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10話 活動

 森を駆け抜け、地面に生い茂る木々を『鬼』に見立てて躱していく。

 一つ、二つと枝葉を潜り、駆け抜ける感覚はまさしく疾風ごとしだ。


 時折視界を過ぎるおおよそ知らない生き物たちは、どれもこちらを警戒してか近づこうとはしてこない。


 だからだろう。こんなにも自由で開放感にあふれて、声を上げてしまうのは。


「いっやほおぉぉぉおッ!!」


 風を切る身体が嬉しくて、年相応の姿でノアは大地を駆けていた。


 生前、障害で身体を動かせなかったが、走るという行為がまさかこんなにも気持ちのいいものだとは思わなかった。

 身体を操り、手が、足が自由に動く。


 太い木の枝につかみかかっては慣性に従って身体を一回転させ、太い幹を足場にしては次の岩場を足場に川辺を飛び越える。


 どれも生前味わえなかった喜びであり、まるで憧れのアスレチックにいるみたいな高揚感をひたすら楽しんでいた。


 未知の心地よさに胸がいっぱいに広がる。


 本当に気持ちがいい。

 そんな感覚が脳内麻薬を作り始めていると、唐突に頭の中で魔王さまの声が響いてきた。


『身体を手繰るだけならだいぶコツを掴んできたな。……痛みはあるか』

「全然。むしろ楽しいくらいッ!!」

『それはいい。なら次はもう少し出力を上げてみるぞ』

「了解、じゃああの木の根元まで何秒かかるか測定お願いします」


 見上げれば、生い茂る草木の隙間から背丈の高い大きな樹木。

 その前を阻むように幾重にも建ち並ぶ木々たちを前に、ノアは走りながら身を低くした。


 それが大地を蹴る脚力を一段階上げる合図だったのか、ノアの身体から力があふれて出た。


 魔王さまが調節した出力は足へと伝わり、大地を捕らえ、押し出す様子がはっきりと足裏から伝わってくる。

 力いっぱい踏み出した右足が不自然にめり込む。このまま一気に力を解き放ったところで――、


「――へ?」


 ノア自身の間抜けな声をかき消すほどの轟音が足元で鳴った。


 そう感じた頃には、そこにノアの姿はなかった。


 とてつもない轟音を響かせてロケットのごとく前方へと跳んだあと、と表現すればいいのか。


 当初、避けるはずだった迫りくる木々を何本も打ち倒し、押し退ける。


 頬を撫でる草木、わずかにブレる軌道。しかし足は宙に浮いているため制御も利かず、止まることもできない。


「うわぁああああああああぁぁああッ――っで!?」


 後ろのほうで、何か岩盤の崩れた音がしたと思った頃には、樹齢千年はあると思われる樹木が、生木を裂くような音と共に倒れた。

 ガラガラと、木材の破片が降り注ぎ、一連の惨状を物語る。


「いつつつ」


 上下さかさまになって転がるノアは、踏み切った右足を押さえて激しく地面にもんどり返っていた。

 しかし、その身体に傷はなく単に同調外傷による痛みでのたうち回っているだけだった。


 身体はどこも折れていない。

 それでもいくらなんでもこれはやりすぎだ。


「――ま、魔王さま? 少し、少しって言いましたよねッ!?」

『うん? もっと弱くか? この程度制御できんとはまったく……これでは先が思いやられるぞ人間』


 いやいや、人間じゃこうはいきません。大けが必死です間違いなく。


 魔王さまがこの身体を頑丈に作ってくれて本当によかった。こんなことを何十回も繰り返していたら『地上』に出る前にひき肉になってしまう。


 散らばった木片を払い落し、たったいま一歩で駆け抜けた電車道を見やる。

 おおよそ、百メートル近くを一歩。

 木々は左右に押し倒され、土はえぐれて、せっかく実った果物があたり一面に零れ落ちている。


 大惨事ともいえるこの現状。

 しかもこれがノア=ウルムの出せる力のほんの少しだというのだから、この身体がいかに優れているかおわかりだろうか。


『やはり、出力の出し具合に齟齬があるな。これでも感覚で言えば普段の千分の一なのだが、もっと抑えなくてはならんか』

「……身体の動作は意外と早く慣れたんですけどね」

『人型、という一点のみなら私とお前では大差はないからな。しかし、そうなるとやはり力加減が問題が――』


 ぶつぶつと思案顔で呟く魔王さま。

 本人は至って本気らしく、何度かよくわからない理論をあーでもないこーでもないと呟いては一人で納得していた。


 魔王さま曰く。人間の身体と、魔族の身体の構造は違うらしい。


 この転生体は元々、魔族である魔王さまが転生する際に作った身体だ。

 当然魔王さま仕様に作られているし、人間の魂が入ったところで動かせるような簡単な品物ではない。


 例を挙げるとするなら、人間の神経網はそこそこ複雑だが、物理法則に則ってしまえば機械で操作することは一応可能だ。

 対して、魔族の神経網というのは地球人が普段使わない魔力を通す神経や臓器などが緻密に絡み合い存在するため、機械であっても操作することはできないらしい。


 魔王さまより早くこの身体に転生しても、身体が動かせずにいたのは、ただ単純に人間には存在しない神経や臓器があるためだ。

 だからこそ、ここまで来るのに本当に苦労した。

 なにせ、自分で動こうとする指一本、瞬き一つで激痛が走る生活を強いられてきたのだ。


 『トレーニング』の初日はまさに地獄だった。

 もちろん手抜きなんてできるはずもなく、少し休もうと考えれば思考を読まれて説教される。

 挙句の果てには、同調外傷を利用したお仕置きが待っているわでホント生きててよかった。


 それでも何度か動かしていくうちに、魔王さまの類まれなるセンスで問題は意外と早く解決した。

 身体を普通に動かしても同調外傷が起きることはなくなったの本当にうれしい。


 嬉しいのだが、代わりにこの力の調節が当面の課題となっている。

 なにせ――。


「よっこらしょっと――」

 

 軽く幹に手をついただけで、幅五メートルはあろう根元だけ残った樹木が消し飛ぶのだ。

 こんなに危険なことはないだろう。


 おかげで、ここ最近は本当にろくなものを食べた記憶がない。


「……魔王さま。毎回これ見てると、普通の生活って無理じゃね? って思うようになってくるんですけどどう思います」

『ふっ、これなら意思を持つ生物と握手した瞬間、粉々だものな』

「笑い事じゃないんですけどッ!?」

『ならばその『目』と同様さっさと慣れるようにお前も努力することだ。――まったく、さっそく傷物にしおって』


 そう言いつつ、不機嫌になる魔王さま。

 それを言われると、なかなか気まずい。

 左頬を掻くと、第三の目が合った位置に僅かな縫合痕が残っていた。


 はっきり言ってしまうと、『第三の目』は魔王さまによって封印してもらった。


 なにせ、魔王さまの補助でいままで第三の目が機能しなかっただけで、実際に使ってみたらとんでもない情報量が頭の中に叩き込まれたのだ。

 景色が、色が、『なにか』の流れに至るすべてがノアの意思とは関係なく頭に入ってくる。


 頭痛どころか、頭を斧でカチ割られた方がマシという痛みに苛まれ、さっそく魔王さまの手を煩わせてしまった結果がこれだ。


 この身体以上に硬度の高い鉱物はここにはないとのことで、ノアの髪を使って『第三の目』を封じるしかなかった。


 魔王さま曰く、これほど最適な封印方法はないらしく魔力を込められた髪は、百メートルから樹齢千年クラスの樹木を激突しても傷つかない身体をやすやすと縫い付けていった。



「……魔王さま、言っちゃあなんですけど、今日の特訓はこのくらいにしませんか?」

『何を言っている人間。まだそれほど時間は立っていないだろう』


 確かに始めてから、まだ一時間も経っていない。

 にも拘らず、ギブアップを口にするのにはきちんとした理由がある。


 それは魔王さまもきっとご存知のことでぜひ賛同してくれたらありがたいのだが――。


『却下だ』


 心を読まれて、一刀両断されてしまった。


 そんな『僕』の提案に、魔王さまは目を細めて大きくため息をついた。

 立体映像がないので、そんな感じがするという気のせいなのだが、魔王さまは間違いなくノア=ウルムの身体のなかで『僕』に呆れた目を向けているに違いない。


『人間。お前にはやることが山済みだろう。狩りに力の調整、戦闘技術その他もろもろ。私が黙っていても生きていけるくらいになりたい言ったのはお前だ。もう忘れたのか馬鹿者』

「――いや、だって人がいるかもしれないんですよ!? やっぱり行かないわけにはいかないでしょう!!」

『確かに、ここに建築物があるのは驚いたしお前が気になるのも分からなくもない。――だが、この身体の微調整が済んでいない状態で会ってみろ、どうなると思う?』


――粉々に吹っ飛びます、相手が。


『落ち込んだお前をあやすのがどれだけ面倒だかわかっているのか?』


――その節ではご迷惑をおかけしました。


『――ったく、もう少し頭の働くやつだと思ってたんだがな』

「そんな、ちょっとだけ、ちょっとみるだけですから」


 流れるように手を合わせて必死に拝み倒す。

 あまりにスムーズな流れに、ちょっと引き気味になる魔王さま。

 なぁにこの程度慣れっこですのことよ。

 絵面的に、何もないところで一人勝手に拝み倒している怪しい子供にしか見えないが、いまはノア以外ここ周囲に生き物はいない。

 それでも取り付く島もない魔王さま。そっぽを向くと何かを唱えるように口を動かし始めた。


 途端、えも言えぬ衝撃が身体全体を駆け巡った。


「いっだああぁあああッ!!?」


『お仕置きシステム』


 それは魔王さまが考案した『駄々をこねる子供をお仕置きする』という何ともひねりのないシステムの総称だ。

 人為的にわざと魂の同調をずらすことによって起きる強制電流を用いて『僕』の魂を攻撃する。

 こちらは手が出せないのをいいことに、たまに遊び半分でやってくるから手におえない。


 実際に、寝起きで喰らった時はホントに召されるかと思った。

 痺れるとかそんなものではない。マジでいたいのだ。

 これは虐待だ、と訴えれば問答無用で痛みが飛んでくる。

 いっそ、お尻ぺんぺんとかのほうがまだ絵面がいいというのに。


『ほぉう。狙った部位だけ地獄を味合わせることもできるのだが、ん? 尻がいいのか。どれ、望み通りしてやろう』


 ちょ、ごめんなさい反省してますだからそれだけは、ああああああっぁあぁああああッ!!?!?


「ごめんなさい。すみませんでした許してください」

『……これで満足か、いいから次のメニューに行くぞ』


 ジンジンと痛む臀部。これしばらく座れないんじゃね? というか取れてないよねお尻。


 マント一枚という変態ファッションだが、文字通りこれ以上魔王さま手伝ってくれないし、素材を取ろうにも触ろうとしただけで木っ端みじんになる。

 もうどうしろというのだ。こんな姿人に見られたら世間的に死んでしまう。


『だからさっさと力加減を学ばねばならんのだ。いつまで寝ている。さっさと立て』


 精神的にもうフラフラだよ。だがしかし、ここで引いてしまっては男が廃る。


 本で書いてあった、男は押しが肝心ですって。ならばこちらも最終兵器を出すしかない。

 この呪文は一種の諸刃の剣だ。しかし、ちょっと興味をそそられ始めている魔王さまには絶大の言葉だ。


 僅かに胸の奥で僅かに身構える魔王さまに対して、『僕』はそっと抗いがたい誘惑を口にする。


「でもやっぱり、この世界の人ってどんなものか気になるじゃないですか」

『――うッ!!』


 純粋な問い掛けに、魔王さまの声が詰まる。

 明らかな動揺が胸の内から伝わってくる。

 もう一押し。


「それに、あの建物があの『地下転変』にいつ巻き込まれるかわかりませんよ?」

『――ううッ!?』


 さらに大きく動揺が広がった。


 元々、魔王さまは自分の死後の世界がどのようになっているのかを知りたくて、転生した節がある。

 そこに例外など存在しなく、間違いなく全てを知りたいはずだ。

 だから魔王さまの好奇心を刺激してやれば、魔王さまは簡単に堕ちてくれるのだ。……それでおもわぬ展開になったりするのも十分経験済みだけど。


 そう、それは先日たまたま木登りと称してトレーニングをしていた時のことだ。


 拠点となる世界樹の苗木から見える一番高い木に登っていると、何やら森の奥地で煙が上がっているのが見えた。

 目を凝らしてみると、明らかに人の手が加わった施設のようなものが見えて、魔王さまが一人で興奮していたのはまだ記憶に新しい。


 しかも、『夜』になる少し前だったにもかかわらず建築物目指して突っ走ったのだ。

 もちろんこの身体を乗っ取って。

 それでも建築物は『地下世界』の端に建っていたのと、その日探索していた位置が悪かったのか結局間に合わず、また地面に食われそうになった。

 通算十回目の命の危機ともなればいい加減慣れてしまった。

 慣れって怖いね。

 それでもあの時の魔王さまは鉄則を破るほど間違いなく冷静を欠いていたといえよう。


 それすなわち――。


「魔王さまも気になるんでしょう? あそこに未知の技術があるかもしれないことに」


 きっと否定してしまった手前、賛同しにくかったのだろう。

 でもここまで突いてしまえば、あとはこっちのものだ。

 何度も何度も拝み倒し、ノアの身体が土下座に移行し始めたところで、魔王さまは簡単に折れてくれた。


『し、仕方ない。そこまで言うのであれば、仕方ない。読者もそろそろ物語進まねーとか言って飽きている頃だろうし、ここは仕方がないな』


 なんという暴君。さっきと言っていることが百八十度違うじゃありませんか。

 あっちょっとまってお仕置きは、お仕置きだけは――ッああああああああああぁあッ!!?!?


 文字通りこんがりローストされる寸前にまでいじめられ、地面に突っ伏してノアは静かに泣いた。

 もうこれはイジメだ、イジメですよ暴力反対ッ!!


『うるさいぞ人間。ピーピー泣いている暇があったらさっさと身体をかせ馬鹿者』


 それでも、魔王さまも興味津々だったらしく素早くノアの身体を乗っ取った。

 もう乗っ取りもお手の物らしい。一応、断りを入れてくれるのは魔王さまらしい配慮だ。

 それに反対する気などさらさらないため、主導権をあっさり手放すとノアは手早く高い木に登って方角を確認し、小さく舌打ちした。


「やはりもう一度ルートを導き出さねばダメか。――面倒だな」


 ノアの唇が『僕』の意思とは関係なしに動き出す。

 身体の主導権は完全に魔王さまに渡ったようだ。

 いま『僕』の魂は客観的にノアの視点を見ているような状態で、自分の身体なのに自分のものではないという不思議な感覚を味わっていた。


 それにしても『森』自体が姿を変えるとか、ホント異世界。

 そのうちでっかい魔物が出てきたって驚かない、というか見てみたい。


「ここに来て毎日見ているだろう。――チッ、完全に見失った」


 どこか残念そうにあたりを見渡す魔王さま。

 その動きに倣って『僕』もあたりを見渡した。


すみません!!

投稿ミスをしてしまいました。

今後はこのようなことがないように気をつけます。


ご評価・ご感想、ありがとうございます。

今後もよろしくお願いいたします。


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