Prolog ~出会いと別れを添えて~
結構、勢いで書いた節のある、前途多難な作品です。
料理の描写などは頑張っていきたいところ。
今まで連載ものを完結させたことないけど、頑張るぞ!という意味も込めて、得意な料理ものにしました。
どうかお楽しみください。
料理人の朝は早い。
欠伸や、微睡みの時もそこそこに、食事の支度をはじめる。
秋も終わり、冬が差し掛かっている。
鮮やかな紅葉も落ち始め、橙色の絨毯が雰囲気を醸し出している。
と、言ったって、ここはベムトスの森の奥深くの家。
傍から見ればただの魔女の家だろう。
今日はいい天気だな。
薄ら寒い霞の中、外に出ると、伸びと柔軟運動をする。
太陽もやっと首をもたげ始めた。
そろそろ朝食を作ることにしよう。
仕掛けておいた罠に、運良く二匹も鳥が捕れたものだから、つい鼻歌まで歌ってしまった。
今日のメニューは何にしようか。
チキンソテーは普通すぎるし、朝から唐揚げって気分にもなれない。
生憎、まかない用のパンの在庫は切らしている。
「困りましたね…」
正直、朝食に肉は考えものだ。
サクッと、パン、もしくは野菜などで済ませたいのだが。
職人として、商品用の食材には手をつけることは出来ない。
…仕方ない、豚頭肉のスープで我慢するか。
厨房で釜戸に火を灯す。
その作業は、コックを捻るでもなく、ただ、呪文を唱える。
「『着火』」
と、手短に釜戸に告げる。
実はこれは普通の釜戸ではなく、魔道釜戸と呼ばれる、マジックアイテム。
本来なら、もう少し長い詠唱が必要なのだが、めんどくさいので飛ばした。
細かく刻んだオークの肉から出汁が取れ、香ばしい匂いが漂い始めた頃、滅多にならない、ドアのベルが揺れた。
◆◆◆
紅葉の中、貧相な馬車は、整備が行き届いた道を外れ、泥にまみれながらも森を疾走する。
その中には若い夫婦と、1人の美しい少女が俯きながら座っていた。
夫の方は険しい顔で揺れも気にならない程に地図を凝視しており、その口からは定期的にため息が漏れ出ている。
妻も、目尻には涙が浮かんでおり、ただひたすらに娘に謝罪の言葉を告げている。
先程、彼らは盗賊の襲撃に逢い、護衛3人を殺され、辛うじて逃げ出すことに成功したのだった。だが、三者とも疲労が目に見えて現れ始め、表情にも絶望が浮かび始めていた。
「すまない、不甲斐ない父で…私のせいで」
嗚咽を上げながら謝罪を2人に述べる
「あなた…」
「お父様…」
その時、災禍は唐突に訪れた。
護衛を失い、彼らを守るものは何一つ残っていない状況。
轟音が響いた直後、馬車が傾いた。
突然の出来事に反応もできず、馬車の外へと投げ出される3人。
父の手に抱かれていたことで、幼かった少女は傷を追わずに済んだ。
安否の確認すら行わないうちに、汚い声と、乱雑な足音が鳴り始める。
間もなくして薄暗い森の奥から2人組の盗賊が現れる。
ヒゲを伸ばして、粗悪な革鎧を着ている、よく見る盗賊の風貌。
「ケヒヒッ、兄貴、こいつらどうしやすか」
「フン、男は殺せ、女は公爵にでも売りつければ大金になるぜ。ガキの方はてめぇらで好きにしな!」
「ケヒッ、さっすが兄貴」
すべての会話を聞いていた3人は、これからの理不尽な仕打ちを想像して震え上がる。
しかしそれも一瞬の出来事。
父は痛む足も気にせず立ち上がり、娘を突き放すと、盗賊と娘の間に割って入ると、苦し紛れに魔法を放つ。
「『マジックボール』!!行くんだ!メリア!お前だけでも…!」
「そんな!お父様!お母様!」
「メリア!私たちはいいの!貴女だけでも生きて!」
「嫌だ!誰も死なないで!私…!」
少女は祈るように叫ぶ。
それが無意味だと半ば理解しながらも。
しかし祈りは届かない。
優秀だった護衛も盗賊の集団を前にしては歯が立たなかった。
最初の頃は数人こそ道ずれに出来たものの、際限なく襲い来る狂気に押し潰されて逝った。
「ぐへへ、無駄よ無駄ァ!我らが頭、ゴンドリエ様はスキル『魔法装甲』を使えるんだぜ?」
「くっ…1人でも殺せればと考えていたのだが…」
「相手が悪かったな!」
絶望の表情に染まる男、狂気を浮かべ、大斧を振りかざす盗賊。
その圧倒的なまでの殺意に、父親も呑み込まれた。
母親も、目も当てられない惨状に晒されている。
だが1人、ただ1人、少女は、悲惨な光景を見向きもせず、森を走った。
◆◆◆
メリア=フォルナ
憎悪の炎を胸に燻らせ、いつかきっと…などと思考しながら森を疾走する。
しかし、その命運もいまや尽きそうになりかけている。
こんな幼い体で一睡もせずに森を駆け回ったのだ。
意識に降りかかる霧を振り払い、ゆっくりと歩みを止めない。
父も母も、もう助からないだろう。
そんなことを考える。
不思議と涙は湧いてこなかった。
盗賊に父上を殺されてしまった時、目撃してしまった恐怖のあまり、感情が抜けていってしまったのかもしれない。
20分ほどふらついていると、どこからともなく、食べ物の匂いがしてきた。
幼い頃よく食べたそれに近い、懐かしい香り。
「…いい匂い」
王都とは反対の方角に歩いてきてしまったのだが、もしかしたら隣の街まで着いてしまったのかもしれない。
いや、それでも街の城壁を超えて薫ってくるなんておかしい。
顔では警戒をしていたが、私はもうなにも考えられなかった。
お腹が空いた。
私は、その激しく空腹を煽られる匂いを嗅いで、まるで誘い込まれるようにその家屋へと向かっていった。
コンコン…
「…おや、こんな時間にお客様ですか」
美しい男の声が響いた。
それと同時に、歩み寄る足音。
少しの不安を覚え、扉から数歩後ずさる。
もし、中にいるのが盗賊の片割れだとしたら?
扉を開けて、少女と分かった途端に襲ってきたら?
もし…
ガチャ
考えているうちに、私の視界に、穏やかな笑みの紳士が映えた。
「これはこれは、可愛らしいお嬢さん、何故このような辺鄙な家屋へ?」
紺色の髪を無造作に掻き上げたような髪型の青年。
微笑みを浮かべているせいか、生まれつきなのか、微睡みの中のような優しい銀色の瞳。
そして、極上の紳士服に、使い込まれたエプロンはどこかマッチしていない。
それなのに美しいと感じてしまう気配。
「あ、あの…私」
「言葉は不要ですよ」
ニッコリとした表情で中に引っ込むと、家に上がるように催促された。
それも淀みない自然な動きで、見とれてしまうほどに。
私にはもう、逆らったり、疑ったりする気力も残っていない。
言われるがまま、私は家に上がった。
なんてことのない普通の家。
清潔で本当に何も無い。
ただ、隅まで掃除は行き届いている。
やっと助かったという安堵と共に、両親を喪ったという鈍く昏い感情が、私を飲み込む。
封印されていた絶望や孤独感が一気に溢れだしてくる。
「…ころす」
拳を握りしめ、歯を食いしばる。
感情の海の中で、どす黒い渦が巻き始める。
憎しみや怒り、決して抱いてはいけない、昏い感情がムクムクと膨らみ始めた。
「ゆるさない……ぜったいゆるさない!ぜった…」
ふわりと、タオルケットが頭に舞い降りた。
お湯で絞ってあるのか、冬前の冷えた体に心地よい。
一瞬の戸惑いの中、タオルが動き始める。
どうやら髪や顔を拭いてくれているようだ。
「大丈夫、もう大丈夫ですよ」
途端に昏い感情は消え、喪失感と安心感だけが残り、そして何よりも悲しみが溢れ出した。
「うぅ…うぐ…っ…う、うっ、うぁぁぁぁぁああ!!!お父様!お母様ぁ!!」
泣き続ける私を、優しく包み込み、撫で続ける男。
口元には穏やかな笑みが浮かんでおり、何も知らないはずなのに、全てを悟り、許容しているように思えて、自分の中の色んなものが瓦解し始め、ますます涙が止まらなくなった。
私はその優しさに甘え、全てを話した。
盗賊のこと、両親のこと、そして、お腹が空いていること。
そんな私に、ウンウンと悲しそうに、そして嬉しそうに頷いてから、こう言った。
「それでは、朝ごはんにしましょうか」
と。
出されたスープは、少しだけ渋みはあるものの、お肉も野菜も柔らかくて美味しかった。
だけど、なんのお肉を使ったかは今になっても教えてくれない。
そして何よりも、疲れが凝っている私に合わせて、味を濃くしてくれていた。
その時は気づかなかったけど、彼なりの愛情だったのだろう。
黙々とスープを口に運び続ける私に対して、彼は囁く。
「行く宛はありますか?」
「…」
黙って首を振った。
「…そうですか」
それからは何も語らずに黙々とスープを啜り続ける。
ただし、視線だけは私を向いていた。真摯な銀の瞳は、魅了の魔法でも使っているかのように美しかった。
そして、その瞳は、何かの意味合いを含んでいた。
それを理解した私は、答えた。
「…ここに……ここで…働かせてください」
その言葉は、彼にとってはあまりにも不思議だったのか、また、思い通りに事が進んだことへの歓喜だったのか、彼は大笑いしたのだ。
「ふぅ…いいよ、ここで働いて」
笑い疲れ、目尻の涙を指で拭いとりながら言った。
そして、私に対して敬語を使わなくなっていた。
つまり、既に彼は私を客人でなく、従業員として見ている。
その意思をはっきりと捉え、返事をした。
「はい!店長!」
◆◆◆
それから、彼のご厚意で手伝いとして家に泊めてもらった。
幼い私のために、と、様々なことを教えて貰った。
今や、彼は私の父と言っても過言ではない。
丁寧な身のこなし、言葉遣い、提供者としての心得なども。
必要なことも、戯れも全て覚えた。
そして、私はここで給仕として働いている。
敬愛なる我が主のために。
私の名は、メリア=フォルナ
森の奥にひっそりと佇む、料亭の給仕です。
戸に付けられたベルが力なく揺れる。
「メリア、お客様だ」
店内に声が響いた。
「はい、ただいま」
掃除を途中で終えるのは宜しくないが、お客さんを待たせるのは万死に値する。
これは私を育てる過程で彼に何度も教えて貰った事だ。
ある日、彼の部屋だからと、客を無視して掃除に耽っていたら、こっぴどく叱られた。
いや、罵られたという方が正しい。
それもあの優しい笑みで。
それは、彼なりの怒りの極致だった。
もう二度とあんな表情は見たくない。
そしてある日、彼のお部屋を掃除している時にお客さんがいらした時、焦って彼の部屋に水バケツをぶちまけた時があった。
それでもほんの一瞬思考して、お客さんの対応に向かった。
その後、ひっきりなしにお客さんがご来店なさって、その日は大繁盛だったのですが。
午後の休憩時間でやっと水をぶちまけたことを思い出し、急いで掃除に向かったら、なんと彼が雑巾掛けをしていました。
赦して貰うためにも、またあの優しい表情を見ないためにも、土下座しようとしたその時、彼はまだ小さかった私を抱きしめた。
「よくやったね、メリア。ありがとう、言いつけを守ってくれて」
いつもの優しい表情で、それだけ言うと彼は下の階へ降りていった。
…まさに飴と鞭。
目の前はすっかり綺麗に掃除されていたが、水に長期間浸したせいか、軋むようになっていた。
それから数年経った今でも、たまに変なお客さんが来る。
「お待たせ致しま…」
戸を開けた途端に倒れ伏す客人。
身体中が傷つき、出血もひどい。
骨折や頭を打った形跡すらある。
あぁ…今日も、忙しい日が始まる。
お気に召しましたら、ブックマーク、感想等お待ちしております。
まだまだ至らぬ点が多い故、指摘やアドバイス、苦情等も快くお受けしたいと考えております。