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  作者: 山野佐月
グリフォン編①『鋼鉄区域』
2/4

お小遣いは10万円

 ───刃渡彼方は女の子である。

 どこからどう見ても、女の子である。それはそれは女の子である。今年で小学六年生の女の子である。

 女の子の中でも一番可愛い時期だろう。小学六年生の、しかも女の子だなんて、小学六年生くらいなら男の子でも可愛いのに女の子ときたら、そりゃ可愛いのである。

 どこがどう可愛いのかといえば、存在が可愛いのだ。否、存在が可愛いどころの話ではない。

 何もかもが可愛いのだ。

 刃渡彼方に限らず。つまりは、刃渡彼方も。

 1人の可愛い、ありふれた小学六年生女子である。

 …と。言ってはみたもののそんなわけはなく。あれだけオープニングでぶっ放しておいて、それは通じないだろう。可愛いのは可愛いが、刃渡彼方はただの小学六年生女子ではない。

 さて。彼女の冒険譚がこれから始まる…わけではないか。冒険はしないな。そうだな、彼女の物語がこれから始まるに当たって、事前に知っておくべき情報を先に教えておいてあげよう。

 まず、『私』について。私は刃渡彼方ではない…それどころか、彼女の知り合いですらない。ただのナレーションに過ぎない。でもまあ、作者ではないとだけ言っておこうかな。どうしても私の正体が知りたい人は、前作(キャンバス&タイガー)を読むことだね。特に過去編を。

 さて次に、彼女の父親について。率直に言っちゃえばその前作の主人公さ。今は名字が変わって『刃渡紅』を名乗っちゃいるが、彼本来の名前は『薙紫なぎしくれない』だ。

 まあ彼が今後出しゃばって活躍することは絶対に無いから割とどうでもいい情報なんだけど、彼は最強議論を終わらせた男だ。あんまりその強さについて語っちゃうのはナンセンスだからよしておくとして、しかし、刃渡彼方の父親は最強だ。

 人類最強。否、人類の『殺意』にだけ最強、とだけ言っておこうかな。そしてその最強は未だ健在だ。

 刃渡彼方はそんな最強に憧れた。

 憧れて──憧れて──憧れて──憧れた。

 その結果、とんでもないファザコンになってしまったのだ。ということだけ言って、そろそろ彼女の物語の始まりだ。

 …おっと、一つ重要なワードを忘れていたね。

 悪の味方。

 そう、彼女はそれを名乗っている。二代目悪の味方、と、高らかに。ならば初代は誰かと言えばやはりお父さんである。

 まあ実は0代目が存在するけど、まあそいつについて知りたければまた、前作を読んでくれ。同じ『ことだま』シリーズだ。

 で、その『悪の味方』についてだが。

 お父さんによると、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしいのだ。

 こんなことを考えてもいた。

 俺は悪の味方だ。

 俺は、弱い者の味方。

 だって、正義は強いじゃないか。

 正義になれなかった奴もいる。

 正義になりたかった奴もいる。

 正義のつもりの奴もいる。

 正義を憎む奴もいる。

 正義とかけ離れてしまった奴もいる。

 正義から嫌な目線を向けられる奴もいる。

 正義に育てられなかった奴もいる。

 正義の団結の為に悪にされた奴もいる。

 正義に勝手に仮想敵にされた奴もいる。

 正義なんかクソ食らえだ。そんな強い奴らは、1人でたくましく勝手に生きてればいい。俺は、そんな強い奴らに、弱い悪が、貧弱な悪が蹂躙されないように悪を助けたい。

 …他にも言っていたな。

 正義の味方が正義ではないように。

 悪の味方は悪でなくていい。とか。

 要するに『決定論信者』──

 ──側から見れば頭がおかしいだけなのだが。

 しかし、『悪』を、『悪にされた被害者』として見る彼の考え方を、娘である刃渡彼方は肯定した。そして、彼が長々と言っていたことを短くまとめ、彼を驚かせた。

 何に驚いたかと言うと、0代目と同じことを言ったことに驚いたのだ。刃渡彼方はこう言った。

わかるよお父さん。

『周りのお陰』があるなら『周りのせい』もあるよね。



 ある日の朝。

 刃渡彼方はトースターからパンを取り出し、父親の分と自分の分にマーガリンを塗って皿に乗せて持ってくる。その間父親はレタスやらトマトやらキュウリやら茹で卵やらを盛り付け、ドレッシングをかけてサラダを完成させる。なんとドレッシングは自家製である。主夫力が高い。まあ、その程度でイクメンと言ってしまえば色んな方面から怒られそうだが。

「お父さん、今日なんの日かわかる?」

「ん?誕生日か?」

「違う!」

「ぎゃーっ!」

 噛みつかれる父親。ファザコンでも容赦はしない。

「お小遣い日だよ!お小遣い!お小遣いの日だよ!今日はお父さんはお小遣いをくれることだけ考えればいいの!」

 とんでもない言い草である。手塩にかけて育てた娘には言ってほしくないのではないだろうか。

「あーはいはい…ほどほどにしとけよ」

「わーい!やったー!」

 そういうと紅くん…父親はさらっと彼女に10万円を差し出す。彼は彼で、えっと…ドタコン?なのである。まあさすがに当然、ここで10万円も渡したのは、娘が好きでたまらなくてのことだけではないが。

「んじゃ!行ってきます!」

「おう、いってら」

 彼女は貰った10万円を握りしめ、勢いよく玄関から飛び出すのであった。せめてカバンに入れてほしいと彼は思ったに違いない。…だがしかし、彼はさほど彼女のことを心配はしていなかった。何故なら彼女は十分に強いから。たとえ10万円を狙って何をされようが、大丈夫だと判断しているのだ。

 歴戦の紅くんを持ってしても『強い』という感想を持たざるを得ない彼女の能力については近々わかる。

 ところで、彼女は小学六年生…今日は平日。普通に考えれば小学校に行くものだが、しかし彼女はそうではない。

 彼女はヒーローなのだ。

 魔法使いで、超能力者の、ヒーローなのだ。

 当然、街を、都市を守る身として、ヒーローとしての実力を磨かなければならない。だから彼女が向かうのは、

 ヒーロー養成学校!…ではない。

 彼女が向かう先は、華やかな都市に隠されたように存在している、スラムである。そう、あるのだ──悪の味方として、そしてヒーローとして、救わなければならない対象が、そこに。10万円を全て使って様々な物物を買って彼女は向かう。

 荒くれ者供による争いを止めに。

 貧困による苦しみを止めに。

「二代目悪の味方はここにあり…だ!」

 みんなお待たせ!と言って、彼女はこれまた勢いよくスラム街に這入って行った。

 一方その頃父親と言えば、外出の用意をしていた。

 これも前作からある設定だが、紅くんにはある呪いがあるのだ…『負荷能力』といって、能力者本人を殺そうとする能力を彼は持っている。彼のは『クリムゾン』といって、

 彼は、一日二回は大事件に巻き込まれる。

「…ふっ、二代目ねえ…」

 彼はさすがに慣れたようだが、しかしそれでも良いものとは思えなかった。さっきの、娘の言葉を聞くまでは。

「なら、俺は初代になるのかな」

 今日この時うっかり…刃渡彼方は父親に初めて、お気に入りの台詞を聞かれてしまったのである。住んでいるマンションの下を走って行く彼女がうっかり口に出してしまったその台詞を、四階から聞いていた…彼は元気づけられた。もっとも、あの元気な小娘にはいつも元気をもらっているようだが。しかし、『彼の』物語は、その言葉によって、ここで二度目の終わりを迎えたとも言える。

 娘が尊敬してくれる。

 父親冥利に尽きる…ようだった。

 母親はキャリアウーマン、娘は二代目。

 …そして。

「俺は悪の味方だ。」

 彼は、かつて悪に溺れていた私に言ったその言葉を呟いて、家を後にし、今日の戦場へ向かった。

 いやはや全く。かつて悪役だった他人から勝手にナレーションさせてもらえば、

 彼らは本当に良い家族だ。

前作は読まなくて良い!

でも!

読まなくていいけど読んでほしい!

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