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2話 〜理不尽な2人を添えて〜

分団長イヴァナは、大層強かった。

素晴らしくキレのある動きで槍を振るい、メリアに怯えていた屈辱すらも払拭するほど果敢に攻めた。

だが、メリアはそれ以上に強かった。

獅子奮迅に攻撃するイヴァナを一瞥し、牙突のタイミングに合わせて腕を掴み、投げる。

床板に背中を強打したイヴァナは一瞬呼吸が止まり、そして、


「【眠れ(ジャック)】」


戦闘(もはやそれは遊戯)は唐突に幕を閉じた。


メリアの持つユニークスキル【睡魔】は、睡眠、そして目覚めを司る。

この戦いのなかで使用したのは最も簡易な技術である【ジャック】

触れている部分を眠らせる程度だが、手の内を晒さないために一躍買っている。


「ふぅ、お荷物が多くて疲れます」


メリアは倒れている騎士達を一人一人店の外へつまみ出していると、あることを思い出す。

それは分団長イヴァナとの戦闘の時


「クソッタレが!ジェイクはまだか!あの野郎!」


その時、誰かは分からないが、確かに人名を呼んでいた。

まだ…ということはいずれここにやってくる可能性がある。

いつもより帰りが遅いので、彼もなにか災難に巻き込まれているのだろう。

だが、彼なら大丈夫。

そう信じて…いや確信して、メリアは大切な客人の待つ2階へと上がって行った。



◆◆◆



メリアが騎士達を圧倒する数分前に遡ったイントルスク王国、首都アルンの中央通り。

早朝では霧のように静かだった街が、一気に喧騒とし、隣を歩く連れの声すら聞こえなさそうだ。

彼に連れなどはいないが。


彼は通りの端にある果物店によっていた。

彼にとっては毎週お世話になっているだけだが、店主にとって彼はとても不可解な客人だった。

まず、水刻の日、それも朝の市場以外で彼を見ることがない。

毎日働いているにしても不思議だ。

もし、表に顔を出せないような職で食っているのなら、こんな決まった日にちの決まった時刻に現れることは危険に繋がる。

そして、冒険者なのであれば、なかなか市に現れず、決まった時刻に食料を買い集めるのも納得出来るが、硬い棘を持ち、その殻を割るのに専用の加工器具が必要なマツフルーツや、火を通すと美味だが荷物になるオオオカドングリなど、明らかに普通の冒険者が手にしないようなものまで購入している。

それも目を疑う程大量に、ゼロを1つ減らしても多いと思えるほどに。

となると、国の暗部の調達員かな?などと考えていた。


「おぅ、兄ちゃん、こんな時間に来るなんて珍しいな」


先程言った通り、彼は水刻の朝市にしか来ない。

月刻の昼前にやってきたということは国の内部でなにかあったのか?

などと考える。


「おや、そうでしょうか…」


だが、彼はあくまで肯定はしない。

いつも通り変わった食材、一般の食材をかき集めて、目の眩むような大金を店主に放り投げる。


「おう、いつもありがとよ!ケヤシ1つおまけしとくぜ」


「こちらこそ、商品を毎回お手頃な価格でご提供いただき、心より感謝しておりますとも」


「ははは、相変わらず堅苦しい二ーチャンだぜ、じゃあな!帰り道気をつけろよ!」


「お気遣い感謝致します、では」


彼はケヤシを軽やかな手つきで口に運ぶと、大荷物を抱えて大通りを東門へ歩く。

このまま門を抜ければベムトスの森に出る。


「今頃メリアも気づいている頃か」


誰に語りかけるでもなく呟き、1人王国を抜けようとした時、空気が変わったのを道行く人より早く感じ、立ち止まる。

後ろから来た者がぶつかり、文句を言いそうになったが、その者達も気づいたのか上を見る。

先程までの喧騒は止み、静寂に包まれたアルン。

陽の光は遮られ、曇天の中のように暗くなっている。


「やれやれ、ここもですか」


空を埋め尽くすワイバーンの群れが視界に飛び込んできた。

その数100…下手をしたらもっといるかもしれない。

いや、結局何匹いようと彼にとっては関係ないんだが…


「なるほど…ワイバーン…。民衆を皆殺しにする道具としては最適かも知れませんね」


荷物を一旦地面に置くと、ワイバーンを鑑定すべく再度空を見る。

ワイバーンは、統率の取れた動きで空から民衆を睥睨しているが、未だ襲ってくる気配はない。


なにかあるのか?と思い始めた直後、ワイバーンの中から人の声が響く。


「俺はドラス王国竜騎士団長!空帝ジェイク!ひれ伏せ貴様ら!これより神罰を行う!」


「なんだ突然!」


「嘘だろ!ワイバーンが…」


「何者だ」


突然の出来事に恐慌状態となる市場

彼が視界を回すと、果物店の屋台の親父まで、青ざめている。

冒険者達も、普通なら民衆の前に立って守護を優先したり、避難誘導を始めるはずなのだが、皆自宅か冒険者組合に逃げるように去っていく。


「仕方ありませんね」


そうこうしているうちにジェイクとやらは号令をかけ、殲滅の風を撒き散らす。

何の罪もない彼らに襲い来る理不尽な暴風。


「それは都合がいい」


逃げるでもなく器用に手を掲げると、一言。


「【風は止む】」


言葉通り。

一瞬にして忽然と姿を消した風の刃。

全てが風の攻撃だったことにより、その一言で全てが消えていった。

彼らも異常な気配に気づき、逃走の足を止めて空を見る。

ジェイクはもちろん、ワイバーンすらもが不思議な顔で地を見下ろしている。

ジェイクなどは確実に動揺しているし、ワイバーンも心做しか戸惑っているように鳴いている。

そんな中、民衆の隙間から手を出した彼には誰も気づいていない。

それこそ、神の救いのように懇願をする者もいる。


「クソッ!竜ども!第2波だ!ここにいる全員を切り裂け!」


命令に従い、最早盲目的に風刃ブレスを放つ。

だが、同様に何かに阻まれて消える。


「なんなんだよ!この国は防衛結界は張ってないんだろ!?」


その時、イヴァナから念話が届く。

情報漏洩を極限まで抑えた魔法通話。

この魔道具を使用するということはつまり、緊急事態だ。


「なにをグズグズしている!とっとと援軍に来い!やべぇヤツがいる!」


「は!?なんだイヴァナ!聞いていた話と違うじゃないか!?」


「俺もこんな化け物聞いたことねぇよ!」


「くっ、お前は任務を続行しろ、これからは強行手段だ、全員ワイバーンでぶっ殺してそっちに向かう。それまで待ってろ!」


「あ、あぁ、頼む」


そこで魔法通話を切ると改めて街を睨む。

ちくしょう、どうすれば…


「そこにいたのですか」


そこまで考えた途端、不意に背中を這い回るような違和感と恐怖に気づく。

これは、一種の覇気。

ドラス王やイヴァナ達のものとは圧倒的に質が違う。

気を抜けば全部持ってかれる。

そう思う程に強大で邪悪な覇気。


(こ、これはッ!!!……魔王ッ!!!!)


全身が崩れ落ちそうな程に悪寒を感じながら、ゆっくりと振り向こうとするが、全身がそれを拒否している。


振り向いたら終わりだ、振り向いたら死ぬ!


そんな考えが脳内で暴れ狂う。

しかし、何かに導かれるように視線を背に向けると、ソレはいた。


笑顔で立つ人形(ひとがた)の魔人。

慈愛とも狂気とも取れる灰色の覇気…

なにもそこには含まれていない、空っぽの覇気。

王の覇気から感じる神々しさも、龍の覇気から感じる怒りも、全くない。

ただ、奥で何か理解できないものが渦巻いている。

そんな覇気。


それにジェイクは心底恐怖する。

ありえないっ

感情を用いずにこれ程のエネルギーを感じさせられる兵器をイントルスク王国は隠し持っていたのか!?

しかし、これほどの魔力を持つ魔人が何故こんな王国に使えているのだ?

筋が合わない。訳が分からない。


まさか…

この魔人はたまたま通りかかっただけ?


「おや、そんなに硬直なされて、どうかしましたか?」


「ヒッ!!」


喋った!

そう叫びたくなる程に圧倒的な魔力の揺らぎ。

ジェイクは既に彼の魔力に包み込まれており、彼が喋る度に万の恐怖が形を変えて襲ってくる。


「くっクソ!ワイバーン!この男に集中攻撃!風の奔流を止めるな!!」


ジェイクの号令に従い、飛竜のなり損ない達は風ブレスを連射する。

竜の甲高い咆哮と共に降り注ぐ咆哮と共に四方八方から襲い来る刃。

もはや逃げ場などない…が、必要ない。


「【風は止む】」


◆◆◆


「そう言えば、まだお若いのに、なんでメリアさんはここで働いているの?」


メリアでいいですよ、と前言して、その質問にメリアは熟考する。

なんと答えればいいのか。

彼についてはメリアも知らないことが多すぎる。

下手に詮索なんてしようものなら、あの地獄の表情で叱責を受ける。


「そうですね…彼は…師はとても厳しいです、でも、その後には必ず甘美なまでの優しさがあるのです。その魅力に惹かれてここで働いているのですよ」


「へぇ」


簡素に返事をするが、その瞳はキラキラと輝いている。


「そのお師匠さんはなんというお方なのかしら」


◆◆◆


何度も繰り返しているのに無駄だと気づかないのでしょうか?

そんなことを考えながら相手の魔法を切る。

降伏する気が無いのならばもうどうでもいい。

次の言葉を述べようとする男をフライパンで殴る。

すると、上半身が破裂し、跡形もなく消え去る。

血すらも焼け、蒸発している。

その様子を見たワイバーンは、一目散に広がって行った。


「もう二度と来ないでくださいね」


誰に告げるでもなく呟くと、バレないうちに地上に降りた。

このフライパンは、珍しくスキルが付与された魔道具で、ユニークスキル【絶対破壊】が付いている。

同じくユニークスキルで相殺するか、避けるしかその恐るべき権能から逃れるすべはない。


そして、一仕事終えた彼は自分の店に帰ってゆくのだった。



◆◆◆



「お帰りなさいませ、お待ちしておりました」


丁寧なお辞儀で彼を迎え入れるメリア。

彼は服についた誇りを玄関口で落とすと、メリアの頭を撫でる。


「ただいまメリア…店番ありがとう」


「いえ、取るに足らない相手でしたので」


そうか、と告げて彼は厨房に引っ込んでいった。

メリアは、今になって彼があまりにも謎が多いことに気がついた。

まず疑問に思ったのは、旧魔王が代替わりした2日後に彼に拾われた事、これは偶然で片付けられるが、メリアはその魔王の姿を見たことがある。

鎧を着ていてどのような容姿だったのかは分からないが、迸るオーラは彼のそれと酷似している。


「そうだメリア、あのお客様は?」


そう言ってこちらを見つめる彼は、あの時の彼の様だった。


教えたこと以外聞くな


そう暗に告げるかのような瞳で、メリアを見つめていた。

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