表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

崩れゆく日常

はじめまして。花蕾椎餓です。小説初挑戦なので、文章的におかしいところもあると思いますが、頑張って行きたいと思います。

小説を書こうと思ったきっかけは、読書が好きだからです。

長いです



 「...今回は大豊作だ」

 黒いコートを羽織った長髪の男は夜の澄んだ空に浮かび、異形の群がる足下を上機嫌に見下ろしていた。

 場所はとある港。

 異形は唸りながらボーッと突っ立っていた。

 男は右の口角をつり上げ、左手で顔を隠し、少しの間悦に入った。

 右腕を右に突き出し、それを頭上に上げ、放るように前へ出した。すると、異形が次々と動き出し、四方八方に散り、最後には黒い男だけが残された。

 「さて、高みの見物を決め込むとしよう」

 男は楽しそうに呟き、霧となって消えた。

 波が堤防を打つ音が不吉なメロディを奏でていた。

 

 「フェアリーストラグルって何ですか?」

 背の低い青年は言った。それを聞いた初老の男性は危うく転びそうになった。その男性は背が高く、頭部に2本の角が生え、髪が白かった。2人は古い家系の貴族で、国でもかなり位が高い。

 「お前は本当に箱入りだな。グスターニュの奴隷でさえも皆知っているというのに」

 青年は申し訳無さそうに頭を下げた。男性は、息子が朝帰りしたので機嫌が悪い。青年はいつも間が悪く、今回もそうだった。

 「まあ良い、この際覚えておけ」

 男性が話し出した時、耳を劈く爆音と細かい揺れが彼らを襲った。男性は、もううんざりだと言わんばかりにため息をついた。

 「また研究所の錬金術師か。行くぞルーク」

 ルークと呼ばれた青年はしぶしぶ魔術の師匠に付いて行った。


2月1日 午後8時 蔵人家

 亜志摩市住宅街の蔵人家。およそ8畳程の学生が使いそうな部屋に一人の少年とカードがいた。少年は少し長め黒髪で緑目、背が高く細身。一方、カードの方はパスポート程の大きさで黒色。片面に教科書体のようなローマ数字の8が描かれていた。

 「12年に一度の周期で秘密裏に開催される祭り、フェアリーストラグル。12人で色んな戦いをして一人だけ勝者を決める、勝者には三つの景品の内好きな物を一つだけもらえるけど景品は毎回変わる」

 「...はい?」

 黒髪の少年は呆然としていた。彼がそのような反応をするのも無理はない。カードが質問もしてないのにいきなり祭りについて説明し始めたのだ。浮いているのでさらに怪しさが増している。

 「君、大丈夫?そんなんじゃすぐ死ぬよ。」

 「その前にお前何なんだよ!なんで手紙がしゃべんだよ!?」

 少年は完全に混乱している

 「ああ、僕は妖精のクルト。名前は覚えられるだろう?」

 少年は小馬鹿にされた事で、年上相手の喧嘩する時にとる態度をとれた。

 「ハッ、妖精なんているわけねえだろ。ハッタリにしちゃ幼稚すぎるぜ。それで、本当は何者だ?裏とかに小型のスピーカーか何か付いてんじゃねぇのか?あぁ?」

 「君みたいな脳筋にはこうするのが一番かな?」

 そう言うとクルトと名乗るカードの形をした妖精がいきなり少年の首筋目掛けて飛んできた。しかし少年はそれを余裕でかわす。すると妖精は少年の周りを高速旋回し土星の環の様になった、そして徐々にその直径を狭めていった。

 「降参だ。最新の技術でも、流石にこれは難しそうだ」

 少年は妖精の存在を認め、降参の合図を出した。

 「案外潔いな。僕ら妖精の存在を認めるんだね?」

 「ああ、認める。」

 だが、少年は妖精の存在を認めてはいない。いつかこのいたずらの犯人を見つけ出して、とっておきのドロップキックを見舞わせてやる、という密かな目標を持っていた。

 「それでいい。妖精はプライドが高いからね。」

 クルトは納得すると彼の眼前でふわふわと滞空し始めた。数字の面が少年の方を向いている。

 「この祭りの存在を知ったからには参加してもらうよ。もちろん、拒否権はないよ」

 「チッ...しゃあねえな。」

 少年は渋々承諾した。

 「カードの空欄に署名と拇印をしてくれ。」

 言い終わると同時に万年筆と朱肉が机の上に現れた。少年は言われた通りに署名をし、拇印を捺した。

 「よし、契約成立だ。これから君は数々の死闘に身を投じる事になるから覚悟を決めておいてくれ。よろしく、人間。」

 少年は少し考えた。少年は一度だけ修羅場を経験したことがあり、空手もやっていたので自信もあった。

 だが、少年は自分が死ぬ事など一度も考えた事は無かった。

 少年は友好的な姿勢を心掛けた。

 「俺は蔵人礼次(くらうどれいじ)。よろしくなクルト。あと名前で呼んでくれるとありがたい。」

 するとクルトは悪戯っぽくこう言った。

 「さあ、これで君は選手の一人だ。頑張って行こう、人間。」

 「余程名前で呼びたくないみたいだな......」

 礼次は呆れた。

 「君なんて人間で十分だろう?」

 礼次のこめかみに血管が浮かび上がっている。クルトは心の中で彼を蔑んだ。

 (所詮こいつもただの雑魚か...まあいい、とりあえず様子を見るか)

 こうして少年の物語ははじまりを告げた。


ーーーーーーーーーーーー


同日 午前0時 音黒邸

 豪華な部屋だ。と言っても宮殿のような華やかさは無く、家具の一つ一つが洗練されていて、余計な物が無い。どちらかといえば豪華な部屋と言うより上品な部屋と言える。

 窓の隣にあるドレッサーには、長い茶髪の気品のある女性が座っていた。

 「来たわね......」

 女性は凛とした雰囲気を纏っていて、まるで戦場に赴くような面持ちで呟いた。

 彼女の名は音黒亜杏(ねくろあきょう)。父は彼女が勤める会社の重役で、叔父は社長だった。だったというのは、12年前、前回のフェアリーストラグルで行方不明になったからだ。

 目の前になんの前触れもなく現れた真っ赤な封筒の封を切った。すると、中からカードがひとりでに出てきて一言指示を出した。

 「署名と拇印を。」

 その声は、低く落ち着いていて、威厳のあるこえだった。

 彼女は無言で行った。表情は先程から変わっていない。

 カードが話しかけてきた。

 「おぬし、既に覚悟は決まっておるようだな。」

 女性は「ええ」とだけ答え、一つだけ質問をした。

 「貴方はどんな妖精ですか?」

 「ガレアス、力の妖精だ。スキルは念動力、装甲、結界、筋力及び五感の強化。」

 彼女は頷いた。今のでスキルのイメージが解ったようだ。

 カードの裏に白いローマ数字で7と書かれていた。

 そして、ルールが変わっていないか確認すると、途端に表情が緩んだ。布団に潜りこみ、余程眠たかったのか速攻で熟睡した。

 カードはドレッサーに放置されている。

 「この屋敷も随分と懐かしいな。あの頃と全く変わっていない」

 ガレアスは感慨を抱きつつ呟いた。まるで屋敷に直接語りかけるように。


2月1日 午前8時30分頃

 翌朝、使用人が作った朝食を取り終わって外出の準備をしているとき、力の妖精は彼女にこんな質問をした。

 「そういえばおぬし、妖精の事を知っておるようだな。どこで知った?」

 「伯父様が前々回の契約者でその時の妖精が知の妖精ヴァンで妖精について色々教えてくれたわ。」

 ガレアスは、「フム...」と考え込むように溜息をつくとそれっきり黙り込んだ。

 亜杏は身支度を整えると正門から車を走らせた。車種はフォルクスワーゲンのポロで、マニュアル式だが彼女は慣れた手つきで操作する。

 目的地は郊外にあるショッピングモールで屋敷からの距離は約12km程なので余り時間はかからない。目的地に到着すると早速買い物を始めた。

 買い物の目的は、籠城中の迎撃戦に向けた装備や武器の調達だ。

 何故前もって準備しなかったのか、答えは簡単だ。事前にどの妖精と当たるか分からないからだ。この祭りでは、戦術と妖精と契約者の性質の相性によって勝率が大きく変わる。だから、妖精と戦術の相性を合わせる為にも、あとから戦術を立てるのがより良い戦略だと

 一通り買い揃えると最後に100均でボールペンを大量に購入した。するとガレアスは「何故そんなにボールペンを買うのか」と脳内に直接尋ねて来た。

 「(念動力で牽制と攻撃に使える上、銃刀法に引っ掛からないから都合が良いわ)」

 「(なるほど...それもヴァンの知識か)」

 「(いいえ。叔父様がやっているのを見たことがあったの。それとかなり使えると聞いているわ。ヴァンと知り合いなの?)」

 「(我の片割れである。双子のようなものだ)」

 ガレアスは誇らしげだった。ヴァンはそれ程までに優秀で、素晴らしい妖精だ。

 亜杏は家に戻ると父に頼んで屋敷を拠点にさせてもらった。籠城する為、大きい建物の方が都合が良い。また、屋敷の者は全員この祭りの事を知っていて、父は「なるべく壊してくれるなよ。修繕費高いから」と言い残し、母と共に外国の別荘に避難した。従兄と高祖父と使用人は残った。

 両親を見送ったあと、自分と背が同じ位の青年が嬉しそうな表情で駆け寄って来た。

 「やあ、亜杏ちゃん。なんでも協力するよ」

 従兄弟の音黒貴慶だ。真面目で芯が強い亜杏といい加減だが頼りになる貴慶は昔からとても仲がいい。その髪は、波動術の修行のストレスのせいか色素が完全に抜けきっていた。

 「ありがとう兄さん。でもちゃん付けはやめてください。軽薄な上不愉快です。いい加減にしてください。じゃないと嫌いになりますよ」

 後半は少しいたずらっぽく言った。

 「ごめんなさいもうしませんだからきらわないでくださいしんでしまいます」

 全力で謝る貴慶。2人は数え切れないほど同じやり取りをしている。亜杏は、彼も自分もよく飽きないものだと呆れていた。

 「これで何回目ですか...まったく。それより、手伝って欲しいことがあります。兄さん。」

 亜杏が手伝って欲しいことがあると言った瞬間、貴慶の表情は新しいおもちゃを貰った子供の様に明るくなった。

 「良いよなんでも言って!亜杏の為ならなんでもできるよ!」

 「これをお願いできるかしら」

 と言って差し出したのは食事用のナイフだった。しかし刃の部分が紅く輝いていた。彼女の血を混ぜた油絵具が塗ってあり、その上からシリコンスプレーがかかっていた。

 「ああ、もちろんさ」

 貴慶は嬉しそうにナイフを刺しにいった。

 あれはインスタントのゴーレムを作る為のものだ。周囲5mで魔力の使用を感知したら、即座に周囲の物体を核であるナイフの刃に集め、小型のゴーレムを作り出す。

 その本質は、念動力を介して、擬似的に使い魔として物体を使役するものなので、使役を目的とするスキルよりも格段に精度が落ちる。

 亜杏は彼を見送ってから地下倉庫の鍵を取りに保管庫へ向かった。

 途中で通る台所では使用人の奴隷(やっこれい)が夕食の下ごしらえをしていた。

 白髪交じりの頭髪は短く切り揃え、髭も剃ってある。背は余り高くは無く、中肉中背。この屋敷の家事は全て彼がこなしている。

 亜杏は彼が失敗する所は一度も見たことが無い。

 彼は軽く一礼したあとに要件を伝えた。

 「亜杏様。例の物、出来上がっております。地下倉庫の白い箱の中にございます」

 「ええ、いつもありがとう隷さん」

 短いやり取りを終えると保管庫から鍵を取り、地下倉庫へ向かった。地下への扉は2階にあるので、階段は結構急だ。

 地下への扉の前に来たとき後ろから声がした。

 「調子はどうじゃね?亜杏」

 声の主は高祖父の音黒雄三朗(ねくろゆうざぶろう)。彼女が勤める会社の創設者の一人で、彼の兄弟で現在生存しているのは彼だけだ。

 「ええ、今兄さんが籠城戦の準備に行っています。必勝の秘策もあるので期待していてください」

 自信満々に宣言する亜杏。しかし、高祖父は悲しそうにこう言った。

 「ほっほっほ...まあ、雨には気をつけなされ」

 「あの...それはどういう意味でしょうか?」

 亜杏は欠点を指摘されたような気分だった。

 「いずれ分かるじゃろう。それと、山火事にも注意した方がよいぞ」

 それっきり高祖父はどこかへいってしまった。彼は昔から予知能力のようなものが備わっているが、本人は余り使いたがらず、重大な事の時のみこうして伝えている。

 (大丈夫。きっと...いえ、絶対勝てるわ。でも、高祖父の予知は当たるから気をつける事にましょう......)

 心の中でそう呟き彼女は地下へ下りて行った。


ーーーーーーーーーーーー


2月1日 午後3時

 住宅街のとあるアパート。暗い部屋で一人の少女が無言で人形と戯れていた。その中には王手玩具企業の人形の他にフランス人形や日本人形等多種多様な人形があった。だが、少女のお気に入りは既製品の物ではなく、母が初めて作ってくれたつぎはぎだらけのくまのぬいぐるみだった。

 そのとき、何かが少女の隣に落ちてきた。

 「何かしら?」

 落ちてきたのは真っ赤な封筒だった。少女は、その封筒の持つ魔性に好奇心を触発され、それを開けてしまった。中から一枚のカードが飛びだし、少女の前でふわふわ浮いた。その瞬間、少女はハッとした。

 「えっ、カードが浮いてる...」

 少女はとても困惑していた。だが、同時に恐怖を感じていた。少女の心境をよそに、カードは爽やかに挨拶の言葉を紡いだ。

 「こんにちは、お嬢ちゃん。私は楽園からやって来た妖精なの」

 少女は驚いたのか、ビクリと体を震わせてつぎはぎののくまをすがるように抱いていた。恐る恐る口を開く。

 「...も、もしかして...しゃべった?」

 「うん、しゃべったよ。突然だけど、ここに名前を書いてくれないかな?」

 カードは人当たりの良い口調で、話す者に勇気を与えるとともに、安らぎを与えるような雰囲気だ。

 「...怪しいからやだ」

 未知のものは普通は歓迎されない。それは、カードの言葉遣いや口調云々よりも優先されるもののようだ。

 「ふふふ、賢いお嬢ちゃんだね。それじゃあ説明しましょう。」

 カードは少女の警戒心に感心したあと、祭りについて一通り説明をした。少女は祭りのルールをある程度理解し、少し迷って、説明に出てきたスキルについて質問をした。

 「ねぇ、カードのスキルってなに?」

 「いい質問だね。カードのスキルっていうのは、敵を倒す為と自分を守るための力だよ。私のスキルは射撃、念動力、飛行、視力及び聴力の強化」

 「???」

 少女は目をぱちくりさせている。妖精は少女が理解していないという事実を認識した。

 「簡単にいえば、遠くから攻撃できて、思っただけで物を動かせて、空を飛べて、目と耳が良くなる」

 「だいたい、わかった......気がする」

 少女は理解したようだ。

 カードは陽気に笑った。

 「でも、面白そうだけど...お母さんがなんて言うか...」

 少女は母に怒られるのではないかと心配した。

 「大丈夫、絶対に死なないから。それに、欲しいものが手に入るかもしれないよ?」

 「......うん!じゃあやる!」

 妖精の言っていることは支離滅裂だが、少女は死なないなら母も心配しないだろうと思った。

 ときに恐ろしい程に合理的になる子供もいる。この少女も、そういった精神構造の持ち主の一人だ。

 カードは念動力でペンと朱肉を持ってきた。少女はカードに署名と拇印をし、カードにどうすれば良いのかをきいた。

 「まずはスキルを使う練習しよっか。最初は今みたいな念動力だ。これはとっても便利だからね」

 「何それ?」

 「私のスキルだよ。一緒に戦ってくれるお嬢ちゃんは私のスキルを使えるんだよ」

 「へぇ、カードさんすごいねぇ。あたしも頑張る!」

 話している内に少女の警戒心はすっかり消えてしまった。しかし、名前は知らなかった。

 「ねぇ、カードさんには名前はあるの?」

 「ふふふ、ルアイナ。ルアイナ=テトラホップよ」

 少女にとっては変わった名前に感じられた。

 「呼びにくいからアイちゃんって呼んでいい?」

 「ええ!もちろんいいわよ」

 カードはあだ名をつけられた事が今まで無かったからか、非常に嬉しかったようだ。

 こうして少女はフェアリーストラグルに参加する事になった。


ーーーーーーーーーーーー


 これは、少女の日記である。

 12月3日

 きょうは、お父さんがはやくかえってきた。とってもうれしかった。

 12月9日

 きょうは、お友だちとけんかしちゃった、あした仲なおりできるかなぁ?

 12月10日

 先生が町にふしんしゃが出たって言ってた、お父さんも「ふしんしゃに気をつけろ」って言ってた。あとお友だちとも仲なおりできてよかった。

 12月15日

 さいきん、お母さんのかえりがおそい。しゅうきょうに入ったみたいだけどお父さんはおこってた。なんでおこってるのかきいたけど教えてくてなかった。私はしゅうきょうってなにか分からないけど、お父さんがダメだって言ってるからきっとわるいものよ。

 12月25日

 お母さんとしゅうきょうのぎょうじに行った。みんな優しくしてくれたのになんだか気持ちわるかった。あたしっておかしいのかなぁ。

 12月27日

 お母さんのかえりがさらにおそくなった。夕食はよういしてあるけど一人じゃさみしいよ。

 1月8日

 お父さんとお母さんがりこんしてお父さんがどっかに行っちゃった。お母さんは「お父さんはあたまがおかしくなっちゃったの」って言ってたけど本当かなぁ?あたし、お父さんとお母さんになかなおりしてほしい!

 

 ここからページが破り去られている。

 

 11月6日

 たんじょう日にお母さんがくまのぬいぐるみを作ってくれた。うれしかったけどお父さんがいないとつまんない。

 11月29日

 お母さんが人形を買ってくれた。けど本当は手作りのがよかったなぁ。

 12月1日

 お母さんのかえりがもっとおそくなった。でもお人形があるからだいじょうぶ。でもお母さんがいないとさみしい...。

 

ーーーーーーーーーーーー


2月1日 蔵人礼次(くらうどれいじ)契約後

 少し落ち着き、妖精のクルトは祭りの詳細についての説明を始めた。

 「さて、まずは僕のスキルについて説明しよう。僕のスキルは高速移動、精密動作、憑依、視覚触覚の強化。まあ使えば分かる、やってみろ」

 クルトの高圧的な態度に礼次は口を尖らせた。

 「そう言われてもやり方知らねぇし」

 クルトは溜息をつき、一言「イメージしてみろ」とだけ言った。

 「イメージか...こうか...?」

 彼はベッドに腰掛けながら、机の端にある本に手の平を向けて強く念じた。すると、視界が急に暗転し意識も遠退き、五感も消えた。そして、すぐに意識が戻り、五感も無事に戻ったが、体に少し違和感があった。

 「ん?なんか違和感が...ここは机の上?ベッドに座ってたはず...俺の体...マジかよ。てかどうやって戻んの?」

 クルトから同様の方法で戻れると聞き、彼はまた強く念じた。戻る時も同様の体験をした。

 「なかなか勘が良いようだな。だが憑依は魔力の消費が少し激しいから気をつけてくれよ?」

 「ああ...マジで憑依しちまったよ...」

 彼は狼狽していた。もう話す気力すら残っていないようだ。

 (こいつ面白そうかも)

 クルトは心の中で呟いた。

 「...ヤバい、もう眠い......zzz」

 礼次は相当疲れていたのか、布団もかけずに横たわった。

 「続きは明日話してやるよ...」

 クルトは小さな声で吐き捨てた。


2月2日 午前5時 礼次の部屋

 翌朝、彼は5時に起きた。居間で適当に朝食を取り、部屋に戻ってクルトに話しかけた。

 「起きてるか?クルト」

 「もちろん起きている。昨晩の続きを話そう。ルールは封筒に入っている便箋を読んでくれ。」

 礼次はルールの書かれた便箋を読む。

 「なるほど...めんどくせぇな。」

 「ペナルティーは勝率を下げてしまうから気をつけてくれ。特に隣接する数字のカードの契約者の殺害は非常に不利になる」

 「一度に供給できる魔力の低下か...どんだけ減るんだ?」

 礼次はふと昨日のことを思い出した。憑依中は何とも無かったが、戻った後に全身が妙に怠かった。

 「殺し方にもよるが、ざっと2割前後といったところらしい。」

 「らしいっていうのは聞いた話だからか?そもそもどこの情報だ?」

 礼次はめざとく違和感に気付き、訝しみつつ気さくに質問した。

 昔から違和感には敏感故、この手のやり取りは大の得意だ。

 クルトは慢心していた。

 「前回と前々回に一般人に憑依して観戦していたんだ。運営の目を盗むのなんて楽勝だよ」

 今のは完全に失言だ。クルトは心の中でまずいと思った。当然の如く礼次は彼の失言を聞き逃さず、追い打ちをかけた。

 「そんな事をしていたのか。妖精としての格が知れるぜ」

 もちろんハッタリだ。ただ、自分を舐めていた妖精に一泡吹かせたかったという動機で追い詰めた。

 「...」

 妖精は沈黙した。だが、決して言葉を失った訳では無い。

 礼次は内心勝ち誇り、内側から起こる高揚感を満喫していた。

 「ほらほら、なんか言ったらどうかな妖精さん?」

 器の小さいクルトはとっくにキレていた。

 クルトは心の中で悪巧みをしてこう言った。

 この妖精のモデルは詐欺師なので口車に乗せるのが大の得意で、本人の耳には入っていないが、口先の上手さは妖精一と噂されている。

 「君は物を言える立場にあるのかな?こちらから魔力の供給を断つ事もできる。すると君はスキルを使えなくなる。そんな事をして困るのは誰かな?」

 彼の強み口先の上手さだけでは無い。自分の持つアドバンテージを完全に把握し、最大限に利用する。この強みは本人しか知らない。

 礼次はこの祭についてはルールに書いてある事しか知らない。だから礼次は従うざるを得なかった。

 「そ、そうか...。まぁ、気をつけるさ」

 今回は降参の合図は出さなかった。

 「ククク、それで良い。まあ、精々気をつけな」

 礼次は悔しかった。人間相手にはいくらでも切り返せるが、妖精は人間では無い。

 (クソっ、こいつ嫌いだ!ま、コイツが慢心野郎だって事が分かっただけ良いか......)

 (こいつ操るの楽勝。今回は楽しめそうだ)

 相変わらずの余裕っぷりだ。

 果たして、口先勝負はどちらに軍配が挙がるのか。その顛末を知る者は、誰一人として存在しなかった。


ーーーーーーーーーーーー


2月1日午前11時

 黒杉工場作業室。今年で88になる無表情な老人が機械の様に働いていた。彼は若いときに何人もの人を殺し、完璧に隠蔽し1度も発覚はなかった。しかし48年前に中途半端な不良高校生に喧嘩を売られ全員半殺しにしてしまい、2年程収監され、そのとき職も失った。そんな前科持ちの彼を雇ったのがブラック企業の黒杉工場だった。

 今日も既に4時間働いていて、残業してもノルマの達成が難しい程の仕事が待っている。彼は全く疲れた様子はなくただ淡々と作業をこなしていた。

 彼はこの状況に慣れていた。だが、息苦しいことには変わりはなかった。欲しいものは何も無かった。ただ生きたいという願望のみに縛られている。

 12時30分、昼休みになると皆食事を取りに行った。老人の昼食はいつも作業員室でコンビニおにぎりだ。しかしコンビニの袋に真っ赤な封筒が入っていることに気がついた。

 「......」

 しばらくの間、部屋は静寂で満たされた。

 彼は他の者と同じく、魔性に触発された。

 開けなければ、と老人は無意識のうちに動いていた。自我が入り込む余地すら無かった。

 老人が正気に戻ったときには既に開封されていた。すると中から一枚のカードがするりと出てきて彼の目の前で浮遊し話し出した。

 「オ前ガ今回ノ契約者カ。ココニ署名ト拇印ヲオセ」

 「...!」

 老人は身の危険を感じ、無意識に身構えていた。

 しかしカードは平然と説明し始めた。

 「12年ニ1度、12人ガ競イ勝チ残ッタ者ニハ景品ガ与エラレル。詳シクハ封筒ノ便箋ヲ読メ」

 だが老人は警戒しているのか身構えたまま動こうとしない。しかし老人は落ち着いた声で指示した。

 「読み上げろ」

 「喋ルノハ苦手ダガ仕方ナイ...」

 カードが便箋を取りだし浮かせると読み上げ始めた。すると老人はじりじりと扉の方へ移動した。扉までの距離は1mほど。

 老人は足運びにはかなり自信があった。カードと老人の間には例の便箋が浮いていて、障害になって見えない。老人は簡単に逃げられると思っていた。

 扉の前まで来るとゆっくりドアノブに手を掛けて回し、素早く開けようとした。しかしガタがきているはずのドアノブも扉もびくともせず、ガチャガチャ音すら鳴らなかった。

 一瞬、荷物が置いてあるのだろうと思ったが、すぐにおかしいことに気付いた。荷物が置いてあっても、開けようとすればガタガタと音が鳴るだろう。しかしその音すら鳴っていなかった。

 「ヤハリ逃ゲルツモリダッタヨウダナ」

 老人は観念した。しかしカードは少し苦しそうに告げた。

 「オヌシニ危害ヲ加エルツモリハナイ。タダ契約ヲシテ祭リニ参加シテ欲シイダケダ」

 老人は仕方なく契約に応じた。

 するとカードは便箋の裏にこう書いた。

 “私の名はベリアルという。スキルは念動力、身体能力超強化、地殻変動、使い魔の使役。喋るのは苦手なのでこういった筆談が中心だ。今後ともよろしくしていただきたい。“

 ベリアルの先程とは打って変わって紳士的な口調に老人は驚きを隠せない。

 老人は彼がもっと乱暴で凶暴な性格だと思っていた。

 “名前を拝見してもよろしいか?“

 「...斜道暮望(しゃどうくれもち)。見ての通り工場で働いている。よろしくしたくは無いがな...」

 彼は皮肉っぽく言うとおにぎりを取りだし、いつもの様にロッカーにもたれるような態勢で食べはじめた。お気に入りの具は特になくいつも目に付いた物を選んでいる。今日は味噌カレーだった。何故かこの街は変な組み合わせのおにぎりが多い。

 “今後の方針はどうするか?“

 しかし彼はこれを無視し、無言で食べつづけた。食事が終わるとカードと便箋を封筒にしまい、ロッカーに入れ何事も無かったように仕事に戻った。

 老人は昔からこのような競い合いが好きで、内心興奮していたが表情筋の動かし方を忘れていたため、顔に出ることも無かった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

2月2日午後3時30分

 少女は人形へ手を向けると強く念じた、すると人形が浮いた。少女が手を右へ動かすと人形も右へ動き、左へ動かすと人形も左へ動いた。指を動かすと手足や首も動き、押すと後退りもした。

 カードは感心して少女を褒めた。

 「お嬢ちゃん、飲み込みが早いわね。これなら誰にも負けない最強の契約者になるわ。」

 「エヘヘ、ありがとうアイちゃん。そういえばまだ能力あったよね?」

 「それじゃあ、次は遠くの物を撃ってみよっか。でも、ここじゃあ物が壊れるかもしれないから空き地とかに行って練習しよっか」

 「うん!あたし良い場所知ってる」


 街の東側の海岸沿いには寂れた商店街と漁港があり、その奥には古い住宅地と畑があり、今でもそこそこ人が住んでいる。

 西側の開発や、中央通り周辺の発達等様々な理由で商店街が廃れていき、現在では不良のたまり場の一つになっている。漁港も赤字で人はもうほとんどいない。

 いくつかの潰れた店の一つに小規模な体育センターの廃墟がひっそりと残っていた。少女達はそこで射撃を練習していた。

 「まずは指を額に当てて「解けよ魔弾」と言ってごらん」

 少女は額に指に当て鍵語を唱えると両手がぼんやりと白く輝いた。

 「わあ、すごい。えい!」

 手を振るとキラキラ小さな白い弾が飛び散ったがすぐに消えてしまった。カードはまるで我が子に対するように小さく笑った。

 「ふふふっ......。指を鉄砲の形にしてあの時計に向けてごらん。そして指先から弾が飛んでいくイメージで親指を倒してみて」

 「こう......?あ、光った!」

 少女の指先に光が集中した。指先に集中し親指を倒すと光の弾が飛んで行き、見事時計に命中し、ピンポン玉大の穴が空いた。少女は指先から光の破片を散らしながら飛び跳ねた。

 「やった!当たったよ。アイちゃん見てた?」

 「もちろん、すごいわね。やっぱりお嬢ちゃんは最強になるわ。この調子でどんどん練習して行きましょう」

 少女は元気よく頷くと的を変えながら練習をした。


 数分後。

 「天気も良いし、空を飛んで帰りましょうか」

 射撃練習が終わるとルアイナは唐突にこんなことを言い出した。

 「空?それも練習なの?」

 「そうだよ。空を飛ぶのは気持ち良いし、追いかけるときも便利だよ」

 「ん~...じゃあやって見ようかしら?」

 よしきた、と言わんばかりにルアイナは嬉々として説明した。

 相変わらず少女は飲み込みが早く、すぐに空を自由に飛べる様になった。しかし少女は嬉しそうでは無かった。

 「カードさん。これ便利だけどつまんない」

 少女は不満そうだった。

 「フフフ、これが楽しいのは男だけよ」

 カードは楽しそうだった。

 「さっきはノリノリだった癖に...」

 少女は小声でぼやいたが、カードはそれを無視した。

 少女は去年、隣町のものすごいジェットコースターに乗ったとき怖くて足がすくんでしまった事がある。

 空を飛ぶ感覚はその時のものにすこしだけ近いものがあるようだ。目も乾いた。


 家に着くと宿題を片付け、すこし念動力の練習をした。母の帰りはいつも通り遅く、いままでは寂しそうにしていたが、今はカードが話相手になっているので寂しくは無いようだ。

 5時半頃になると少女はあらかじめ用意されていた冷たい夕食を食べた。

 夕食後、カードがこんなことを言い出した。

 「他の契約者を倒しに行ってみよう」

 「まだ夕方よ。こんな時間だと目立つじゃない」

 「大丈夫よ、戦いが始まると目立たない様に魔法がかかるのよ」

 「どんな魔法なの?」

 「普通の人間には見えなくなる魔法だよ」

 少女はイマイチ煮え切らない様子だったが、とりあえず街を徘徊することにしたようだ。

 まずは西側のビル街に行った。空は嫌だったので歩いて行く事にした。

 少女は散歩が好きで、長野にある母の実家へ行った時も父を連れ回していた。そこは田舎で、高地にあるため自然が豊かで涼しい土地だ。もちろん少女は都会も同じ位好きだ。とても多くの人が居るし、店も多いからだ。

 そのため、久しぶりに自由に街へ出るため、少女の足取りは軽く、靴に小さな羽が生えたようだった。

 途中、コンビニがあり何か買おうかと考えたが、お金を持って来ていなかったのでそのまま通り過ぎた。

 30分ほど歩いただろうか、少女はふと空を見上げた。日が傾き、空が朱くなり、ちらほら雲が見え、雀だろうか、小鳥が飛んでいた。

 (空ってこんなに綺麗だったのかしら。まるで一枚絵のようだわ)

 少女はちょっとした詩人のような気分に浸っていた。そしてそんな自分を少しかっこいいと思っていた。その時だった。ルアイナの声がした。

 「契約者がいた。あそこのケーキ屋でアップルパイを食べてる黒い髪の男の人だよ」

 少女はルアイナにアドバイスを求めた。カードはいつものように少女に教えた。

 「まずは遠くからあいつの頭を撃ってみよう。ダメなら飛んでたくさん撃って」

 ルアイナは、少女が失敗するだろうと高をくくっていた。

 「わかった。解けよ魔弾」

 路地裏の物陰に隠れると、臨戦態勢に入り、黒髪に狙いを定めた。

 「もう少し肩の力を抜こうね」

 「う、うん......」

 少女は緊張していて、手も震えていた。初めて人を殺そうとしているのだ、異常でない限りこれは当然の挙動だ。

 「アイちゃん......やっぱり...怖いよ」

 「それじゃあ、目を閉じて、大きく深呼吸して、目に意識を集中して...」

 少女は言われるがままに従った。

 目が少し冷たくなったあと、少し温かくなった。

 「もう大丈夫だよ」

 少女はゆっくりと瞼を上げた。すると、少女の視界はとても鮮明になり、10m近く離れているショートケーキの苺の粒を数えられる程視力が良くなった。これもカードのスキルだ。

 「...でも、緊張する」

 「フフフ、安心して。死んでも生き返るし、怪我をしても痛くないから...。それにあなたは最強の契約者だから絶対勝てるわ」

 少女は自分が本当に最強なのか、考える余裕すら無い。だが、目の前の敵を倒さなければならないことは分かっている。

 少女は覚悟を決めた。

 練習通り指先に意識を集中し狙いをつけた。そして、ゆっくり親指を倒す。緊張で時間が引き延ばされたように感じた。

 親指が人差し指の付け根に接触し、少女の指先から発せられた真っ白な閃光が大気にに穴を開けた。しかし、黒髪は素早く反応し、紙一重の所でそれを躱す。

 黒髪の殺気を孕んだ目が少女を見据えていた。

 少女は身の危険を感じ、思い切り上に飛び上がった。

 自分がいた場所にはあの黒髪がいた。恐ろしく速い。

 黒髪は先程と同じ目でこちらを見ている。少女は一心不乱に黒髪目掛けて弾を撃った。しかし黒髪はそこには居なかった。

 少女は辺りを見渡すが、黒髪は何処にも居なかった。

 気付くと、少女は横に飛ばされていた。

 「食らえッ!」

 掛け声共に放たれた回し蹴りによって、ビルの屋上にたたき付けられ、服も少し破けてしまった。

 痛みが全くと言っていいほど無かったので、攻撃を受けたと気付くまで時間が掛かった。足に力が入らない。

 黒髪は同じビルの屋上に着地した。

 そして、なんとか立ち上がった少女は足元がふらつき、倒れた。

 斯く見えたが、その体は倒れる途中で止まっていた。と言うより、体が何かのパフォーマンスをしているかのように傾いていた。

 その様は、伝説のヒップホップダンサーのあれに似ていた。

 少女はゆっくりと体を後ろに引っ張り、直立した。

 だが、その目に怯えや緊張等は一切無く、挑戦或いは挑発の色が浮かんでいた。とても少女が醸し出す雰囲気では無かった。

 「ふゥ、もうオシマイかよ。しッかしよォ、演技ッてのは疲れるなァ?兄ちゃんよォ?」

 さっきよりも口調が荒く、挑戦的だ。

 黒髪は呆気に取られていた。

 「じ、人格が変わっている!?二重人格か?!」

 立ち尽くす黒髪をよそに、少女だった者は距離を取って飛び上がると鍵語を唱えた。

 「ヘッ、右手にて解けよ魔球」

 少女の手の平にソフトボール大の白い半透明の球体が出現し、黒髪に向けて投げつけた。

 黒髪は我に返り、いとも簡単にかわす。しかし黒髪の背中に念動力で操られた球体がヒットし、前のめりになった。

 すかさず球体をもう一個作り、黒髪の頭目掛けて飛ばした。

 黒髪は勝ち目無しと判断し、前転で回避し素早くビルから飛び下り逃走した。

 物凄い速度だったので、少女だった者は目で追い切れている自信が無かった。

 少女はすかさず飛んで追いかけるが、黒髪の異様な速さに追いつけずそのまま逃げられてしまった。

 少女だった者は余り悔しがっている様子では無かった。むしろ喜んでいるようだった。

 「まァ、アノ速度を追いかけろッてのも無茶な話だ。ケド、この器やッぱし強すぎやしねェか?制御すンのも億劫な位ェだ、ハハハッ。おット、そろそろお目覚めのようだなァ」 

 少女だった者は路地裏に降りるとそのまま崩れ落ち、すぐに目を覚ました。

 目つきは元に戻り、少しぼーっとしていたが、しばらくしないうちに黒髪の男と戦っていることを思い出した。少女は慌てて質問した。

 「黒髪はどうなったの!?」

 「お嬢ちゃんが気絶したあと逃げて行ったわ」

 そう聞いて少女は胸を撫で下ろした。同時に少しだけふらついた。

 「......なんだか凄く疲れたから帰っても良い?」

 少女は敵が居なくなった事で緊張がほぐれ、疲れがどっと溢れ出した。

 「あれだけ緊張していたからしょうがないわ。今日はもう帰って休みましょうか」

 少女は承諾し、飛んで家に帰った。服はいつの間にか元通りになっていたが、少女は気付かなかった。


 家に着くと時計の針は午後7時を回っていた。

 疲労の余り、たっぷり1時間程眠った。

 目が覚めると、冷めたエビピラフを頬張った。少女の好物で、母のそれは冷めても美味しかったようだ。

 なんとなくテレビをつけようとするがカードに止められ、準備するものを言われた。

 幸い全て家にあるものだったのでお金はかからなかった。準備したものはラップの芯と水差し、ストローだった。

 少女は何に使うの?と尋ねたが、いずれ分かるわと濁された。

 学校の用意を済ませ、テレビを見ていると9時半頃に少女の母が帰ってきた。

 「ただいま」

 「おかえりなさい」

 いつもの様に単調なやり取りだった。しかし、いつもと異なる点はカードの存在と謎の宗教に入信している少女の母が首にかけているネックレスだけである。

 「夕食どうだった?」

 お決まりの台詞だ。

 「うん、美味しかったよ。あと首にかけているのって何?またしゅうきょうの?」

 「うん、これはお守りよ。入ればもらえるから入ろ?」

 少女はしょっちゅう入信を勧められているが、頑固にも断り続けている。

 そもそも少女の両親が離婚したのは母が謎の宗教に入信したことが原因で、賢い少女そのことを理解していた。

 両親のことが好きな少女は、たとえ母の勧めであっても両親の別れのきっかけを作った集団への所属を拒絶するのは自然と言えた。

 カードは少女の母がいるときはあまり話しかけて来なかった。きっと彼女(彼?)なりに気を使ってくれているのだろうと、少女は覚った。

 風呂に入り、歯を磨くと布団に入った。さっき寝たにも関わらず、すんなり眠れた。

 しかし、少女の体に起きている異変は少女もその母も、知らなかった。

 知っているのは、ルアイナと......。


ーーーーーーーーーーーー


1月29日 午前6時30分頃

 住宅街のとある一軒家、2階。机においてあるスマホからワーグナーのワルキューレの騎行(きこう)が鳴り出した。

 このスマホの持ち主は蔵人礼次の私物でbgmも彼がアラームとして設定したものだ。

 この曲を聴くと目覚めが良くなる、と部活の先輩に勧められたものだが全くそんなことはなかったようだ。

 「ふぁ~...眠い...」

 彼は目が大きめで緑色、顔立ちは昔の祖父に似ていると言われた事があり、比較的眉が薄く、目以外は日本人っぽい。

 彼は眠い目を擦りながら布団から這い出るとアラームを止め、同じく机の上にある雑誌を手に取り、読みはじめた。雑誌は女性が買いそうなスイーツ系のグルメ雑誌だった。コンビニに行ったとき、偶然彼の行きつけのケーキ屋が出ていたのでつい買ってしまった。

 「......このトリプル苺ロールうまそう」

 大の甘党である礼次は、思わずよだれが垂れてしまった。

 彼はまず食事を取るため1階に下りていった。階段は居間に続き、居間は中心にテーブル、階段側にソファ、反対側に大窓、左の壁側に薄型テレビ、右側に対面キッチンがあった。母、麗子はもう起きていて味噌汁を作っていた。毎朝それを作るのが彼女の日課になっている。

 「おはよう、礼次くん」

 彼女の優しそうな挨拶に対し礼次も挨拶を返すと、キッチンの裏にある洗面台で歯を磨き、顔を洗った。

 居間に戻るといつのまにか父、穣次が起きていた。彼は音黒技術開発研究勤めで所相変わらずアメリカンな顔つきで日本人な表情をしている。

 すでにスーツを着込み、準備万端という感じだった。あと彼は少々神出鬼没だ。ちなみに母はどちらかと言うと可愛い系でとても30代には見えず、下手したら高校生でも通りそうな容姿だ。

 「おはよう、礼次」

 「おはよう。昨日の蕎麦(そば)美味かったぜ。腕上がったな、父さん」

 「そうかそうか、じゃあまた作ろうかな」

 「ごはん出来たよ~。今日のみそ汁はひよこ豆とワカメだよ~」

 いつの間にやら朝食が完成していた。

 礼次と穣次は対面キッチンのテーブルに腰掛け、御飯と味噌汁、煮豆を食べる。煮豆にもひよこ豆が入っている。

 ちなみに麗子が毎朝味噌汁を作る様になったのは、穣次が麗子に毎朝味噌汁を作ってくださいと言って告白したのが事の発端で、10年以上経った今でも麗子は律儀にも続けている。というよりもはや日課と化している。

 「ひよこ豆合うなぁ。こんなの思いつくなんて麗子さんは凄いよ。完璧な良妻賢母だよ」

 「まあ、穣次さんったらお上手ね」

 麗子は頬を染めていた。相変わらずのイチャつきぶりだと礼次は思った。

 「これいつもカレーの入ってる奴だよな、味噌汁にも合うんだな」

 「ひよこ豆は汁ものに合うし、煮物にしたりサラダにしても美味しいのよ」

 「へぇ~万能だな」

 朝食が終わると礼次は2階に戻り制服に着替えた。礼次が通う学校の制服は黒のブレザーとグレーのズボンでネクタイは派手過ぎでなければ自由だ。

 ふとスマホを見るとまだ7時過ぎだったので勉強をすることにした。

 礼次の得意教科は現代文で、これだけは勉強せずともそこそこの点数はとれるので他の教科、特に苦手とする数学を勉強することにした。

 「............ダメだ。全くわからん」

 苦戦しているようだ。このまま同じ問題と40分程格闘したがとうとうあきらめてしまった。彼は小学生の頃は軒並み良かったが、中学からは理系はからっきしだ。

 彼は勉強をやめて読書を始めた。今読んでいるのはかなり昔のライトノベルで、中世を舞台にしたものだった。

 そうこうしている内に8時になり、登校する時間になった。

 「礼次く~ん、けいくん来てるわよ~。あと、お弁当も忘れないでね」

 「今行く」

 けいくんとは、彼の親友である真田桂助(さなだけいすけ)の事で小学生からの付き合いだ。今ではもはや腐れ縁になっている。

 「よっ。またあれ読んでたの?」

 「ああ、あれめちゃくちゃ面白いぜ。一度は読んでみろよ」 

 「俺本読まないし、バイトもあるから難しいや」

 桂助は自虐的に笑いながらやんわり断わった。彼は昔から変な所で丁寧な節がある。

 「それもそうか。勉強もしなきゃいけないしな」

 礼次は今朝の数学の問題を思い出し、遠い目をした。

 桂助は容姿がかなり良く性格も男前で何度か女子に告白された事はあるが、全て断っていたため、ゲイだと思われていた。

 しかし深夜のコンビニでグラビアを立ち読みしている所を同級生に目撃された事で誤解が解けた。その事で新たな誤解が生まれたのは別の話。

 断る理由は礼次にもよくわからず、桂助も話したがらない。部活は未所属でバイトをしている。

 中央通りまで来るとちらほら高校生が見えた。ちなみに礼次が通う高校は西側、小中学校は東の方にある。

 その時、後ろから声が聞こえた。

 「おっはよー!」

 声の主は隣のクラスの安澄朱音(あずみあかね)だった。容姿は正直普通だが、明るく活発な性格で声がよく通り聞き取りやすい。

 演劇部に入っていて成績もそこそこ良く二人に勉強を教えることもある。得意教科は理系全般。

 「おはよう安澄。あの本面白いぜ、ありがとな」

 「いやいや、たいしたことないってば。あはは」

 彼女は何気に嬉しそうだった。

 彼らは何気ない会話をしながら登校した。

 校舎はU字型で、反っている部分が西を向き海側に玄関とサッカーグラウンド、陸側に体育館と武道場、東側に野球グラウンド、テニスコート等がある。U字の内側には1つだけバスケットボールコートがあり、昼休みは割と人気のスポットだ。

 校舎前に来ると、3階の礼次が在籍する2年B組の教室からこちらを見ている女子生徒と目があったが、すぐ逸らされてしまった。

 彼女は篠川洋子(しのかわようこ)。礼次のクラスメイトで割と地味な方だが、演劇部に所属していて誰よりも演技が上手く、彼女を知らない者は少ない。礼次とは時々目が合うが今のようにすぐに逸らされてしまう。


 三人が教室に着くなり、桂助が耳打ちしてきた。

 「なあ蔵人、篠川のことどう思う?」

 礼次は突然のことに挙動不信になる。

 「え、な、なんだよ急に」

 「なに照れてんだよ?まさか、お前まさか、まさかなのか?」

 「ち、ちげーよ!いきなりだから驚いただけだし。あと、まさか何回もうるさい!」

 「お?礼次くんツンデレくんかな?ツンデレ男子なのかな?」

 礼次は顔が真っ赤になり、気づけば、空手の連続技をしていた。

 「く、蔵人が..ツン...デレ......クッ、アハハハハハ」

 朱音は堪らず大笑いした。

 この時点で礼次は空中かかと落としをしようとしゃがんで溜めをつくっていたが、彼女の笑い声で毒気を抜かれてしまった。

 「...ハァー。なに茶化してくれんだよいつもよぉ」

 「ごめんごめん。でも、俺ならお前の攻撃全部受けきれるし、面白いからつい...な?」

 「お前なぁ......」

 元空手初段で実力が実質4段程もある礼次の技を桂助は全て余裕で捌いていた。だが、何故見切れるのか、彼を問い詰めてもはぐらかされ、決して真実を語ろうとはしない。だから礼次は今回も問い詰めなかった。

 「ホームルーム始めるぞー。全員席につけー」

 やる気のなさそうな若手教師は教室に入るとやる気のなさそうな声でホームルームを始めた。

 

 そんなこんなで昼休み。いつものようの礼次は母の手作り弁当、桂助はコンビニのおにぎり(具はトマト納豆)、朱音は自作の煮豆でスープジャーに入っていた。

 「みんな、予定無いなら週末どこか行こうぜ?」

 提案したのは桂助だ。いつも彼が二人を引っ張っている。

 「俺予定無いぜ。ケーキ屋がいいな、新作のトリプル苺食いたい。てかトマト納豆うめぇの?」

 「ああ、意外とイケるぜ」

 Vサインを作る桂助。

 「日曜部活あるから土曜なら空いてるよ。私、アシスポ行ってみたい」

 アシスポは亜志摩スポーツクラブのことで市の北端にある小規模なテーマパークの隣に併設され、むしろスポーツクラブの方がメインに近い。

 普段スポーツをしない朱音が行きたいと言い出したのは珍しかった。当然の様に礼次は質問をした。

 「へぇ~、珍しいな。どういう風の吹き回しだ?」

 「そりゃ私だってスポーツしたいときぐらいあるわよ」 

 さも当然の様に答えた。しかし、礼次はほんの些細な違和感を感じた。それは桂助も同じだった。

 

1月30日 午前9時頃

 二人の違和感は間違っていなかった。

 「ハハハハハハ!もっとよもっと、もっと来なさい!」

 彼女はバッティングセンターのスペースでバンバン打ち返していた。非常に上手かった。

 「うわ、恐ぇ~」

 「つーかなんであいつあんな上手いんだ?俺より上手いぜ...」

 二人は彼女に感心していた...いや、怯えていた。彼女が終わって駆け寄って来ると、彼らは後退りした。彼女は訳がわからないと言った様子で尋ねた。

 「え?何故逃げる?」

 「あんた恐ぇーよ!人格変わり過ぎだろ。一体何があったんだ。あとなんでそんなに上手いんだよ!」

 「ああ、そのことね。最近思うように演技出来なくてストレス溜まってたんだよね~。スランプってやつ?でももうすっきりしたよ」

 二人とも、そのこと以外になにがあるんだと心の中でツッコミ、礼次が重ねて何故そんなに上手いのかを質問をした。

 「乙女の秘密よ」

 朱音は軽くウィンクした。

 「あれ見た後じゃ説得力が薄いな」

 礼次のからかいに、朱音は頬を膨らませると軽くため息をついた。ここで桂助が1つ提案をした。

 「2人共、次はテニスでもしようか?」

 2人は桂助の提案に乗る事にした。彼は仲を取り持つのが上手い。

 

1月30日 15時頃 例のケーキ屋

 一通り種目を楽しんでから一度家に帰って昼食を取り、桂助の家でテレビゲームをしたあと、ケーキ屋に来ていた。礼次と洋子はウィンドブレーカー、桂助はトレンチコートを着ていた。礼次は棚を眺めながら、子供の様に目を輝かせていた。

 「礼次はほんと甘いものに目が無いね」

 朱音は半分呆れ、半分感心で言った。

 「ああ。むしろ誇りに思っている」

 二人は返す言葉が思いつかなかった。

 洋子は礼次がここまで甘党だったとは知らなかったようだ。桂助も未だにどう対応すればよいのか答えを見つけていない。

 三人とも同じ新作のトリプル苺ロールケーキを買うと、飲食コーナーの窓側に座った。

 洋子と桂助は一切れずつなのに対し礼次はニ切れと他のケーキも買っていた。洋子は非常に驚いていた。桂助はいつもと変わらなかった。

 「...というか全部食べられるの?」

 「無論。甘いものを残すのは甘党の恥だ!」

 「...それにしても、よくそんなに食えるよな」

 「甘党たるものこれだけ食わずにどうしてくれよう」

 二人には理解出来なかった。恐らく永遠に出来ないだろうと二人は思った。

 きちんと全部食べ終わり、ケーキ屋を後にした。

 しかし桂助は嫌な予感がしていた、まるで前触れもなく、この甘いもの好きな親友が消えてしまいそうな不安感と恐怖感が募っているようだった。

 彼はただ杞憂であれと願った。


ーーーーーーーーーーーー


同日 同時刻 例のケーキ屋

 一人のツインテ少女がお使いに来ていた。少女はもう既に常連で店にも知り合いができていた。

 「こんにちは。ケーキ屋のおばさん」

 「あら、こんにちは彼音(きゃのん)ちゃん。いつものガトーショコラとショートケーキにするの?」

 「うん。あと...このハチミツも買う」

 少女は棚から300ml程の小瓶を持ってきた。この店のハチミツは割高だが甘味が強く、栄養も他のハチミツよりも濃縮されている。

 「このハチミツは、クッキーを作るとき砂糖の代わりに使うととってもおいしくなるよ」

 「へー、そうなんだ。また買いに来るね」

 買い物が終わると新作の試食を少し食べてから家に帰った。店を出るときに無表情な老人とすれ違った。


ーーーーーーーーーーーー


同日 同時刻 例のケーキ屋

 今年で米寿を迎える老人は月に一度、給料日の前日に開かれる労いの会で出すケーキを買いに来ていた。店に入るときツインテールの少女とすれ違ったが彼にとってはどうでもいいことだった。

 ふと飲食コーナーを見ると7組の客がいた。多くの者が新作のトリプル苺ロールを食べていたのでそれを買うことにした。予算も間に合った。

 「トリプル苺ロール3本」

 「2670円になります」

 彼は気怠げに商品を受け取ると3000円払い、お釣りを受け取った。

 店を出ると少年が3人程たむろしていた。少し移動すると遠くから走って来た小柄で細身の少年とぶつかった。老人は無表情で彼を見おろしていた。

 「ご、ごめんなさい!わざとじゃないんです、許して下さい」

 すると店の前でたむろしていた少年達が老人の方へ歩いてきた。どうやらこの小柄な少年は彼らの友人らしかった。するとリーダー格の少年が絡んで来た。

 「オイ、俺らのダチに何してんだ?」

 「コイツがぶつかって来ただけだ」

 老人は振り返り、無機質に答えた。

 口の悪い少年だった。髪も染めている。

 するとリーダー格の少年は訝しみ、小柄な少年に本当かどうか訊ねた。小柄な少年が事実を認めるとリーダー格の少年は舌打ちをし、あとの2人は捨て台詞を吐き去って行った。

 老人は密かに殺意をもったが後に彼らと殺し合う事になる事は全く予想していなかった。


ーーーーーーーーーーーー


同日 同時刻 中央通り

 この街のお嬢様で音黒技術開発研究所の変人集団、ロストテクノロジー部門に勤める音黒亜杏は、同じく営業部に勤める親友の山川魅咲と、親友である村雨信二と新作のケーキを食べに例のケーキ屋に来ていた。

 肌寒く、3人は厚着をしていた。信二は久しぶりに亜杏が誘ってくれたので、嬉しそうにしていた。

 「音黒が誘うなんて珍しいね。高校以来」

 「そう?珍しいかなぁ...。魅咲はどう思う?」

 魅咲は冷静且つ答えた

 「信二を誘うのは珍しいよ。いつも女子しか誘ってなかったし、アレなのかと思ってた」

 亜杏は顔を朱に染めつつ全力で否定した。

 「ち、ちがうちがう、アレじゃないわよ!だ、だって男友達は信二しかいないし、二人きりっていうのもちょっと...ね?」

 「まあ、そうね。それにしても、あんたも変わったね。大学のときは付き合い良くなかったのに。何かあったの?」

 「あ、俺も気なる。友達でも増えたの?」

 亜杏は少し思案し、2人の親友の顔見てこう答えた。

 「そうねぇ...就職してお金に余裕が出来たからかな?。あと、兄さんが帰って来て落ち着いたから」

 2人は後半の台詞が気になった。彼女に兄がいる事を知らなかったからだ。兄とは従兄の貴慶の事で、12年前に起こった同時多発異常現象で気が狂い、山の方で療養していたことにして2人に伝えた。

 「従兄だったのか、俺小学生の頃会ったことあるよ」

 「私もあるよ」

 亜杏は貴慶の顔の広さに感心し、自分も見習おうと思った。

 色々話しながら歩いている内に例のケーキ屋に着いたようだ。店から漂う甘い香りと、ピンクと白と赤で彩られた外装が特徴だ。

 店に入ると魅咲は見知った顔を目撃したが、恋人と一緒だったので気付かないふりをした。

 2人もその人の事は知っていたので同様の対応をとった。

 ケーキを買ってその人から離れた窓側に座った。3人の知っているその人は魅咲の妹の喜咲で、彼氏は鬼丸幽言という得体の知れないイケメンだ。

 「...............」

 魅咲は無言で妹を睨んでいた。

 「......今、無言で罵倒していたでしょ?」

 亜杏は魅咲に耳打ちした。魅咲はドキリとして顔を紅くした。

 「ち、ちがっ。別にそんな事無いって!」

 亜杏は優しく慰めた。

 「大丈夫よ、いい人見つかるって。ほら、ケーキ食べて頑張ろ」

 「音黒の言う通り。いい人紹介しようか?イケメンもいるぜ」

 魅咲は嬉しさと悔しさで半ベソをかきながら新作のトリプル苺ロールを頬張った。

 「ありがとー2人共。私も頑張って彼氏作って結婚してやるわ」

 亜杏はその意気だよと言って勇気づけた。

 魅咲の妹達はケーキを食べ終わり、店から出ていくところだった。

 3人は雑談をしながらのんびりとケーキを食べた。

 ケーキを食べ終わると、信二がせっかくだから映画に行こうと言ったので、3人は郊外のショッピングモールにある映画館へ行くことになった。

 ケーキ屋に入ったとき、亜杏は同じく窓側に座っていたトレンチコートを着た男性に貴慶と似たような気配を感じ、彼も契約者の一人になるかも知れないと思った。


ーーーーーーーーーーーー


同日 同時刻 例のケーキ屋

 鬼丸幽言は恋人の山川喜咲と新作のトリプル苺ロールを食べに、ケーキ屋に来ていた。2人は窓から離れた席に座っていた。いつもは彼女が誘い彼がそれについていく形で出掛ける事が多く、今回も似たようなものだった。

 喜咲はケーキに手を付けず、美味しそうにケーキを食べる彼を嬉しそうに眺めていた。

 「ふふふ、おいしい?」

 喜咲の作ったケーキよりも美味しいと思ったが、喜咲を喜ばせるため、幽言は笑顔でお世辞を言った。

 「美味しいけど、やっぱり喜咲が作ったケーキの方が美味しいな。また作ってくれる?」

 彼女は頬に手を当て紅潮させながら身をよじり、嬉しそうな声を上げた。

 幽言はふと入口を見ると、喜咲の姉とその友人が入って来るのが見え、少しギクリとしたようだ。相手も幽言たちに気づいたようだが、状況を察してくれたので少し安心した。幸い喜咲には気付かれなかった。

 喜咲は姉との仲がとても悪く、最近まともな会話すらしていない。また、昔壮絶な姉妹喧嘩があり、未だに和解していないのも一つの原因だ。

 幽言はケーキを食べ終わると、直ぐに店を出ようと促した。2人の関係を知っているだけに生きた心地がしなかった。

 「次、どこに行こうか?」

 彼女は楽しそうな笑みを浮かべて彼をからかい、彼は恥ずかしそうに顔を背けた。

 「あれれ?ゆうくんがエスコートしようとするなんて珍しいね?」

 「べ、別にそんなんじゃないよ。でも、たまには良いでしょ?こういうの?」

 彼女は幸せそうな笑顔を浮かべ、それを了解した。

 そのとき、彼は背後から鋭い視線を感じたが、すぐに彼女の姉のものだと理解した。結婚願望を持つ非リアの片鱗を体感した幽言だった。


ーーーーーーーーーーーー


同日 同時刻 例のケーキ屋

 3人の不良少年達はケーキ屋の前で待ち合わせをしていた。リーダー格の少年は髪を金髪に染めて、長ランのような上着を羽織っていた。顔は歳の割に厳つい上、目つきが悪く、背も高い。他2人も髪は染めていないものの、彼と同じものを羽織っている。2人共中肉中背で、片方は顎が細く切れ長の目、もう片方は垂れ目で眉が濃い。

 彼らののうち吊り目の少年が自販機に飲み物を買いに行こうとしたとき、事件は起こった。

 向こうから走ってきた彼らの友人が、今し方ケーキ屋から出てきた老人にぶつかり、尻もちをついた。しかし、少年達は誰もぶつかる瞬間を見ていなかった。

 「ご、ごめんなさい!わざとじゃないんです、許して下さい」

 老人は彼を睨んでいるようだった。少年達は不信感を募らせ、老人に近付いた。そして、威嚇の意味も込めて低い声で話しかけた。

 「オイ、俺らのダチに何してんだ?」

 老人は振り返った。顔には多くの皺が刻まれていた。また、目からは何か深く恐ろしいものを感じ、内心恐怖を覚えたが、ギリギリのところで圧し殺した。2人も同じように感じ、少し顔に出ていた

 「コイツがぶつかって来ただけだ」

 無機質で無味乾燥な声だった。リーダー格の少年は訝しみ、老人とぶつかった少年に確認した。

 「本当か?コロウ」

 「うん、本当だよ。乱太くん。僕がよそ見をしていたのがいけなかったんだよ」

 コロウと呼ばれた少年は友達の姿を見てホッとしたのか、落ち着いた様子だった。

 「そうか、なら良かった」

 乱太と呼ばれたリーダー格の少年は、3人を連れ目的地である、いつもの溜まり場へと向かった。

 コロウ以外は、内心ほっとしていた。3人はあの目が冷酷な殺人者のものだという事を知っていた。だからあの時3人だけ、老人に対し明確な恐怖を感じた。

 だがコロウと乱太はあの老人と再び関わる事になるとは、夢にも思わなかった。


ーーーーーーーーーーーー


同日 同時刻 とある密室

 50m四方の立方体の部屋の明りは天井に一つ電球があるだけで、薄暗く、中央に豪華な椅子とその正面の壁に大型のディスプレイがあるだけだった。扉や窓等の外へ通じるものは一切無い。椅子に精悍な顔つきの男が座り、その横に一人の若く、知的な女が椅子の隣に立っていた。男は生命力に溢れ、存在感が尋常では無い反面、女の方は生きているのかどうかすら怪しく、存在感が無い。まるで、女の生命力を男がすべて持って行っているようだった。

 ディスプレイには礼次や亜杏、暮望といった契約者の他、彼らの関係者や祭りを知っている者も映っていた。

 男は彼らの行動を観ていたが、女の方はつまらなそうだった。

 「***殿。一体これらのどこに私の好む要素があるというのです?」

 女の声は何処までも冷たく、殺意をさえも孕んでいた。だが男は楽しそうに答えた。

 「確かに、お前ではここは楽しめないだろうが、一部だけで全てを決めるのは彼らのような愚かな人間がすることだぞ、***。それに、もう少しで面白くなるさ」

 女は溜息をついた。男はそれを気にも止めず、邪悪な笑みを浮かべた。

 「さあ、駒は全て揃った。彼らはどんな攻防を繰り広げてくれるんだろうね。ククク」

 ガチャリ。

 ふと、部屋に歯車の動く音が響いた...............。

どうでしょうか。拙い文章でも楽しんで頂けたなら幸いです。

次回は二人目の主人公が登場します。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ