清明様の憂鬱 特別篇 青龍と天使 ⑧
なんだか体が冷たくなって暖かくなって軽くなったので目が覚めた
部屋は真っ暗で足元に黒狐が突っ伏して眠っていた
「お前 どうやって入った」俺は自分の体に毛布を巻きつけながら言った
「んー ああ お前血止めもしないで寝て結界が薄くなってたから入ったぞ」
足に包帯がまかれている
「痛むか?」
「痛い 痛い ものすごく痛い」
本当は足は痛くなかった これは俺の心の問題
「あのねえ 血が足りなくなっちゃったでしょ ルームサービスを取ったから食べなさい」
髪がしおたれてもつれてたまんまの疲れた顔で言った
いい匂いが漂ってきてお腹が減ったのに気づいて水難事故にあった人の様に
毛布を巻き付けたままテーブルに移動して食事した
やっぱり肉は美味しかった サラダにはどこかで買ってきた缶詰のアンチョビが混ぜてあった
「もう バレリーナになれない」ぶつぶつ言いながら食べた
「大丈夫すぐ直るから」狐はぼんやりとして言った
「痛い 痛い ものすごく痛い」もう一度言った
本当は足は痛くなかった これは俺の心の問題
「剣舞もできないし 漁船にものれない 新小岩にも行けない」
低い声でぶつぶつ言いながら食べた
「大丈夫すぐ直るから」狐はぼんやりとした目で言った
聞き流してやがると思ったが肉が美味しかったせいか血が足りなかったせいなのか
怒れなかった 怒るのにも体力とか気力がいる
しょうがないのでふやけたヒトデの様にフニフニしながら悪いモノをポンコツのスプリンクラー
の様に頼りなく放出しているしかない
こういう時の対処をよく心得ている狐は時々相槌をちをうって聞き流す
そうやって聞き流されて届いていないのを知っていて一人でしゃべってると現実感がなくなってきてま
すます軟体動物化が進んで自分でも何を言ってるのかわからなくなる
そんでもって自分で自分が痛くなって終わる
「俺は バレー界の北島マヤにだってなれたんだ」
「北島マヤってバレリーナだっけ?」初めて突っ込んでくれた
それから狐が少し笑ったので俺も笑った
本当に我慢強いやつだなと青龍は思ったがそれは少し違っていて
葛の葉は密かに青龍の怒った時の芝居がかった態度や単細胞を密かに面白がって気に入っていた
「大丈夫 勝てるから あとお風呂にぬるいお湯を張っといたから浸かっておいで
足も釣れるようにタオルまいておいたから」
おまけに俺の好きな物も絶妙なタイミングで差し出してくるんだ
夜には約束があるがそのころには気分は良くなっているだろう
本当はとっくに気分がよくなっているのに気づかずに青龍は思った