いつか乗り越えなければならない事
今回は戦闘が多めで割と黒い陰謀が見え隠れしたりしなかったりです。
2月4日 午前6時
教師である僕の一日は早い。八時半の職員会議になるべく間に合わなければならないからだ。六時が早いのかは人によって異なるが、少なくとも僕は早いと思う。
家が学校から離れているため、遅くとも七時半には出る。おんぼろな車内の空気は雨のせいかいつもより重く、仕事を休みたくなった。何で教師なんかになったんだろ....。
やはり今朝から何かがおかしい。蔵人や桂助、安澄も休んでいる。それに今日は生徒の様子がおかしい。誰一人僕に挨拶しようとせず、目も合わない。
異常な程疎外感を感じる。自分が自分じゃない見たいだ。
一時限目は自分のクラスの授業だが、いつもとは違い、誰一人として発言しなかった。それが更に自分自身の存在自体に対する違和感を強くしていった。
放課後。職員室ではさらに強い疎外感を感じた。まるで怪物になった気分だった。
深夜にアイスが食べたくなり、どんよりとした外へ出た。二月だというのに異常な蒸し暑さだ。最寄りのコンビニまでは徒歩五分なので車を使うまでも無い。あたりの敷地はみかん畑やビニールハウスに占拠され、家は少なく閑散としている。家も元は農家だった。
突然、なんの前触れもなく背中にど突かれたような軽い衝撃が走った。前に軽くつんのめり、反射的に振り返る。誰もいない、気のせいだろうか。
何事も無く歩き出そうとすると急に視界が狭まり、足元がふらつきそのまま前のめりに倒れた。すると背中に鋭い痛みを感じた。先ほど衝撃が走った場所だ。そしてようやく自分が刺された事に気付いた。
意識が遠退き、コンビニが遥か彼方に見える.....。
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2月4日 午後11時
昨日は桂助の家で作戦を立てたあと、ホームセンターで使えそうな物を一通り買い空き地で訓練した。
買った物はピアノ線、革手袋、長めの釘、ビニールテープ、ゴミバケツ。釘にビニールテープを巻き付け投げ易くする。ピアノ線は革手袋の指の骨が通る所に沿わせて殺傷力を上げる。また、頑張れば腕や足を切断出来るがかなり難しそうだ。
そして作戦は本日決行される。
桂助の話によると、標的である小郎という少年は非常に優しいため、やたらめったら命を奪おうとしないが、暗殺者特有の第二の人格が殺人衝動を満たそうとする。
そのとき、被害を最小限にするため人気の少ない方へ行こうとするらしい。丁度先日、小郎は人を殺しているので第二の人格が出やすいらしい。
この街で人気が少ない場所は二つ。一つは北側にある山。もう一つは東側のみかん畑だ。
二手に別れて偵察する事になった。桂助は山、俺はみかん畑を調べる事にした。
みかんの甘酸っぱい香りが鼻腔を撫で、汗で服がくっついて気持ち悪い。おまけに蚊の羽音が聴覚を攻め立てる。
妖精クルトのスキルで視覚を強化したので夜目がきき、明かりは必要無い。
それにしてもこんな夜中に抜けだしたのはかなり久しぶりだ。あれは中学生の頃、こっそりエロ本を立読みしに行ったときだったな。あれは刺激が強くてとてもじゃないが最後まで読めなかった。
思い出に浸っていると遠くに人影が見えた。よく見ると担任の霧彌宗市だ。
歩幅が不安定で右へ寄ったり左へ寄ったりと、非常に危なっかしい足取りだ。その背後にゆらりと人影が忍び寄るが、霧彌はそれに気づいてない。その人影は右手に石器のようなものを持っている。
刺される。そう思った瞬間作戦を忘れ、疾走していた。
高速移動のスキルで強化し、奴が刺される前に先手必勝でケリをつけてやる。しかし俺の高速移動でも間に合わず、少年は謎の動きで霧彌に近づき頚椎を突いた。
その直後に俺が放った蹴りは虚しく空を切り、背後を取られていた。
振り向きざまに裏拳を放ち、得意の上中下の三段蹴りを食らわせた。攻撃は全て命中し少年は大きくふらつき、追い打ちをかけようとしたとき、腹部に衝撃を受けた。
少年はいつの間にか懐に潜り込み、右手に持っている刃物で横隔膜のあたりを刺した。
「シネ....」
少年は刃物を引き抜き、三歩下がった。
呼吸が出来ない。息が苦しい。けど痛くない。
ここで、忘れていた作戦を思い出した。玩具の銃だ。相手に向けて発砲し、その音で桂助に知らせる。
銃を取り出し相手に向けると一瞬驚いた表情を浮かばせたが、玩具だと気づくと小馬鹿にしたような笑みを浮かべて油断した。それが失策とは気づかずに。
引き金を引くと静かな郊外の夜にはとてもミスマッチな爆音が鳴り響いた。程無くして親友が駆けつけるだろう。
どうやら相手もこちらの作戦に気づいたらしく逃走を計った。当然こちらの高速移動から逃げられるわけも無く、ピアノ線で拘束した....筈だった。
どうやら俺は騙されていたようだ。ピアノ線で拘束したのは担任の霧彌で、小郎の姿はどこにも無い。
「ふぁ〜....ん?動きにくいな、これは...なんだ?ピアノ線か、なんで絡まってる....ん、蔵人じゃないか、丁度いい、これ解いてくれないか?」
うちの担任はいつもやる気のなさそうな調子で話す。今回も刺されたというのにブレない人だ。いや、そこじゃない。
「あんたなんで刺されたのに生きてんだ?」
その言葉に霧彌はまゆをひそめた。
「どう言う意味だ」
慌てて話を逸らす。
「いや、何でも無い。それより紐解くぜ」
俺は昔から手先が器用らしく、よく手伝わされる。
解き終えると同時に親友が息一つ切らさず走って来た。
「...あれ、小郎は?...って、霧彌先生!?何でこんな所に?」
「それはこっちの台詞だよ。どうして未成年者がこんな夜中に出歩いているんだ。早く家に帰れ」
またいつもの調子で説教された。本当に刺されたのか?いや、それは間違い無い、この目でしっかりと見た。だが今の出来事で全て幻だったとも思える。そうなるとやはり寝ぼけた担任をピアノ線で拘束した、という事に.....。
「僕はもう面倒だから帰るよ。あと、この事は親や学校に話さないでくれよ。それと僕の名前も出さないでくれ。面倒事はゴメンだからね」
どうしてこんな奴が教師なんてやれてるのだろう。だが今回ばかりはとてもありがたい。お言葉に甘えて帰りたいところだが小郎を倒すのが先決だ。
だが、霧彌はさっき刺されて死んだ筈だ。なのに今はあんなにピンピンしている。だとすると霧彌は....。
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2月4日 午前9時
戦場。今の状況はそのまんまだ。敵勢力がいきなり事務所に押しかけ、銃を乱射しやがった。俺がいるからまだマシな方だが苦しい事に変わんねえ。俺を含めた七人の内五人も死んでる。
っぁあああ!もう五月蝿えよ!さっきから!ぶっ殺してやる!
拳銃を捨て、ショットガン二丁を手に取り、隠れていた鋼鉄製のテーブルから飛び出しながら襲撃者へ発砲する。全員見事なほど醜い顔になり倒れた。
「やれやれ、手間をかけさせてくれるねえ」
予め隠し部屋に隠れていた同僚がさも自分の手柄であると主張するかのようにため息をついた。
「テメェ何もしてねえだろ?ああ?」
俺の脅しに同僚は肩を軽く竦めるだけだった。
「それより、みんな死んじゃいましたよ。どうします?」
冷たい奴だ。きっとこんなんだから友達がいないのだろう。取り敢えずこの場から立ち去る。本部に突き出されたく無えからな。
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2月4日 午前9時
死神の通る道。ここはそう呼ばれる通りだ。死神は決まって深夜の零時に現れるらしいが昼間は至って普通の安全な通りだ。
今回昼間は休みで深夜に死神捕獲の協力をする予定なのだが、珍しく張り切って下見に来ている。というのも一度油断して死んだから次こそは気をつけようと思った
次第だ。
公園の前に来ると白昼に堂々と殺気を放っている人影があった。私は物陰に隠れて様子を見ることにする。
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2月4日 午前9時
公園で面白いものを見つけた。今ここには僕を含めた参加者の半分が集まり膠着している。
入り口の所に殺気まみれのじじい、砂場を挟んだ向こうのブランコにのんきな少女、公園の隅にある木陰に僕が昨日燃やしたコーマの犬、反対の木陰に不良のガキ、公園裏のアパートに裏切り者の歌烏藍、僕は別の家の屋根から高みの見物を決め込ませてもらおう。
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先に動いたのは少女だ。口角を歪めつつ、老人へ向けて無数の光弾を飛ばす。だが当たらない。老人が念動力で軌道を逸らしたのだ。
続いて老人が身体能力超強化のスキルを使用し、殴りかかった。少女は空に飛び立ち、余裕で躱して何処からか大量のストローを取り出して指の間に挟んだ。
そしてそれを老人に向けるとストローの穴から数え切れないほどの光弾が飛び出てホーミングする。だが老人は敢えて躱さずに全て受けきった。服は幾らか破けたが傷一つ無い。
老人は指を地面に食い込ませ、そのまますくい上げるようにして少女に飛ばした。
少女は咄嗟に顔を覆いダメージを軽減したが、いくつかの土塊が腹に直撃し、少し吐いた。ストローは地面に散らばった。
すかさずラップの芯を取り出して老人に向ける。穴から凄まじく鋭い光線が炸裂し、躱し損ねた老人の肩にラップの芯よりも少し小さい穴を空けた。
続けて発射したが全て躱される。
「使い過ぎよ!彼音!」
少女は妖精に咎められ、指鉄砲で我慢し高度を下げた。
その時だ、この戦闘に乱入者が現れた。
空から炎の玉が降って来た。着地の瞬間大爆発が起こり、その爆風で二人は公園の端に飛ばされ自らの炎も消してしまう。
「もう....我慢できねえぜ、燃やしてやる!」
体が真っ赤に火照った不良少年は老人に掌を向けて火炎の玉を飛ばした。咄嗟に躱そうとしたが間に合わず、炎が老人の体を包んだ。
「まずは一人....」
少女はラップの芯から光線を発射し、少年はよろけた。散らばったストローを浮かせて少年に向けて一斉掃射。だが、光弾は一つとして当たることは無かった。
少年は爆発した。爆風で光弾は消え、少年の姿は無く焚火があるだけだった。
「た、焚火?」
少女は戦闘中であるという事を忘れ、呆然と立ち尽くした。
焚火は少年に変身し、炎の玉を飛ばした。少女は空に逃げ、光の玉を投げ飛ばした。少年は炎の縄で打ち払い、それで少女の拘束を試みるがことごとく躱される。その隙にラップの芯から光線を発射し、胸を穿いた。少年は血を吐いて倒れ、霧散した。
老人は素早く立ち上がり、油断していた少女に近寄り頭を潰した。周囲には大量の鮮血が飛び散った。身体能力を強化している老人にとってはリンゴを握り潰すより容易かった。
パチンッ。
アパートの窓から様子をうかがっていた歌烏藍が指を鳴らした。公園は爆発し、周囲の窓ガラスは割れ、壁にはヒビが入った。きっと老人も生きてはいないだろう。
公園は消え去り、三人は公園を後にした。
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「クソッ!また死んだ!噛ませ犬してんじゃねぇぞゴルァ!?」
少年は威勢よく妖精に怒鳴った。ローマ数字の七が書かれたカードは自業自得だと言って少年は更に苛立ち、髪をむしゃくしゃにした。
「お人好しで死に、自分の力を過信して死に、もはや残機は一つ。これで成長しない奴は世界の残り屑だ。意味は分かるな?分からなけれb...」
「ああ!もう!うるせぇぞ!クソ親父かよテメェは!....ハァ」
少年はうんざりしてため息をつき、居間へ行った。ゴミは散らかり、物は壊れ、家具や天井、床や壁は埃だらけで目も当てられない。
その部屋を通り抜け外に出る。目の前には黒髪緑目の青年が立っていた。
「はじめまして。蔵人礼次だ。早速で悪いが同盟を組まないか?」
黒髪緑目の青年が見せてきたカードにはローマ数字で八と書かれていた。
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いつかこの日がくる事は知っていた。でも、別に今じゃなくてもいいんじゃないか?今じゃなきゃダメなのか?
2月4日
これは....どういう事だ?母さん、しっかり。悪ふざけにしちゃキツすぎるぜ。
ハハハ、無駄だよマザコン。彼女は死んでる。まあ大したことじゃないけどね。
これが大したことないだって?ふざけんな!人は生き返らねえんだぞ。
なら、君は人間じゃないのか。いや驚いたよ。化け物じみた事が出来る上に生き返れる自分をまだ人間だと言えるなんて。
...それは.....。確かにそうかもしれない。それより。母さんを殺したのは契約者か?
多分ね。微かだけどマナの残滓が残っている。死体の状態から見て余り時間は経っていない。探せば間に合うんじゃないか?
ああ、探すとすれば手が血だらけの奴か刃物持ちだろう。
俺はこの祭に参加して三日も経つが、どうも俺は自分がこの世界の人間では無い気がしてきた。ここにいてはいけない。でもここ以外の何処にも行けない。底無し沼に足を取られたみたいでひどく不快で鬱陶しい。
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2月4日 午前11時
死神の通る道の近くの細い路地。そこに俺とその同僚はいる。俺は馬鹿だから逃げ道の選択はそこの同僚に一任している。
「何処へ向かっている?」
何気なく質問した。同僚は霊堂組とだけ言った。
霊堂組は蒼厳組とは敵対関係にある。この一言が同僚はスパイであるという事を意味するのは俺でも理解出来た。
やがて一軒のボロ屋についた。同僚はなんの躊躇いもなく中に入り、少し広めの風呂場の蓋を取ると階段が現れた。ド○クエかよ。
その階段は地下二階ほどの深さがあった。階段を降り切ると霊堂組と書かれた看板がかかった扉が出迎えた。
扉を開けると白い髭を生やした長身痩躯の老人が立っていた。
「お久しぶりです。霊堂さん」
俺の同僚は恭しく一礼した。
「ああ、久しいのぅ」
霊堂と呼ばれた老人は俺を一通り睨め回し、手招きした。俺たちは彼に着いて行くと無骨な部屋に着いた。
「お主、フェアリーストラグルの参加者じゃの。わしらと取り引きする気は無いかね?
音黒家の出番が少ない気がする.....という訳で次回は音黒家の過去話を入れようと思います。正直音黒家は籠城なので他のキャラと絡ませにくい.....。