかにたじろいだ。
感情に任せて大地を踏みしめ、男たちと距離を詰める。
距離が近づくにつれて湧き上がる感情は色濃く胸の内で溢れ返り、いつしかその熱は身体全体に回るまでに至った。
つま先から身体のてっぺんにまで一つの感情が満たされていくのわかる。
こんなクズ共にあの子は――。
歯を食いしばり、眉間にしわを寄せる。
それでも短く漏れた言葉に感情を隠し切れなかった。
「離せ」
静かに放たれた言葉が森を震わせる。
武器を構えた男たちも、一瞬だけ動きを止めて怯えた瞳でノアを見つめた。
しかしその表情はたちまち怒りに変わり、聞くに堪えない怒号が一人の男から吐き出された。
「はぁ? 俺らはこの方の護衛なんだよ。お前にどうこう言われる筋合いはねぇ」
「……たったいま殺そうとしていたのによくそんなことが言えるね?」
「テメェには関係ねぇっていってんだろガキがッ」
まるでそれが当然の主張であるかのように捲し立てる男たち。
この世全てのことが自分のために回っているとでも思っているのだろうか。
背中から引き抜いた大刀やレイピアを振り回しながら喚く男たちは、顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。
こっちが何も知らないとでも思っているのか。
会話はすべて魔王さまが翻訳と称してすべての子細を語ってくれた。
もっとも魔王さまはさらに多くの情報を奴らから得ていたみたいだが、奴らが彼女を殺そうとした事実さえわかっていればあとはどうでもいい。
ふと視線を落とし、彼女を見る。
顔にはうっすらとあざが浮かんでおり、口元から小さく血が漏れている。
まだ起き上がることができないのか目元から流れる涙は頬を伝い、その表情は信じられないものを見るかのように純粋な眼差しが絡み合った。
「待ってて、いま助けるから」
心が凪のように落ち着いているのに、身体はマグマのように熱い。
こんな感情、初めてだ。
誰かを助けたいと思ったことなどいくらでもある。でもこうして、自分から打算なく動けたのは初めてかもしれない。
自分が自分じゃないみたいな感覚が身体を支配し、深紅に輝く眼光を細めて男二人を見据える。
誰かのためにと思ったことはあるが、誰かのために殺したいと思ったの初めてだった。
握りしめた拳がきつく結ばれ、食いしばった歯が鋭く鳴った。
殺したい。
放たれた殺気に慌てて、自分の武器を構える男たち。それでも何かに気付いたのか男たちの表情にどこか余裕が戻ってきた。
「なぁ兄貴。あいつ丸腰だぜ、ただの怪力ってんだったら俺達でも――」
「ああ、ならちょうど前払いのコイツを使うのも悪くはねぇ」
こちらが何の武器もないとわかったからか、その態度は先ほどまで怯えた様子と打って変わって、どこまでも余裕に満ち溢れていた。
そこまで武器に自信があるのか。
大刀を構え、マジュと呼ばれていた男が下卑た笑みを浮かべた。
続いてノブロスと呼ばれた小柄な男も引き抜いたレイピアを抜くとその切っ先を少女に向けた。
「おおっと、小僧。これ以上動くんじゃねぇぞ。この嬢ちゃんを助けたかったら俺たちの言うことを聞いた方が身のためだぞ」
「よく見りゃかわいい顔してんじゃねぇか。少し痛めつけて売り払っちまうってのもありですぜ」
「ばーか。ここじゃあまたあの頭のかてぇ奴らに捕まっちまうだろが。殺すんだよ、あと腐れなくな」
虫唾の走る浅ましい笑みを浮かべ、男たちは醜悪な表情でノアを見つめる。
これから危険な目にあおうというのに、不思議と恐怖はない。
頭はこんなにも沸騰しているのに、心の奥は冷たく落ち着いていた。
向けられた武器も一つ一つは立派なの装飾が施されているが、この男たちが持つと急に貧相な張りぼてに見える。
「おおっと動くな」
緊迫する空気。
距離にして十メートルといった所か。
向けられる殺気は少女からノアへと矛先を変え、男たちのいつでも飛び出そうとする姿勢にノアは苛立ちを隠せずにいた。
自然と手が震える。それは恐怖からくる感情ではなく、生前ならば決して抱くことのなかった激情だ。
大刀の切っ先を向けられ、押し殺す言葉に自然と力が籠った。
「……それで、どうしようって?」
「見てわかんねぇか? 見られちまったからにはこうするよ――なあッ!!」
「――きゃッ!?」
少女の口から短い悲鳴が上がった。
振り下ろされた大刀が少女の頬を掠め、眼前で振り下ろされて大刀は少女の頬ギリギリのところで止まった。
「このお嬢様がどうなろうと俺たちには関係ねぇんだ。何なら目の前で殺しちまってもいいんだぜ?」
怯える瞳がノアから男のほうに向けられる。それでも青と緑の瞳は助けに来たノアに向けられた。
恐怖で固まっていた表情に、意思が灯った。
「――ッ。ここは危ない!! わたしのことは気にせずはやくここから逃げてッ」
「黙ってろお嬢ちゃん。いまからさっそうと現れたヒーローがどうなるかお前もみたいだろ?」
「うるさい。あんな小さな子供をどうしようっていうの、それでもあなたは人間なの!?」
「化け物を好んで集めるようなお家柄には言われたくねぇな、……いいから黙れよ。これからどうなるのか見ものだぜ」
身を乗り出し、必死に叫ぶ少女。
押さえつけるように後ろ手を縛る男が、頬ずりするように少女に顔を近づける。
それでも必死に逃げてと叫ぶ言葉は、本物だと直感した。
さっきまで自分が命を狙われていたというのに、その瞳は明らかにノアを心配している。
(あんなに傷ついているのに、他人の心配なんて)
そしてふと、彼らの言葉がわかるようになっている自分に気が付いた。
どうしてという疑問がよぎる前に、魔王さまの声が頭に響く。
『一度決めたなら、最後までやり通すんだな人間』
魔王さまの計らいに心から感謝し、ノアは小さく息を吐いた。
自然と握られた拳は、いつしか最適な形で構えに変わった。
半身で構えて、わずかに腰を落とす。
いつでも、どんなことが起きても、敵を殺せるように。
「コイツは面白れぇ、アイツやる気みたいだぜ。よかったな嬢ちゃん正義の味方が助けに来たぜ」
「ダメッ、あなたの力じゃかなわない。お願いだから逃げて――」
「いい加減黙れよ。これだからいいとこの貴族は躾がなってねぇでいけねぇ」
蹴り上げたつま先が少女の顎を捕らえ、跳ね上げる。
赤い鮮血が飛び散り、地面を濡らす。昏倒する少女の背店は彷徨っておらず、口から血が足れ流れた。
「へへ見てくだせぇ兄貴。あいつ震えてますぜ」
「――おおかた正義の味方気取りで出てきたのはいいが丸腰でビビってるんだろ? 無理すんなって」
「こいつみたいに嬲られたくなきゃ、いますぐ命乞いでもしてみるんだな。まぁ、兄貴が許すとは思えねぇけど」
ゲッゲッゲと喉を鳴らして笑うノブロスが、少女の髪を掴み上げた。
苦しそうに顔を歪める少女に、下卑た顔が近づけられる。
身体を揺り動かして逃げようにもその首筋には鋭いレイピアが押し当てられており、ほんの少し動かすだけで少女の柔肌をやすやすと切り裂いてしまうほど近い。
途端、ノアのなかで我慢ならない思いが爆発した。
覚悟はもうとっくに決めている。後はやるだけだ。
睨みつける視線が一層鋭くなる。
「その手を離せ」
「あぁん!? お前立場わかってんのかこのガキッ!!」
ノブロスのチンピラ同然の罵声が、ノアのなかにあった最期の理性を吹き飛ばす。
「その手を離せって言ってんだこのクズがッ」
刺激しないように。殺さないように。そんな配慮はどこにもなかった。
強いて言うならば、この身体を信頼している。
どんな要求も、必ず応えてくれるという信頼が押さえつけていたセーフティーを外す。
それだけでノアの肉体は常人ならざる脚力で地面を蹴り、ノブロスが瞬き一つする間もなく素早く肉薄した。
大きく見開かれた瞳が二つ。
息もつかせぬ接近に、驚いて少女の髪を手放したノブロスから小さな悲鳴が上がる。
その一瞬を逃さずにノアは少女を優しく抱き寄せると、彼女を庇うように身をひねった。
途端突き出されたレイピアは少女のいた位置をかすめ、トドメとばかりに放たれた銀色の閃光を片手で握りつぶす。
「なッ――!?」
砕けるはずのない刀身が砕け散る様を目の当たりにし腰を抜かす男だったが、そこから彼の言葉が続くことはなかった。
もう一方の手で、引き抜いた予備のナイフを突き立てようと手を伸ばすが、その場で回転するノアの動きについて来れなかった。
少女と身体を入れ替えるようにターンするノアの肘が、男の鳩尾に沈む。
鋼よりも硬いとされたタートスの硬質な武具が砕け、生身の肉体に突き刺さる。
遅れて金属が鈍く崩れる音が響き、吹き飛ばされた男は弧を描くように地面に激突すると、白目をむいて痙攣するように倒れた。
「まずは一人」
「――あぶないッ!?」
小さく呟くと腕のなかで少女の声があがった。
反射的に頭上を見上げれば、相方が倒れたことを遅れて認識した男が大刀を振り下ろしている。
バックステップで大刀を躱すと、地面が爆発するように大きくえぐれた。
飛び散る飛沫が少女を傷つけないようにマントを使って彼女を庇う。
魔王さまの魔力で編みこまれたマントは、四散する礫をたやすく受け流した。
「大丈夫?」
「――えっ、あっ。あり、がとう」
戸惑うように呟き、そしてなぜか急に赤面しだす少女。
そんな彼女の様子に首をかしげていると、突進してきたマジュの攻撃を今度は大きく避けた。
腕のなかで短く悲鳴が上がるが今は気にしていられない。
クレーターのように押しつぶされた地面を一瞥し着地すると、マジュは得意げな笑みを浮かべていた。
小さく舌打ちをするマジュだったが、その豊かに蓄えた髭面を一撫すると、男は誇らしげに大刀を振るって土ぼこりを払う。
「よく避けたな小僧。初めてだぞお前みたいなガキに不意打ちが通じなかったのは」
「言うほどすごい事? ここにいる生き物たちのほうがよっぽど狡猾で、鋭いね」
「はッ、女の前だからって強がりもたいがいにしろよ。――こいつを見ろ」
軽口など叩きたくはないが、調子にも乗らせたくない。
煽られる耐性が低いのか、それともノアの身体が子供並みだからか。不機嫌そうに顔をしかめるマジュは、顔を歪めて地面に唾を飛ばした。
「あれは――」
すると腕のなかで顔を覗かせる少女の声が硬くなる。
訝し気に眉を乗せて少女を見ていると、男の打ち振るう大刀の形がだんだんと変わっていった。
刃渡りがより大きくふくらみ、厚みを増していく。
まるでバルーンアートでも見ているような急激な膨らみ方に目を見張っていると、物理法則を超えた変化を見せる大刀の全長が二倍近く膨らみ、禍々しさを増していった。
「刀匠エクレアの三十一工の一振り、アトバンク」
「よく知ってるじゃねぇか。さすが貴族のお嬢様、お目が高い。――ならコイツの能力も知ってるよなあッ!!」
少女の言葉に、上機嫌に鼻を鳴らす男は大刀を担ぐように振りかぶり、爆発した。
先ほどのスピードとは比べ物にならないほどの速さで大刀が降りぬかれる。
途端、重力の爆発があった。
それは小規模ながらも拡散するように地面にたたきつけられた瞬間、膨張して小さな刃となって襲い掛かる。
「くっ――」
「きゃッ――」
顔をひねって何とか拡散した刃を交わす。
それでも地面に突き刺さった刀を回すようにして横なぎに振るわれた一撃に、ノアはとっさに少女を抱えて後ろに跳んだ。
一回転するように回る視界。それでも勢いを殺しきれず、滑るように着地した。
「いっつッ。――いったいあれは」
同調外傷に顔をしかめつつ、もうもうと立ち込める土ぼこりを払うようにやたらめったら大刀を振る男を見る。
その姿を遠目で観察していると、横抱きにされた少女が小さく呻きながらも説明してくれた。
「あれは重力を操作する刀。対象を圧殺することも、指向性を持たせて刺し殺すこともできるの」
「それは不思議で厄介だな。さすが異世界だよ全く」
「本当に大丈夫? あれは確かにゴロツキだけ馬鹿じゃない。貴方が逃げても別に責めはしないわ。もう充分助けてもらったし――」
「でも、泣いてたじゃん」
「――えっ!?」
土ぼこりを払い、勢いをつけたマジュが残虐な笑みを浮かべて現れる。
「死ねやぁッ!!」
放たれる言葉を無視して、ノアは視線を男ではなく少女に向けると、、
「大丈夫、僕らを信じて」
「――えっ」
小さく笑みを浮かべて、その切っ先をつかみ取るように手のひらで止めて見せた。
息を呑む音が、耳元と手前で小さく鳴る。
力を入れて切り裂こうとしているのか、男の顔には数多の青筋が浮かんでいるが小鹿のように震える腕はピクリとも動こうとしない。
「な、なぜこの大刀を素手で受け止めて――」
不思議そうな声を上げる少女と、狼狽する男の声が重なる。
それでもこんな下卑た声などこれ以上聞きたくもない。
有無言わせる前にノアは掴んだ大刀を握りつぶすと、ブラックウルフも両断すると言われた刀身が豆腐のように崩れて折れた。
ぽろぽろと手の内から零れる金属を握りつぶすと、なかで擦れた金属が砂塵に還る。
「痛むだろうけど、ちょっと我慢してて。――さて」
「――ひっ!?」
そう言って横抱きにしていた少女をゆっくり下ろすと向き直って男を睨みつける。
後退りを始める男を追うようにして一歩踏み出すと伸ばされた少女の手がマントを掴んだ。
「あなたが手を汚す必要はないわ」
小さく左右に振る表情はどこか痛々しく、左右で色の違う瞳はノアにどこか懐かしさを覚えさせる。
それでもケジメはつけなくてはならない。
少しだけ表情を緩めて、マントを掴む手をやさしく一つ一つ外していく。そして、彼女の頭を何度か叩いた後、ノアの視線はすぐに命乞いを始めた男に向けられた。
深紅に燃えた瞳が、男の大刀に反射して映りこむ。
その表情は今まで見たこともないくらい冷酷で、静かだった。
「頼む。家で妻と子供が待ってるんだ。仕方がなかったんだ、頼むから見逃してくれ!!」
「あんたがそれを言うのか」
「仕方なかったんだよッ!! そうでもしなきゃフリーの俺は生きていけねぇ、あんたならわかってくれるだろう?」
必死に喚き弁解する男は今まで自分のしてきた所業すらなかったかのように、後退っては命乞いを続ける。
「あそこで伸びている男は?」
「あんな奴知らねぇ。ただの出来心だったんだ。だが貴族に頼まれちゃあ断れねぇ、だってそうだろ? 俺らが貴族に逆らったら――」
見苦しい言い訳が、森を震わせる。
脂汗を必死に浮かべて舌を回すこの男は仲間まで簡単に切り捨てるのか。
ここまで醜く生きようとするさまを見せつけられると呆れを通り越して、いっそ哀れに思えてくる。
永遠と繰り返される醜い言葉の数々に、うんざりする。
「いっそ哀れだよ。あなたは」
「――ッ!? なら見逃してくれるのか?」
「……ねぇ、これどうするべきだと思う」
「えっ――」
突然降られた話題に、呆然と立つ少女は少しだけ思案顔を浮かべて、そしてためらうような表情を見せた。
それは男の末路を理解しての表情だ。
自分が殺されかけたというのにこの子は、相手のことまで心配するのか。
「このまま放っておいても、また繰り返すでしょうし、なによりこの人は貴族に手を出した。よくて終身刑。ううん悪くて死刑――かしら」
「ならここで一思いに死ぬ方が――」
瞬間、ノアの首筋に鈍く光る一線が見えた。
切られると認識する頃には、自然と体が動いていた。
そこで、口元を抑える少女の表情が驚きに彩られている。
「こいつのためなのかな?」
「お前まさか、れっとう――ッ!?」
そこからの言葉は続かなかった。膝立ちの状態で不格好に止まった身体は音もなく崩れ落ちる。
掴んだ刀身を今度こそ粉々に砕き、握った拳で男の身体を打つ。
ただそれだけの単純な動作で、突き抜ける衝撃は鎧を砕き、項垂れるように前方に倒れ伏す男の口から吐血が漏れた。
「ご、ぼっ!?」
それでも死んでいないのは鎧のおかげなのか。
パクパクと口を動かして喘ぎ痙攣するさまはどこまでも無様で滑稽だった。




