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プロローグ

転生体へのアクセスを確認。


……の『転生』を確認しました。

これより、識別個体0001の認証手続きに入ります。


――魂の識別 失敗しました。


――魂の定着 失敗しました。


――魂の固定 成功しました。


いくつかのエラーを確認、転生完了の手続き――問題ありません。


これより転生の手続きに入ります。

 人として最低限の当たり前ができない僕はきっと誰にも認められないんだろう。


 晴天の切れ間は、眩くカフェテラスに明かりを入れ、陳腐な舞台に立つ役者をあざ笑うかのようにスポットライトをあてる。


 そんな午前十時の夏模様。もはや広葉樹の日傘は意味をなさず、サラサラと流れる音をただ聞いて、コーヒーに口をつけ、向かい側に座る女性に目を向けた。

 ポツリポツリと人の入り始める喫茶店で、揺れる栗色の髪を耳元で払い、細い身体をスーツに身を包む一人の女性。

 整った目鼻立ちは美人と思えるほど人の目を引き、黒いスーツと相まってできるキャリアウーマンを連想させる。

 そんな担当者の秋本綾香は一度、自分に視線を投げると、小さくため息を漏らして原稿用紙をテーブルの上に置いた。


「没、ですね」


 見た目と裏腹に吐き出された冷ややかな声が、真夏の空気を切り裂き、ボクの胸を突き立てる。

 いっそ清々しいほど切り捨てられた言葉は、困惑していた僕を逆に冷静にさせ、言葉を探して喉を鳴らした反論を飲み下させた。


「……そう、ですか」


 もはや顔は上げられなかった。

 彼女の顔が怖いからではない。むしろ突きつけられる現実がこれ以上、自分を傷つけるだと考えるほうがもっと恐ろしかった。


「本当によく考えたんですか? まだ素人の小説の方が読めますよ、これ」


 そう言ってペン先で叩く原稿用紙は、ひしゃげてしわを作っている。

 それでも彼女の言うことはもっともだ。なにせ、昨日の今日思いついたアイディアをひたすらまとめただけのできそこないプロットだ。

 取り合ってもらえたのがむしろ奇跡なくらいの出来栄え。

 こんなの物語だという方が間違っている。


 見透かされているという思いに羞恥心で頬がカッと熱くなる。


「そう、ですよね。すみません綾香さん。お時間を取らせてしまったみたいで」

「――いえ、こちらも義幸先生の方からお電話いただき、新しい作品が拝見できるのはうれしく思いますよ」


 そんな社交辞令の言葉を並べ、作られた笑みを浮かべる彼女は、手元に置かれたカフェラテに口をつけ、小さく息をついた。

 早く終わらないか、という言葉が顔面にありありと張り付いているのがわかる。

 それでも仕事はきっちりやり遂げる人だというのも知っている。

 ティーカップをテーブルに置くと、綾香さんは身を乗り出して、視線を原稿用紙に落とした。


「言いたいことはいろいろありますけど、まず一言でいうなら面白みがありません」


 バッサリと言い捨てられ、唇を浮かせるが反論もできないので、ただ黙って彼女の感想に耳を傾ける。


「いいですか義幸先生。この小説、アイディアだけでしたらそれなりに面白いですが、問題は物語がチープすぎることです」

「チープ、ですか?」

「ええ、異世界転生ものなどいまはもう時代遅れと言っても過言ありません。なにせ、Web投稿サイトが市場に出てきてからそれこそ何千という数の物語が世の中に発信されているんです。厳しいことを言いますが、キャラクターの立っていない物語を読ませて読者が喜びますか? よしんばヒットしてもその後、他の小説に埋もれて消えるのが落ちです。先生にはもっと独自の違う見方があるはずです。これではほかの後追いに他なりません」


 言うだけ言って、綾香さんはカフェラテを一息に煽って、鋭い視線で僕を見据える。


「先生? 失礼なことをおっしゃいますけど、今月に入って小説を何冊お読みになりましたか?」

「ええと、十冊です」

「……それでは話になりませんね。今は市場が物語を作る時代です。これでは一般受けもしませんし、なにより普通の読者は読みたがりません。もっと普通のひとにも伝わりやすい物語にしてみてはいかがでしょうか?」


 そう言って時計を見る。まだ話し合いを始めて一時間も経っていない。

 それなのに、彼女は少年の方を一瞥したのち、荷物を片づけ始めた。


「ちょ、綾香さん。どうしたんですか突然」


 腰を浮かせる僕の言葉に、綾香は大した未練もなく立ち上がると、


「午後に次の担当者がいるんです。義幸先生はまだプロットがじっくり練れていないようなので今日の所はこれで失礼します」


 とだけ言い残して、後ろのカウンターまで立ち去っていった。

 あっけにとられて、慌てて伸ばした手が空を切り、喉もとから出かかった言葉はむなしく空気に溶ける。


 カツカツと響くヒールの音がアスファルトの地面をたたく。


 その音が一瞬途切れ、縋るように顔を上げれば、思い出したように手を打って振り返る彼女の視線が一度、僕の『足元』に落ちた。


 そして――。


「次の『話し合い』は二週間後になりますので、今度は実のある話ができることを期待していますね」


 そんな皮肉を言い残して、今度こそ振り返らずに去っていった。


 上体を持ち上げ、むなしく伸ばした手は遂に行き場を失い、支えを失った身体は吸い込まれるように『椅子』に落ちた。

 呆然とテーブルを眺め、徐々に視界が歪んでいく。


 まるで、あなた以外にも書ける人はたくさんいると言わんばかりの宣言。


 全て自分が悪いのはわかっている。社会人にもなって健常者並みのことができない自分は確かにあんな対応をされても仕方がないのかもしれない。

 お金をもらおうとしている以上、それなりの成果と義務は発生する。


 それでも、あそこまで煙たがられているとは思わなかった。


 先がないのをわかり切ったような冷めた表情に、冷たい言葉。


「何が実のある話だ。とっくに切ってるつもりのくせして」


 絞り出すような声で力任せにテーブルを叩く。

 揺れるティーカップがテーブルに黒い染みを作り、その先にある原稿用紙をゆっくりと犯していった。

 何事かとこちらを窺う視線も、すぐに興味を失くし、元の日常に戻っていく。


 三守義幸。


 投げ出された原稿のペンネームに視線を落とし、小さく唇をかみしめた。

 『普通』だったらもっと違う結果が出ていたのか。

 それとも僕の方がおかしいのか。

 一つも反論できず、ただ成すがままに受け入れた自分が酷く滑稽で腹立たしい。


 椅子を引き、両脇に取り付けられた丸い車輪を回す。

 推進力を得た『椅子』はスロープを伝ってアスファルトの地面へと踊りだし、白い建物の中にスッと入っていく。


 そして、薬品臭い受付の前を通り、備え付けられた等身大の鏡の前で動きが止まる。


 同年代と半分以上も差のある視線は、車いすを押し進む目を腫らした少年に向けられる。


 暗い、というより生きる気力を吸われた枯れ木のようだ。

 無造作に伸ばされた髪は他者との接触を遮るようにみっともなく揺れ、その奥にのぞく肌はやけに白い。

 食べても胃が受けつけない虚弱な体と相まって、病院用の車いすに座る青年の姿はどこか老人のように頼りなく見えた。


「異常者を見るような目で見やがって」


 そこに映る自分の姿を見つめ、小さく吐き出すと、僕は再び車輪を押して病院の自動ドアを潜った。


はじめまして、川ノ上です。

この度は私の作品を読んでいただきありがとうございました。

今後も面白い物語にしていけるよう努力していきます。

ありがとうございました。

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