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11話 調査

 広大な森に建ち並ぶ建造物の数々はもはや『街』と言っても過言でないほど立派なものだった。


 建物があり、舗装された道路があり、そして、人がいる。

 建ち並ぶ建築物はどれも未来的で、中世といった『僕』の幻想をありありと消し飛ばしてしまった。

 その建物から幾人もの、人間が出入りしては談笑に興じたり、森を見て何かを話し合っていたりする。


 そこには男も女も性別関係なく存在しており、なかにはこの地下大地に生息する奇妙な生物が家畜のように使われていたりした。


 ノアには見慣れない服装だが、それは魔王さまにとっても見慣れない格好らしい。


 金属プレートではなく何かの素材を加工して作られた防具、というのが印象的だろうか。

 布のような薄い防具を身に着けている者もいれば、フルフェイスでがちがちに装備を固めている者もいる。


 一般的なイメージとはずいぶんとかけ離れているが、それでもおそらく彼らはここに何かの目的を持ってやってきたのだろう。


 珍しく黙り込んで観察に入る魔王さまを置いて、できる限り近づこうと茂みをかき分ける。


 幸いにも森の木々たちがノアの姿を隠してくれているので接近は容易だ。

 すると突然、静かに魔王さまの声が飛んできた。


『人間、そこで止まれ。警戒網に引っかかるぞ』

「警戒網?」


 一応、近場の二人組までそこそこ離れているのでよほど大きな声を上げない限り、見つかることはない。

 それでも念のため、ノアは声を抑えると魔王さまの言う通り、足を止めて地面を見る。


 そこには何やら杭のようなものが一本地面に突き刺さっていた。

 それは魔王さまが忠告してくれなければわからないほど小さく白い杭だ。

 よく見ればその杭はいくつも街を囲むように等間隔で連なっていた。


 しゃがみ込んで杭に触れないようによくよく観察する。


「これは?」

『おそらく境界の一種だろう。許可なきものが立ち寄ればたちまち気づかれる仕組みだ』

「あっぶなッ!?」


 触れようとした手を慌てて引っ込め、魔王さまの嘆息が頭に響いた。

 いまあの武装した人たちに襲われるってのは勘弁願いたい。


『まったくだ。奴ら、おそらく冒険者のような類の者たちだが、……私の知るそれとはずいぶん装備が違うな』


 魔王さまの声につられて、ノアは身近にいた二人組の男に視線を向ける。

 何かを話し合っているらしく、ノアには聞こえないがその表情はどこかうんざりしたような疲れ切ったものだった。


 彼らの装備を見れば、確かに魔王さまの言うようにRPGでよく見るような典型的な武器と随分異なっていた。


 魔王さま曰く、冒険者というものはギルドの依頼を受けて、その依頼を達成する者の総称だ。

 ほとんどの者が、お手軽で量産可能な武器を装備しているものが大半で、装備を見ればだいたいの熟練度がわかったそうだ。

 なかには、魔力を内包させた特別な武器なんかもあるらしく、そういった武器を持つ者ほど冒険者の間では地位が高かったりするらしい。


 『僕』も異世界の一般的なイメージで言えば、武器というものはたいていロングソードといった量産可能な武器が一般的なものだと思っていた。


 しかし彼らが持つ武器はそのどれもが同じものがなく。見渡す限り、似ているようなものは存在すれど、明らかに用途が異なるようなものまであった。

 大剣や、スバイクのついた大槌。熊手のように幾つも刃のついた刀剣もあれば、魔術師が使うような杖を持っているものまでいる。


『武器から魔力を感じない。それどころかなんだこの妙な力は、――私のいない数百年で一体何があった』


 どうやら、魔王さまは魔王さま独自の感覚で武器の持つ力を感じ取っているらしく、『僕』にはそれがなんなのか何もわからない。

 けれどもその言い方は、魔王さまの知らない力がこの世界にあるという事だ。


『魔力であって、魔力でないような妙な感覚だ。丁度、この地下大地に充満する力のような』

「なにそれ初耳なんですけど」

『感知できないやつに説明したところで意味ないだろう? 見たところ害もないみたいだしな』


 もし魔王さまに実体があったのなら、ゾクゾクと背筋を震わせて笑っていたかもしれない。

 そんな錯覚がありありと伝わってくるほど、魔王さまの魂は高ぶっていた。


 しかし何も感知できないへっぽこには個々の世界周辺に力があるなどと言われてもピンと来ず、何度か感じ取ろうと努力してみたが結局何も感じなかった。


「……そんな妙な力が充満してるんですか。わかってたなら隠さず教えてくれてもいいじゃないですか」

『曖昧な情報ほど危険なものはないのだ、覚えておけ馬鹿者。……それよりあの荷台車を見ろ』


 バカバカって自分がすごく頭がいいからってそんなこと言わなくてもわかりましたわかりましたのでお仕置きの準備はやめてください。


 半ば脅されて、ノアは魔王さまの言う荷台車の方を見やった。

 舗装された道路を悠々と進む、なぞの生物。

 その後ろに引かれたおおよそトラック並みの荷台車に一匹トカゲのような化け物が載せられていく。


 煌めく鱗は一枚一枚が鋼のような輝きを放っており、体長十メートルはあるのではないかと思えるような巨体が舌を垂らしている。

 おそらく死んでいるのだろう。

 その首元は何かでえぐられた様にひどく傷ついており、そこが致命傷になったのだと素人のノアでも推測できた。


 荷台車を引く生物も、見たこともない牛のような姿をした謎の生命体。左右合わせて十本ある足を器用に動かして、五百キロはくだらない荷物を悠々と運んで行く。


「あの荷台車、確かにかなりでかいトカゲを運んでいますけど、あれがなんです?」

『そこじゃない。あの獲物、一体どこに運ばれていくと思う』


 意味ありげな質問に、反応するようにノアの頭はすぐに答えを導き出した。

 小さく漏れる声に、魔王さまは不敵な笑みを浮かべると大きく頷いて、その荷台車の奥にある大きな大穴を注視した。


『私たちの予想は的中だ。人類は確実に地上で繁栄している。それも私が知らないほど高度な文明を持って』


 今すぐにでも見てみたい、という気持ちが魂を通して伝わってくる。

 それでも飛び出さないのは、『僕』のことを思ってか。いま飛び出せば明らかに不自然だとわかっているからだろう。

 ジッとその場に堪え、様子を窺っていると、唐突に魔王さまが口を開いた。


『気配からして、そこまで多くはないな。せいぜい百人程度といった所か』


 それは人間の数だろうか。

 生前は人口密度のそこそこの多い地域に住んでいたので、異世界の基準がいまいちわからない。


「それって少ないの」

『ああ、街に対しての人数にしてはかなりな。――もしかしたら、ここは冒険者の拠点のような場所かもしれん。地上から地下に降りてくるための拠点。そう思えばこの大きな街に対して人間が少ないのも納得できる』


 ここが冒険者の拠点。だとするといくつか疑問が思い浮かぶ。

 それは――。


『なぜここは、地下転変に巻き込まれてないか、だろう?』


 考えを読まれてしまった。さすが魔王さますべてまるっとお見通しらしい。


『人間、その疑問は正しいぞ。建築物を見る限り少なくとも十数年の月日が経っているのはわかる。あの災害は例外なく生命を死に至らしめるものだ。ここだけが無事なんてのはおかしい』


 地下転変。

 これはとりあえず魔王さまと『僕』が仮につけた災害の総称だ。

 ここ十五日間、調べてみてわかったことが一つある。

 この災害は、地下大地に生息するすべての生命に課せられた一つの掟のようなものだということだ。


 死んでは生まれるを何度も急速に繰り返すこの世界。

 生命の死など日常で何度死に絶えても、生命をあざ笑うかのように新しい命が一晩で誕生する。


 『僕ら』もこの地下大地に身を置いて思い知らされたのは、全ての命は流転するように何度も繰り返されているという事だ。

 死んで生まれて、生まれて死んでを繰り返す。まるで何度もいのちを作り直すかのように新たな生命が死の上に誕生していく。


 その様子は、恐ろしくもあり同時に美しくさえあった。


 森が一日たりとも同じ顔でなかったのは、この地下転変に巻き込まれて新しい生命がまるでそこにあったか如く急速に成長していくからだ。

 だからこそ、世界樹のような例外があるにしても、この『街』が地下転変に巻き込まれていないというのは明らかに不自然に感じるのだ。


「一体、どんな方法であの災害から身を守っているんだ」

『人間が世界樹の力を解析した、というのならわかるが、そんな力は感じられない』


 となると怪しいのはこの杭だが、不用意に触って敵意を向けられるのは困る。

 こっちは丸腰だし、この身体もどれだけ扱えるかわかったものではない。

 まだ完全に慣れていない身体で接触するにはリスクが大きすぎる。


「ここの人たちの話とか聞けないんですか?」

『やってはいるが、私のいた時代とは言語が違うらしい。……本当に、ここは七百年後の世界か』


 ぶつぶつと呟いては、何かの言葉の法則を探るようにじっと見つめる魔王さま。

 聞こえてくる言語は確かに聞きなれない言葉だ。

 何かを捲し立てるように話す表情はどれも愚痴っぽく、内容はわからないがノアにもそれが何かに対する不平不満であることはなんとなく見て取れた。


 それでも魔王さまはノアの数百倍の才覚をもって、全てを暴き出す。


 表情、口元の動き、ジェスチャーに至るまで全てを観察し、想像し、分析する。

 その異常な解析力はすぐに言葉の法則を導き出し、ノアに話の内容を掻い摘んで説明し始めた。


『どうやら奴らは文句を言っているらしい。ここは相当な危険区で『ステータスの恩恵』? が受けられないからと』

「ステータス? ステータスというとゲームで言うような」

『強さを示す値だな。私の世界でもそれは存在した。しかし――見ろ人間、動きがあったぞ』


 思わずかがみこんで、様子を探る。

 二人の男たちの会話を遮るように途切れて、、一人の子供が話に割って入るところだった。


 その子は、ノアより小さな一人の女の子だった。

 月のように色濃く輝く金色の髪を短く後ろで編み込み、ショート気味に揺れる様はまるでタンポポのように可憐だ。

 周囲の硬質な鎧に身をまとっている男たちと比べて、巫女装束に近い薄い装備。

 腰から下げられた二兆の拳銃が無骨に光り、少女の手には少々大きく感じられる。


『……今から、外に探索に行くようだ。どうする人間?』

「ちょっとついていってみよう。うまくいけば話しを聞けるかもしれない」


 何かの話し合いが済んだのか、すぐ正面の森へと続く道に歩き出す三人組。

 ノアも、後を追うために立ち上がろうと踵を返すと、突然身体に同調外傷が走り、ノアは顔を小さくしかめた。


「ッ、何するんですか魔王さま」

『人間、私としてもかなり魅力的な提案だ。だが、一応、奴らを追う際のルールを幾つか決めておこうか』

「ルール?」


 そのまま歩きだして森に進んでいく三人組を目で追い、ノアは焦燥感に駆られながらも魔王さまの言葉に耳を傾ける。

 なんのためにだとか魔王さまに問いただす時間すら惜しい。

 そのことを理解しているのか大きく頷く魔王さまは、まるで目の前に立つみたいに腰に手を当てて、三つの条件を口にした。


 一つ、奴らが死んでも同情しない。

 二つ、余計なことに首を突っ込まない

 三つ、どんなことがあろうと、奴らに見つからない限り干渉しない。


「すべて、同じに聞こえますけど」

『まぁ要するに、余計なことを喋らずただ黙って見守ってろってことだ、いいな?』


 頷きかけた身体が一瞬だけ躊躇いを見せる。

 その動きを目ざとく見つける魔王さま。それでも何も言わず『僕』の言葉に耳を傾けてくれた。


「約束は、できないかもしれない。けど、善処はする」

『これはお前を思ってのことなんだが――まぁいい。これもお前の人生だ。ほら、さっさと行かないと見失うぞ』


 この約束が何を意味するのかノアにはわからない。

 それでも、魔王さまの言葉を心にとめて、ノアは素早くかつ目立たないように三人組の後を追った。

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