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時空の扉  作者: 加賀洋介
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第2章 反撃




東京都中央区

永代橋西岸

 「丸山さん、まずいですって」

 後ろをついてくるカメラマンの矢野が怯えたような声を出す。「ここにはもう避難指示が出てるんですよ。本当は入っちゃいけないんですって」

 矢野の声にテレビ東京のディレクター、丸山はため息を吐き、矢野を振り返った。

 「お前なあ、いつも言ってるだろ。俺たちの世界は『虎穴に入らずんば虎児を得ず』だ。もう新人じゃねえんだからそれくらいわかってるだろう」

 「そうですけど……」

 矢野は下を向いた。

 丸山たちは今、隅田川にかかる永代橋を渡っていた。この橋には都道10号線が走っているから、普段は多くの車が行き交うが、今は避難指示が出ているおかげで車は一台も走っていない。

 丸山の目的は、若洲に現れた謎の武装集団に関するスクープを掴み、他社だけでなく社内のライバルたちをも出し抜くことだった。特ダネをものにできれば、局長賞も夢ではない。

 「おい、警察無線は傍受できたか」

 「いえ」矢野は腰に提げた機材をいじった。「無理みたいです」

 「くそ、マジか」

 丸山は舌打ちをした。ひと昔前はまだ警察無線もアナログ方式で、専門知識があれば傍受も不可能ではなかった。傍受した情報に基づいて行動したことも一度や二度ではない。だが最近はデジタル方式になり、傍受は格段に難しくなった。

 「となると、自衛隊無線も無理だな。よし、無線は諦めよう」

 丸山と矢野は永代橋を渡り終え、東岸の江東区に入った。

 そのとき、恐竜の咆哮のような声が聞こえた。

 丸山は足を止める。矢野も立ち止まった。

 「おい、カメラ用意しろ」

 「は、はい」

 矢野がカメラを構える。

 丸山は耳を澄ました。先ほどから断続的に爆発音は響いているが、その中で、再び咆哮が聞こえた。

 「何なんだ……」

 丸山が呟いたとき、南の空に飛行機が見えた。

 自衛隊機かと思い見やると、それは飛行機ではなかった。

 「丸山さん、やばいです!」

 矢野が叫んだ。

 二人の視線の先にはドラゴンがいた。とても信じられなかったが、ドラゴンとしか形容できない生物だ。身体は炎のように赤く、片方だけで50メートル以上はあろうかという翼をもっていた。目は漆黒のごとく暗い色をしていて、尻尾も先端にいくにつれ色が暗くなっている。

 「矢野!撮ってるか!」

 「撮ってます!」

 矢野がレンズを向ける先で、そのドラゴンは高度を下げようとしていた。そしてだんだん隅田川の水面に近づいていく。ドラゴンが口を開けた。

 「やばい予感が……」

 丸山が呟いたとき、ドラゴンの口から炎が噴き出された。その炎は長く伸び、川岸のマンションに直撃する。炎を浴びた建物は、熱された鉄のように全体が赤くなり、轟音を立てながら崩れたいった。

 「丸山さん!」

 矢野はカメラを既に落としていた。「逃げましょう、早く!」

 矢野が丸山の腕を引く。丸山は呆然として、崩れていく建物とドラゴンを見ていた。

 ドラゴンの頭がこちらを向いた。

 「丸山さん!」

 大きく開いた口から炎が噴き出される。

 炎が目前まで迫った。


     ※


東京都千代田区

首相官邸地下1階 危機管理センター

緊急対処事態対策本部

 橘は長官室から危機管理センターに戻った。クライム情報官、岡田情報本部長、木村二尉とともに対策本部に入る。

 室内は騒然としていた。新たに環境省や文部科学省の職員の姿が増え、円卓の周りを書類片手に駆け回っている。メインモニターには自衛隊ヘリからの映像が映し出されていて、街の上空を飛行するドラゴンの姿があった。

 「あれですか」

 橘は振り返り、岡田に確認した。

 「ええ。先ほど『(ホール)』から出現し、建物を破壊しています」

 岡田の答えに頷き、橘は朝比奈に近づいた。

 「内閣危機管理監」

 朝比奈と小声で話していた岡峰が顔を向けた。

 「どういう状況ですか」

 橘の問いに岡峰が口を開いた。

 「不明飛行生物は現在、中央区日本橋付近を飛行中です」

 「建物を破壊しているとはどういうことですか」

 岡峰は一度手元の書類を見て、橘に視線を向けた。「口から、炎を出しているようです」

 「え?」

 そんなのファンタジーじゃないか、と言おうとしたが、直前に気づいて止めた。橘も今さっきファンタジーのような話を聞いたのだ。

 橘はクライムを振り返った。橘と目が合うと彼は意味ありげに頷いて見せた。

 「市ヶ谷から早速作戦要綱が送られてきました。これです」

 岡峰は円卓上の書類を指した。ホッチキス留めの書類だ。急遽作成したからだろう、枚数が普段より少ない。表題は『不明飛行生物に対する陸上自衛隊回転翼航空機を主軸とした駆除計画実施要綱(仮)』とあった。

 「陸自回転翼機というと、また木更津ですか」

 橘の懸念が分かったのだろう、苦い表情で岡峰は頷いた。

 「決定ですか」

 「ええ」

 岡峰の答えに橘がため息を吐くと、朝比奈が口を開いた。

 「懸念はわかりますが、不明飛行生物が今いるのは中央区です。中央区から千代田区にかけては大企業や大手企業、官公庁が集中しています。一秒でも早く駆除しないと、日本は大きな打撃を受けます」

 「既に防衛出動している普通科連隊は?」

 「とりあえず待機を」

 岡峰が答える。

 「不明飛行生物の駆除を優先すると?」

 「脅威の度合いが違いますから」

 岡峰の言葉に反論はせず、橘は自分の席に座った。そしてクライムに視線を向けた。クライムが橘の隣に来た。

 「ところで総理」

 橘は朝比奈に言った。「例の情報提供者の方ですが」

 朝比奈の視線がクライムに移った。「ああ、あなたが」

 「アメリカ国防情報局のクライム情報官です。かなり信じられない話ではありますが、今の状況と照らし合わせると信憑性はあるかと」

 朝比奈はクライムを矯めつ眇めつ眺めたあと頷いた。「分かりました。お話、伺いましょう」

 クライムが口を開こうとしたが、それを岡峰が遮った。

 「情報官、申し訳ありませんがそのお話は後程機内でしていただけますか」

 橘と朝比奈の視線が岡峰に注がれる。

 「どういうことですか」

 朝比奈が訊く。

 「はい、官邸機能の移管を提案します」

 「移管……立川ですか」

 橘の問いに岡峰はええ、と言った。「未確認武装集団はまだ江東区を進行中ですが、不明飛行生物はその進路の予測が困難なうえ、既に中央区にまで迫っています。官邸がやられれば、政治的空白は避けられません」

 「しかし、都心を捨てることに……」

 朝比奈が渋った。

 大規模災害時などに官邸や合同庁舎などが被災した際には、立川市の立川広域防災基地内の災害対策本部予備施設へ政府機能を移管することになっている。想定していた事態は主に首都直下型地震の発生だったが、緊急対処事態対策本部の移管も問題ないはずだった。問題は、官邸を捨てることが都心を捨てることに繋がるということだった。

 「お気持ちはわかりますが、対策本部が機能しなければ東京は守れません。ご決断を」

 岡峰の言葉に朝比奈は言葉を返さず、目を閉じた。メインモニターの中では、ドラゴンが炎を吐き続け、街を破壊していた。日本橋から東京駅方面へ向かっているようだ。このままでは本当に霞が関に、そして永田町に到達してしまう。

 「橘官房長官」

 朝比奈が目を開けた。「宮内庁に連絡。皇室は京都御所に避難するように」

 「はい」

 「対策本部及び対策本部事務局を立川へ移管します」

 朝比奈の言葉に岡峰が頷いた。「至急、準備を進めます」

 橘は円卓上の電話を取った。「対策本部の橘だ。宮内庁に繋いでくれ」

 宮内庁の担当者に朝比奈の指示を伝え、受話器を置いた。

 「輸送ヘリは既に待機中です。いつでも()てます」

 橘と同じく受話器を置いた岡峰が言った。自衛隊と連絡を取ったようだ。

 橘はクライムを見た。「ということでお願いします」

 「分かりました」

 対策本部内が俄かに騒がしくなってきた。


     ※


東京都江東区 東雲

首都高速湾岸線

 篠崎たち普通科連隊を乗せた車列はレインボーブリッジを抜け、首都高速湾岸線を東の方向に進んでいた。篠崎の乗るトラックの後ろを走るのはRCV(87式偵察警戒車)だ。

 さっき都庁横を通過するあたりで、不明飛行生物が現れたとの連絡が無線で入ったが、その駆除作戦は木更津の対戦車ヘリ隊が担うとのことだった。

 荷台の外を眺めていた篠崎だったが、そこへ無線連絡が入った。

 『A01、こちらCP。不明飛行生物駆除作戦実施に伴い、普通科連隊は待機せよとのこと。送れ』

 篠崎は無線を取った。「CP、こちら第3中隊。了解。送れ」

 その後も各中隊長が了解を示していく。

 篠崎はトラックの中を見回した。

 「みんな聞いたな。とりあえず待機だ」

 「うっす」

 上森三尉の隣に座る内田二尉が返事をした。

 そのとき、無線が騒がしくなった。

 『こちら第1中隊。正面に敵を目視。距離は約400メートル。送れ』

 トラックが急ブレーキをかけた。

 篠崎の身体が進行方向に倒れたとき、前方で爆発音がした。

 「くそ!何があった?」

 『こちら第1中隊。攻撃を受けた!応援を…ああああああああ!……」

 また新たな爆発音が聞こえた。

 「三佐!」

 宮下が視線を向けてきた。「交戦許可は?」

 「待て。指示を仰ぐ。総員、交戦に備え、89式小銃セーフティ解除。単発(セミオート)に設定!」

 「了解!」

 篠崎は無線を取った。「CP、A01。敵の攻撃を受けた。繰り返す。攻撃を受けた。交戦許可を求める。送れ」

 銃声が聞こえた。宮下と目が合った。彼女はトラックの幌から顔を出し、様子をうかがった。

 「第1、第2中隊が応戦しています」

 宮下の報告に頷き、再び無線に呼びかける。「CP。既に衝突した。発砲許可を!送れ!」

 『A01、CP。全中隊、発砲を単発にて許可する。送れ』

 「了解」

 篠崎は宮下の許へ近づいた。

 「出れそうか?」

 「第1中隊が攻撃を引き付けています。今なら」

 そのとき、87式偵察警戒車が篠崎たちのトラックを追い越し、前に出た。敵の方向へ向け、7.62ミリ機関銃を発射した。発砲音が鳴り響いた。

 「よし、トラックから降りるぞ。装備用意!」

 全員が89式小銃を構え、立ち上がった。

 「三佐、援護します」

 内田が篠崎の前に出た。

 「分かった。では俺と内田が先に出る。二人で援護するから宮下と水沼と野村はRCV横へ行け」

 宮下と水沼、そして野村一尉が頷く。

 「その後、上森と柏木が先に出て援護。あとの者は車両を盾にしながらできるだけ前へ。躊躇わず引き金を引け」

 篠崎は全員と目を合わせた。

 「では出動!」

 篠崎のその声と同時に内田がトラックから飛び降りた。敵の方向に小銃を向け、安全を確認する。内田の合図を見て、篠崎もトラックから道路上に降りた。

 敵の方向に銃口を向けた。

 彼らは真っ直ぐに進んできていた。強力な破壊力を持った光線を放つとの情報だったが、今は弓矢で応戦していた。それに自衛隊員が小銃で反撃する。だが敵が纏っている銀色の鎧を貫通しているようには見えない。

 トラックから宮下、水沼、野村が出る。そして87式偵察警戒車側へ回る。

 篠崎の視線の先、トラック5輌分ほど前方で一人の隊員に敵の矢が当たった。矢は腹部に当たっていた。隊員はそのまま倒れこんだ。傷口からは鮮血があふれ出ていた。そこへもう一人別の隊員が駆け寄り介抱しようとするが、抱き起そうとしたとき首の後ろに矢が刺さった。ちょうど戦闘服とヘルメットの隙間に当たったようだ。矢はそのまま隊員の顎の骨を砕き貫通した。隊員が顎を手で支えようとするが、大量の血とともに下顎は瓦解していった。口から大量に吐血しながら倒れ伏していく。重なり合う形となった二人の隊員は動かなくなった。

 「三佐!」

 内田の声に振り向くと、全員が既にトラックから出ていた。

 「よし進むぞ」

 篠崎は小銃を構えなおし、足を踏み出した。「全員、姿勢を低くしろ。矢が当たるぞ」

 中腰の状態で前へと進んでいく。途中、何人かの隊員の死体を跨いだ。

 トラックを3輌追い越したところで車列の間に隠れた。内田たちも篠崎に続く。

 「三佐、状況はかなり不利です」

 島田二曹が顔を篠崎に寄せた。

 「同感だな。装甲が強固だ」

 「普通科の装備で殲滅できるか疑問です」

 島田の言葉に頷いたとき、「うあああああ!」と声がした。

 「どうした!」

 篠崎が視線を向けると、柏木が地面に仰向けで倒れていた。左肩に矢が刺さっている。上森が柏木の身体をトラックの陰に寄せる。

 「医官は?」

 篠崎は隊員たちを見回した。だがここには医官はいなかった。そこで無線に呼びかける。

 「こちら第3中隊長篠崎だ。負傷者1名。医官はいないか?」

 『こちら第2中隊、医官の戸部です。中隊長の近くにいます。すぐ行きますから援護を頼みます』

 見ると、篠崎たちが盾にしているトラックの前にある車両から医官の戸部二尉が顔をのぞかせていた。

 「了解した」

 篠崎は島田を振り返った。「島田、俺と二人で戸部二尉を援護する。俺が先に出るから続け」

 「了解」

 島田が頷いたのを確認し、篠崎は匍匐前進でトラックの陰から出た。二車線先に赤色灯が回ったままのパトカーが停まっていた。その陰まで進んだ。

 島田も篠崎と同じようにパトカーの陰まで来た。篠崎は匍匐前進の状態のまま小銃を戸部二尉の向こう側、敵の方向に向けた。無線に話す。

 「戸部二尉。援護する。向かってくれ」

 『了解しました。お願いします』

 戸部二尉が篠崎を見て頷いたのが分かった。

 戸部が移動を始める。彼の足元に矢が飛んでくる。篠崎の頭上でけたたましい銃声がした。島田だ。

 島田が放った5.56ミリの弾丸は真っ直ぐ敵に向かっていく。だが、やはり鎧に防がれてしまう。

 『篠崎中隊長。戸部です。到着しました』

 「了解」

 戸部二尉からの無線に返したとき、篠崎に向かって矢が飛んできた。篠崎がはっとして小銃の引き金に手をかけたときには、矢は篠崎の顔のすぐ横にあったパトカーのタイヤに刺さっていた。刺さるときボスッという音が耳に届いた。

 「やりやがったな、この野郎」

 篠崎は低く呟き、瞬間的にスコープを敵の顔面に合わせた。そして躊躇なく引き金を引く。パンと発砲音がし、薬莢が排出された。

 次の瞬間、敵の一人が身体を仰け反らせ、背中から倒れた。顔面から血が流れ出ているのが分かった。

 よし、と小さくガッツポーズをした後、島田を見た。

 「撤収するぞ」

 「了解」

 来た時と同様に匍匐前進で隊員たちの許へ戻った。

 「柏木三曹の容態はどうだ?」

 トラックの陰に戻り、戸部二尉に尋ねた。

 「出血が多く、かなりまずいですね」

 戸部は矢が刺さったままの柏木の肩をガーゼで押さえていた。

 「やっぱり矢は抜かないほうがいいのか」

 「()()()がついてますからね。本当は今すぐ病院に搬送したいところなんです」

 戸部の報告に篠崎は唸った。

 「ヘリを要請しますか」

 上森が訊いてきた。

 篠崎は手袋をした手で顔を拭った。「そうだな。やってみてくれ」

 「了解」

 上森が無線を操作し始める。

 そのとき、前方が一瞬光った。

 そして次の瞬間には爆音が轟き、地面が大きく揺れた。

 『こちら第2中隊。敵が光線を発射。第1中隊全滅。……あ、待て、道路が崩れる!退避しろ!』

 無線からそんな声が聞こえると同時、地面が傾きだした。

 「三佐!やばいです!」

 島田が叫んだ。

 「総員、後方へ退避だ!急げ!」

 篠崎は大声で指示を出した。そして敵の方向に視線を向けた。

 先ほどまで第1中隊が交戦していた場所は既に崩落していた。支えを無くした高架が傾き、崩れていく。

 「早く、退避だ!」

 隊員たちが後方へ退避していく。

 どんどん勾配が大きくなっていく。

 戸部が柏木を抱きかかえようとしていた。篠崎は駆け寄った。

 「二尉、手伝うぞ」

 戸部は篠崎を驚いたように見たが、すぐに声を出した。

 「有難うございます。彼の右肩を支えてください」

 「分かった」

 戸部と二人で柏木を運んでいった。

 矢が足元をかすめた。

 「がああ!」と声がした。柏木だ。見ると、柏木の背中に矢が3本刺さっていた。

 「おい、柏木!」

 柏木がバランスを崩した。その拍子に篠崎と戸部の手を離れてしまった。

 篠崎と戸部はなんとか踏みとどまった。

 だが、背に3本もの矢を受けた柏木はそのまま傾いた道路を転げ落ちていく。

 「かしわぎー!」

 篠崎は叫んだが、柏木はそのまま落ちていく。その先ではタンクローリーが横転し火災になっていた。

 一瞬、柏木の断末魔が聞こえた。

 柏木の姿は炎の中に消えた。


     ※


東京都中央区

銀座4丁目付近上空

 陸上自衛隊木更津駐屯地から発進したAH‐1S対戦車ヘリコプター3機編隊は、銀座上空を飛行する不明飛行生物の駆除に向かっていた。

 森内一尉は操縦桿を握る自分の手が僅かに震えていることに気づいた。

 市ヶ谷の中央指揮所が急遽作成した駆除計画に基づき、木更津の第4対戦車ヘリ隊に再び出動命令が下った。こういう時の為に日々訓練してきたはずだが、先のコブラの撃墜を知った後だと、不安は隠しきれない。

 前方でドラゴンのような見た目をした不明飛行生物が飛び回っていた。時折口から炎を吐き出している。日本橋からここ銀座までは既に火の海だ。このままでは千代田区内に侵入し、霞が関の官公庁や永田町の国会議事堂や首相官邸、与党公民党本部など、この国の中枢を担う施設が破壊されてしまう。それを阻止するためにも、森内たちに出動命令が出たのだ。

 「CP、コブラ01。不明飛行生物を目視した。作戦開始の許可を求める。送れ」

 森内はドラゴンから距離を取りホバリングを始めた。両隣を飛行する2機もそれに倣う。

 『コブラ01、CP。警視庁より連絡。駆除実施指定区域内の避難完了とのこと。攻撃開始。繰り返す、攻撃開始。送れ』

 「CP、コブラ01。了解。前進する。送れ」

 森内はまだかすかに震えの残る手で操縦桿を操作した。3機編隊が前進する。

 「全機に告ぐ。誘導弾発射用意。目標、不明飛行生物。距離、320。発射用意」

 森内が無線に呼びかけたとき、ドラゴンの顔がこちらを向いた。そして一直線に向かってきた。

 「全機、発射せよ」

 森内の声と同時、3発の対戦車誘導弾がドラゴンに向かっていく。

 だが、1発目は尻尾を器用に使い撃ち落とされる。残りの2発には炎が浴びせられ、空中で爆発した。

 森内は無線を操作した。

 「CP、コブラ01。誘導弾全弾防御された。不明飛行生物、こちらに向かってくる。指示を乞う。送れ」

 口からなおも炎を吐きながら、ドラゴンが近づいてくる。

 『コブラ01、CP。全機、一旦離脱せよ。繰り返す、全機離脱せよ。送れ』

 「CP、コブラ01。了解。離脱する。送れ」

 森内の左をホバリングしていた2番機が左旋回し、ホールディングエリアを離脱していく。森内も後に続く。

 後ろをちらと確認すると森内の後方の3番機にドラゴンが迫っていた。

 「コブラ03、SIX。後方に注意。速やかに離脱せよ。送れ」

 森内が言ったとき、ドラゴンが再び炎を吐いた。口から一直線に伸びる紅蓮の炎が3番機に襲い掛かる。

 「コブラ03、後方気を付けろ」

 『こちら03。離脱す……』

 炎に包まれた3番機は次の瞬間、バラバラの瓦礫となって地上に落下していった。


     ※


東京都立川市

立川広域防災基地 災害対策本部予備施設

緊急対処事態対策本部

 橘たち対策本部のメンバーは陸上自衛隊のEC‐225LP特別輸送ヘリコプターで、永田町の首相官邸から立川市の立川広域防災基地に移動していた。

 災害対策本部予備施設には、官邸の危機管理センターと同じように正面にモニターが嵌め込まれていた。しかし部屋の印象としては、危機管理センターは木目調が目立ったのに対し、ここは打ち放しコンクリートの壁が多く、何処か殺風景に感じる。

 円卓を囲む席順も殆ど変わらない。変わったのは、岡田情報本部長の隣にクライム情報官が座っていることくらいだ。彼はここに移動するまでの機内で、総理を含め閣僚たちにマルニシティア王国の存在を明かしたのだった。やはり皆一様に受け入れがたく感じたようだったが、信憑性がないとは言い切れなかったようだ。結果、朝比奈の判断でクライムには特別顧問として対策本部に残留してもらうこととなった。

 今、正面のモニター内で自衛隊ヘリが1機撃墜されたところだった。回転翼機を主軸とした駆除計画は転換を余儀なくされたようだ。

 「不明飛行生物、たった今千代田区に入りました」

 部下から報告を受けた稲見統幕長が言った。

 「各省庁の公文書データの避難は?」

 朝比奈が言うと、その隣の岡峰が答えた。

 「紙媒体、電子媒体にかかわらず、全ての公文書データの避難が完了しています」

 「日銀は?」

 「日銀本店は既に破壊されましたが、データの避難は完了していたとのことです」

 閣僚たちが安堵のため息を吐く。民主主義国家の根幹を成す公文書の焼失は何としても避けたいことだった。

 「駆除計画のほうはどうなっていますか」

 橘の問いに稲見は唇を舐めた。

 「市ヶ谷で早急に検討しています」

 「普通科連隊の状況は?」

 朝比奈が訊いた。

 不明飛行生物駆除作戦開始の直前、首都高速湾岸線で未確認武装集団と陸自の普通科連隊が衝突したとの報告が入っていたのだ。

 稲見は書類を一瞥した。

 「第1中隊が全滅。他の中隊は全滅を避けるため一時退避しました」

 朝比奈は頷いた。「中央即応集団の現状は?」

 「宇都宮駐屯地の中央即応連隊は現場に急行中です。特殊作戦群、第1空挺団等、他の部隊は各駐屯地で即応態勢に入っています」

 「分かりました」

 対策本部内に静寂が訪れた。岩井外務大臣がペットボトル入りの水を手に取る。それにつられ、何人かの他の閣僚も水を口に含んだ。

 「クライム情報官」

 西田が沈黙を破った。「お尋ねしていいかな」

 クライムがその白い髭に覆われた顔を西田に向けた。「何でしょう」

 「情報官の話されたマルニシティア王国というのは本当に実在するのですか」

 西田の問いにクライムは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに答えた。

 「ええ、実在します」

 「その根拠は?」

 西田が挑発するように間髪入れずに訊く。橘は西田が元弁護士だということを思い出していた。

 「王国軍の兵士への聴取の記録が国防総省やCIAに残っていますので」

 だがクライムはそんな挑発には乗らないようで、落ち着いた声音で返した。

 「ずっと気になっていたのですが」

 そこへ田部国土交通大臣が口を開いた。「彼らと言葉の壁はないのですか」

 「ありません」クライムは断言した。「彼らは旧ソ連の諜報員とも何不自由なくコミュニケーションを取り、我々アメリカ人とも会話しました。おそらく日本を含め、全ての民族と会話できると思われます」

 クライムの言葉に室内が少しざわついた。そんなことが可能なのか、という声が何処かから聞こえた。

 「彼らは何処で言語を学習しているのですか」

 朝比奈が訊いた。

 クライムはその朝比奈の問いに首を振った。「学習しているのではありません。そういう能力を持っているのです」

 「どういうことですか」

 橘が言うと、クライムは全体を見回し言った。

 「分かりやすく言うと、魔法、です」

 室内が一気に静まり返った。

 橘たちが半信半疑なのは王国の存在そのものもそうだが、やはりこの魔法とやらが生きている、という点だった。いきなり魔法だのと言われても、ファンタジーとしか思えないというのが正直なところだった。

 クライムは続けた。

 「彼らは翻訳機能のような魔法を有しているのです。我々の言葉は彼らの言語に聞こえているのでしょう」

 「そんなことあるんだろうか」

 文部科学大臣がポツリと呟いた。

 「でも、魔法としか思えないようなことが起こっているのも事実ですし」

 その隣に座る地方創生担当大臣の女性が言った。

 再びの静寂。

 皆が思案にふけっていた。政治家にとっては魔法という言葉は最も縁の遠いものだと言っていいだろう。魔法があるんなら、選挙で苦労したりはしない。

 だから、迷っている。本当に魔法だと判断していいのか、と。

 そのとき、電話が鳴った。

 着信を示すランプが点灯しているのは、岩井外務大臣の席だ。

 岩井が受話器を取る。「岩井だ」

 全員の視線が岩井に向く。岩井はその視線を受けながら電話に応対していたが、電話口からの言葉に「何?本当か」と言って朝比奈を見た。

 「どうしました?」

 朝比奈の問いに岩井は送話口を押さえて言った。

 「国連安保理の緊急会合で東京への巡航ミサイル攻撃が決定されました」

 室内がざわついた。「米海軍のミサイル駆逐艦が出港準備を進めている模様です」

 橘は朝比奈と顔を見合わせた。朝比奈は唇をきつく噛んでいた。

 朝比奈からクライムに視線を移した。「クライム情報官」

 書類を眺めていたクライムがこちらを向く。

 「彼らに巡航ミサイルは効きますか?」

 橘の問いにクライムはかぶりを振った。「分かりません。実際にやったことがないので」

 クライムの答えを聞いた何人かの閣僚がため息をこぼした。

 そのとき、対策本部の扉が開き、防衛省の防災服を着た男が書類の束をもって入ってきた。

 「米軍の攻撃予定範囲です。横田の司令部からファックスで送られてきました」

 ほかの職員も手伝い、書類が全員に配られる。

 書類を見た財務大臣が声を上げた。「こんなに?」

 その書類には東京の沿岸部の地図が描かれていた。そこに赤く塗りつぶされた円がいくつも描かれている。それぞれの円の中心がミサイルの着弾位置、円の範囲がその爆発影響範囲を表しているらしい。

 「広いな……」

 橘も思わず呟いた。

 円が描かれているのは首都高速湾岸線を中心に江東区、港区、品川区のほぼ全域だった。だが港区でも米国大使館のある周辺だけは攻撃予定範囲に入っていなかった。

 「内閣危機管理監」

 朝比奈が岡峰に顔を向けた。「この3区の住民の避難は?」

 「はい」岡峰は後ろに控える総務省の担当者からメモを受け取った。「江東区は全域完了しています。しかし、港区及び品川区では一部地域でまだ避難が完了していません」

 「急ぐように」

 「了解しました」

 朝比奈の要請に岡峰は椅子を後ろに向け、総務省や国土交通省の職員と話し合いを始めた。

 橘は改めて図を見た。そして気づいた。この書類はおそらく安保理決議よりも前に既に作成されていたと。決議が出てから作成したとしたら、こんなに早く出来上がらないはずだ。

 「総理」

 橘は朝比奈に呼びかけた。「何とか米側と交渉を」

 朝比奈は橘の真意を問うように見据えてきた。

 「米側の思惑通りにすべきはありません」橘は図を指ではたいた。「米国にはマルニシティア王国の存在を知りながら隠してきたという負い目があります。ロシアも同様です。両国とも早期の幕引きを図りたいのでしょう」

 橘は早口にまくし立てた。

 朝比奈は少し考えるように沈黙した後、ゆっくりと首肯した。そして岩井に視線を向けた。

 「岩井さん。米側に作戦変更の交渉を」

 「はい、了解ですが……」岩井は高宮防衛大臣に目を向けた。「それは防衛省の仕事かと」

 朝比奈の視線も高宮に向く。

 「では高宮さん。米側に交渉を」

 高宮は頷いた。

 「分かりました。防衛政策局から米軍に要請します」

 高宮の指示を受けた防衛省職員が対策本部を出ていく。

 「それと、防衛出動している普通科連隊を一時退避させるように」

 「分かりました」

 「それから」

 朝比奈は再び岩井を見た「常任理事国各国に交渉を」

 岩井は一瞬考えるような沈黙を取ったが、すぐに頷いた。

 「了解しました」

 岩井の許に外務省のアジア大洋州局長や北米局長、欧州局長が駆け寄る。

 そのとき、岡峰の席の電話が鳴った。岡峰は二言三言話し、強張った表情で受話器を置いた。

 「総理」

 岡峰が唾を飲み込んだのが分かった。「不明飛行生物、霞が関を破壊しました」

 「えっ」

 朝比奈は一瞬絶句した。「それは、本当ですか」

 「ええ」岡峰は頷いた。「官邸や国会議事堂、それに文科省の辺りは難を逃れたようですが、その他の省庁は壊滅したようです。不明飛行生物は現在港区を飛行中です」

 「犠牲者は?」

 橘は訊いた。

 岡峰は首を振った。「確認されていません。残っていた職員はいたようですが、陛下のご意向で坂下門から皇居内に避難できたようです」

 岡峰の報告にとりあえず安堵の息を吐く。

 「早急に駆除しなければ」

 朝比奈が小さな声で言うのが聞こえた。


     ※


新潟県新潟市

在新潟ロシア連邦総領事館

 駐日ロシア大使のボゴスロフスキーは受話器を置き、ため息を吐いた。何回も経験していることだが、今回は状況が普通ではない。おそらくそれで緊張したのだろう、と自己分析をする。

 先ほどまでの電話の相手は本国のロジオノワ大統領だった。向こうからの電話だった。東京の状況を確認するためだったらしい。補佐官からではなく本人からかけてくるのは非常に珍しかった。

 ボゴスロフスキーは普段は東京の在日ロシア大使館で執務をしているが、東京への攻撃があった時点でこの在新潟総領事館に避難してきたのだ。

 東京を攻撃したのが、約110年前にロシアに現れたマルニシティア王国の兵士であることは間違いなかった。アメリカにも存在を知られているが、それを除けば今までずっと隠してこれたのだ。こんな形で露見するとはボゴスロフスキーを含め、誰も予想していなかった。

 ボゴスロフスキーは椅子を回転させ、後ろの壁を見上げた。そこにはロシア国旗が掲げられている。上から白、青、赤と並んでいる。白はベラルーシ人、青はウクライナ人、赤は民族ロシア人を表す。ボゴスロフスキーは郷里に思いを馳せた。今こそ我らがロシア連邦を守らなければならないのだ。

 そのとき、机上の電話が鳴った。ボゴスロフスキーは椅子を元に戻し、受話器を取った。

 「ボゴスロフスキーだ」

 『パラジャーノフです』秘書官だった。『日本外務省のオザキ様からお電話ですが』

 秘書官の言葉を聞いた瞬間、居留守を使うか、という思いがボゴスロフスキーの脳裏をよぎった。大方、アメリカが日本政府に情報をリークしたのだろう。日本外務省はその件で電話をかけてきたに違いない。

 「繋いでくれ」

 だが、ボゴスロフスキーは秘書官にそう返事をした。

 しばらくして、たどたどしいロシア語が聞こえてきた。

 『お世話になっております。日本外務省のオザキです』

 「ボゴスロフスキーです」

 ボゴスロフスキーはなるべくぶっきらぼうに聞こえるように話した。「ご用件は?」

 『あ、はい』

 書類をめくる音がした。『国連安保理決議についてなんですが』

 あ、そっちか、とボゴスロフスキーは思った。てっきりマルニシティア王国の詳細を問い合わせてきたものとばかり思っていた。彼の中ではあまり重要事項ではなかったので気づかなかった。

 「それがどうかしました?」

 『出来れば、常任理事国である貴国から今からでも反対してもらえないかと』

 オザキの言葉を聞き、ボゴスロフスキーは椅子に身を沈めた。そしてため息を吐く。呆れたため息だ。

 「残念だがそれは無理だ。日本国内で日本軍(自衛隊)や米軍が展開するのは気に食わんが、それ以上にこの事態を長引かせたくない」

 電話口からため息が聞こえた。それを聞いてボゴスロフスキーも再びため息を吐いた。日本は本気でこれを言ってきたのだろうか。受け入れられるとでも思っていたのか。

 『分かりました。有難うございました』

 幾分沈んだ声でオザキが言う。ボゴスロフスキーは言葉を返した。

 「さようなら(ダズヴィダーニャ)

 電話が切れた。

 ボゴスロフスキーは受話器を置き、東京がある方角を見た。ここから見えるのは越後山脈だけだが、その先の東京では、異世界との戦いが繰り広げられているはずだ。


     ※


東京都江東区

豊洲新市場

陸上自衛隊前線指揮所

 篠崎の目の前をストレッチャーが通り過ぎていった。掛けられたシートの隙間から血まみれの腕が覗いていた。大きな裂傷があり、骨のようなものが見えていた。

 敵前から撤退した篠崎たちは、豊洲新市場に臨時に設営された前線指揮所に来ていた。まだ開場しておらずだだっ広い空間が広がるだけの水産仲卸売場内は、野戦病院と化していた。

 負傷した隊員が次々と運び込まれてくる。陸自の衛生隊や東京DMATなどが駆けつけ、治療に当たっていた。至る所から叫び声や呻き声、怒号が聞こえた。死亡した隊員の死体を他の隊員が外へ運び出していく。ストレッチャーが不足しているのか、シートを掛けられることもなく死体は引きずられていく。篠崎の前を通るとき、苦悶の表情のまま動かなくなっている隊員の死に顔が目に入った。大きく見開かれた目が、篠崎を捉えた気がした。

 篠崎はそんな光景を柱に寄りかかって見ていた。本来、中隊長である篠崎はこんなところにいるべきではないが、居座ってしまっている。

 また一人、死んだようだ。引きずられていく死体を目で追っていくと、入れ替わるように野村一尉が売場内に入ってきたのが見えた。右腕には包帯が巻かれ、血が滲んでいる。辺りを見回し、こちらに気づいて近づいてくる。

 「三佐」

 野村が篠崎の正面に来た。「連隊長が各中隊長を呼んでいます」

 篠崎は息を吐き出し、頷いた。「分かった。すぐ行く」

 野村は、はい、と小さく言って売場内を振り返った。

 「この惨状はなんです?」

 篠崎は手袋を外した。「これが戦場だよ」

 「三佐は」野村が篠崎を見た。「これまでに実戦のご経験は?」

 「あるよ」

 篠崎は野村を見据えた。「PKOでイラクに派遣されたときに」

 「その時もこんな状況で?」

 「どうだったか」篠崎は首を振った。「もっと酷かったかも」

 そういって篠崎は足を踏み出した。前線司令部が置かれているのは2階だ。そこへ向かう。野村は売場に残っていた。

 階段を上がり2階に着くと、そこは異様な緊張感に満ちていた。隊員たちは皆一様に険しい表情で通路を行き来し、警備の隊員の目も鋭かった。

 「篠崎三佐」

 男の声がした。声のした方向を向くと頭に包帯を巻いた隊員がいた。第2中隊長だ。「こっちだ」

 篠崎は頷き、彼の後についていく。市場のような空間で一部がパーテーションで区切られていた。そこが前線司令部だった。

 「やっと来たか、篠崎三佐」

 そう言ったのは第1普通科連隊長の財部一佐だった。「今後の作戦を伝える」

 篠崎はほかの中隊長とともに財部のもとに集まった。財部はそれを確認すると、後ろにいた男を振り返った。

 「まず報告がある。宇都宮からCRRが到着した」

 財部の言葉にその男が会釈する。「連隊長の根津です」

 CRRとは陸上自衛隊中央即応集団隷下の中央即応連隊のことだ。海外派遣や国内の有事における緊急展開を担う部隊で、災害やテロなど緊急事態には方面隊の増援部隊として行動する。

 「CRRの到着で戦力も増した。特に96式装輪装甲車(WAPC)が来たことは大きい」

 財部が腕を組んでいった。

 「よろしくお願いします」

 根津が頭を下げた。

 それを見て財部は口を開いた。

 「ではこれからのことを伝える。1時間後に米海軍の巡航ミサイル(CM)が発射される予定だが、範囲が広すぎると日本政府が交渉(ネゴ)を行ったところ、米国は代替案を出すことを要求してきた。こちらの出した案が良ければ、それが実行されるらしい」

 篠崎はほかの中隊長と顔を見合わせる。アメリカの無茶振りはいつものことだが、今回も例外ではないようだ。

 「そこで政府対策本部から我々に代替案の提案を指示された」

 財部の言葉に第4中隊長が手を挙げる。

 「それは統幕の仕事では?」

 「その統幕が言ってきたんだ」財部はうんざりした表情を作った。「市ヶ谷は今、例のドラゴンの駆除作戦の作成で手一杯らしい」

 第4中隊長が黙り込む。

 「そういうわけで、諸君らに考えてもらいたい。敵を殲滅するための妙案をな」

 全員が黙り込んだ。

 そんなに簡単に思いつくんなら苦労しない、と篠崎は思った。おそらく全員が思っている。財部を含めてだ。

 沈黙したせいで他の音がよく聞こえるようになった。1階から隊員の叫び声が聞こえる。「モルヒネをくれ!」という悲痛な声も聞こえた。

 「あの」第2中隊長が手を挙げる。

 「思いついたか?」

 財部が少し期待を滲ませて訊く。

 「空自機で局所的に空爆するっていうのはどうでしょう」

 うーん、と財部が唸った。「一応報告はしておこう」

 篠崎は視線を壁際に移した。そこには小さいテレビが置かれ、NHKの報道特番をやっていた。

 『都が先ほど、広域避難の開始を発表しました。しかし、これほどの広域避難は過去に例がなく……』

 そのとき、画面の端にレインボーブリッジが映った。

 それを見たとき、篠崎の頭に閃くものがあった。

 「まあ、いきなり言われても思いつかんだろう。とりあえず持ち場に……」

 「待ってください」

 財部の言葉を篠崎は遮った。

 「どうした?篠崎三佐」

 篠崎は財部の目を見た。「提案があります」


     ※


東京都立川市

立川広域防災基地 災害対策本部予備施設

緊急対処事態対策本部

 稲見統幕長の席の電話が鳴った。稲見は電話に応対した後、朝比奈に視線を向けた。

 「不明飛行生物駆除計画が完成したようです」

 閣僚たちが期待するように稲見を見る。

 対策本部の扉が開き、職員が数名入ってきた。ホッチキス留めの書類を各自に配っていく。

 橘は配られた書類を見た。表題は『不明飛行生物に対する陸上・航空両自衛隊の統合運用を主軸とした駆除計画実施要綱(改訂)』とあった。

 「ではご説明します」

 稲見が立ち上がった。「まず本作戦の実施の為、市ヶ谷の中央指揮所に陸自と空自を統合運用する司令本部を臨時に設置、朝霞駐屯地に東部方面総監を長とする統合任務部隊を編成、作戦の指揮を担います」

 そしてそのあと、稲見が作戦の詳細を説明した。

 「以上の計画を実行するため、航空自衛隊第3航空団への防衛出動待機命令を防衛出動命令に切り替えていただきたいと存じます」

 稲見はそう締めくくった。

 説明を聞き終わった後、何名かがため息を吐いた。

 「そんなにうまくいくかな」

 田部国交大臣が言った。

 稲見は田部を見据えた。「確証はありません。しかしながら統幕からはこの案しか上がってきませんでした。私は防衛省統合幕僚監部を信じたい」

 対策本部内に沈黙が満ちた。外から微かにヘリのローター音が聞こえた。橘は、ここが陸上自衛隊立川駐屯地と同居していることを思い出していた。

 「その案、採用しましょう」

 朝比奈が沈黙を破った。視線が集中する中、朝比奈はなおも続けた。「防衛のプロが出した案です。きっとやってくれるでしょう」

 お互いが探り合うような間が生まれた。橘は視線を巡らせ、口を開いた。「では、決を採ります。先程の案にご異議ありませんか」

 橘の声に異議の声は出なかった。皆が肯定を示す沈黙を続ける中、高宮が「異議なし」と言った。

 橘は朝比奈を見た。朝比奈は頷き、統幕長に顔を向けた。

 「航空自衛隊第3航空団への防衛出動待機命令を解くと同時に、同部隊に防衛出動命令を発令します」

 「住民の避難は?」

 橘は岡峰に訊いた。

 岡峰が資料を一瞥した。「都庁に対しては、シャドウ・エバキュエーションへの対応も考慮した広域避難について指示しています。港区、品川区の住民の避難もほぼ完了したようですが、住民の混乱が起きている地域もあります」

 岡峰は険しい表情のまま言った。

 まさにシャドウ・エバキュエーションが起きているらしい。シャドウ・エバキュエーションとは、避難指示が出された際に、避難の必要がない住民までもがそれに過剰に反応することで、道路などの渋滞を引き起こし、本来避難すべき住民の避難に支障を来す問題のことをいう。

 「了解しました。再度Jアラート発動の上、避難区域外の住民は以後、屋内待機を徹底するように」

 岡峰が頷く。「はい。都及び近隣各自治体に通告します」

 朝比奈は岡峰の言葉に頷き、稲見統幕長を見た。

 「統幕長」

 「はい。既に作戦の準備は整っております。了解が得られたということで、直ちに作戦を開始します」


     ※


東京都大田区

都立つばさ総合高等学校 グラウンド

 陸上自衛隊第1高射特科大隊所属の新田二曹は戦闘服の袖で額を拭った。思った以上に汗が吹き出していた。

 新田たちの部隊がこの都立つばさ総合高校に到着したのは約30分前だ。統幕発案の駆除計画のため、新田たちは静岡県御殿場市の駒門駐屯地からやってきたのだった。

 新田は今、機材の調整を行っていた。この機材が作戦の要となる。

 「おい、新田」

 後ろから中隊長が呼んだ。「短SAMの調子はどうだ?」

 「まもなく調整が完了します」

 そう答えて、新田は短SAMと呼ばれた機材を見上げる。正式名、81式短距離地対空誘導弾。発射機2台、射撃管制装置1台で構成される誘導弾システムだ。

 そのとき、爆発音が響いた。北の方向を見ると、羽を伸ばし飛行するドラゴンの姿が確認できた。口から炎を出し、街を容赦なく破壊している。

 新田は視線を機材に戻した。そして約10秒後、調整が完了した。

 「中隊長、調整完了です」

 新田の報告に中隊長は頷き、無線機を手に取った。



東京都練馬区

陸上自衛隊朝霞駐屯地 東部方面総監部庁舎

 不明飛行生物駆除計画のため、統合任務部隊が置かれた朝霞駐屯地内の司令部は、普段とは違った様相を呈していた。半円を描くように長机が配置され、この作戦のために調達された機材が並んでいる。

 東部方面総監で駆除作戦の統合任務部隊長に任命された、三笠陸将は机の上で手を組み、司令部内を注視していた。

 「総監」

 横から呼ぶ声がした。見ると、東部方面総監部幕僚長が受話器を手にこちらを向いていた。「大田区の短SAM、準備完了との報告です」

 「総監」

 今度は木更津駐屯地の隊員が呼んだ。「木更津のOH-1、威力偵察展開中です」

 三笠は彼らの報告に頷き、幕僚長の反対側に座る、航空自衛隊第3航空団の飛行群司令の方を向く。

 「空自機の現状は?」

 「現在、武蔵野上空で待機中。いつでも作戦遂行できます」

 「了解した」

 三笠は再び視線を幕僚長に戻す。「官邸に連絡。作戦開始準備完了。最終確認を求める」



東京都武蔵野市

吉祥寺本町3丁目付近上空

 航空自衛隊第3航空団所属の成瀬一等空尉は、操縦桿を握る手に力を込めた。そしてバイザー越しに正面を見据える。

 成瀬の操縦する、航空自衛隊機F-2は現在、吉祥寺上空を飛行中だった。不明飛行生物駆除のため爆装し、青森の三沢基地から発進してから東京上空で待機していたのだ。成瀬の目の前には、ほんのり暗くなりかけた東の空があった。

 そのとき、管制塔から通信が入った。

 『(バイパー1、こちら朝霞司令部。総理から攻撃許可が下りた。駆除作戦フェイズ1を開始する。航空作戦開始)』

 成瀬は唾を飲んだ。「(朝霞、こちらバイパー1。了解。攻撃を開始する)」

 そう返した成瀬は深呼吸をひとつして、操縦桿を傾けた。F-2は進路を変え、不明飛行生物へと向かっていった。

 しばらくの後、目の前に飛び回るドラゴンの姿が見えた。口から炎を吐き出しているのが分かる。口から出た炎は地上に到達し建物を破壊していった。そして翼をたなびかせることで風が巻き起こり、地上の火災を激しくしていた。見渡してみると、皇居東側は既に火の海と化していた。

 そのとき、赤い塔が倒れるのが見えた。根元は炎によって破壊され、赤い塗装の施された部品が飛散していく。やがて東京タワーは完全に倒壊し、一際激しい炎と瓦礫が舞い上がった。

 「畜生!」

 成瀬は酸素マスクの中でそう叫んだ。成瀬は生まれてこのかた34年、ずっと青森暮らしで東京タワーなど昇ったことはおろか、見上げたことすらなかったが、それでも悔しさが込み上げてきた。

 成瀬はその悔しさをぶつけるように親指で力強く安全装置を外した。そして無線に呼び掛ける。

 「(こちらバイパー1。目標を視認。攻撃を開始する。AAM-5発射準備完了)」

 『(バイパー1、こちら朝霞司令部。了解。攻撃せよ)』

 司令部からの指示に、成瀬はもう一度深呼吸した。そして、未だ炎を吐き出し続けているドラゴンに照準を合わせた。

 「(目標捕捉。良視界攻撃)」

 酸素マスクの中で乾いた唇を舐めた。「Ready now!」

 言うと同時、成瀬は発射ボタンを力強く押した。直後に成瀬の尻の下で、ガチャンという機械音がした。

 成瀬はモニターを確認した。AAM-5、正式名04式空対空誘導弾がドラゴンの方向へ吸い込まれるように進んでいた。

 「(AAM-5発射完了)」

 成瀬は操縦桿を傾け、右に旋回した。



東京都練馬区

陸上自衛隊朝霞駐屯地 東部方面総監部庁舎

 「AAM発射されました!」

 防衛部長が言った。

 三笠は正面の大モニターを見た。三沢基地所属のF-2が発射した04式空対空誘導弾が不明飛行生物に向かっていた。

 「弾着10秒」防衛部長が腕時計を見ながら秒読みを始めた。「8、7、6、5……」

 そのとき、モニターの中でドラゴンが炎を吐いた。その炎は長く伸び、誘導弾を包み込んだ。炎に包まれた誘導弾はそのまま上空で爆発した。破片が地上へ落下するのが見えた。

 「誘導弾、破壊されました」

 防衛部長の視線が駒門駐屯地の担当者に向く。担当者が頷く。「はい。フェイズ2に移行。短SAM発射します」

 担当者の声と同時、モニターの中で大田区方面から誘導弾が2発、天に撃ち上がった。白い軌跡を描きながら真っ直ぐドラゴンへと向かっていく。

 防衛部長が再び腕時計を見た。「弾着、5、4、3、2、1、今!」

 モニターの中から咆哮が聞こえた。見ると、ドラゴンの腹部が抉れ、黒煙が上がっていた。大きく開いた傷口からは黄色い体液が溢れ、地上へ向けて雨のように落下していた。

 「誘導弾、不明飛行生物腹部に直撃」

 防衛部長が僅かに興奮気味で言った。

 三笠は身を乗り出した。「展開中の威力偵察小隊、報告を」

 「お待ちを」

 木更津の担当者が言い、しばらくして無線の音声が聞こえた。

 『朝霞、こちらオメガ01。不明飛行生物、飛行高度を落としながら南下中。送れ』

 「化け物め、気を抜いたな」

 隣で幕僚長が呟いた。

 『こちらオメガ01。不明飛行生物、港区から品川区に進入。京浜運河を越え、東京国際コンテナターミナル、大井埠頭へ落下の模様。高度は現在、50メートル。送れ』

 威力偵察小隊からの報告の通り、ドラゴンは高度を大きく下げ、大井埠頭に迫っていた。

 『こちらオメガ01。不明飛行生物、墜落します』

 無線がそう言った瞬間、ドラゴンが地面に激突した。埠頭に無数に並べられていたコンテナを散らかしていく。大きな咆哮を上げ、尾を激しく動かすと、またもコンテナが瓦礫となり舞い上がる。

 ドラゴンはやがて、停止した。埠頭にはコンテナの残骸が四散し、あちこちで火災が起き、煙が立ち上っていた。

 そこでドラゴンが口を大きく開けた。そしてその口から炎を吐き出した。強風の吹くような音がし、炎の勢いでコンテナやクレーンがいとも簡単に瓦解し、吹き飛んでいく。事業所や倉庫などの建物が炎に包まれていった。

 「総監」

 防衛部長が呼んだ。「最終フェイズ、開始します」

 三笠はモニター内のドラゴンを一瞥した。そして視線をそのままに頷いた。「最終フェイズ開始」

 三笠の言葉を防衛部長はそのまま空自の担当者に伝えた。

 「最終フェイズに移行。再び航空作戦を開始」

 空自担当者が言った直後、スピーカーからジェットエンジンの音が聞こえてきた。モニター内では、フェイズ1で誘導弾を発射したF-2が再びドラゴンへと迫っていた。

 『(朝霞、こちらバイパー1。誘導弾発射準備完了)』

 「こちら朝霞。攻撃を許可する」

 戦闘機からの無線に空自担当者が返す。

 モニターに映し出されていた映像のアングルが上を向いた。ちょうど大井埠頭上空にF-2が近づいていた。

 『Ready now』

 無線の声とともに、F-2の機体下部から円柱が2つ投下された。

 「JDAM500ポンド、発射されました」

 投下されたJDAMは真っ直ぐドラゴンに向かう。そのドラゴンは、もう力を使い果たしたかのように弱っていた。

 『弾着、今!』

 無線の声と同時、二発のJDAMはドラゴンの頭部に命中し炸裂した。爆炎や黒煙とともに黄色い液体が溢れ出、飛び散った。数コンマ遅れて爆音が響いた。

 三笠は自ら無線を手に取り、OH-1観測ヘリコプターに繋いだ。

 「こちら朝霞。威力偵察、状況を報告せよ。送れ」

 一瞬、激しいノイズが聞こえた後、隊員の声がした。『こちらオメガ01。不明飛行生物、動き見られず。呼吸によるCO₂の排出も認めず。目標沈黙、繰り返す、目標沈黙。送れ』

 OH-1からの報告に、防衛部長が安堵のため息とともに迷彩帽子を脱いだ。

 モニターには、ドラゴンの死骸が映し出されていた。JDAMの直撃を受けた頭部には大きな穴が開いていて、空へ黒煙を吐き出していた。瓦礫で滅茶苦茶となった埠頭に、ドラゴンの黄色い体液が滝のように溢れ出ていた。ギラギラと光っていた眼球は潰れ、そこからも体液が滴っていた。


     ※


東京都立川市

立川広域防災基地 災害対策本部予備施設

緊急対処事態対策本部

 「不明飛行生物の生命活動停止が確認されました」

 報告を受けた稲見統幕長が言うと、何人かの閣僚が「よし」という声をあげた。

 「総理」

 岡峰が用紙を手に朝比奈に向かう。「都から不明飛行生物被害に対する自衛隊の災派要請がありました。よろしいですね」

 「ええ」

 朝比奈が返し、岡峰が稲見に視線を向ける。視線を受けた稲見が頷く。

 「陸自の中央特殊武器防護隊を出動させます」

 茂呂原子力規制庁長官が発言を求めた。

 「陸自の部隊にうちの職員も同行させてもらいます。至急、サーベイデータを作成する必要があるので」

 稲見が頷き、指示を受けた職員が対策本部を後にした。

 「残るは」朝比奈が静かに言う。「武装集団ですね」

 朝比奈の声に室内が静まり返る。

 「統幕長」

 橘は稲見を見た。「作戦案は?」

 橘の質問に一瞬だけ唇を噛む仕草をした稲見だったが、すぐに受話器に手を伸ばした。「お待ちを。確認します」

 稲見が受話器を取ろうとしたちょうどその時、電話が鳴った。

 突然のタイミングに僅かに仰け反った稲見は、そのまま受話器を取り、耳に当てた。「稲見だ」

 電話の相手と話す稲見の口元に全員の視線が集中する。

 「……分かった。至急対策本部(ここ)に送ってくれ」

 稲見はそう言って受話器を置いた。

 「現場の隊員から提案があったようです」

 稲見は視線を朝比奈に固定して言った。「間もなく詳細が送られてくるはずです」

 橘や朝比奈を含め、何人かが首肯する。

 数秒後、廊下の方からバタバタと足音がし、扉が開け放たれた。用紙を抱えた職員が数名入ってきた。

 扉に一番近い位置に座る田部から順に、ホッチキス留めの用紙が回されてくる。橘も西田から受け取り、朝比奈に回した。表題はシンプルに『未確認武装集団に対する殲滅作戦実施要綱(2号計画)』とあった。

 用紙をめくり、文字を追った。主体となるのは陸自の普通科連隊らしい。

 「おい!」

 そのとき、突然隣席の西田が立ち上がった。「これはどういうことだ」

 全員の視線が集中するなか、西田は用紙のある部分を指差していた。

 橘も西田が指差す箇所を読んだ。そのうち、西田の驚愕の理由がわかった。

 「こ、これは……」

 「こんなことが、できるのか」

 他の閣僚たちも驚きの声をあげる。橘も驚きを隠すことはできなかった。

 「統幕長、説明を求める」西田が尚も立ち上がったまま言った。「レインボーブリッジを破壊するとは、本気か?」

 「ええ」稲見は静かに頷いた。「このような状況で冗談など申しません」

 西田が指し示した箇所に記載された内容は、未確認武装集団をレインボーブリッジに誘導した上で橋ごと破壊する、という衝撃的なものだった。

 「総理」橘は朝比奈を見た。朝比奈は目を少し細めて用紙を眺めていた。「どう思われます?」

 橘の問いに朝比奈は用紙を円卓に置き、息を吐いた。「常識的に考えれば、あり得ませんね」

 「その通りです!」

 朝比奈の言葉に西田が即座に反応した。「こんなもの、常軌を逸している」

 だが、朝比奈がそれを手で制した。「しかし、自衛隊から出た案、という事実は無視できません」

 含みのある朝比奈の言葉に全員が注目した。そのなか、朝比奈は隣の岡峰に視線を向けた。

 「レインボーブリッジを破壊する場合、必要な手続き等は?」

 「え?あっ、はい」

 いきなりの問いかけにいつもの岡峰には似合わず動揺したが、すぐに手元の資料をめくった。

 「えー、レインボーブリッジを破壊することを想定したマニュアルは存在しませんが、封鎖を想定したマニュアルを準用すれば、関係各所への通達が必須となるでしょう」

 「具体的には?」

 「はい」岡峰が再び資料をめくる。「通達が必要なのは主に、東京都及び神奈川、千葉などの近隣自治体、各警察本部と警察庁、国土交通省鉄道局、港湾局、関東地方整備局、東京港湾局、首都高速道路株式会社、首都高速道路保有・債務返済機構、鉄道建設・運輸施設整備支援機構、ゆりかもめ株式会社並びに親会社の東京臨海ホールディングス、首都高速道路パトロール株式会社です」

 室内の何人かから唸り声が漏れた。橘も腕を組み、朝比奈のほうを向いた。

 「警察庁や国交省の管轄については対策本部(ここ)で承認できるとして、問題は各自治体と法人ですね」

 橘の言葉に朝比奈は頷き、再び岡峰に視線を向けた。「通達が必要な法人の数は?」

 「国交省の委託する法人や公社、更に下請けや孫請け業者を含めると約100社に上ります」

 岡峰の答えに室内がどよめいた。

 橘は秘書官を呼び寄せた。「オペレーションルームから至急、総務省、経産省、国交省のリエゾンで話が分かる者を集めてくれ」

 「分かりました」

 秘書官が隣室のオペレーションルームへと駆けていった。

 「それともう一つ問題がある」橘の隣で西田が言った。

 そう、この計画にはもう一つ問題があった。それは、レインボーブリッジ爆破の方法だった。

 西田が尚も続ける。「日本政府は米軍への協力要請は出さないと決めたのだ。なのになんだこれは」

 要綱に記された爆破方法は『合衆国海軍駆逐艦からの巡航ミサイル攻撃』であった。

 「ご説明いたします」稲見統幕長が立ち上がった。「あの規模の橋を破壊するためには相当量の火力が必要であり、自衛隊のみで用意するには時間的に見ても現実的ではないとの判断です」

 「だが、日本国内で米軍が展開しレインボーブリッジを破壊したともなれば、国民の印象は最悪だ。ただでさえ基地問題でデリケートな話題となっているのだ。国民感情を考えれば、今後の日米安保体制の存続にも関わる」

 「そのような政治的問題を考える余裕は最早ないと考えます」

 「統幕長」

 西田が円卓上で両手を組んだ。「それは君の意見か」

 「いえ、第一普通科連隊所属の三等陸佐からの提案です」

 西田は頷いた。「では、その三等陸佐本人から話を聞きたい」

 何人かの閣僚が小さく頷いた。しかし統幕長は首を縦には振らなかった。

 「僭越ながら大臣、それは出来かねます」

 僅かな同意を得て満足そうにしていた西田だったが、稲見の言葉に顔を引き攣らせた。

 「何故だ。テレビ電話でも何でも、手段はあるだろうが」

 「連絡手段の問題では御座いません。彼を含め現場の隊員たちは今も、未確認武装集団を殲滅せんが為、準備をしております。その邪魔をすることはとても出来ません」

 「し、しかしながら統幕長」西田の理性は崩壊寸前のようだった。「我々は国家の意思決定者だ。意思決定者に君たち情報提供者は正確な情報を伝える義務がある。伝言ゲームにはなってはならん」

 西田の言葉に今度は稲見の顔が引き攣った。だが、自衛官としての自律心または人間としての自制心で、何とか理性の崩壊を繋ぎ止めていた。

 「大臣。私は全国約24万人の自衛官すべてを心から信頼しております。そんな彼らからの提案です。軽々に『伝言ゲーム』などと仰らないで頂きたい」

 円卓上で、西田と稲見の視線がぶつかっていた。室内は緊張に包まれていた。

 「西田大臣」

 そのとき、橘の左隣で朝比奈が口を開いた。「そのくらいで」

 「いや、しかし……」

 西田は更に何か言おうとしたが、朝比奈の視線で口をつぐんだ。

 「稲見統幕長も」

 朝比奈の声に統幕長は「申し訳ありませんでした」と言い、着席した。岡田情報本部長などの自衛隊関係者の面々がほっとした表情になった。

 「私から統幕長に尋ねたい」

 緊張が僅かに弛緩した中、朝比奈が言った。統幕長は顔を上げた。

 「この作戦を成功させられますか」

 朝比奈の問いに、稲見は少し逡巡を残したまま首肯した。

 「はい。もし万が一失敗したらその時は、事後の臨時防衛監察の際に辞表を提出します」

 稲見の答えに朝比奈は深く頷いた。

 「私は自衛隊の最高指揮監督権者です。統幕長同様、自衛官を信頼しています。また、統幕長を含めすべての自衛官と共にあります」

 橘は朝比奈の言葉に思わず彼を見た。横から見た朝比奈の瞳には、今まで見たこともないような決意が感じられた。


     ※


アメリカ合衆国 ワシントンD.C.

ホワイトハウス1階 大統領執務室

 大統領執務室『オーバルオフィス』の窓から見上げる空は、徐々に明るくなっているようだった。秘書官にたたき起こされてから、はや2時間半経っていた。

 第45代合衆国大統領、アンソニー・ウィンターは視線を室内に戻した。日本が未知の集団から攻撃を受けており、そしてその正体がマルニシティア王国だとの情報が入ってから、この執務室には何人かの関係者が詰めていた。ソファーに座っているのはペイトン国防長官、モラレス国務長官、シール中央情報局(CIA)長官の三人、壁際には大統領首席補佐官のオットマン、国家安全保障問題担当大統領補佐官のテイラーが立っていた。

 「で」ウィンターは持っていた書類を執務机に放った。「これはどういうこと?」

 「先ほど日本政府からの出動要請と共に送られてきた、例の『代替案』です」

 モラレス国務長官が言った。

 ウィンターは唸った。「そもそも日本側に代替案を出せって言ったのペンタゴンでしょ。私は無視して予定通りミサイルを発射すべきだったと思うけど」

 「申し訳ありません、閣下」

 ペイトン国防長官が謝罪した。

 「お言葉ですが、大統領閣下」壁際にいたテイラー補佐官が発言した。「日本政府からの要請を無視し、ミサイル発射を強行した場合、日本国民の感情にしこりが残り、日米安保体制に否定的な世論が加速する恐れがあります」

 「まあ太平洋軍の拠点だしな」

 ウィンターの呟きに「その通りです」とテイラーが返した。

 「それに加えて」今度はオットマン首席補佐官が発言した。「日本国内のみならずアメリカ国内の穏健派や親日団体、更に野党や与党の一部からも否定的な意見が出る可能性も十分にあります。大統領閣下の再選に関わるかと」

 オットマンの指摘にウィンターは頷いた。「確かに、私の政敵にとっては絶好のチャンスだろうな」

 ウィンターは椅子に深く腰掛けた。

 「では、この代替案はどうするべきだ」

 改めて書類に目を通す。ほんとにこんなことが実現可能なのか。アサヒナは本気なのか。

 その時、電話が鳴った。執務机の電話ではない。見るとペイトン国防長官が背広のポケットから携帯電話を取り出していた。

 「失礼」

 ペイトンは一言断って電話に出た。「私だ。どうした?」

 電話口からの声に耳を傾けていたペイトンだったが、突然「何?本当か」と声をあげた。

 「何があった?」

 ウィンターの問いかけに電話を切ったペイトンが報告した。

 「日本に駐留中の我が軍の兵士たちが、この代替案への参加を志願し、ヨコタの司令部に押しかけているそうです」

 「なんだと」ウィンターは眉間に皺を寄せた。「何処から情報が漏れたんだ?」

 「分かりません」

 ウィンターは腕を組んだ。面倒なことになった。「長官」

 「はい、閣下」

 「統合参謀本部と話せるか?」

 「お待ちを」

 ペイトンはそう言って何処かに電話をかけ、何事か指示した後、ウィンターに頷いた。「繋がります」

 ウィンターは少し体を起こし、執務机の電話を取った。

 「ウィンターだ」

 『大統領閣下。ロドリゲスです』

 統合参謀本部議長のロドリゲス大将の低い声が聞こえた。

 「太平洋軍の現状を報告せよ」

 『はい。ヨコタの在日米軍司令部に我が軍の兵士約130人が押し掛け、作戦への参加を志願しています』

 「情報は何処から漏れた?」

 『目下のところ不明ですが、一部ではDIAの情報官から兵に流れたという報告もあります』

 「DIAの情報官?」

 確か、国防情報局の情報官が一人、日本政府の特別顧問としてアサヒナの許にいるはずだ。彼が日本政府にマルニシティア王国の存在を明かした。彼の仕業なのか。

 「議長」

 『はっ』

 「君はどう対処すべきと考える?」

 ロドリゲスが僅かに沈黙した。『……小官はそのようなことを申し上げる立場にはありません』

 「構わん」

 また沈黙があったあと、ロドリゲスは話し始めた。『……小官は、日本側の提案を受け入れ、即座に実行に移すことが最良の選択であると考えます』

 「そうか、有難う」

 ウィンターは受話器を置いた。

 「ロドリゲス議長は何と?」

 モラレス国務長官が尋ねた。

 「DIAの情報官から情報が漏れたという話があるらしい」

 「DIA?」

 モラレスの視線がペイトン国防長官に向く。ペイトンは動揺の色を見せ、言った。

 「国防情報局長官を呼びますか」

 「いや」ウィンターは椅子から立ち上がった「構わん」

 そのまま壁際に置かれたチェスボードの傍まで歩いた。

 「今は」オットマン首席補佐官が一歩前に出る。「日本からの提案を受け入れるか、否か。これを決定することが最優先事項です」

 オットマンの言葉にウィンターは頷いた。

 「受け入れよう」

 「閣下?」

 モラレス国務長官が驚いたように言った。「しかし、このような案を我が国が……」

 その言葉をウィンターは片手を出して制した。

 「これが失敗すれば、もうアサヒナに退路はない。我々の言う通り、巡航ミサイル攻撃を承認せざるを得んだろう」

 ウィンターはチェスボードからキングの駒を手に取った。

 「マルニシティア王国内の利権獲得も、こちらの思い通り進められる」

 キングの駒を床に放り投げた。

 絨毯が敷かれた床に「コトッ」と駒が落ちた。その音で、室内が沈黙に満たされていることが分かる。皆、納得したらしい。

 「オットマン」

 「はっ」

 オットマンがこちらを向く。

 「マルニシティア王国内での利権獲得のため準備を進めるよう、トンプソン通商代表に知らせろ」

 「承知しました」

 ウィンターは再び窓の外を見た。もう夜は明けていた。日本との時差は13時間のはずだ。東京は日が暮れているだろうか、と想像した。


     ※


朝鮮民主主義人民共和国 中和(チュンファ)

平壌(ピョンヤン)元山(ウォンサン)観光道路

 朝鮮労働党委員長のイム・ホングンは、車の後部座席でシートに沈み込んだ。自然と息が漏れ出てくる。久し振りの視察で少し疲れたのかもしれない。

 ホングンは地方の空軍基地での視察を終え、平壌に帰るところだった。行き交う車両も殆どない高速道路を、ホングンの乗ったメルセデスベンツSクラスのマイバッハは走っていた。この車はホングンのお気に入りだった。

 隣に座るイム・ミンジョンの電話が鳴った。ミンジョンは中央軍事委員会の委員であり、ホングンの実妹であった。

 「もしもし。どうかした?」

 妹が電話で話すのを横目に、ホングンは今日の視察を振り返った。基地にはロシアから輸入したミグ戦闘機や中東で手に入れた最新鋭の迫撃砲が配備されていた。兵の士気も高く、期待が持てそうだった。

 「委員長」

 いつの間にやら電話を切っていたミンジョンが声をかけてきた。

 「ん?どうした」

 「統一戦線部(トンジョンブ)より報告がありました。アメリカが日本からの出動要請を承認したそうです」

 「ほう。ついにか」

 日本が謎の武装勢力から攻撃を受けているという情報は視察に向かう車内で聞いていた。国連を通じて日本から労働党に問い合わせがあったとの報告も受けた。だが、断じてホングンの仕業ではなかった。ホングンであれば、日本の首相が変わった直後に攻撃を仕掛ける。現首相は経験豊富で手練れの政治家だと聞いていた。何処の国かは知らないが、今日本に攻撃を仕掛けるのは愚かな選択だった。

 「ウィンターも思い切ったものだな。あいつはもっと臆病だと思っていた」

 「ええ」

 ホングンは少し体を起こした。「三号庁舎に命じてくれ。我が国に事態が飛び火しないか、随時情報を確認するように」

 「分かりました」

 ミンジョンが再び電話を取り出した。

 「しかし滑稽なものだな」

 ミンジョンが電話で指示を終えた後、ホングンは微笑して言った。

 「ええ。彼らは『平和』というものに慣れすぎていたようです」

 「その通りだ」ホングンは頷き、車窓から外を眺めた。愛すべき祖国の風景が広がっている。「日本は太平洋戦争でも、本土決戦を経験していない。祖国が戦火によって蹂躙される悲しみを、殆どの者は知らないのだ」

 「彼らは今日のことから何を学ぶのでしょう」

 「そうだな」ホングンは視線を前方へ戻した。「楽しみだ」


     ※


東京都港区 台場

東京都道首都高速11号台場線 東京港連絡橋レインボーブリッジ

 篠崎の目の前では、陸上自衛隊の車輌がそれぞれの配置についていた。生き残った第一普通科連隊と、新たに加わった中央即応連隊の隊員たちが無線や弾薬のチェックを急ピッチで行っていた。片側2車線の道路に、16式機動戦闘車、96式装輪装甲車が並べられ、砲塔を敵が来るであろう東方向に向けていた。

 篠崎が提案した『未確認武装集団に対する殲滅作戦実施要綱』は統幕で承認を受け、官邸でも一部の閣僚から懸念の声が出たらしいが、首相の判断で承認。更にアメリカ大統領も承認し、実施に向けトントン拍子に進んでいた。

 日は既に暮れ、辺りは薄暗くなっていた。このあと破壊される運命にあるレインボーブリッジの明かりが、作業する隊員たちを照らしていた。

 『会敵予想時刻まであと3分』

 無線が言った。

 篠崎は鉄帽の庇を上げた。「総員!戦闘準備に入れ!」

 この作戦では、発案者である篠崎が現場の指揮を任されていた。篠崎の指示を受けた隊員たちが車輌の前に並び、小銃の準備を始める。

 「総員に告ぐ。もうまもなく会敵だ。89式小銃を連射に設定」

 無線に指示を出し、篠崎も隊員たちの列に加わる。隣に宮下がやって来た。

 「いよいよですね、三佐」

 「ああ」篠崎は頷いた。「成功するといいが」

 篠崎の言葉に宮下がため息を吐いた。「三佐がそんなでどうするんです。必ず成功させると言わなければ」

 篠崎は頬を緩めた。「そうだな」

 『敵を目視!』

 16式機動戦闘車の乗組員が無線で叫んだ。

 全員の視線が前方に向く。そこには、奴らがいた。

 明かりに照らされ輝く兜。独特の意匠が施された鎧。青白い光を微かに纏う剣、弓矢。およそ現代の兵装とは思えぬ装備。しかし、彼らによって数多くの者が命を奪われ、首都を破滅へと導いている。

 『目標との距離、約300』

 篠崎は双眼鏡で敵を観察しながら、無線に手をかけた。「早まるな。落ち着け」自身に言い聞かせる。

 敵のうち一人が、弓を構えたのが見えた。無線に叫ぶ。

 「総員、撃ち方始め!」

 真っ先に引き金を引いたのは宮下だった。彼女が5,56ミリ弾を発射するのと、敵が矢を放つのがほぼ同時だった。

 だが次の瞬間、一斉に射撃が始まった。凄まじい銃声が鳴り響き、銃弾が敵に襲い掛かる。敵は陣形を崩し、一瞬前進が止まった。その隙を篠崎は逃さなかった。

 「戦闘車、装甲車!撃てー!」

 片手で小銃の反動を受け止めながら、無線に向かって叫んだ。

 『了解。射撃する』

 応答の声と同時、頭上でドンッという轟音が響き、砲弾が発射された。白い軌跡が幾筋も敵に向かい、炸裂した。橋が揺れるほどの衝撃とともに、爆発音が轟く。

 敵は篠崎たちの攻撃に遭いながらも、前進を再開した。青白い光を纏った矢がすぐそばの地面に刺さり、コンクリートを溶かしていた。

 「総員!後進を開始!」

 篠崎は当初の予定通りに指示を出した。背後の車輌が駆動音を響かせ、後進を始める。篠崎たち歩兵も後ずさりをするように、後進する。

 これこそが、篠崎の提案した計画の第一段階、『釣り野伏せ』戦法の応用だった。

 『釣り野伏せ』とは、戦国時代の大名島津義久によって考案・実践されたとされる戦法だ。まず兵を三つに分け、二隊を左右に伏せさせ、機を見て残りの一隊が敵に正面から当たる。そして敗走を装い後退。追撃するため前進してきた敵を左右の二隊で襲撃、後退した隊も反転し攻撃することで三方から包囲、殲滅するという戦法だ。

 今回は野戦ではないため二隊の伏兵はいないが、敗走を装い篠崎たちが後退することで敵を橋の中央へおびき寄せることができるはずだった。ただし、簡単なことではない。各人の密な連携が不可欠であった。

 『装甲車、一旦停止します』

 車両が停車したことで篠崎たちも後進を止めた。このように徐々に徐々に敵をおびき寄せる。

 『後退開始』

 篠崎たちの攻撃は続き、敵からの攻撃もまた、続いていた。

 「うがっ!」

 篠崎の左前方にいた隊員の喉に敵の矢が刺さった。抜こうとして矢を掴んだ彼の手が、魔力によって溶けていった。やがて首も侵蝕され、頭部が地面に落下した。残された胴体は、首の断面から鮮血を噴き出しながらうつ伏せに倒れていった。

 飛んでくる矢の数が多くなってきた。銃声のなかでも、人間に矢が刺さる音が聞こえ、隊員が次々と倒れていった。

 「後退を再開しろ!そのまま止まるな」

 『後退します』

 再び車輌群が後退を始め、篠崎たちも続く。隊員の死体を置いてどんどん後ろへ下がって行く。

 篠崎は後方を振り返った。車輌と車輌の間から道が見える。45メートル先で道路はカーブしていた。芝浦埠頭側のループ橋に差し掛かるところだ。あそこまで行って、それから橋を落とす。

 「上森!」

 「はい!」

 篠崎の近くにいた上森三尉が返事をした。

 「本部に連絡。ミサイル攻撃の用意を!」

 「了解です」

 上森の応答に頷き、尚も小銃の引き金を引き続けた。

 敵は篠崎たちの攻撃を受けながらも、追撃するように追ってくる。彼らから見て、篠崎たちは敗走しているように見えているだろうか。ふとそんな不安に駆られた。

 「中隊長!」

 上森が篠崎を呼んだ。「着弾は7分後だそうです」

 「分かった」

 篠崎は無線を取った。

 「総員、あと7分持ちこたえろ」

 引き金を引きながら後退していく。ときどき、転がった薬莢に転びそうになる。篠崎たちと敵の間には、隊員の死体と夥しい数の薬莢が落ちていた。

 『篠崎三佐』

 16式機動戦闘車の乗組員が無線で呼びかけてきた。『まもなく待機ポイントに到着です』

 「了解した。ポイントに到着次第、予定通り停車しろ」

 『了解』

 篠崎たちは後退しているのに、敵との距離は一向に変わらない。至極当然で、それが篠崎の狙いでもあるはずだったが、それがふと不思議に感じた。或いは、何処までも追ってくる敵に恐怖を抱いているのかも知れなかった。

 『待機ポイントに到着。停車する』

 乗組員の声とともに、車輌群が停車した。それに合わせ、篠崎たちも後退を止める。だが、小銃の引き金は引いたままだ。車輌も攻撃を止めてはいない。

 「中隊長!」

 再び上森の声が聞こえる。向くと上森が指を四本立てていた。「着弾まであと4分!」

 「了解だ」

 篠崎は敵に視線を戻した。こちらが止まったことで、彼らも前進を止めていた。だが攻撃は当然続いていて、またいつ前進を始めるかも分からなかった。

 突然、篠崎の顔のすぐ横を通り過ぎ、敵の矢が戦闘車に当たった。見ると、装甲が魔力によって溶け始めていた。

 篠崎は弾倉を交換、安全装置を外し、引き金を引いた。銃弾に敵の一人が倒れるのを見ながら、早く来い早く来いと念じた。


     ※


太平洋 神奈川県沖

米海軍ミサイル駆逐艦『ベンフォールド』

 アメリカ海軍第七艦隊所属のラミレス少尉は艦内の戦闘指揮所でモニターを眺めていた。モニターには共通作戦状況図が映し出されていた。レインボーブリッジ上に、味方を表すアイコンと、敵を表すアイコンの二つが表示されていた。味方は自衛隊、敵は未確認武装集団だ。

 「ラミレス少尉」

 サンチェス大尉が呼んだ。「目標は?」

 「当初の予定通り、橋の中央付近で停止しています」

 「分かった」

 大尉は頷き、ラミレスの隣のトーマス中尉に視線を向けた。「中尉、ミサイルの状況は?」

 「はい。トマホーク8基、いつでも発射可能です」

 「了解」

 大尉は再び頷き、艦内無線を手に取った。「ブリッジ、こちらCIC。目標確認。トマホーク発射準備完了」

 『こちらブリッジ。了解。たった今自衛隊より攻撃要請が入った。トマホーク2基発射』

 「了解」

 サンチェス大尉の視線が指揮所内に戻る。「攻撃開始」

 「了解。標的を確認」

 「目標、北緯35度38分、東経139度45分」

 「火器管制システム、オンライン」

 「目標確認」

 「発射します」

 ラミレスの隣でトーマス中尉が発射ボタンを押した。

 「トマホーク発射。異常なし」

 指揮所正面のモニターに甲板の映像が映し出される。90セルある、垂直発射システムと呼ばれるランチャーのうち2セルが火を噴き、トマホーク巡航ミサイルが2基発射された。垂直に打ち出されたトマホーク2基は、白い軌跡を描きながら上空に上がり、そこから進路を北に変えた。亜音速に近い速度で2基は飛び立っていった。

 「火器管制システムを確認。異常はないか」

 「確認中」

 ラミレスたちの仕事はまだ終わりではない。再び攻撃の必要がある可能性があるため、それまでにシステムの不備を確認し、攻撃に備えなくてはならなかった。


     ※


東京都港区 芝浦

東京都道首都高速11号台場線 東京港連絡橋レインボーブリッジ

 「中隊長!まもなくミサイル到着します」

 上森が本部からの報告を篠崎に伝える。

 「分かった。総員、攻撃を続行したまま衝撃に備えろ!」

 無線に叫び、弾倉を交換する。

 「三佐!」

 宮下が南の方向を指差した。「ミサイルです!」

 宮下の指す方向を見ると、薄暗い中に微かに閃光が二つ見えた。そしてそれらは近づいてくるようだった。

 「総員、対衝撃姿勢だ!」

 篠崎が叫んだ瞬間、強烈な閃光とともに衝撃が足許を襲った。続いて轟音が響き、辺りが昼間のように明るくなった。

 橋の下から爆炎が立ち上る。二か所でだ。レインボーブリッジの吊橋部分を支える二つの橋脚にそれぞれミサイルが突っ込んだのだ。

 ギギギ、という金属同士の擦れる音が音が響き、橋が左に傾いた。

 「三佐!敵の攻撃が止んでいます」

 宮下が言った。言われてはっとした。衝撃を感じてから、篠崎たちも自然と攻撃を止めていたのだった。敵の方を見やると、かなり慌てている様子が分かった。

 「成功、か?」

 篠崎は思わず呟いた。

 だが、少し違う、とすぐ思った。何故なら、左に20度ほど傾いた橋はそのまま静止していたのだ。このままでは敵は洋上に墜ちることなく、また攻撃を再開してしまう。

 「上森!」

 篠崎は上森三尉を呼んだ。「再びトマホークを発射した場合の着弾時刻は?」

 「約4分です!」

 4分。短いようで長い。これ以上の攻撃に耐えられるかいささか不安だった。

 「三佐!あれを!」

 篠崎の前にいた別の隊員が敵の方を指す。「攻撃されます!」

 敵はバランスを立て直し、再び矢を番え出していた。

 「くそ!」

 篠崎は地面を蹴った。「総員、攻撃に備え武器を準備しろ」

 隣で宮下が小銃の安全装置を外し、篠崎も新たな弾倉を準備した。

 その時、北の方角からジェットエンジンの音がした。篠崎を含め、何人かの隊員がそちらを向く。

 「あ、あれは……」

 三つの黒い影が迫っていた。必死に目を凝らす。すると、まだ僅かに残る西日に照らされ、正体が見えた。

 「三佐!F-22です!アメリカ空軍が来てくれた!」

 そう、北の空から迫っていたのは米空軍のステルス戦闘機、F-22であった。丁度基地祭が近く、沖縄の嘉手納基地から厚木基地に来ていたということを思い出した。

 「敵、攻撃を再開します!」

 「よしみんな、ラプターの爆撃まで持ちこたえるぞ」

 篠崎の声とともに隊員たちが引き金を引いた。銃弾が再び敵を襲う。

 エンジン音が近づいてきた。見ると、機体の下部が火を噴き、誘導弾が飛び出した。

 「よおし、やっちまえ」

 篠崎は期待を込めて呟く。

 F-22から発射された誘導弾は吸い込まれるように二つの橋脚に向かう。

 「総員、対衝撃姿勢だ!」

 先ほどより幾分弱めの衝撃が加わった。またも金属の擦れる音が響き、橋が今度は右に傾く。一度傾斜が元に戻り、次の瞬間には大きく右へ傾きだした。

 敵はまたも攻撃を止めていた。そして先刻よりも慌てた様子で各人、バランスを取ろうとしていた。

 篠崎たちの頭上を3機のF-22が通り過ぎていった。上森が手を振る。

 「橋の傾斜角、45度を超えます!」

 隊員の一人が興奮気味に言った。篠崎たちのいる地点から5メートルほど先で橋が千切れ、向こう側がどんどん傾いていっていた。敵は一人、また一人と、洋上に落下していく。

 篠崎の狙い通りだった。

 「本部に連絡。アパッチを呼べ」

 「了解」

 吊橋を支えるケーブルが一本ずつ切れていく。高さ126メートルの主塔が根元から折れた。ギギーという大きな音とともに、主塔が橋梁より先に洋上へ落下した。轟音と巨大な水しぶきを上げ、2つの主塔が海に沈む。

 主塔を失った橋は更に速度を上げ、傾いていった。やがて橋脚が足許から崩壊し、橋梁が一気に沈み込んだ。そしてそのまま垂直に沈んでいき、水しぶきとともに海に飲み込まれた。

 海に沈んで尚、黒煙を上げ続けるレインボーブリッジの姿を、篠崎を含め隊員たちは呆然と眺めていた。

 『こちらP01。目標を確認した。送れ』

 無線に音声が入って来た。東からプロペラ音を響かせ、陸上自衛隊のヘリ、AH-64Dアパッチ・ロングボウが姿を見せた。

 「こちら地上班。洋上の敵に向け、機銃掃射を希望する。送れ」

 『P01。了解』

 篠崎の指示を受け、アパッチが沈んだレインボーブリッジの上空でホバリングを始める。

 『目標確認。射撃する』

 バリバリバリという発射音とともに、洋上に30ミリ機関砲が浴びせられる。水面に辛うじて浮かんでいた敵兵を一掃する。機体から無数に薬莢が散乱される。

 『篠崎三佐。応答せよ』

 96式装輪装甲車にもたれ、機銃掃射を眺めていると、本部から無線通信が入った。

 「こちら、篠崎三等陸佐です」

 『財部だ』

 連隊長の声に一気に力が抜ける気がした。『ご苦労だった』

 「しかし」篠崎は手放しには喜べない。「多くの隊員を犠牲にしました」

 財部が沈黙した。『……それは確かにそうだ。だが、彼らの犠牲を無駄にはしなかった。そうは思わんか、三佐』

 篠崎の傍に、中央即応連隊の連隊長である根津一佐が近づいてきた。無言で頷く。

 「はい」

 財部は篠崎の返事に満足したように『よし』と言った。『既に迎えのヘリが向かっている。君たちはそれに搭乗し、木更津に帰投しろ。車輌は後日回収する』

 「了解しました」

 無線が切れた。

 根津一佐が微笑を湛え、口を開く。「お見事だ、三佐」

 「光栄です」

 篠崎は踵を揃えた。

 「三佐」

 そんな篠崎に根津は顔を近づけた。「明日から明後日にかけて、陸自の部隊を『(ホール)』の向こう側、未確認地域に派遣するという噂がある」

 「えっ」

 篠崎は思わず根津を見た。「それは本当ですか」

 「警察庁に出向中の同期から聞いたんだ。可能性は五分五分らしい」

 根津は篠崎の肩に手を置いた。「派遣部隊に選ばれるといいな」

 南の空からプロペラ音が聞こえてきた。3機のCH-47ヘリが向かってきていた。あれが財部が言っていた迎えのヘリなのだろう。

 西の空を見上げた。太陽はもう、完全に沈んでいた。


     ※


東京都立川市

立川広域防災基地 災害対策本部予備施設

緊急対処事態対策本部

 「総理」

 作戦成功で対策本部内が沸く中、橘は朝比奈に椅子を近付けた。「至急、未確認地域へ交渉団を派遣し、今回の事件の賠償を求めるべきです」

 「はい」

 朝比奈の視線が岡峰内閣危機管理監に向く。岡峰は頷いた。「私も官房長官に賛成ですね。過去の歴史を見る限り、敗戦国が戦勝国に赴き、講和会議を開くのがセオリーですが、今回はそういうわけにもいかなそうですし」

 「そうですね」

 岡峰の意見に朝比奈も頷いた。

 「皆さん」

 橘は室内に呼びかけた。「これより、未確認地域内への交渉団派遣について話し合いたいと思うのですが」

 橘の声で室内が静まる。

 「交渉団というと?」

 財務大臣が訊いた。

 「未確認地域内には政治体制が整っているはずです。そうだとすれば、あちら側の首長と会談し今回の事件の賠償を求め、可能であれば友好な関係を築くべきと考えます」

 「クライム情報官」岩井外務大臣が岡田情報本部長の隣に座るクライムに問うた。「これについて、どうお考えか」

 「そうですねえ」クライムは白い顎ひげをさすった。「我々も王国軍の末端の兵士とは対話したことがありますが、王国幹部との会談は経験してませんので」

 それもそうか、と岩井が呟いた。

 「しかし一つだけ言えるとすれば」

 クライムが右手人差し指を立てる。「向こう側が今どんな情勢なのか、それがはっきりしていないため、派遣には大きな危険が伴うということです。もし、今王国が隣国と戦争をしていたら、または内戦状態であったら、リスクは計り知れません」

 クライムの意見に何人かの閣僚が頷く。

 「交渉団のメンバーは?」

 田部国土交通大臣が言った。「まさか総理を行かせたりはしませんよね」

 「まだその段階ではないと考えます」

 橘が回答する。「あくまで私の考えですが、メンバーは政府関係者を数名、それを自衛隊の部隊に守らせます。部隊の編成はプロにお任せしますが」

 「自衛隊派遣の法的根拠は?」

 西田が隣から間髪入れずに突いてくる。

 今思いついただけだ。法的根拠などなかった。

 「こちらからお答えします」

 岡峰が助け舟を出してくれた。「一つの案としてお聞き下さい。未確認地域は未だかつて人類の立ち入ったことのない地域です。そこへの入り口が我が国の領土内で開かれた。とすると、未確認地域内を日本国内と捉え、日本の法律を適用することができます」

 岡峰は一旦言葉を切った。「そう考えれば、自衛隊法第78条に基づく治安出動が可能です」

 「かなり強引ですね」

 西田が皮肉交じりに言う。

 「ええ、その通りです」

 岡峰の答えに西田が腕を組んだ。

 「総理はどうお考えですか」

 西田に視線を向けられた朝比奈は小さく頷いた。「私はもう少し詳しい話を聞きたい」

 「では」高宮防衛大臣が発言した。「うちの方から補足説明をさせていただいても構いませんか」

 「頼みます」

 朝比奈の声に、高宮の後ろで控えていた男が立ち上がる。

 「防衛省大臣官房審議官の宮地です。補足させていただきます」

 宮地が資料をめくる。「えーまず、治安出動命令の下令までの大まかな流れですが、自衛隊法第78条に定められる『命令による治安出動』の場合、同条第2項の規定により、内閣総理大臣は下令から20日以内に国会に付議し、その承認を得なければなりません。今は国会が閉会中ですので、先の防衛出動の承認のため招集される臨時国会の際、同時に承認を得ることになると考えます」

 そこで言葉を切った宮地は資料を円卓に置いた。「しかしながらここで厄介な問題が発生します」

 「厄介?」

 思わず聞き返した橘に「ええ」と宮地が頷く。

 「未確認地域内を日本国内と仮定して治安出動を命じ、その旨を政府の公式見解として発表した場合、未確認武装集団をいずれかの国家による組織的攻撃であるとする防衛出動命令下令に関する公式見解と矛盾します」

 宮地の説明に室内がざわめく。「確かにそうだ」「また野党に叩かれるぞ」といった声が聞こえた。

 「どうするんだ?」

 閣僚の声に今度は岡峰の隣にいた男が起立する。

 「内閣法制局長官の米津です。ここからは私が説明致します」

 米津は一つ咳払いをしてから口を開いた。「二つの方法が御座います。一つは防衛出動命令下令に関する公式見解から『いずれかの国家による』という文言を削除する、ということです。幸か不幸か、公式見解はまだ発表しておりませんので、何も問題はないかと」

 何人かの閣僚が唸り声をあげる。

 「更に」米津が続ける。「この文言を削除することによって、憲法との整合性、例えば交戦権の行使に当たるかどうかなどの問題を曖昧にすることができます」

 「まあ確かに」法務大臣が言う。「次の臨時国会で、野党は憲法9条に関する公式見解を必ず求めてくるでしょうから。余計な揉め事は避けたいですし」

 「それで」朝比奈は両手を組んだ。「もう一つの方法というのは?」

 「はい」米津が室内を見回す。「防衛出動命令下令に関する公式見解に『いずれかの国家による』という文言を残した上で、つまり未確認地域を国外とした上で、特措法により自衛隊の派遣を合法化する、という方法です」

 「イラクのときのように、か」

 「ええ」財務大臣の呟きに米津が答える。「イラク特措法は、イラク戦争後の同国非戦闘地域において、積極的に人道復興支援活動及び安全確保支援活動を行うことを目的として、自衛隊を派遣する、という内容でした」

 「だが、それも難しいのではないか?」

 法務大臣が言った。「あの時もかなり国会が荒れた。『戦闘地域』と『非戦闘地域』をどう分けるかで揉めたわけだ。それが今回は戦闘地域かどうかも分からん未知の土地へ派遣するわけだろう。野党は必ず猛反対するだろう」

 「仰る通りです。しかしそれに関しては、イラク特措法成立の際、当時の小泉純一郎首相が行った答弁が参考になるかと」

 全員の視線が米津長官に向く。

 「小泉総理は国会で『何処が戦闘地域で何処がそうでないのかなど、日本の首相である私に分かるわけがない。この法律に関して言えば、自衛隊が活動するところが非戦闘地域である』という趣旨の答弁を行いました」

 「それを総理に言わせるのか」

 法務大臣が非難の感情を滲ませて言った。

 「恐れながら、その通りです」

 米津の言葉を最後に室内が静まり返る。そして徐々に全員の視線が朝比奈に向いてくるのが橘にも分かった。

 米津長官の言った二つの方法。どちらにしても野党の反発は避けられず、世間からも厳しい意見に晒されるだろうと思われた。だが、何とかして自衛隊を派遣させなければならないとこもまた、事実だった。

 橘は朝比奈の横顔に視線を向けた。朝比奈は全員の視線を、黙って受け止めていた。


     ※


千葉県木更津市

陸上自衛隊木更津駐屯地

 レインボーブリッジから帰投した篠崎は、木更津駐屯地内の休憩室で休んでいた。ソファーに深くもたれ、目を閉じていた。

 「三佐」

 内田の声がした。目を開けると左目の横に絆創膏を貼った、内田の顔があった。「敵に生存者がいたみたいです」

 「なに?」

 篠崎は起き上がり、休憩室内に置かれているテレビに近づいた。上森や宮下がテレビを観ていた。

 液晶画面の中でリポーターが話している。市ヶ谷の防衛省前から中継しているらしかった。

 『未確認武装集団の生存者が発見されたということが、防衛省関係者への取材で明らかになりました。芝浦埠頭を捜索していた陸上自衛隊第32普通科連隊が3名を、洋上を捜索していた海上保安庁が1名、計4名の生存者が確認されたということです』

 「4人か……」

 篠崎は呟いた。

 『しかし、海上保安庁が発見した1名については、巡視船から降ろす際に隠し持っていた刀剣で反抗し始めたため、その場にいた警察官に射殺されました。また、刀剣によって海上保安庁の係員2名が死亡したとのことです』

 「まじか」

 篠崎は思わず言った。

 「やばいですよね」

 宮下が振り返る。「北朝鮮の工作員より凶暴ですよ」

 画面はスタジオに移り、評論家が難し気な表情でコメントしていた。

 「3人はどうなるの?」

 「あ、それは」上森が言う。「統幕にいる同期に聞いたんですが、情報本部に引き取られて取り調べをした後、警視庁に引き渡されるそうです。取り敢えず殺人罪で逮捕するそうです」

 「ふーん」

 篠崎が頷いたとき、休憩室の扉が開き、島田二曹が現れた。

 「三佐。ここでしたか」

 「どうかしたか」

 篠崎の問いに島田は親指で後方を指した。「小会議室まで来るように、と」

 「誰が?」

 島田は篠崎の耳元に顔を寄せた。「財部連隊長より上の人です」


 篠崎は小会議室の扉をノックした。

 「篠崎三佐です」

 すると中から「どうぞ」と男の声がした。財部の声ではない。

 「失礼します」

 扉を開け、室内に入ると、そこには4人の男がいた。最初に目に入ったのは財部、そして中央即応連隊の根津だ。

 「篠崎三佐か」

 正面に立つ制服姿の大男が言った。

 「はい」

 篠崎が答えると、その男も頷いた。

 「東部方面総監の三笠だ。こちらは第1師団長の松岡陸将。根津連隊長は知っているだろう」

 三笠により室内のメンバーが紹介される。それにしても東部方面総監自らとは。確か彼は不明飛行生物駆除作戦の統合任務部隊長として朝霞駐屯地にいたはず。わざわざ木更津に来たのにはよほど重要な話があるのだろう。それにこのメンツ……。

 話の内容がだいたい掴めた。

 「では全員集まったところで、早速本題に入ろう」

 果たして三笠は言った。「未確認地域への自衛隊の出動が決定する」

 篠崎の予想通りだった。横目で根津を見る。意味ありげに頷いてきた。

 「『決定した』と完了形で言えないのは、これから国会が召集され、そこで自衛隊派遣の特措法案が提出されるからだ。だが、統幕長から『今のうちに人選を済ませ、いつでも出動できるように』との命令があった」

 三笠は一旦言葉を切り、続けた。「悪いが、メンバーは私の独断で決めさせてもらった。篠崎三佐を中心とし、第1普通科連隊。中央即応集団からは中央即応連隊。根津一佐は、隊内でどの隊を派遣させるか決めてもらう」

 「了解しました」

 根津が答える。

 「三笠総監」

 篠崎は気になっていることを訊こうと発言した。「よろしいですか」

 「なんだ」

 「何故、本官が?」

 篠崎の問いに三笠はふっと笑った。「勿論、君の功績を鑑みた結果さ」

 「はあ」

 三笠は篠崎に近寄って来た。「省内では君の功績を讃え、一佐への昇格を検討する動きも出ている。これが大変名誉なことだということは分かるだろう?」

 「はい、勿論であります」

 「この任務が大変危険を伴うということは私も十分承知している。それでも、君なら、と思ったわけさ」

 「はい」

 篠崎は踵を揃えた。

 三笠は満足げに頷いた。


 「三佐」

 休憩室に戻ると、宮下が立ち上がった。「どうかしたんですか」

 「ああ」

 篠崎は未確認地域への派遣の話をした。このあと財部が隊内に周知すると言っていたから、問題ないだろう。

 「え、うそ……」

 宮下は口元を覆った。内田や上森、島田も唖然としている。

 「俺たちが行くんですか」

 「そうらしい」

 篠崎の答えに、上森はしばらく黙っていたが、やがて笑い出した。「楽しみっすね」

 「はあ?」

 宮下が上森を見た。「何を言ってるんです、三尉」

 「いや、だって。むこうはファンタジーの世界なんだろ。楽しみじゃん」

 上森の答えに篠崎も思わず笑った。

 「いいな」上森を見る。「その考え方、好きだ」

 やがて内田や島田も「楽しみだ」と笑い出した。宮下は最後まで動揺していたが、ついには頬を緩めて言った。

 「ちょっと楽しみかも」

 「だろ?」

 上森が嬉しそうに言う。

 休憩室内が思わずして笑いに包まれた。


     ※


東京都中野区

 ファンタジー作家・赤坂B六は、呟きながらパソコンのキーボードを叩いていた。

 「……皇帝は唸った。『またもやモーゼズ卿か』『はい、陛下罷免のための動議を発動する準備をしているとの情報が』側近のゲンデリアが答えた。『元老院のダニめ』皇帝は悪態を吐き、歯噛みした。……」

 区切りのいいところまで書き終えると、赤坂は原稿を上書き保存し椅子から立ち上がった。そしてつけっぱなしにしていたテレビに目を向けた。

 『東京湾岸攻撃事件の影響により、鉄道各社は運休や運行取り止めを決めています。総武本線は全線、小岩駅で折り返し運転を行っており……』

 今日はずっと事件の話ばかりだ。NHKも民放も特番を組んで放送している。赤坂はこの事件に強い関心を持っていた。今まで自分達が想像して書いてきた世界が実際にあるかもしれない。しかも異次元に、だ。興奮するなというのは無理な注文だ。

 赤坂はテレビの前から離れ、台所へ向かった。コーヒーメーカーにインスタントコーヒーをセットした。コーヒーができるまでにカップを暖めておこうと、鍋に水を張ろうとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。

 赤坂は一瞬手の動きを止めた。だが、そのあとすぐに蛇口を捻り、鍋に水を張った。来客には基本出ない主義だった。特に理由はない。強いて言えば、できるだけ世間から離れていたいからだった。

 またチャイムが鳴った。そしてまた間髪入れずに鳴る。数秒後にまた鳴った。

 赤坂はため息を吐いて玄関に向かった。サンダルを履き、玄関扉を開けた。

 「どちら様でしょう」

 扉を開けると、二人の男が立っていた。制服警官と背広を着た男だった。制服警官が口を開いた。

 「野方署の者です。赤坂B六さん、本名山川敏郎さんですね」

 「え、ええ」

 こんなときに警察が何の用だろう、と思った。警官は赤坂の答えに頷き、背広の男に目配せした。背広の男が一歩前に出た。

 「防衛省の者です」

 男は身分証のようなものを見せ、言ってきた。「我が国の安全保障上、重大な事態が発生しています。ご協力いただきたい」

 「きょ、協力?」

 赤坂は面食らった。いきなり防衛省の者だと言われ、その上協力しろとはどういうことか。男は赤坂の困惑を気にせず続けた。

 「これより市ヶ谷にご同行下さい。詳しい話はそこで」

 「え、いや、ご同行って言われても……」

 赤坂が後ずさりすると、横から制服警官が低い声で言った。

 「国家の安全保障に関わる問題です。拒否される場合、公務執行妨害罪に当たるとお考えください」

 「え……」

 赤坂は手を口許に当て、目を泳がせた。二人の男はじっと赤坂を見つめている。

 「分かりました」赤坂は目を閉じて言った。「支度しますからちょっと待ってください」

 「感謝します」

 背広の男が軽く頭を下げた。

 赤坂は玄関扉を一旦閉め、室内に戻った。スウェットからTシャツとジーパンに着替え、携帯と財布と鍵を持ち、再び玄関扉を開けた。

 「では」

 背広の男に促され、前の道まで出た。そこには黒塗りの公用車が停められていた。運転席に警官が乗り込み、赤坂と背広の男は後部座席に乗った。

 「出してくれ」

 男の指示で車が動き出す。発車してすぐ、男は携帯電話を取り出した。

 「あ、吉川です。……はい、ご同行いただいてます。……ええ、30分ほどで到着するかと……はい、了解しました」

 出発してしばらく経ち、車は新宿に入った。途端に行き交う警察車両の数が増えた。都庁が近いからかもしれない。

 やがて、市ヶ谷に入り、防衛省の建物が見えてきた。普段見慣れない自衛隊車両とすれ違った。

 防衛省正門前には、警戒のためだろう、装甲車が二台配備されていた。その横を過ぎ、車は防衛省敷地内に入った。

 「到着です」

 車が停車すると男が静かに言い、ドアを開けた。男に続いて車外に出、男の背中を追って建物内に入った。警官は車内に残っていた。

 エレベーターに乗せられ、11階まで昇った。エレベーター内は不気味なほど静かだった。

 だがエレベーターを降りると、廊下は騒然としていた。背広姿の者や迷彩服の者が入り乱れ、互いに話していた。赤坂の耳に、「人民解放軍」や「ホワイトハウス」といった単語が入ってきた。

 男は周りを気にすることなく、歩いていた。赤坂もあとに続く。

 「こちらです」

 ある部屋の前で男が立ち止まった。扉の上には「第一省議室」と書かれていた。

 室内に入ると、部屋の奥に官僚らしき人物が何名かいて、手前には赤坂と似たような格好をした人間が10名ほど集まっていた。よく見ると彼らは皆、赤坂の同業者、つまりファンタジー作家たちだった。

 「では全員集まったようなので始めます」

 部屋の奥で黒革の椅子に座っていた男が立ち上がって言った。「私は防衛省運用政策統括官の月島です。こんなときにお呼び立てして申し訳ありません」

 室内の視線が月島なる人物に向く。月島は続けた。

 「皆さんには知恵をお貸しいただきたいのです」

 「知恵?」

 作家たちの中の一人が言った。

 「ええ、知恵です」月島は眼鏡の位置を直した。「今回東京を攻撃した組織は魔法を持っているようです。魔法との戦い方をご教授願いたい」

 どよめきが起こった。

 「統括官さんよ、魔法ってあんた、本気で言ってんの?」

 「勿論私もまだ半信半疑の状態です。しかし、そうとしか考えられないとの分析結果が出てまして」

 「魔法との戦い方って、やつらと戦う気かい」

 「自衛隊を『向こう側』に送ります。今まさに臨時国会が召集されていて、未確認地域への自衛隊派遣に関する特措法が、他の全ての法案の審議に優先して審議されます。予定では明日夕方に可決、即時施行となります」

 室内が僅かに静まる。

 「まじかよ……」

 赤坂は小声で呟いた。役所が自分達のようなオタクに知恵を借りるとは。しかも、それでファンタジーの世界に飛び込もうと言うのだ。およそ、現実の話とは思えなかった。

 赤坂は全員の視線を受けている月島を見た。彼は二度三度と頷いた。

 「では皆さん、ご協力お願いします」


     ※


毎日新聞10月14日朝刊

「総務省消防庁によると、一連の事件での死者は304人(13日現在)、行方不明者は54人(同)となっている。」


読売新聞10月14日朝刊

「中国外務省は13日夜、談話を発表し、『未確認地域については国連の管理下に置き、常任理事国を中心とする調査団を直ちに組織すべきだ』との見解を示した。」 


産経新聞10月14日朝刊

「事件に対する不安から円を売る動きが加速し、急激な円安となっている。また、日経平均株価13日の終値は過去最低を記録した。」


東京新聞10月14日夕刊

「江東区への避難指示は未だ継続中で、避難生活の長期化が懸念される。避難所に避難している50代の女性は『家も店もない。これからの生活をどうするか、途方に暮れている』と話した。」


朝日新聞10月14日号外

「14日昼に衆議院を通過した『未確認地域自衛隊派遣特別措置法案』は同夕方、参議院で可決され成立した。(中略)野党の反発を公民党が数で押しきった形となり、民政党の和田代表は取材に対し『大変遺憾だ』と答えた。この法律は同法の規定により即時施行され、15日にも派遣団が出発する見込みだ。」


時事通信社10月14日付

「14日夜、未確認地域特設統合対策本部第一回会議が開催され、復興方針が確認されたほか、高宮防衛相が内閣府特命担当大臣(未確認地域対策担当)に任命された。」

 

共同通信10月14日付

「未確認地域政府交渉派遣団の団長に佐々木内閣官房副長官が就任することが分かった。」


     ※


『穴』出現から2日後

千葉県木更津市

陸上自衛隊木更津駐屯地

 小雨が降っていた。細かな雨粒が鉄帽に当たる。サーという音が響いていた。

 篠崎は腕時計を見た。時刻は11時35分。駐屯地の滑走路にて、篠崎を先頭に第1普通科連隊が整列し、その横には中央即応連隊の列があった。

 一同の前にある朝礼台に根津一佐がマイクを手に上った。

 「未確認地域特別派遣隊司令の根津だ。これより我々は、東京に攻撃を仕掛けた勢力の黒幕を捕らえに、未確認地域へと向かう。我々の任務は、今回の攻撃事件の首謀者の特定及び拘束、並びに未確認地域の環境調査だ。世界が注目している。気を引き締めていくように」

 根津はそこで一度言葉を切り、朝礼台の横に視線を向けた。

 「では、我々の警護対象者たる方々を紹介する。佐々木内閣官房副長官、美濃内閣官房副長官補、外務省総合外交政策局の新海局長、環境省自然環境局の石川調査官、未確認地域対策担当首相補佐官の原口氏だ。佐々木副長官、お願いします」

 根津の呼びかけに防災服を着た男が朝礼台に上った。

 「内閣官房副長官の佐々木です。今回の事件では多くの尊い人命が失われ、多くの損失が出ました。この事件の首謀者を許すことは断じて出来ません。どうぞ皆さん、お力をお貸しください」

 佐々木はそう言って丁寧に礼をし、根津にマイクを返した。

 根津はマイクを受け取り、再び口を開いた。

 「ではいよいよこれから、チヌーク3機に分乗し、未確認地域へと向かう。最後に注意だが、『穴』の向こう側の状況は全くもって不明だ。よってこれより先、どのような事態になるのか、一切予想できない。最悪の場合は向こう側に出て即戦闘となる。何度も言うようだが、各個気を抜かぬように」

 根津はマイクを持った手を一度下ろした。そして深呼吸をし、再びマイクに言った。

 「では出動」


 篠崎たちは政府派遣団の5名とともに1番機に搭乗した。チヌークのシートに腰を下ろす。篠崎の左に水沼一曹が、右には佐々木副長官が座った。

 『機長の関です。快適な空の旅へご案内します』

 インカムから少しおどけた声が聞こえた。機長の関とは、以前駒門駐屯地で同じ隊だった。

 「ああ、よろしく頼む」

 篠崎はそう返し、一度大きく息を吐き出した。自分を落ち着かせるためだ。

 「緊張なされますか」

 右隣の佐々木が声をかけてきた。

 「え?」

 「あ、いえ。自衛官の方もやはり緊張されるのかと思いまして」

 佐々木が申し訳なさそうに言う。篠崎の政治家のイメージとは正反対だった。政治家はもっと威張るものだと思っていた。しかし、有権者の前ではみんなこうなるのだろうか。この佐々木という男は誰の前でもこうなりそうだが。

 「緊張はしますね。特に私はだいたいいつも緊張しますよ、災派なんかでも。副長官はどうです?」

 佐々木は笑った。笑うとまだ20代のように見える。実年齢は42歳らしい。

 「尋常じゃないくらいに緊張してます。いや、恐れているのかな、単純に。選挙とはまた違った不安ですね」

 ヘリのエンジン音が高まり、ローターが回り始めた。

 「そうは見えませんよ。とても落ち着いてらっしゃる」

 「強がっているのです」

 だが実際、佐々木はとても落ち着いているように見えた。これから戦地へ赴く者とは思えなかった。

 『CP、コブラ01。送れ』

 無線が話し始めた。

 今回の派遣で使用する航空機は合わせて10機の回転翼機だ。護衛のAH-1Sコブラが3機、派遣団と装備の輸送にCH-47JAチヌークが5機、現地の足としてUH-1Jが2機だ。

 『コブラ01、CP。送れ』

 『CP。フォックストロット隊、木更津離陸。送れ』

 『コブラ01、CP。了解。離陸を許可する。送れ』

 数秒後、篠崎たちの乗るチヌークも、ローターの回転数を最大にし、離陸した。

 「いよいよですね、三佐」

 左隣の水沼が僅かに興奮した口調で言った。

 「ああ、いよいよだ。水沼、お前は楽しみか?」

 「ええ。幼少の頃より、ファンタジーの世界に慣れ親しんでおりますので」

 「なるほどな」

 木更津駐屯地を離陸した未確認地域特別派遣隊の編隊は、西に針路を取り、東京湾上を飛行していった。窓から外を見ると、眼下には東京湾が広がり、数隻の船舶が航行していた。海上保安庁の巡視船が殆どだった。

 誰も会話をすることなく、ただシートに座り、足許を見つめていた。篠崎も視線を落とし、両親のことや真知子のことを考えていた。未確認地域へ派遣されるという話は既にしていた。両親はひどく心配しながらも応援してくれた。真知子は「そう。良かったじゃん。手柄挙げて来いよ」と言った。

 『まもなく「穴」に到着します』

 無線の声に、篠崎は前方を見た。破壊されたゲートブリッジ。だが『穴』の姿は見えない。

 「関機長、『穴』は?」

 『こちら側からは見えないらしい。旋回して進入する』

 「了解」

 それからすぐに、編隊は旋回を開始した。右に大きく旋回し、『穴』の入り口に回り込む。

 「おお……」

 機内の隊員や官僚が思わず声を出す。口が半開きになる。

 漆黒の闇が浮かんでいた。空間が真っ黒な大きな口を開けていた。橋上に鎮座するように、その『(ホール)』はあった。

 『CP、コブラ01。送れ』

 『コブラ01、CP。送れ』

 『CP。ターゲットズールーを目視。これより進入する。送れ』

 『コブラ01。了解。……武運を』

 管制官の声に初めて感情が見えた。

 『こちらは根津だ。全隊に告ぐ。これより「穴」内に進入する。総員、戦闘に備えよ』

 2番機の根津の声に、隊員が89式小銃を確認する。篠崎も自分の弾倉を確認し、銃床の具合を確かめた。

 『発砲はROEに基づき、本隊への攻撃を確認したのちに許可するものとする。また、無制限武器使用許可は発令されていないので留意するように』

 ROEは部隊行動基準のことで、所謂交戦規定と呼ばれるものだ。2006年の当時の防衛庁によるROEの改定により、現場に余計な政治的判断の必要がなくなり、必要な時に躊躇いなく武器の使用が出来るようになった。篠崎は小銃を強く握った。

 『こちらコブラ01。ターゲットズールーへ進入を開始する』

 前方のコブラが前進を始めた。それに続いて、篠崎たちのチヌークも進んだ。

 正午。未確認地域自衛隊派遣特別措置法第13条第1項に基づき、未確認地域特別派遣隊は『穴』内へと進入した。


 <第3章へつづく>


 

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