日差
朝は眩しい。
それは呆れるほどに当然で、常識的なことである。
しかし、私にとってそれはとても新鮮な事に思えた。
別に私は今までその情景を見れなかったわけではない。
いくら木陰とはいえ太陽は見えるし、朝は眩しいはずだ。
しかし、何日も何週間も何ヵ月も何年も…
何度も繰り返した朝は薄暗く、思い出そうとしても脳で再生される記憶は全てモノクロだった。
それが情景のせいなのか心理のせいなのか、もしくは私がその明るい空を見ようとしなかったのか。
私自身でもよくわからない。
ただ一つ言えるのは、今朝は眩しいということだけである。
だけど、私はそれで満足だ。
今日の事を考えることができて、明日に思いを馳せることだってできる。
過去に縛り付けられた私にとって、それらは十分過ぎるほど嬉しいことであり、同時に息苦しいことでもあるのだ。
ところで、日菜はぼーっと私の方に視線を向けている。
…というか、私を見ているのだろうか。
だとすれば、なぜたろう。
数年飲食はしていないので顔にご飯粒がついているわけではないだろうし。
「あの… どうか、しましたか…?」
私がもぞもぞとした声で訊ねると、日菜は我に返ったように視線を外した。
「な、なんでも。それよりさ。」
日菜は一瞬二の足を踏んだのか黙り混むが、再び口を開く。
「映画とか興味あったりする?」
予想もしていなかった言葉であった。
なぜ映画への興味の有無を聞くことを少し躊躇ったのだろうか、などと、だからと言ってどうということでも無いことについて私は首をかしげる。
「そこそこ、ですが… どうしてですか…?」
私が相変わらずボソボソとか細い声で訊ねると、日菜は髪の毛を指に巻き付けながら頬を優しく掻いた。
「観に行かない?幽霊は座席自由な上に無料だよ。」
日菜が目をうつむかせながら頬を薄く赤らめるのをよそに、私は幾秒か阿呆面で思考を失った。
秒針の進む音が聴こえる程固まっていると、日菜が私に顔を近付けてきた。
「あー、えっと、生きてるー?」
唇の微かな震えとともに、彼女の吐息が私の頬に響いた。
私は我に返ると、まず何を言えばいいのかわからず、脳内の国語辞典を乱れ引く。
「あの、私死んでます…」
そこでようやく出たのは、そんな冷静なツッコミだった。
「あっ、ごめんそうだった。…で、どうするの?映画行…」
「行きます…!絶対行きます…!死んでも行きます!!」
彼女が「映画行くの?」と言い切るのを待たずに私は身を乗り出し、小さくか細い声に似合わない口調でそう伝えた。
対する日菜は唐突な私の返答に戸惑ったのか、少し目を引き吊っていた。
「いや、もう死んでるじゃん」