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10話 活動 ~その2~

 広大な深い深い森。

 ビルと同じくらい巨大にそびえるねじれた大きな樹木。その大きさはさまざまで、そして何よりも何千年経過したと思えるほど太い木まである。

 湖もあり、川も、盆地や崖もある。

 空を飛びかう鳥は、『僕』の知っている鳥ではない。

 それでも『地下転変』に巻き込まれながらもこうして生きているところを見ると、どれもこの環境に適応すべく生き残った生き物たちなのだろう。

 一見、見下ろせばただの樹海だが、けれどもどれ一つとして『昨日』と同じ世界はなかった。


 四つの羽を器用に使って滑空する鳥が頭上を通り過ぎ、建造物を探していると『僕』は目の前に降りしきる『何か』に気付いた。


――ん? なんだこの粉?


 チラチラと雪のように舞い散る物質に、『僕』は思わず声を上げた。

 触れたという感触もなく、かといってそこに存在しているというにはあまりにも存在が希釈な結晶に眉を顰めると、魔王さまは気づいたように手をかざす。


「ああ、ようやく認識したか、人間。――やはり見えてなかったのか。上を見てみろ」


――うえ?


 魔王さまの言う通り、頭上を見上げると、そこには大量に『地面』に突き刺さった根っこが見えた。

 それもただの根っこではない。

 上空数千メートルもの距離があっても、ありありと茶色い木の根に見える無数『なにか』が突き刺さっていた。


 はじめのうちは確かに驚いたけど、十五日もここにいれば別に珍しくない。

 一体あれがなんだというのだろうか。


「まぁよく目を凝らしてみろ」


 そう言われて目を凝らすと、いつもよりなんだか景色がよく見えるような気がする。

……なにか、根っこから粉のようなものが落ちているような落ちていないような。


「お前もずっとこの世界がなぜ明るいのか気になっていただろう? この結晶がこの世界を照らしている正体だ」


 いつの間にか『僕』の魂の隣に魔王さまが立っているので飛び退くように驚くと、魔王さまは反応を愉しむようにシシシっと笑みを浮かべた。


 手のひらに浮かぶ素粒子に近い結晶。

 その一粒一粒が光を放ちこの世界を照らしているのだ。


――どうして、今まで気づかなかったのに。


「この身体に慣れてきた証拠といいたいところだが。私が主導権を握った影響だな。本来の身体に備わった機能が一時的に復活したんだ」


――それはあれですか。まだまだ身体の扱いがなってないとかそういうことですか?


「普通なら道具でも使わなきゃ見えない距離を目を凝らしただけで目視できるんだ。まぁ半人前といった所か」


――何で目を逸らすんですか。ねぇ、笑うくらいなら誤魔化さないでちゃんと言ってってば!?


 だんだんバケモノ具合に磨きがかかってきたような気がする。

 いや、これが本来の魔王さまの転生体としての能力なのだろう。

 ただそれを『僕』のわがままで持て余しているだけ。


 一応、魔王さまの転生体と聞いてそれなりの覚悟をしてきたつもりだったが、いま一度覚悟を決め直さなくてはいけないらしい。

 誰かを傷つけるのは嫌だし、命を奪うことにはまだ抵抗がある。

 それでも後悔してからでは遅いことはもう十分理解したつもりだ。


 感覚一つで人が死ぬかもしれない。

 これほど恐ろしいものはない。


 この転生体で生きるという事はやはり、それだけ責任を負うという事なのだ。


「ならば、その責任を追えるようにしっかりと訓練に励むことだな」


――ぐうの音もでません。


 しっかりと釘を刺されてしまったが、そんな雑談の最中にも『僕』と魔王さまは件の建造物を探し続ける。


「まぁ私が生きていた時代でもこんな結晶は見たことはない。……ただ、ここが地下にできた世界なら納得できる」


 地下にできた世界。

 確かに魔王さまの言葉は的を得ている。ここに人がいないというのはあの『地下転変』を経験して二人が出した結論だった。

 ここは生物が生き抜くには過酷すぎる。

 空もなければ、太陽もない世界。それなのに酸素が存在し、生き物が豊かに進化しているのはひとえに、この『光』があるからだ。


 『昼間』動かない大地も『夜』が来れば、世界をすべて原初に戻そうと動き回る。


 この生きては死んで、また生きては死んでを繰り返す世界に『普通の人間』が平気で生きていけるわけない。

 であれば、やはり地上で暮らしていると考えるのが一番妥当だろう。


「まぁさしずめ『地下大地』(ねいざーグランド)といったところか。うんいいネーミングだ。これはやはり楽しくなりそうだな」


 そう言うなり、そわそわと身体を揺すりだす魔王さま。

 つられて木のてっぺんで同じように身体が勝手に動いてしまうノアの姿を客観的に感じるのだから不思議だ。


 本当は姿かたちなどないはずなのに、動きに合わせて揺れる白い髪や、ドレスがチラチラと目に映り、世界のことよりそっちのほうに意識が向いてしまう。

 ホントどういう原理で動いてるんだろ。


「だからいい加減学習しろ。このスケベ」


……そうでした。うわぁ、転生してまでこれとかホント嫌なんだけど!!

 はやく女性に慣れたい。せつに


「そう嘆くな。それに私も女だぞおい」


 荒ぶる獅子のように頭をぶんぶん振って大きく項垂れると、隣からクックックッと声を押し殺すように笑い声が聞こえてきた。

 あらかた満足したのか、息を深く吐き出すノアは頭上のアホ毛をぴんと立たせて、周囲を見渡した。


 アホ毛なんてなかったような気がするが、これはあれか鬼の太郎さんレーダーとかいうやつか。


「――まぁ、ここまで様変わりするとは思わなかった」


――文字通り世界が変わるんだから……あ、なんか建造物が見えた気がする。


「なにっ!?」


 首を振る魔王さまの意識が『僕』と同じ方向を向く。

 『僕』の視線に倣って身体を入れ替えるノアは、ある一点を凝視する。


 視線は、双眼鏡を覗いているようにだんだん近づき、明らかに人の手で作り出された建築物を移した。

 周りの木々が邪魔で詳しくは見えないが、それでも真新しいように感じる。


「ああ確かに、そうだな。だが、――妙だ。地下転変に巻き込まれた形跡がないぞ」


――行ってみればわかるんじゃないですか?


「……それもそうだな。とりあえず時間は有限だ、ここは癪だがお前の口車に乗せられるとするか人間。本当に癪だがな」


――なんで二回言った。そしてなんでこっちを見るんですか魔王さま。


「いやなに気にするな。人の弱みに付け込むクソ野郎に対する哀れみだ」

 

――あれ、なんだろ。目から汗が流れてきたぞー? 


 そう言ってそのまま、二百メートルものある木から飛び降りる。

 枝をクッションにし、器用に大地に降り立つ。するとあれほど勝手に動いていたノアの身体の所有権が自然と『僕』に戻ってくる。


「くっ、これが本家本元の力なのか。めっちゃ身体の使い方がうますぎる」

『お前もこの程度さっさとこなせるように精進しろよ、人間』

 

 あれ? もしかしなくても鼻で笑われた? 嘘でしょ、ちょっともう少し優しくしてくれてもいいんじゃありませんか魔王さまッ!! あの頃のあなたはもっと優しかったはずだッ!?


『気のせいださっさと行くぞ』


 バッサリですか了解です。分りましたから睨まないでください。それに――


「それにさっき見てわかったんですけど、例の世界樹の裏手にありましたね、建築物」

『距離にして約八キロといった所か』


 そう小さく呟く魔王さま。

 なんか嫌な予感がするのはきっと気のせいではないはず。


 でも気のせいであってほしいので生唾を飲み込み、ピクニックに行くみたいに何でもないように準備運動を始めると案の定、魔王さまから声がかかった。


 聞きたくない。でも心のなかに聞こえちゃってるので耳を塞いでも無駄らしい。


『今日のトレーニングの仕上げだ。あの建造物までランニングで今日のノルマは終了としようか』

「貴女は鬼ですか」

『魔王だが?』


 ちくしょう、絶望感に体が重くなったように感じる。

 しかも、魔王さまはどこか嗜虐的な笑みを浮かべ、ノアの聴覚に電流が帯電している音が聞こえた。


 ああわかります言いたいことわかっちゃいました僕走ります。


『あと三時間みっちりしごかれるよりマシだろう? ほら、さっさと走れ』


 そう言われてしまっては走らざる負えない。

 少しでも体になれるため、全力で大地を駆けるノア。


 その間に、何十本もの木を切り倒したのは言うまでもない。

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