概念を切れる刀
近未来の日本、その都市、等強。
異国と自国の文化が混ざり合ってできた雑色の都市。その文化を支えるのは当然、縁の下の力持ちである職人達である。
だが。そんな職人供にだって、人生の終わりは来るのだ。職人は自分の技術を、弟子に伝えなければならない。
そんな中。
伝える相手を間違った奴がいた。そいつは名もなき刀工であったが、技術だけは本物だった。…しかし、人生の終わり、そいつは間違った力を手に入れてしまったのだ。
神剣模造刀・翼獣。
神などいない、神とは法則だ。というのがシリーズを一貫してのポリシーではあるが、しかし勝手に妄想して剣を持たせて、それの模造刀を作るぐらいそいつの自由だろう。
そしてなんと彼は完成させたのだ──
──『概念出力』と唱えると、概念を切ることができるようになる刀を。無論、死に際に打ち終えた刀だ、誰にも売ることなく…売れることはなく、神剣模造刀・翼獣は商品にはならなかった。となると当然。
生活が苦しく、何か売れる物はないかと其処彼処をうろついているスラムの住民が、刀を手にすることとなる。
「…グリフォン?」
スラムのど真ん中。お小遣い10万円を使って、少しだけ潤いを持ってきた少女、刃渡彼方。
これまた当然、翼獣…グリフォンの噂を、彼女も聞くこととなる。粗大ゴミを組み立て組み合わせて作った家の集まる集落で、彼女は知り合い達からそれを聞いた。知り合い達…とはもちろんスラムの住人達だ。つまり、極悪人だ。
都市の華やぎに隠されたスラムの住人達は貧困問題に直面している…子供は教育を受けられないし、数少ない教育を受けた大人でさえ就職すらできない。だから、盗むしかない。
殺すしかない。奪うしかない。
そんな彼らを刃渡彼方は擁護するのであった。
「ああ、『翼獣の刀』とかいって…巨大な日本刀みたいなのを担いでその辺を歩いてるんだよ、そいつは。んで、そいつが結構物騒な奴でさぁ…ありゃ、2、3人は殺してるぜ」
「人を見た目だけで勝手に判断するのはよくないよ、そういうの、やめなよ。いい人だったら失礼でしょ」
「いやいや嬢ちゃん。よくないってのはわかるが、しかし悪いとは思わねーぜ、人の性格は顔に出るもんだよ」
いいことを言う…まあそうだね。
顔と人間は一致するさ。ブスは性格悪いしね。いや、逆か。性格悪いと表情がブスくなるんだよね。酒を飲めば顔が赤くなるように、タバコを吸えば顔が黒くなるように。
「うぅむ…まあ、それはいいとして、だよ」
咄嗟に話を切り替える彼女。
「どうなの?やっつけた方がいい?」
「今の所はいいわ。怪しいってだけで、実害はないし」
そう、彼女は悪の味方。スラムの住人がどれだけの悪党だろうが守る対象だ。彼らは窃盗やら犯罪をするが、それも生きる為。やっつける係ではないが、彼女はそんな悪党達でさえ、誰かに傷つけられることを許さない。
「そう…まあでも、報告はしておくわね」
「おう、よろしくな」
報告…どこへ報告するのかはともかくとして、彼女はそんなやりとりが終わると立ち上がり、パトロールに向かうことにしたのだった。彼女は鞄を持つと、別の場所と向かうのであった。
刃渡彼方は歩く。
これから向かうのは、もっと治安の悪い場所だ。
盗みでは済まない場所──血なまぐさい場所。
もはやスラムとも言えないような、犯罪地域。
今の日本には『阻害地区』といって、人権が存在しない場所があるが…そこよりも酷いと言えよう。では、何故そんな場所に彼女は行くのか。答えは一つ、悪の味方だからである。
具体的な目的としては、噂にきいた神剣模造刀とやらを見に行く為、である。なんとなく目星はつくものだ。
彼女は思う。奴らは危険な物を所持したがるから、あの場所に神剣模造刀が無いはずがない。
私が破壊して仕舞えばいいんだ…と。
父親の不安は的中した。
急に、大男達が彼女の前と後ろに現れた!
「!」
あまりに急な登場に、彼女は冷静に対応する…分析するに、彼らは敵意を持っていて、なおかつ、その手に持っている鉄パイプからして、殺しにきたようだった。そして、そしてだ。
彼女はその危険な場所にだって何度も来訪しているが、しかし、その大男達は知らない顔だった。
「ぐひひ…」
「ヒャッハー!女だ!」
いかにもなモブである。この後彼女に倒されることを暗示しているかのようなセリフを吐いている。
「…あなた達、誰?新入りさん?礼儀がなってないね。ここはここなりに、ルールがあったはずだけど?」
「ヒャッハー!なんか言ってるぜ!ヒャハハハ!」
「キル…キルキルキル…ぐひひひ!」
彼女は気づく。どうやらただのチンピラには変わりないが、彼らは薬を打っている。それも、結構やばい感じの薬を。しかし、同時に疑問を覚える。
かつてこの辺りに蔓延っていた麻薬売りも、覚せい剤売りも、全員私が派手に殲滅して、ここは売り場にならないとちゃんとアピールしたはずなのに…どうして。
だが、そんなことを気にしている場合ではない。
彼らは、鉄パイプをもって攻撃してくる!
「ヒャッハーハハハハハハハ!死ねええええ!」
「…【温室育ち】!」
しかし、チンピラはチンピラである──
──どうしたって、異能の相手ではない。ではではそれでは、彼女の持つ三つの異能を紹介していこう。
まずはこれ。温室育ちと書いて、スペルセイバー。
名前はなんだか情けない感じだが、しかしそれなりにはちゃんとしている超能力だ。
「ぬぎっ⁉︎」
その効果は、エネルギーをテレポートすること。
例えば、世界のどこかからエネルギーを借りてくれば、小学六年生女子にして大男に負けない腕力を持つこともできる。攻撃される前に相手の腕を掴み…掴んで離さないことも、できる。
「ぐひひ…今だぁ!」
もう片方もまた、鉄パイプで攻撃する。
次は、【絶対君主】。
効果は、『固まっている物を温度を変えずに溶かす』。もちろん、鉄だって、溶かす!
「な、なぬ!」
そして慌てている間にまた腕を掴む──
──そして、最後の異能を使う。ちなみに、ミサイルを発射する能力ではない。最後は、【吟遊詩人】という異能。その効果は、強いようで弱い。
間違った情報を自身が思い込む代わりに、それを実現する能力。
彼女は二人の腕をいきなり離す。
二人は自由になるが、それもつかの間、その五秒後。
普段の倍の重力が、彼らを襲う──!
「ぬな⁉︎」
「ヒャ、ヒャハハハ…」
「動けないでしょ?当然よね。自分をおんぶしてるようなもんだもんね。まあそれでも動ける人は動けるんだけど、あなた達は薬のせいで体が弱ってたから…」
これが、吟遊詩人の能力。
自分が重力使いだと思い込む代わりに、重力使いになれる。ドリーミングガール。夢見る少女。
「おい」
と。彼女が勝利を収めたその時だった。
「…何?あなたも知らない声のようだけ…ど…⁉︎」
後ろに現れたのは、巨大な剣を持っている、赤髪の男。
まさか、と彼女は思った。
「ここで何してる?この『鋼鉄区域』はガキが入っていいような場所じゃねえぞ」
「鋼鉄?何勝手に名前つけてんのかしら」
あえて乗る。
「うん?いや…ガキ、てめえ見たことあんな…」
「ご存知の通り、フリーのヒーローをやらせてもらってるわ…あなた、どこから来たの?その剣はどういうつもり?」
「…」
「答えられないってんなら」
「これは」
男はめんどくさそうに言った。
「『神剣模造刀・翼獣』…グリフォンという名の異能が植え付けられた剣だ…俺はこいつで、この都市を征服する」