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小話 毎朝の日課

 朝が来て、夜が来て、また朝が来て、夜が来る。


 そんな生活を十五回も過ごしてくるといい加減慣れてくるものだ。

 大きくあくびをして起き上がりたいところだが、身体は相変わらず動かけない。


 またか、と思いつつも、こればかりは仕方がないと納得する。

 なにせ、いつも『身体』のことで迷惑をかけているのだ。例え朝が弱くたってここは納得するしかないだろう。


 本音を言ってしまえばもっと寝ていてもらってもいいのだがなにぶん彼女が起きなくては身体が動かない。

 それに一日で活動できる『時間』が限られているのだ。

 探索時間が限られている以上、ここで起こさなかったらもっとひどいお仕置きが待っている。


 まぁそこまで面倒でもないので問題ないが。

 心のなかでそっとため息を吐き出し、『僕』は静かに呼吸を整えた。


 瞑想する要領で深く意識を自分のなかに沈めていく。

 胸の内側に入るようなイメージ。

 身体の細部まで意識を張りマグらせるのではなく、身体の中心に意識を持っていく。

 そんな何度か繰り返していくと、自分の意識が突然身体から剥がれ落ちたような感覚に見舞われた。、


――来た。と思ったら、身体と意識は完全に切り離され『黒い空間』へと誘われていく。


 漂う浮遊感に身を任せ、深く、深く水の中に潜るように集中する。

 中心に近づくにつれ、自分の意識と感覚がだんだんと鋭くなっていくのがわかった。


 すると、もう一つの『魂』が軽快な寝息を立てているのがわかった。


 どうしてわかったと問われれば答えにくいが、わかってしまうのだから仕方がない。


 その魂はすぐに見覚えのある女性のものへと形を変え、静かに寝息を立てている魔王さまの身体が確かな質感を持って現れた。


 うつぶせになって寝るのが癖なのか、それとも今日はそんな気分だっただけなのか。それでも腕を交差して静かに寝息をたてる様子はいつ見ても絵になる。

 魔王さまの寝相が、ノア=ウルムという身体にも影響しているので、おそらくあっちも同じような寝相で熟睡しているのだろう。


 白い髪に色素の薄い柔らかな肌。

 その柔らかく白いドレスは彼女の身体つきを凹凸加減を美しく強調している。

 

 スース―寝息をたてて上下する華奢な身体は、未だに『僕』が起こしに来たことに勘づいていないらしい。小さな寝息をたてては小さく身じろぎしている。


 正直ここで起こすのはとても惜しかったりするが、ここは心を鬼にしてでも起こさねばならない。


 そっと魂に干渉するように近づくが、やっぱりこればかりは慣れない。


 ……それにしても無防備だ。

 いや、なにかイタズラしようとか日ごろの恨みとかそんな邪な考えを抱いていませんよ。


 ただこうまで無防備になられると(元)男としてはこうグッとくると言いますか。

 あの押しつぶされた双丘に夢を抱くのは(元)男としてしかたがないと言いますか。

 こんなきれいな女性を前にして何もしないというのもあれかな―みたいな読者の皆さんも分からなくはないですよねって……何を受信しているんだろう。


 急に後悔というか罪悪感みたいな感情が去来して死にたくなる。

 この頃、魔王さまみたいに変な電波を受信するのが多いような。


 まぁどうあっても痛い目を見るのは自分なのでそんな愚行は侵すつもりはない。


 人間としてちょっと危ないのかなーなんて考えつつ、『僕』は気を取り直すとできるだけ逆鱗に触れないように優しく『彼女』の魂に干渉した。


 初めの頃は、物は試しにと魔王さまの同意を得て干渉してみたらエライ目にあった。

 やはり魂の格が違うのだろう。どう干渉しても痛みを伴うのは『僕』らしい。


 それでも、こうして毎朝起こさねば一向に『身体』は動かないので、モーニングコールはもっぱら『僕』の仕事になったわけだ。


 不機嫌にならないように、なおかつ慎重に。


 きっと生前の自分に姉がいたならきっとこんな風に起こしていただろう。


 最初の頃は『お仕置き』と題して、よく同調外傷を利用したダイナミックな起こされ方をしてきたがいまはそんな愚行を起こさない。


 同調外傷。

 まさか、こんな使い方があるとは思わなかった。

 魔王さまの寝返りに巻き込まれては死にそうになり、かといって現実世界では鬼軍曹ばりのしごきで『お仕置き』を受けたりと、何度も散々な目にあってきた。


 ……いや、まぁ生きるためなので仕方がないと言えば仕方がないのだが、もうちょっと手加減してくれてもいいようなと思ったりしなかったり。

 あと、最近ちょっとダメな子みたいに見るのはものすごく堪えます。はい。


 何度か『どちらが早く起きるか勝負』をやっていくうちになんだか習慣づいて、今では『僕』が魔王さまを起こす側だ。

 いや、はめられたとかないよ……たぶん。


 それでも某ラノベみたいなラッキースケベは起きないこの世界。

 まぁ、魔王さまも『僕』もお互い死んでいるので、そんな夢は起きないのはわかっている。

 まったく現実はそう甘くないと教えられたばかりだが、夢を見てしまうのは男の性なので仕方がない。


 小さく自分のなかで納得し、なんだか生前とだいぶ性格が変わったなーとか思いつつ、脱線した思考を強引に戻す。


 おっほん、と無意味な咳ばらいを一つ打ち、『僕』はもう一度、魔王さまの魂に干渉する。


――ほら、魔王さま早く起きてください、朝ですよー。


『――ッ、んうぅん』


 可愛らしい声いただきました。


 身をよじるようにして、シパシパと目を瞬かせる魔王さま(魂なのに目を瞬かせる? うるせぇそう見えちゃってるんだから仕方がないだろ)は微睡む目尻を擦りつつ、ふわぁっと大きなあくびを一つ打つ。


 もちろん、服とかは乱れていません。ええ、乱れていませんともッ!!


 猫のようにその場で大きく伸びをして、魔王さまは何度か何もない空間を見つめて、小さく頷いた。


『――ん。おはよ』

 

 まだ寝ぼけているらしい。『僕』はここです貴女の後ろです。


 寝起きだけ急に子供っぽくなる魔王さま。

 本人は寝起きを見られてもたいして気にしていないのか、大きくあくびをした後むにゃむにゃと口を動かして、フラフラと立ち上がる。


 やっぱり、頭を使う仕事をする人というのは朝に弱いのだろうか。


 ああ。ここがあの何でも出せる魂の世界なら、濡れた温タオルの一つでも差し出したいのだが、残念ながらもうあんなチートみたいなことはできないらしい。


 それでも十分、楽しいいひと時を送れているので不満はないが、それでも魔王さまにもっとたくさんおいしいものを食べさせてあげたかったと後悔する自分がいる。


 なにせ、ここ数日というもの『もろもろの事情』でろくなものを食べていないのだ。

 昨日食べたのは、何かの苦い薬草とボロッボロに崩れた酸っぱい果物くらいだ。


 何故だか、転生してからというものお腹が一向に減らないのだが、それでもこうして転生した以上、食生活には気をつけたいというのが本心だ。

 生前は、碌に食べ物を食べることができなかったし、これは魔王さまの転生体だ。


 できるだけ大事にしたいし、人間らしい生活も心掛けていきたい。

 ……人外だけどさ。


 だからこそ、おいしいという感覚を味わってもらいたいのだが、少なくともそれはまだ遠い未来の話らしい。


 だけどいつか絶対においしいものを食べさせてやる、という情熱を胸のなかでそっと決意し、魔王さまに視線を移す。

 

 いつも朝に弱い魔王さま。そんな彼女だが覚醒は意外に早い。

 シパシパと目を擦っていた魔王さまも、数分もすればいつもの隙の無い魔王さまになるのだから驚きだ。


 ちなみにあえて魂の同調を切っているのか、身体は動かない。


 もう一度、頭上に向かって大きく伸びをする魔王さまは、ややあって深く息を吐き出した。


『――よし、待たせたな人間。今日も張り切ってこの森を調べつくすか!!』

 

 元気な声が魂に響き渡る。

 気合は十分らしい。

 元気なのは大変いいことなのだが、また昨日みたいにギリギリまで『夜』の時間に探索するとかなしにしてもらいたい。

 命がいくつあっても足りないし。


『善処はしよう』

 

 確実に保証してくれるわけではないのか、それともからかっているだけなのか。

 おそらく後者だろうと、肩を落とすと魔王さまの情け容赦ない死刑宣告が返ってくる。


『それは日課の特訓がいつ終わるか次第だな』


 さいですか。

 まぁ、わかってたことですやってやりますこんちくしょうッ!!

 朝からテンポのいいやり取りを終え、笑みを浮かべる魔王さまは何も言わずに『僕』の手を取った。

 

 途端、魂への干渉が完了して、右手に真っ赤な紋様が浮かび上がった。


『さて、では今日も楽しむとするか』


 そうですね、と相槌を返して、僕は頭上を見上げる。

 このやり取りもずいぶんと慣れたものだ。

 『僕』の意識が浮上しだす。

 だんだんと離れていく感覚に身を任せ、大きく息を吸い込んだころには『ノア』は覚醒しているだろう。

 遠ざかる魔王さまの顔を眺めて、呼吸もできないのに『僕』は大きく息を吸い込んだ。

 

 今日も今日とて、命がけの楽しい一日が始まる。


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