表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

殺し合いは始まりを告げた

フェアリーストラグル2話目です。今回は戦闘シーンが多めに盛り込んであります。

2月2日 午後4時頃

 その日、礼次はゲーセンに5時間程入り浸った後、例のケーキ屋でアップルパイを食べていた。

 学校は付近に脱獄した殺人犯がいる可能性が高いらしく、臨時休校だった。

 朝から日中にかけて空を覆っていた雲は、いつの間にか無くなっていた。

 今、礼次は充実している。

 今日一日で小遣いのほとんど使ったなぁ。貯金も3割位使ったな。そう思いつつ、ゆったりと平穏に食べていた。

 礼次は無類の甘党で、毎回小遣いの半分以上が甘いものに消えていた。しかしこれ程の味覚を持つ彼でも、これまで貯金箱にまで手は出さなかったので、そこそこの金額が貯金箱にあった。

 今回このように小遣いを使ったのには理由があった。

 先日、突然家に現れ、強引に契約させられた妖精に死を宣告された。


 「あと分かってると思うが、3回死んだら終了。カードを破壊されたら植物人間になるよ」

 妖精は重要そうな事をさらりと言った。

 礼次は眠りに落ちかけたところを、慌てて跳び起きた。

 「ちょっと待てよ。3回死んだらってどういう事だ」

 「そのままの意味だよ。書いてあるだろう」

 礼次はもう一度便箋を読み返した。確かに2度だけ生還できると書いてある。

 どうやら彼はこの状況を受け入れられないようで、目が右往左往させている。やがて、妖精は優しくこう言った。

 「これは運命なんだ、人間。君次第でどうにでもなる。これをどう受け止め、これからどうするかは君次第だ」

 

 礼次にとってこの平穏は至福の時間だ。

 7個目に手が伸びた時、異変が起こった。

 時間の流れが急に遅くなった。外に気配を感じ、顔を向けると、光の玉が窓ガラスをすり抜け、礼次に向って飛んでいた。

 礼次は身の危険を感じ、紙一重のところで回避した。

 こんな真似ができるのは契約者しかいないと思い、外を見ると、少女が硬く緊張したような表情でこちらに指を向けているのが見えた。

 平穏を破壊され、怒りに震えた礼次は風の如く店を飛び出した。

 少年が少女の居る場所までかかった時間は、1秒にも満たなかったが少女はもういなかった。

 一瞬溜めを作っているのが見えたので上にいるのだと思い、上を見ると少女は4階建てビルの間の上、地上20m程を飛んでいた。

 背後から攻撃しようと思い、少女の真下まで駆けた。その間、0,2秒。

 背後には光の雨が降っていた。さらに少女の背後に跳びあがると、掛け声と共に渾身の回し蹴りを放った。

 「喰らえッ!」

 少女はビルの屋上に背中から叩きつけられ、転がっていった。

 礼次も同じビルの屋上に着地した。

 少女はふらつきつつも立ち上がり、倒れ....無かった。前に倒れようとすると、45度ほど傾いた姿勢で止まっていた。

 少女はゆっくりと立ちの姿勢に戻った。

 しかし、先程のような緊張したような様子は無く、そのかわりに目つきは悪く、とても少女が醸し出せるとは思えない雰囲気を纏っていた。

 「ふゥ、もうオシマイかよ。案外しょべェメンタルだなァ。しッかしよォ、演技ッてのは疲れるなァ?兄ちゃんよォ?ぉお?」

 その口調は挑戦的で挑発的だった。

 これはハッタリだったのかも知れないが、彼はそう考える余裕も冷静さも欠いていたため、短絡的な判断をしていた。

 「じ、人格が変わっている!?二重人格か?」

 礼次が呆気に取られているうちに、少女は空を飛んでいた。

 (クッ、スグ殴っときゃ良かった)

 少女は何か呟くと、右手に光の玉のようなものが現れ、それを礼次に投げつけた。

 それ程の速さでは無かった為、動体視力を強化していた礼次はいとも簡単にかわす。

 次に目を向けた時、少女は再び光の玉を作っていた。

 礼次は掴み掛かって飛行能力を封じるため、跳ぼうとした。

 だが、突然彼の背中に衝撃が走った。光の玉が少年の背中に当たっていた。ギリギリのところで踏み止まったので転倒は免れた。

 礼次は少女との相性が悪い事を理解した。

 少女は再び光の玉を投げつけた。少年は前転で回避し、4階建てのビルから飛び降りて、ひたすら西に逃げ、人の目も気にせず走った。

 (クソっ、遠距離で戦えねぇ。せめて銃でもあれば....。悔しい....バスケで負けた時より悔しい、今なら些細なことでも落ち込みそうだ....。)

 クルトのスキルを使用していた為、自宅まで通常走っても5分はかかるところを1分で完走した。だが、その1分は礼次にとってとても長い時間に感じられた。

 自宅の玄関に駆け込んだ。

 息切れが激しく、シャツに汗が滲んでいた。

 ちょうど玄関にいた礼次の母、麗子が目を瞬かせながら礼次を迎えていた、同時に何か聞きたそうな表情をしていた。右手には夕食に使うのであろうネギが握られていた。

 「た、ただいま......」

 少年は気まずかった。麗子はそんな少年の様子を意に介さなかった。

 「ど〜したの?そんなに息を切らして」

 少年は母を巻き込みたく無かったので、なんとか誤魔化せないかと思考を巡らせた。

 「ちょっと帰りにランニングして来た」

 「じゃああの扉の開け方は何かな?」

 彼女はいつもの優しい笑顔だったが、妙な迫力と圧迫感があった。物を粗末に扱った事を怒っているらしい。

 「悪い、喉渇いてたからつい。次から気をつける」

 「あら〜、そうだったの。今、水注ぐわね」

 麗子は台所へ行った。

 「ありがとう」

 以外とあっさり許してくれたようだ。彼はホッとして洗面台へ向かった。

 居間に戻り、麗子から水を受け取ると、一気にそれを飲み干した。麗子は彼がソファに座るように促し、彼が座ると麗子はその対面に座った。

 「...それで、本当は何があったのかな?」

 母の顔にいつもの笑顔は無く、真剣な表情をしていて、口調も改まっていた。だが、もし本当の事を話せば母は心配するかも知れない。

 いや、心配どころでは無いかも知れない。

 彼はぎこちなく話をはぐらかそうとした。

 「...秘密にしておきたい事の一つや二つ位あるさ」

 「分かったわ......でも、命が懸かっているんでしょ?」

 彼は言うまでもなく肯定ととれるほどに、動揺した。普段の礼次ならもっと上手い言い方も出来た。だが、敗走したことで心に隙が出来、結果動揺して見破られてしまった。

 彼は母に心配をかけたくなかった。母は自分の気持ちを真摯に伝えた。

 「...どんな事情かは私は分からないけれども、これだけはお覚えておいて。可愛い息子に死んで欲しく無いし、出来る事ならそんな事はやめて欲しい」

 「...懸かってねえよ。命なんて」

 彼は不器用に嘘を吐き、2階へ上がって行った。麗子はとても悲しそうな顔をしていた。


 「あれで良いのか?人間」

 妖精はいつものような見下した態度で訊いた。礼次は悲しみを堪えながら答えた。

 「...家族を....危険な事に巻き込みたく無い」 

 「俺は一向に構わないが、悔いは残さない方が良い、とだけ言っておくよ」

 妖精は意味深な発言を残し、魔力回復を早めるための休眠を取った。

 礼次は既に決心が固まっていると思っていた。しかし母に問われた事で決心が揺らぎ、亡命すら考えていた。

 だが、逃げてもルールの都合上、位置が知られる事になり、他の契約者に怯えながら暮らすことになる。

 逃げるとすれば一人だ。友達や家族は巻き込めない。

 いっその事、降参する事も考えた。だが、永遠に目覚める事が無くなる。そうなれば皆心配するだろう。

 この問いの解は至ってシンプルだ。

 だが、礼次はその正解に辿り着くことはできない。

 なぜなら、彼は自分でも知らぬうちに迷い込んでいた。彼自身の心の隙が生んだ、葛藤という名の迷宮に............。


ーーーーーーーーーーーー


同日 午後8時 住宅街

 新月で星がよく見える。しかし、この老人にとってはそんな事はどうでも良かった。彼は使役した使い魔から入手した情報を元に、下見をしに来ていた。どうやらこの妖精はガレアスという妖精に執着していたため、その契約者である音黒亜杏の根城を使い魔で特定したようだ。目的地は住宅街と呼ばれているこの場所ではなく、ここの北東の山林にある屋敷で、屋敷は既に要塞と化しているとの事だった。

 住宅街を抜けると、長く緩やかな坂道があった。長さは約3km程で、道の両側に木が連なっていた。山の東側を大きく回り、折り返して南、西と通り再び折り返して南に回るとようやく屋敷だ。

 長い坂道を登り切ると屋敷が見えた。屋敷と門はレンガ造りで、門には翼の生えた犬の像があり、不気味な洋館のようだった。薄くかかった霧がそれを助長していた。

 登ってきた道は屋敷の裏の山、北の方へと伸びていた。舗装が無かったが、それを辿って裏から要塞を観察する事にした。

 途中まで登ると横の林に入り、適当な虫を使い魔にし、視界を共有させ、屋敷に潜り込ませようとした。だが、相手もそう上手くは事を運ばせてはくれなかった。

 物音がしたかと思うと、視界の共有が切られた。使い魔の虫を殺めたのは、土で出来た人型で、背中に食事用のナイフが刺さっている。人型は老人の存在を認め、突進したが、老人は念動力で動きを止め、ナイフを引っこ抜くと、人型はボロボロと崩れていった。

 すると、突如背後から殺気を感じ、振り返ると淡く光る白髪の青年が飛び降りながら手刀を振り下ろそうとしていた。老人は咄嗟に腕をクロスさせ、ガードを試みたが、当たった瞬間に腕の骨が折れたのが分かったが、不思議と痛みは無かった。

 ベリアスのスキルの1つである身体能力超強化を発動して態勢を立て直し、左手で青年の顔面を殴り飛ばす。しかし、全く手応えが無く、青年の姿が歪むだけだった。

 青年の姿が消えたかと思うと、老人の後頭部に衝撃が走った。青年の本体が老人を攻撃し、老人は屋敷の裏庭に転げ落ちた。青年は追撃したが身体能力を強化している老人にはあたらず、拳は芝生にめり込んだだけだった。

 青年はさらに追撃し、老人は軽々とこれをかわす。

 老人は屋敷の入口から新たな気配を感じた。次の瞬間、人影がこちらに迫り、拳を突き出したが、老人は紙一重のところでかわし、後ろに引いた。

 青年の闘い方は自己流の雰囲気があったが、人影のものはどことなく空手のようだった。

 「(二人とも契約者か?)」

 「(後ノ奴ハソウダガ青年ハタダノ協力者ダ)」

 流石に2人相手は厳しいと判断し、老人は屋敷と正門を飛び越えて撤退した。2人は老人のあとを追うことは無く、屋敷に戻って行った。

 「(目当ての奴は居たか?)」

 「(アア、中ニイタ)」

 老人は相変わらず無表情で心情を読み取るのは至難だったが、ガレアスに執着しているベリアスは悔しそうだった。


ーーーーーーーーーーーー


2月2日 午前9時 音黒邸

 亜杏は仕事を休み、屋敷に籠城していた。彼女の従兄である貴慶も同様だったが、音黒家専属の家政婦である隷はいつも通りだった。


 「籠城するのも退屈だなぁ...」

 僕はジャージ姿でベッドに横たわりながら、誰に話すでもなく、呟いた。

 籠るのには馴れていると思っていたが、今はやる事が無い。退屈には勝てなかった。

 意識が段々と遠くなっていった。

 

 4時間後。空腹で目を覚ますと食堂へ降りていった。しかし、何も無かったので、厨房へ行くと隷さんが食事の用意をしてくれたのでのでそれを食べた。

 食事を終えると、なんとなく亜杏の部屋に足を運んだが、彼女は居なかった。仕方なく自分の部屋に戻ろうとすると、丁度亜杏が戻って来た。

 「あら、何か用?」

 「いや、特に無いけど」

 「今、隷さんが使い魔で偵察してくれてるから、終わったら作戦会議でもしましょうか」

 亜杏が少し疲れ気味に見えたので、僕は休みを取ったほうがいいと提案し、彼女は少し眠ると言って部屋に戻ったので、裏庭で波動術の訓練をする事にした。


 5時間後。訓練が終わったので自室で暇を潰していると、亜杏から携帯で召集がかかったので、指定された地下の製図室へと向かった。敵の使い魔に盗み聞きされるのを防ぐ為らしい。部屋には長方形の机と椅子があるだけで他に何も無かった。ドアに近い席に座ると作戦会議が始まった。

 「隷さん、報告を」

 「はい、お嬢様。今回観測出来た契約者は4名。一人は地元の青年男性、もう一人は小学生と思われる少女、あとは地元の中学生男子2名でございます。

 うち、青年と少女は交戦を確認。少女の方は注意すべきだと思われます。男子二人組は協力関係にあるものと思われます。以上」

 「少女と男性のスキルの特徴は?」

 「男子は移動系と恐らく格闘系。少女は遠距離攻撃系と飛行のスキルを保持していると推定されます」

 「中学男子のスキルはどうですか?」

 「スキルを使用していないので不明でございます。お役に立てず、申し訳ありません」

 彼女は柔らかい表情で擁護した。

 「十分役に立っていますよ。次もよろしくお願いしますね」

 「承知致しました」

 老人は心から感謝した。

 僕はこの祭りの契約者ではない。つまり、この闘いに於いては強くも無いがルールに拘束される事も無い。

 隷さんな報告を聞いた限り、小細工を使えば僕でも互角に渡り合えそうだった。特に狙い目は青年だ。

 「じゃあ、ここに籠城しつつ僕が男子高校生を抹殺するというのはどうだろうか?」

 「スキルが未知の状態で交戦しても不利なだけです」

 「僕の波動術を使えば、スキルの使用を誘発して探ることも出来るから注意して戦闘すれば大丈夫。それに、昔から細工は得意だ」

 そう言って僕はジャージのポケットから何の変哲無い白い紙切れとライターを取り出した。

 僕はそのライターで紙を炙った。

 紙は燃える代わりに爪楊枝ほどの細さに丸まった。

 「アスベストで作った紙に形状記憶合金を織り込んだのね」

 即看破された。流石天才集団ロストテクノロジー部門に居るだけある。

 ロストテクノロジー部門は変人揃いの集団だが、皆天才で頭がかなり良い。

 彼女は少し思案した。

 「...良いわ。ただし、危険を感じたらすぐに逃げて下さい」

 「例のケーキ屋の前で交戦されました」

 「それじゃあ総括。今後も籠城しつつ情報収集。兄さんは男子高校生の抹殺、或いは情報収集。以上解散」

 会議はあっさりと終了し、任務も得た。

 自室に戻って上着を羽織り、屋敷を出ようとすると、途中で隷さんに夕食のレーションを渡された。手早くレーションを口に詰めると4km離れた住宅街に下りて青年の家を探した。

 普通の人間には時間のかかる作業だが、波動術の1つである波顕と呼ばれる、波を視る技術を使えば、魔力の残骸にある波を辿り、自宅を特定出来る。


 中央通り周辺の例のケーキ屋の前に来ると辺りを見回した。

 向かいの小ビルの屋上当たりに魔力の波の塊が見え、空を突っ切っているものと、地上を走っているものとの、合計2本の線が伸びていた。

 いずれも住宅街のある西側に向かっていた。

 少女は空を飛べるので、消去法で地上を走っているものを辿ることにした。

 しばらく歩くと、正面に同じ波動術使いの気配を感じた。

 恐らく高校生ぐらいだろうか、顔立ちも良く、若干ヤンキーが入ってそうだった。

 話しかけてきた。

 「俺の友達に何か用?」

 その他人行儀な口調には殺気が込められていた。

 こちらが波動術使いである事も既に勘付かれていた。

 「ここは同族のよしみで見逃してくれると嬉しいな」

 ダメ元でわざとらしく言ってみた。

 「そう言う訳にもいかなくてね。とりあえず手合わせよろしく」

 次の瞬間、波動術使いの右拳がいきなり目の前に現れた。

 かわして距離を取ると自らを波動で強化した。

 まさかいきなり攻撃してくるとは思わなかった。

 ジャブで牽制して懐に潜り込み、ありったけの振動を腹に叩きつけた。しかし、男は波動を腹に集中させて、エネルギーが内部に届かないよう強引に外側へ留めた。

 そんな事をすれば腹筋が脆くなり、小学生のパンチでも致命傷になる。

 しかし、波動術の一つ、波の音を聴く波聴を使っても腹筋が脆くなった様子は無い。

 男は上半身を脱力した状態でジグザグに接近してきた。僕は波動を扇状に放出し、牽制した。その波動は顔面に直撃し、男の上半身が大きく仰け反った。

 俺は貫手でダメージを受けたはずの腹を貫こうとした。が、突如男の上半身がグニャリと捻れ、肩と腰を基点に攻撃してきた。

 男の左腕が右肩口を強打して、5mほど吹っ飛んだ。強化していたおかげで擦り傷と軽い打撲で済んだ。

 ポケットにはライター、石綿の紙、細工したカプセル錠、懐中電灯、催眠マスクだ。

 催眠マスクが使えそうだが、波動を受けても脆くならない体を持つ奴に通じるかどうか......。

 僕は必殺技を使ってみる事にした。近くで使えば必中で、威力も相当のものだ。

 男は、所詮そんなものかと言わんばかりの表情だ。

 きっと油断しているのだろう。むしろ好都合だ。

 体内を波動を増幅し、右腕に集中させる。その波動を電気に変換する。

 電気にも波があるから、波を操る技術である波動術によって作り出すことも出来る。だが、これには相当な技術が必要で、修得するのに3年もかかった。それほどの練度が必要とされる技だ。

 流石に男も警戒を始めた。しかし、もう遅い。

 敵に向かって疾走しその電気を目の前で撃ち出す。

 光は余り無く、高電圧の稲妻が男の体を襲った。それはまるで、拳から現れた二匹の蛇が殺到しているようだった。

 案の定、敵は力無く仰臥した。

 僕も目眩で倒れそうになったので近くの塀に寄りかかって休んだ。

 ヤンキーっぽい男は力無く笑った。

 「へへへ、完敗か......あんた、強いな...」

 僕は息絶え絶えになりながら、自嘲気味に応えた。

 「そうでも無いさ....。必殺技使って無かったらこっちが劣勢だった。それに、使っても....このざまさ」

 だが、互いを讃え合う中で不思議に思う事もあった。

 いや、その方が多い気がした。

 例えば、いつどこで波動術を身に付けたのか、どこの武術なのか。

 中でも特に気になっていたのは、武術のことだ。少なくとも空手や中国拳法には見えなかった。どこかの軍隊で採用されている格闘術か、あるいは前に文献で見た暗殺拳か。

 いずれにせよ、文献は一通り目を通した方が良さそうだ。

 気付くと男は消えていた。名前を訊いておくのを忘れていた。波動も消えていたため、本来の目的も達成出来なかった。


 屋敷に戻ると自分の部屋へ向かったが、何故かなかなか辿り着けない。

 まるで屋敷が迷路になってしまったかのようだった。

 なんとかなるだろうと思いながら適当に歩いていると亜杏がいたので声をかけた。

 亜杏は小難しい顔をしていた。

 「ごめん、亜杏。途中で敵の仲間と交戦して契約者の情報を得られなかった」

 「ええ、それはいいの。それより困った事になったわ」

 そう言って差し出してきたのはゴキブリだった。何やら縦に白い線が入っていた。

 僕はすぐに察しがついた。

 「使い魔か、それもかなり低級の」

 隷さんも使い魔を使役出来るが、これは少なくともかれのものでは無かった。

 「ええ。でも、これだけじゃないわ。目立たないところにかなり落ちてるわ。だから地下から屋敷の構造を改変したわ」

 「じゃあ蔵に案内してくれない?全く道が分からない」

 「ええ、また明日ね」

 さっさと寝ろ、という意味だった。しぶしぶ亜杏について行くと見馴れた扉が見えた。

 僕は部屋に着くなり速攻で寝た。と言いたい所だが、全く眠れなかった。

 今すぐにでも蔵の文献を漁りたい気分だった。しかし亜杏にとっとと寝ろと強制されたので、英気を養うためにも眠ることにした。

 数分後、寝ろと

 

ーーーーーーーーーーーー


同日 桂助宅

 ゲーム機とそのソフトで埋め尽された彼の部屋で、先程闘った白髪の青年の事を考えていた。

 

 あれは格闘家や軍人の動きじゃなかった。

 だが妙に喧嘩馴れしていた。俺も一応武術を修めてはいるが、身体が普通よりも丈夫なだけで決して強い方では無いと思う。

 だとしても、波動術無しならあの男よりは強いという確信はある。敗因は間違い無く謎の電撃だろう。

 先ほどの電撃を思い出した。電気椅子の何倍も痛かった。

 ともかく、奴の電撃には十分注意しよう。

 いや、そもそもどこで波動術を習ったんだ。

 やはり、異人の末裔だろうか。だが、それにしては角が無い。あそこの門下生だったとしても、人の少ないあの道場で習ったのなら、同門の1人である俺が気付かない訳が無い。

 この仮説が違っていて、あの道場の門下生から教わったにしても、あの練度はもはや下手な異人を凌いでいる

。例え才能があったとしても30年はかかる。3歳の頃からあの道場にいた俺でもあれは無理だ。

 くよくよ考えていても仕方が無い。今の俺に出来るのは影から親友を支える事だ。一旦奴の事を考えるのはやめよう。


 桂助は改めて覚悟を決め、日課である瞑想を始めた。


ーーーーーーーーーーーー

 

2月3日 午前7時 とあるマンションの1室

 そこにはある家族が暮らしていた。父は社長、母は便利屋の助手、そして2人の息子であり、今回の物語のもう一つの主人公、香真厘胴。彼の父は既に出社し、母は探偵活動で昨日からいない。

 

 私は考える。

 退屈な時間には2つの種類があると考える。1つは何もする事が無くて退屈な時間。1つは自ら創りだした退屈な時間。

 今の私は前者だろう。

 起床後にも歩いた痕跡しか残っていない。

 創った理由も特に無い。

 だが、一昨日から気になっていた事がある。

 タンスに入っていた真っ赤な封筒の事だ。親にも聞いたが、何も無いぞだの少し休んだらどう?などと、まるで本当に何も無いような態度だったので、かなり困惑した。

 危険だから開けるのはよそう。何なら今度捨てに行こう。


 わ・た・し・は・な・に・も・見・な・か・っ・た。


 という事にして。

 2時間程経過した。

 今日の勤務は12時からなので、そろそろ準備する事にした。

 勤務先でわざわざ着替えるのも面倒なので、警備用の制服に着替えた。母がいろいろ買い置きしてくれていたので冷蔵庫には食品がたんまりとあった。

 だが、ここは無難なお茶漬けにする。お湯を沸かし、ご飯をよそい、もとをかけ、最後にお湯を注ぐ。

 食後は抹茶を飲んだ。

 今思えば、あの鮮血のように真っ赤な封筒を初めて見たとき、不思議な気配がした気がした。

 開けなければいけない気もするし、開けてはいけない気もする。

 恐らくは非科学的な危険性を秘めているのだろう。

 経験の浅い私は、無意識にそのような判断を下していた。


 11時30分になった。

 ここから現場の詰め所までは徒歩15分で着く。

 余裕を持って行動するため、早めに出発する。

 今日の現場は、工場地帯の外れにある倉庫の警備だ。レアメタルを使用している基盤が入っている割には時給はそこそこらしい。

 プレハブの詰め所に着くと、血気盛んそうなが声をかけてきた。

 先輩の林さんだ。私より二年長く勤務している。

 「よう、新入り!早いな。食うか?」

 煎餅をすすめてくれた。残念ながら空腹では無かった。

 私はあまり彼を好ましく思っていない。積極的な性格で、声もはっきりしているが、何より鬱陶しい。彼は仲良くしようとしているのかも知れないが、こちらにとっては迷惑極まりない。

 「お疲れ様です、林さん。折角ですが、家で食べて来たので余り食欲はありません」

 「そうか、なら昨日野球観戦のチケット貰ったんだが、その日仕事入ってるもんで行けねえからさ、やるよ」

 林は胸ポケットからチケットを取り出した。

 しかし、野球には興味が無いので断わった。

 「そんじゃ、仕事終わったら飲みに行くか?奢るぜ」

 「私は未成年なのでまだお酒は飲めません」

 未成年者を飲みに誘う神経が知れない。

 「ハハ、堅いねぇ。ちょっとぐらいいいじゃねぇか」

 小屋の扉が開き、警備隊の制服を着た大柄な男性が入ってきた。彼は私と目が合うと軽く会釈した。

 「はじめまして。君が厘胴君か、社長から話は聞いているよ。一昨年の剣道の大会を見て感動したよ。大人相手に引けを取るどころか、勝ってしまうなんて」

 彼は割と真面目なタイプかも知れない。正直そちらの方が対応しやすくて助かるのだが。

 「ありがとうございます。あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 「おっと失礼。俺は第八警備隊の副隊長、黒田茂夫だ。主に新人の育成に力を入れている」

 「第十三警備隊、香真厘胴です。早速ですが、警備内容の説明をお願いします」

 「おいおい、まだ時間はあるんだし、もう少し雑談でもしようぜ?」

 第十二警備隊だった時と変わらず、いい加減な人だった。

 第十二警備隊は、去年の夏、隊長が不祥事を起こした為、強制解散された。私と林さんは他の隊に異動、隊長を除く残りの者は海外勤務になった。

 私は彼に非難の眼差しを向けた。

 「ハッハッハ......仕事熱心なのは良いことだ。それじゃあ、そこの机に腰掛けてくれ」

 一通り説明が終わり、私は読書をすることにした。

 林さんも諦めたのか、話しかけてこなかった。

 時間が来ると現場へと向かった。金属の塊が規則的に並んでいて、かなり殺風景だった。

 七列目に差し掛かったとき、六列目の右側の倉庫からから物音がした。

 こんな白昼に入るということは、在庫の確認だろう。

 そう判断し、そのまま通り過ぎようとした。しかし、一つの違和感を感じ、歩みを止めた。

 あまりにも静かすぎる。

 倉庫に防音設計がされていないのはさっきの説明で確認済みだ。

 鉄製のドアノブを捻ると重たい扉を押した。鍵は掛かっていなかったので、ますます不審に思った。

 短い通路だ。

 懐中電灯で辺りを照らしながら進む。

 奥とその右に扉があった。奥の扉を開けると机と棚だけの空間がある筈だった。

 いくつかのダンボールが群れ、その間から食料品の包装がちらほら見えた。

 奥まで行くと毛布で包まれた何かが置いてあった。それはよく見ると人間だった。ホームレスだろうか。

 とりあえず起こそうと体を揺すった瞬間、毛布に包まっていた人が襲いかかって来た。

 後ろに飛び退き、警棒を引き抜くとそれをこめかみに打ち込んだ。この一発で片が付いた。

 会社から支給されたトランシーバーで詰め所に連絡を取る。

 「こちら厘胴、Aの6番倉庫でホームレスらしき男性を発見しました。襲いかかって来たので気絶させてあります」

 応答したのは副隊長の黒田さんだ。

 「了解。一人そっちに向かわせるから待機していてくれ」

 「承知」

 しばらくすると警備隊の制服を着た20代くらいの女性と林さんがやって来た。背が低く、眼鏡を掛けている。

 「第八警備隊、柳麻友です。後は私達に任せて引き続き巡回をお願いしますね」

 「了解」

 それから目立った出来事は無く勤務時間が終了した。


午後8時 自宅

 家についてまず風呂に入り、適当に食事を済ませたあと。いつものように退屈な時間が戻って来た。私はいつもこうして時間を浪費している。

 玄関の戸が開く音がした。

 「ただいま」

 父が帰って来たようだ。父の帰りはいつもきっかりこの時間だ。

 「おかえり」

 実に淡白なやり取りだ。と思ったが、父は珍しく嬉しそうな表情で話しかけてきた。

 「厘胴、お前が昼に見つけた奴は脱獄犯だったようだ。警察から謝礼が来てるぞ」

 そう言って父は封筒を差し出してきた。

 いくら謝礼と言えども、どうせ3000円位だろうと高をくくっていた。しかし、出てきたのは五枚の福沢だった。

 私はしばし呆然としていた。

 「こんなに出るものなのですか?謝礼」

 「さあ、良くわからんが、殺人犯だったからからじゃないか?何にしても良い臨時収入じゃないか」

 やはり自分で調べるしか無いようだ。

 面倒くさい。できる事なら誰かが代わりに調べて欲しい。父に頼めば多分、いや絶対にそれくらい自分で調べろと言うだろう。

 とりあえず、部屋でゆっくりしよう。

 それにしても、しばらく忘れていたが、あの真っ赤な封筒が気になる。だが、好奇心と身の安全を秤にかけると、問答無用で後者が勝ってしまう。

 部屋には絨毯の代わりに畳が敷いてある。私の趣味の一つで、将来の夢は、いつも寝ている畳の上で大往生だ。

 この事を友達に話したら笑い転げていたが、何がそんなに可笑しいのだろう。

 机すら無い部屋でただ寝転がる。これ以上の幸福な退屈は無い。

 それにしても最近、ほぼ毎日同じ夢を見る。

 その夢の内容は......。


ーーーーーーーーーーーー


同日 午後8時 礼次宅 

 礼次は早々に夕食を済ませ、友達から借りた本も読まずに、布団に潜り込み、ただ、迷っていた。

 それは、突然参加させられた祭りについてだ。

 三度死ねばそこで終わり、カードが割れれば死にはしないが、二度と昏睡から目覚めなくなる。

 それは、礼次にとっては死も同然だった。

 まず、礼次はの中でたった一つの前提がある。

 それは、家族に心配をかけない事だ。

 この前提が彼の行動を大きく制限する。

 父に話せば素で笑い飛ばされて終わるが、母の場合そうはいかない。

 十中八九心配し、実家に預けられてしまうだろう。

 母の実家は、司法、立法、行政ともに繋がりの強い組織で、名を蒼厳組という。

 暴力団のような組織で、警察に指定暴力団に指定されているらしいが、構成員が捕まったなどという話は聞かない。そして、その組長の妹の娘が、母の麗子だ。つまり礼次の叔父が組長だ。

 一人で逃げるという手もダメだ。

 組を上げての大捜索になりかねない上、警察も出て来る可能性だってある。

 いっその事、自殺.....いや、それこそダメだ。心配どころじゃない。自分が死ねば自分は楽になる。だが、残された人々はどうなる?誰も悲しまないという事態にはならないだろう。

 礼次が布団から出ようとした、その時、遠くで誰かが死んだ。

 そう確信した。いや、そう記憶されていた、と言うべきか。

 根拠や過程は知らない。既に死んだ事を知っていて、その記憶について思い出したかのようだった。

 不思議と声が分かる、声変わりしてしばらくしない、中学生ぐらいだろう。

 「お、おい、じょ...冗談だろ?コr....」

 やけに鮮明だった。

 だが、礼次はそんな事、どうでも良かった。

 礼次は迷宮から出る事しか考えられなかった。

 

ーーーーーーーーーーーー 


同日 同時刻 亜志摩東中学校グラウンド

 どういう訳か、俺は今、ダチと殺し合いをしようとしている。

 どういう訳か、と言っても理由は分かっている。

 祭りとやらに参加していて、生憎と番号が離れてたもんで協力する価値なしと判断したらしい。

 俺達の友情ってそんな脆いモンだったんだな....。

 だが、俺はアイツが意地を張っていたようにしか見えなかった。俺も闘いたくない。アイツを信じたい。アイツが協力しようと言えば俺はどれだけ救われるだろう。

 こんな経験は初めてだ。

 正面には棒きれを正眼に構えたかつての友人がいた。

 背が低く、肌が白い。顔立ちも、女性として見るなら美人、男として見るなら頼りなさそうという雰囲気だ。

 第一、暗くて顔はよく見えないが、ダチの顔くらい俺でも覚えられる。 

 あれはもうダチじゃねぇ。そう自分に言い聞かせ、覚悟を決めた。

 俺の妖精は、炎の魔神イフリート。どっかのゲームかなんかで聞いた事のある名だ。その名の通り、炎を扱えるだけで無く、変身だって出来る。

 俺は念の為身体強化のスキルを使い、手の甲に炎の形をした紋章を浮かび上がらせる。臨戦態勢は整った。

 律儀にも俺のダチだった少年、風間小郎は臨戦態勢が整うのを待ってくれていた。

 

 正面には、僕の恩人。

 目付きが鋭く、やや背が高い。目付きが優しくなれば女子にもモテそうだ。

 恩を仇で返す事になるが、これも神威さんの言う前世の因果という物だろうか。

 さっきは少しキツイ言い方をしてしまったが、いつかは折り合いをつけなければいけない。しかし、頭では理解しているが、縁を切るのは抵抗がある。

 僕も正直、乱太くんとは闘いたくない、きっと乱太くんも同じ筈だ。今ならまだ間に合う、踏み止まれる。

 (殺せ....奴は悪人だ。貴様の障害だ。我々から吾輩を切り離そうとしている....殺せ!!!)

 (やめろ。お前は関係ない、悪魔め。)

 僕はもう一人の自分を黙らせた。実家が暗殺家業でどうしても後天性の二重人格になる者も多い。僕もその一人だ。

 釈迦の呼吸で精神を統一。友達を失う覚悟を決めた。

 テュールのスキル、刀剣変成で足下に広がるグラウンドの土を材料に、木刀を作る。だが、これでは木刀と言うより鈍器に近い。

 形は歪になってしまったが、剣術のスキルで何とか扱える。体が無意識にバランスのとれた型、正眼の構えとなる。

 しばらくして、乱太くんも臨戦態勢に入った。

 彼も覚悟は決まっていた。だが、少しだけ迷いの片鱗を感じた。

 すり足で近寄り、肩口の辺りを斬り払う。

 乱太くんは飛び退いた。同時に両手から炎の矢を飛ばして来た。

 「フレイムファイアー!」

 それを切り落とすと武器が脆くなり崩れた。

 やはり練習しておくべきだった。

 崩れた武器を捨て、二本目を作ろうとすると乱太くんの燃えている拳が向かって来た。それを身軽な足取りでかわし、隙を見て掌を打ち込み距離をとる。

 すかさず二本目を作り直し、同時に小太刀サイズの三本目も作る。足を軽く開き、右足を少し引く。右手の二本目を上段に構え、小さめに作った三本目を正面に突き出す構えを取った。

 乱太くんは僕の周りに円を描くように回りつつ、炎の矢を撃ってきた。今度は小刀で斬り流しながら近付く。だが、やはり彼は喧嘩慣れしている。

 「フレイムロープ!」

 打刀の間合いに入る手前で鎖状の炎で攻撃してきた。小刀は絡め取られた。同時に出来た隙を逃さず、間合いを詰めて頭に打ち下ろすフェイントをかけた。

 彼は俊敏に反応し、横にかわす。彼はその勢いでソバットを放ち、僕は強引にそれを打ち払おうとした。

 その時、声がした。

 (右に跳べ!)

 僕は声に従い、全力で横に飛び退いた。声の主はテュールだった。

 彼の足裏から火柱が立ち、10m程の焦げ跡が生まれた。

 (今だ!)

 僕は斬りかかった。打ち下ろした打刀は見事に左足を砕き、刀も崩れた。友人の左の掌はこちらを向いていた。

 手刀で左手を払い飛ばした。

 右拳が飛んで来たが、その拳はもはや燃えていなかった。恐らくさっきの左手はハッタリだったのだろう。

 拳を左手で受け止め、そのまま二の腕を掴んで投げた。

 友人は力無く倒れ、いつも通りに話した。痛そうな気配は無かった。

 「クハハッ。お前、実は結構強えだろ?」

 暢気なものだ。自分が殺されようとしているのに、いつものように話した。

 その事が今は辛い。殺すのを躊躇ってしまう。日常に戻りたい。

 (だから、友を作るなと言っただろう。我々に友など必要無い。ただ、命を奪取し、報酬を得る。ただの殺人人形だ)

 違う。

 僕は人形なんかじゃない。

 僕はれっきとした人間だ。

 お前なんて.............消えてしまえばいいのに。

 

 少年は人格が入れ替わった。こうなってしまえば目的を達するまで彼は正気に戻らない。

 四本目の打刀を作る。その刀身は月光を反射し、繊細に光っている。さっきとはまるで出来が違う。

 「ハハッ、こいつはスゲェー。さっきとは大違いだ」

 乱太は少年が四本目を作った理由に気付かなかった。

 刀を持った少年は先程と違い、何の苦しみも無ければ躊躇すら無い。

 その刀を両手に持ち、高く構えた。

 「お、おい、じょ...冗談だろ?コr....」

 少年が無抵抗の友人を断頭した。

 客観的に見ればそうだろう。しかし、心理学的に見たのならそうはならないのだろう。

 少年は自らの中にいる全く別の人格によって無抵抗の友人を断頭させられた。

 本物の少年はこの事象をそのように解釈した。

 断頭された少年の姿は無くなっていた。

 一人残された少年は月を見上げた。

 満月と半月の中間。

 少年は虚しさと同時に達成感を感じていた。

 どちらが本物の自分なのだろう。

 本当の自分は乱太の友達の方だと確信している。だが本物だという保証は何処にも無い。

 新たに因果を背負った少年はこれ以上考えなかった。いや、考えたく無かったのかも知れない。

 

ーーーーーーーーーーーー 

 

同日 同時刻 乱太宅

 友人に断頭されたはずの少年、江内乱太は部屋の真ん中に寝転がっていた。

 少年は驚いて起き上がり、妖精に尋ねた。

 「イフリート。俺死ななかったか?」

 イフリートと呼ばれた妖精は気怠そうに答えた。

 「死んだ。クビをスパッと断たれてな。おかげで力が出ねぇさ」

 「なら、何で生きてんだ?」

 「紙見ろ、紙」

 妖精はご機嫌斜めだった。

 「おい待てよ!......チッ、何だよ」

 妖精は答えなかった。乱太は足元にある便箋をもう一度読んだ。今生きている原因は解かった。

 だが、彼は戸惑いを隠せなかった。

 

 乱太と乱太を殺した少年小郎が出会ったのは去年の入学式の時だ。少年は東北地方からの転入生としてこのまちに来た。

 最初の頃、乱太は小郎と余り仲良くしたいと思わなかった。

 二人が友達になったきっかけは体育の授業だった。彼らの学校ではバスケットボールが盛んで、学校側も力を入れている。

 何回目かの授業で模擬試合があった。その試合での二人の連携は見事な物だった。それからというもの、二人は学年でも指折りの仲良しになり、二人の周りにも自然と人が寄ってくるようになった。

 その時はまだ知らなかった。小郎がこの街に来た真の理由を


 「俺を殺した奴は....何だ?」

 

ーーーーーーーーーーーー


同日 とある密室

 50m四方の空間の真ん中に、精悍な顔つきのたくましい男が、彼さえも見劣りしてしまいそうな豪華な椅子に腰をおろしている。

 男は正面の壁一面を覆い尽くす巨大なディスプレイに映る人々を鑑賞していた。

 「おお!今の見たか!***。って、いないのか?あぁ、また逃げられてしまったか...」

 妻に逃げられた夫のようだった。いや、間違ってはいない。

 「あなたも懲りませんね。さっさと諦められて、新しい妻をめとるのがよろしいでしょうに。」

 和服の少年が突如として現れた。まるで、今までずっと影の如く潜んでいたようだった。

 男は別段驚いた様子は無かった。

 大きな男は楽観的に笑い飛ばす。

 「大臣みたいだな、お前は。アイツもその内戻ってくるさ...。ほら戻って来た」

 隣には華奢で知的な女性が立っていた。頬にはホイップクリームが付いていた。

 「ハッハッ。パフェでも食ってきたのか?だったら一言ぐらい声を掛けてくれてもいいだろうに」

 女生は少しも表情を動かさずに、声に抑揚をつけて夫に説教した。

 「ええ、三杯程。声もかけましたし肩も叩きました。それなのにあなたは画面に夢中で気付きもしない。第一あなたは部下や仲間の話を聞かずに自分勝手に振る舞って、それだからクーデターなんてものが起こるのよ。あと部屋も散らかりすぎよ。少しはメイドの気持ちくらい考えてあげたらどうかしら?更に言うとクーデター加担者全員死刑はやり過ぎ、大事な労働力を失って徴兵にも支障をきたし、国力の低下に繋がり存続自体危うくなりますし国民の不満も高まります。」

 男は妻の痛烈な説教じ心を打ち砕かれ、魂が抜けてしまったようにぐったりと倒れた。

 和服の少年は呆れて苦笑した。

 「ははは....。許してあげては?母上」

 華奢な女生は初めて優しく微笑んだ。

 「そうね。でも***、そんなあなたでも、私は愛おしく思うわ」

 すると男の顔に生気が戻り、目に涙を浮かべた。

 「お、お前......」

 (これは傀儡になりかねませんね。恐ろしい母上だ)

 和風の少年は内心冷や冷やしていた。

 男に釘を差す。

 「でも、あなたが真に国王ならば改められた方が良いでしょうね。自堕落でだらしないだけの***は嫌いになりますよ」

 「ぜ、善処致します....ハイ」

 その時、少年が友人を断頭した。

 国王はディスプレイに向き直る。王妃である華奢な女性も、その息子である和服の少年も同様だった。

 「殺し合いは始まりを告げた。さあ、次はメインディッシュのお出ましだ。存分に味わおうじゃないか」


登場キャラクターは今後ぼちぼち増やしていく予定です。

次回は礼次くんが暴れます。そして、1話に出てきたリア充が爆発します。ヤクザも出てきてその同窓のニートも出てきて黒幕もチラッと出て来るかも、と結構盛っていく予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ