結束した二人、喪失した一人
2月3日 午前4時半
礼次は決意した。
やはり闘う事にした。未だに迷宮からは抜け出せないでいるが、闘わなければ平和な日常に戻れない事は理解した。
実に単純明快な答えだ。逆に、何故今までずっとかなかったのか。
ただ、勝てばいい。
学校も適当にサボる。どうせ勝てば学校に行かなくてもいいんだ。負ければどの道学校に行けない。
そうと決まれば善は急げだ。玄関の非常袋に入っている非常食をニつ拝借して一つを口に詰め込み、水で流し込む。
両腕にリストバンドをつける。これは試合前のルーティーンのようなもので、こうした方が集中出来る。
玄関のドアを開けると意外な人物の顔があった。
その人物は不機嫌そうに、しかし安堵した様子で挨拶を交わした。口調もだいぶ異なっている。
「遅いぞバカ野郎。もう少しで風邪を引くところだったぞ」
「な...なんで、お前がここにいるんだよ....」
俺は困惑し、同時に疑問が零れた。
俺の親友はこの闘いに関係ない筈だ。
俺はじゃあなと言って、親友の横を通り過ぎようとした。しかし、ある言葉が俺の足を止めた。
「礼次。君にに頼みがある」
ダメだ。ここで止まったら親友を巻き込んでしまう。
俺は逡巡した。そして....結局立ち止まってしまった。
「何だよ頼みって」
親友は一呼吸置いて切り出した。その顔には決意と哀しみの色が浮かんでいた。
「俺の弟を殺して欲しい」
俺は一瞬、時が止まったのかと思った。
殺して欲しい。どういう意味だ?
復讐の手伝いか、それは無いだろう。だとしたらあんな表情をする筈がない。
表情?何故彼はあんな表情をしていたのか。
「き、聞き間違いか?弟を、殺してくれって」
そもそも俺の親友に弟なんていたのだろうか。俺は知らない事が多すぎる。
「いや、間違ってない」
「でも、何で、そんな事....」
「フェアリーストラグル。弟はそれの参加者だ」
俺はあっけにとられた。ずっと親友は関係ないと思っていた、しかし親友が困っているならばそれを助けるのが人間だ。
この一言が無ければ、俺は親友を止めていたかも知れない。
同日 午前4時半過ぎ 桂助宅
親友の家を見たとき、最初に違和感を感じた。外観は何ら変わり無いが、何故かここに有るようで無いように感じた。
中に入るとまた違和感を感じた。今度は自分だけ場違いな場所にいる様な、例えばヤクザやマフィアのアジトに一人佇む堅気の人間、そんな感覚だ。
親友の部屋は相変わらず散らかっていた。
「お前少しは部屋片付けようぜ」
俺のボヤきに親友は皮肉っぽく答えた。
「フッ、家について一言目がそれか。わざわざ小言をありがとさん」
「へっ、しない癖によく言うぜ」
いつもの調子で言ったつもりだが、自分でも少しぎこちなかったのを自覚した。
適当な場所に座ると桂助は引き返すなら今が最後だと告げた。無論、親友の頼みを断るつもりは毛頭ない。
「ここまで連れて来といて今更だぜ、親友」
それを聞いて安心した親友は本題に入った。
「さて、さっき言った事についてだが。先に色々説明しておいた方が良いか」
俺もその方がいいと肯定した。正直弟がいる事すら知らなかった。だが、例え親友が隠していたとしても、それについて責めるつもりは無い。
「俺の実家は、東北地方の暗殺家業だ。俺は次男であいつが三男。俺は暗殺の才能が歴代最悪な代わりに、異常な程体が丈夫だったんで山奥の道場に預けられた。ちょうど五歳になった時だったな」
暗殺という単語に俺は眉をひそめた。
「あ、暗殺だって?こんな時に冗談はキツイぜ」
親友は少し苦い顔をした。そして真摯に事実を伝えた。
「いや、冗談なんかじゃないさ。関東地方の武将に北条氏ってのが居た。そいつらに仕えた風魔一族の成れの果ての一つが俺ら。」
「でも、名字が違うぜ」
「五歳のときに道場に入れられた。その時にこの真田の養子になった」
今まで親友が俺に隠してきた理由が分かった。きっと事実を知られて、嫌われたり恐がられたりするのが嫌だったんだ。
親友は、彼の弟について説明を始めた。
「弟の名前は風間小郎。俺なんかよりもずっと強かった。そのくせ俺以上に優しくて臆病だった」
親友の顔には哀れみの色が浮かんでいた。
俺は念の為、殺さなきゃならない理由を聞いてみた。
「アイツは二重人格で苦しんでいる。それを背負うにはアイツは優しすぎる。だからアイツにとって死ぬ事がせめてもの救いなんだ」
俺は実の所、こんなに思い詰めた親友を見たのは初めてだった。だからこそ力になりたいとも思った。
だが.....。
「他人の命をどうこうしようなんて権利は俺達には無いはずだ....。それは、非人道的だ....」
「ああ、そのとおりさ。だから人殺しの罪を背負うのは俺だけで十分さ」
「馬鹿言うな。俺がお前の親友なら助け合うのは当たり前だ。悩みは一人より二人で背負う方がいいに決まってる」
俺は拳を突き出した。
「うぅ...お前って奴は....ぐす....」
親友は目に涙を浮かべて俯きつつも俺の拳に拳を合わせた。
「泣くなよ、みっともない。その涙は弟に取っといてやれよ」
「という訳で、作戦を立てよう。情報を教えてくれ」
親友は涙を拭った。
「ああ、昨日の夜、東中学校のグラウンドで同い年くらいの子と闘ってた。なんか土で来た刀みたいな棒きれで闘ってたな」
東中学校と言えば俺や桂助、安澄なんかがいた中学校で、俺らがいた頃の生徒数は市内でも二番目だった。
「あと、妙に剣術が凄かった。剣道やフェンシングでは無かった」
今日初めてクルトが口を開いた。
「(恐らく、マルスやテュール、あたりだろうな。日本の神がモデルの奴では無いだろう。)」
「(何でだ?)」
「普通に喋って良いぜ」
俺は大層驚いた。
「もう一つ隠していた事があるんだが、便利だから伝えておく。俺は波動術使いだ」
俺は青い二足歩行の狼が使うやつを想像した。というかそれ以外思いつかない。
「知ってるか?クルト」
「いや、知らんな」
親友は知らなくてもおかしくは無いと前置きをして、説明を始めた。
「波動術はその名の通り、波と深く関わっている術で、頭に二本の角がある人々が伝えた術だ。ちょっと待ってて」
そう言うと親友は部屋を出て行った。
すぐに戻って来た。水の入ったコップを持っている。
「例えば、俺がこうやってコップを叩くと水面が揺れるだろ?」
親友が水の入ったコップを叩くと水面が揺れた。
「でも、俺がこうして波を止めておくと....」
彼は目を瞑って軽く深呼吸した。そして、そのコップを叩くと水面は微動だにしなかった。
「波ができない......だから何だよ!?」
俺は親友に食いついた。
「そう怒るなよ。こんな事も出来るよ」
そう言った途端、俺は何も聞こえなくなった。柏手を打ってみる。鳴らない。
そして急に聞こえるようになった。
俺は首を傾げる他無かった。
「どうだ、凄いだろ」
いや、凄いも何も人間の域を逸脱していた。俺は唖然として声も出なかった。
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2月3日 午前8時 郊外のショッピングモール
朝の勤務は非常に気怠く、とても集中できたものでは無い。というのはただの言い訳に過ぎず、どの道仕事からは逃げられない。
早く帰りたい。今思えば、中学生の頃からずっとこんな性格だった。小学生の頃はむしろ活発で情緒も豊か過ぎる位だった。一体何があったのか......。
「...い.....んぱい....先輩。時間ですよ」
微かに甘い香りが鼻腔を掠めた。目を開けると無難で動きやすそうな服を着た黒髪の美少女が私の顔を覗いていた。彼女の名は柳櫻。前日、倉庫警備の仕事をしていた柳麻友の妹で、私の直接の後輩にあたる。
私はいつの間にか守衛室のベンチで眠ってしまっていたようだ。
「ん....。もうこんな時間か....」
私はベンチに座り直すと目を擦った。
彼女は頬を膨らませていた。
「そうですよ、もうとっくに勤務時間になってます。夜、寝つけなかったのですか」
後半は心配そうにしていた。
「少し考え事をしていましてね。ですが仕事に支障はありません」
すると彼女は私の隣に座り、微笑を浮かべた。
「悩みがあるなら相談に乗りますよ、厘胴先輩」
折角の機会なので話す事にした。相談できる相手は他には両親と人事部長の寺田さんぐらいだ。両親にはもう相談したが、解決には至らず、寺田さんも忙しいのでなかなか相談できない。
「ええ、実は....」
「おい!香真!柳!もう五分も過ぎてるぞ!早く来い!二階の雑貨屋前だ!」
突然、二人の通信機が同時に怒鳴った。うちの第十三警備隊の隊長だ。怒りっぽいが、それ以外にあまり特徴が無い。
窓口の守衛さんは驚いた様子でこちらを見ていた。
「え....ちょ....あわわわわ......」
後輩は見るからに慌てていた。ここまで典型的に声まで出して慌てる人は珍しいと思う。
反面、私は冷静に対応した。
「了解。現在そちらへ移動中。さあ行きましょう」
「え....う、うん」
私は後輩の手を引いて守衛室を飛び出した。
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2月3日 午前8時 とあるマンション
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ、ガシャ。
愛用のデジタル目覚まし時計が鳴り、俺は無意識にそれを止めた。別に仕事をしている訳でも無いが、なるべく生活のリズムを崩したく無い。とは言ってもただのニートでは無いし、別段朝が早い訳でもない。
「ん....?もう朝か....」
俺はふと隣を見た。このダブルベッドのいつも俺の隣で恋人が寝ているが今はいなかった。もう起きたのだろうか。だったらかなり珍しい。
ともかくリビングへ行く。
「おっはよー!今日一緒にモール行くよっ!」
「凄くいきなりだね。何かあったの?」
小綺麗ですっきりとしたリビングで恋人は待ち構えていた。そして俺を見つけると嬉しそうに抱きついてきた。かわいい奴め。
彼女の名前は山川喜咲。高校から付き合っていて今はこの様に同棲中だ。
それにしてもいきなり面倒な事を言い出した。でも喜咲と一緒なら何処へでも行くつもりだ。たとえそれがモールでも、東京でも、地獄の果てだとしても。
「今朝、バイトが急に休みになって折角だからモールでデートでもしよっかなー、ってね」
「三分待ってて」
俺は寝室へ戻ると速攻で着替え、洗顔と歯磨き、朝食も速攻で終わらせた。
運動をあまりしていないだけに結構疲れた。
「うん、ジャスト三分。それじゃ、出発しよー」
「....朝から疲れた」
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同日 午前9時 郊外のショッピングモール
結局、時間には遅れたが幸い注意だけで済んだ。
柳とは別のフロアを調査することになった。隊長は私と柳が一緒だということが遅刻の原因だと判断したようで、柳は隊長と組む事になった。
必然的に私は隊長と組むはずだった者と組む事となった。
今日は爆発物の発見とと不審人物のマーキングなので、単独行動は厳禁だ。
「アヤシイ奴居るか?ミスター・リンドウ。」
1階の電化製品売り場に来た所でジーパンと革ジャンを着たガタイの良い黒人男性が片言で耳打ちしてきた。
彼の名はルドルフ。どっかの国からフランスに逃げ込んだ難民らしいが、何故かこんな所で働いている。
「いいえ、あなたはどうですか?」
黒人男性は軽く頷き、目配せした。目線の先にはベンチに座る少し痩けたジャージ姿の男がいる。
「....確かに、何かやりかねない気配はありますが....一応警戒しておきましょう」
「アノブロンド女もアヤシイ」
奥のフードコートのカフェで雑誌らしきものを読んでいる女性を指差した。
「遠くてよく見えませんが、あの女性がどう怪しいのですか」
「....まず、コッチに気づいてる。普通じゃナイ」
私は耳を疑った。常人ならこの距離で気付くはずが無い。そしてこの男も常人では無い
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同日 同時刻 郊外のショッピングモール
女はフードコートでファッション誌を読んでいる。髪はブロンドで後ろに纏めている。童顔なので胸がもう少し小さければ高校生でも通りそうだ。
(...感づかれちゃったかな?)
チラリと遠くの電化製品売り場を見た。パーカーを来た男と革ジャンを着たガタイの良い男が彼女を監視していた。
(迂闊に動けないのか〜。でもあの黒人、やけに感がいいわね)
そういう彼女もかなり直感が働く。彼女はそれで何度か命を拾った。今回はそうならない事を彼女は願った。
『目をつけられた、場所を変える』
耳に付けた通信機から仲間の指示が聞こえてきた。
「りょうかーい」
女はすっと立ち上がり、フードコートをあとにした。地下駐車場に向かった。スキル第六感の解放で追跡者を確認する。パーカー男が付いてきたようだ。
(ラッキー、弱そうなの当たっちゃった。糸哉君ゴメンね〜。まあどうせすぐ爆発するし、糸哉君には悪いけど死んで貰おっと)
(わぁー、ヤクザみたーい)
彼女の妖精エウロパは良く分からない褒め方(貶し方?)をした。
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同日 同時刻
ブロンド女に付いて行って気付いた事がある。足運びに合気道の気がある。
私も合気道1級だが、彼女には素手で勝てる気がしない。だがチャンバラなら誰にも負けない自身がある。警棒を忍ばせて正解のようだ。
女は地下の駐車場に着くと隅の方へ駆けて行った。私は柱に隠れて様子を伺った。
「出ておいでよ、ストーカーさん」
その口調は少し子供っぽく声色も気楽な雰囲気で、この空気とは余りにミスマッチだ。
私の心臓は跳び上がりそうになった。いままで気付かれた素振りは無かった筈だ。まさか見落としたか。
「出て来ないとモールに仕掛けた爆弾を起動させちゃうぞ」
そのノリはせめてハロウィンにやって欲しい。
やはりコイツが爆破予告の犯人だ。
「私達と交渉しませんか?」
「え〜やだよ。そんな事出来るわけ無いじゃん」
(合図はまだだけどもういいよね。あいつ殺すし)
彼女は拗ねたような口調になった。きっと私とこの人との相性は最悪だ。
「ならば、仕方ありませんね」
私は警棒を引き抜き、柱から飛び出した。しかし時既に遅く、爆発音と振動がモールとその中にいる者を襲った。
「...くっ、上手く立てません」
それは女も同様だった。揺れが収まると目に物凄い量の光が目に飛び込んで来た。
視力が回復した頃には女の姿は無く、目の前に燃え盛る剣を持ったジャージの男が立っていた。
「くたばれ、コーマの野良犬」
私の意識はそこで途切れた。
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同日 爆発の数分前
久しぶりにこんな人前に出た。議員やめたのが五年前だったから、五年振りか。その頃は随分と堕落していたが今は違う。世界再生という目的が僕にはある。この力を使えば実現は不可能では無い。
まずは手始めにこのモールを破壊する事にした。番号が隣の女と組み、計画も綿密にした。
絶対上手く行く。失敗した場合の事も考慮して、いつでも魔剣召喚出来る準備もしてある。
一つ想定外だったのは地元の警備会社コーマの連中だ。まあ、魔剣と空間切削の前にはあんな奴らゴミクズ同然だ。
さっきからコーマの連中に目をつけられている。殺るなら今か。
「目をつけられた、場所を変える」
地下に行って起爆させろ、という合図だ。女がフードコート出て地下へ向かう通路に入ったのを確認して、僕も別ルートで地下に向かう。
コーマの犬が付けて来る様子は無い。僕は少し気を抜いた。それが失敗に繋がった。
隣の階段に行こうと扉を開けた瞬間、目をつけられていた黒人の男に取り押さえられた。
「うぐっ...!」
つい情けない声を漏らしてしまった。思い切り地面に叩きつけられたのか、体に鈍痛が走った。
「バクダン何処だ?全部吐け」
こんな事態になるとは思いもしなかった。僕は混乱し、頭が真っ白になり、まともに喋れなかった。
「...あ...ああ....」
「全部吐け。バクダン何処ある?」
その時、爆発音と直下型地震のような揺れが僕の体に殺到した。あまりの爆音に僕は危うく気を失いかけた。
「Elle a explosé !?(爆発した!?)」
黒人も母国語が出ていた。揺れで隙ができたので抜け出す。そして浮遊し、魔剣を召喚した。
その刀身は燃え盛る炎のような真紅で波打っている。
「クハハハハッ、レーヴァテインだぁ〜。この状況ではベストな武器ねぇ〜」
狂気の妖精アーテーがラリったような調子で解説した。
「黙れ狂者」
僕は妖精を制したが、止まる様子は無かった。
「クハハハハ....アハッ、アハハハハハハハハハ........!....ほらほらぁ、ゴミ虫が逃げちゃうよぉ?殺さなくていいのぉ?ニィートさぁぁん!!!」
おお恐い。黒人も妖精の声に怯えて階段を駆け上がろうとしていた。だが、それをみすみす逃すつもりは無い。
剣を右に払った。それだけで階段は地獄と化した。壁と手すりは大きく亀裂が走り、階段は崩れ落ちた。さらに全体が炎で焼け爛れていた。
黒人の男は直接斬られはしなかったが既に体中に炎が周り、断末魔を上げて息絶えた。
すぐに動かなくなり、骨が所々見えかかっている。
「地下へ行くか」
浮いたままゆっくりと階段のを降り、地下駐車場についた。先程のパーカー男がうずくまっていた。
(確か奴もコーマの犬か)
「生き残りィィィィ!!!ブッ殺しちゃえええええ!!!」
妖精は相変わらず狂ったように叫んでいる。
ゆっくりとパーカー男に近づいた。パーカー男は緩やかな動作で顔を持ち上げた。
気づくと僕は剣を振り上げていた。
「くたばれ野良犬」
見事に体を真っ二つに切り分け、切断面も見せずに骨だけになった。しかし、燃えない筈の骨は無くなっていた。僕は露骨に狼狽えた。
「まさか...けい、やくしゃ?」
「そのようねぇ....契約者、全員殺して世界再生....キヒッ、キヒヒヒヒヒヒヒャハハハハハーーーー!」
女神の癖に悪魔みたいな奴だ。
「なに!?魔力が一気に減った!?」
体中から少し力が抜け、剣の炎も弱まった。
「あっらー?あいつ二番目だったみたいねぇ?キヒャヒャッ!ザッマぁ〜」
仕方ない、今日のところは帰ろう。
「パスを切れ」
「イヒヒ、りょーうかーい」
すると剣が消え、身体も浮かばなくなった。
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同日 爆発の数分前
恋人とデートに来ていた。もちろんリードしているのは彼女の方だ。
「あ、ゆうくん、ゆうくん。新しい店出てるよ!」
彼女は洒落た感じの洋服店を指さし、あそこに行こうと言い出した。答えは言うまでもなくイェスで支払いも全額俺負担だ。
「良さそうな店だね」
「最悪な店だったね....」
接客も雑で棚の配置や色遣いも適当でミスマッチ。極めつけは値段で明らかに粗悪品のTシャツが一着9,980円、ボッタクリも甚だしく俺達はさっさと出て行った。
親がデザイナーの彼女も同じ様に思っていたらしい。
「ホント最悪だったわ..。ねぇ〜、ゆうく〜ん、クレープ食べたいな〜?」
丁度俺も甘い物が食べたい気分だ。
「一緒に行く?」
「ううん、待ってる。何でも良いよ〜」
ついて来ないなんて珍しい。もしかすると、これは試されているのか?だとしたら買うのは苺かチェリーが妥当か。いや、妥当なものを選んだら幻滅されるに違いないから、ここは意外性を持たせてキウイやマンゴー、チョコレートもありかもしれない。
とにかく、すぐそこのクレープ屋に行く。
ここは少し冒険をしてマンゴーストロベリーを買う事にする。意外すぎてダメでも、無難すぎてダメでもない丁度いい組み合わせだ。
待つこと一分。クレープを受け取り席に向かう。
「あ、お帰り〜。考えるの長かったね、別に試してないのに」
「へ?」
思わず間抜けな声が漏れた。どうやら俺の一方的な勘違いだったらしい。
「それより...はい、あーん」
クレープを受け取るといつの間にか持っていたスプーンでホイップクリームをすくい、俺の口に運んできた。
「え、ちょっt....あ、美味しい。でも、公衆の面前では....その...恥ずかし...んぐ!?...あ、美味しい、っていうか俺で遊ばないで....」
俺は羞恥で軽く泣きそうになった。
「ゴメンゴメン、そんなつもりは無かったのよ。.....ヵヮィィ....」
「え?今なんて?」
「何でも無いよ」
彼女はわざとらしく横に首を振った。
「それよりこっちのクリーム減ったからそっちのちょうだい!」
彼女は俺のクレープのクリームを小動物のように食べ始めた。あまり美人な方でも可愛い方でも無いが、とても愛らしい。そんな彼女にスプーンで食えなんて言えるはずも無い。
「えへへ、ご馳走さま。さて、いただきまーす」
今の文面だけを見ると食いしん坊のように見えることだろうが、そんな事を言ったらまた縛られる羽目になる。あんな羞恥プレイは二度とゴメンだ!
俺達が仲良くクレープを食べているとき、とても怪奇で恐ろしい事が起こった。
俺達がいる席の机が大爆発した。恐らく裏に爆弾でも仕掛けられていたのだろう。
迂闊だった、俺が気付いていればこんな事にはならなかった。
気付くと自宅の寝室にいた。
「夢...だったのか?喜咲は!?」
家中を探しまわった。リビングで待ち構えていなかった。料理もしていなかったし漫画も読んでいない。
「そうだ、携帯は....」
いつもは書斎にあるパソコンの隣に置いてあるのだが、無かった。しかしそれはポケットに入っていた。
それを取り出すと迷わず喜咲に電話をかける。
『プルルル、ガチャ』
「喜咲!今どこd」
『お掛けになった電話番号は現z....』
「おい、どういう事だよ....」
時間はもう正午を過ぎていた。確か、クレープを食べたのが十時過ぎくらいだから、ここに来て二時間は寝ていた事になる。ならばスレッドが立てられていてもおかしくない頃合いだ。
予想以上に荒れていた。個人情報が飛び交い、皆混乱を極めている。だが、その原因は俺が予想していたテロリストの仕業というものでは無かった。テロならば個人情報の代わりに憶測や機密情報等が飛び交うはずだ。
個人情報の中には死亡者リストもある。そして、俺はこれを見て酷く後悔した。同時に決意を固めた.....。
喜咲を亡き者にしたテロリストを皆殺しにする..........と。
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同日 午前10時頃 香真マンション
とあるマンションの最上階にその部屋はある。一人の無欲過ぎる少年とその両親の部屋。
その無欲な少年は自分の部屋にいた。
「...畳の香り...私の部屋...」
さっきまでモールの地下駐車場にいたはずだ。
「目覚めたか、少年」
声がした。太く落ち着いていて慈愛に満ちた声だ。仰向けになった状態のまま瞼を上げると黒いカードがあった。手に取ると裏を見た。ローマ数字の2が書かれていた。
「ここまで欲の無いものがいようとはな....仏門にでも入ったらどうだ?」
皮肉なのか本気なのかは分からなかったが、一つだけ言えるのはカードが敵では無いことだ。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「そんなに固くならんでもよい。我が名はマルバス。突然ですまないが、君はフェアリーストラグルというものに参加しなければならない」
マルバスと名乗ったカードは、フェアリーストラグルの概要、そして自分が妖精だという事を説明した。
「別に私は構いませんが。特に断る理由に心当たりはありませんので」
香真厘胴は極めて自然に自らの運命に従った。それは彼自身がが賢いという理由もあるが、最大の要因は欲が無い事だった。それこそ仏門に入れる程にだ。欲が無いから自分に価値を見出だせぬが為に自身が無く、自分を卑下して生きている。変わろうとは思わず、他人にこき使われ生きている。
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同日 同時刻
「@¥$#+@¥/\?!_=$/!/$$+_::+$@@#¥\」
特殊な波長が直接脳に伝わり音に変わる。その音は声となって意味を成す。
「ああ、分かってるさ。開放されたいんだろ、その地獄から」
「\#¥_:+=!/$+=@!@@+=:¥+¥#_」
「心配するなよ、策は既に七つ思いついた。あとは波が引いて潮だまりが出来るのを待つだけだ。......うぐっゲホッゲホッ.....」
手には血がついていた。喀血だ。
「¥:.@=_/$+#!$+:/=#$@@.=+*/$**&?&??」
「なーに、復讐に辛抱はつきものだよ。満を持せ」
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前回、礼次くんが暴れるとあとがきに書きました。ごめんなさい、あれは嘘でした。さらにヤクザも出ませんでした。これらの予告は次回実現できるかも知れません。