悪役令嬢の妹は姉の従者に恋をした
最後の部分をふと思いついて空き時間にちょこちょこと書いたので内容は薄めなわりに長いです。
両片思いみたいなものを書きたかったのに何かが違う気がする。
お暇潰しにでもいかがでしょうか。
侍従→従者に変更。ご指摘ありがとうございました!
私のお姉様は『乙女ゲーム』の悪役令嬢と言う立ち位置で、この世界ではヒロインの立場です。
お姉様は『乙女ゲーム』時の記憶を持っていらして我が家が没落するのを回避し、ご自分が亡くなるという未来を消すために幼い頃から尽力されて参りました。
かくいう私も少なからず、隠れてはございますがお手伝いいたしました。
ほとんどが攻略対象者の役割を課せられた皆様の活躍で、私ができたのはお姉様の代わりに閉じ込められたり誘拐されたり、毒の入った飲み物やお菓子など無邪気を装って戴いたりと、大好きなお姉様のためですものこのくらいはほんの些細なものでございます。
毒に関しては慣らしていたお蔭でほとんど害はなく――あの最後の致死量のものは対策をしていたにも関わらずかなり厳しかったですがお姉様のためにと作った解毒薬をあの方が使ってくれました――閉じ込められた時や誘拐も我が家の影の者やあの方に助けていただいて特筆すべきことはございません。
でも、今思い出してもあの時のあの方はまるで物語の王子様のようで……。
……これは、今はよろしいですわね。
転生者の『乙女ゲーム』でのヒロインさん……悪役ヒロインさんとでも申しましょうか。彼女は、王太子殿下、第二王子、宰相の息子の公爵令息、騎士の侯爵令息、そしてお姉様の従者に対して『彼女は悪者よ!』と言って場を混乱させたり、あまつさえお姉様を傷つけようとまで!
でもそれは、彼女の本心からの行動ではありませんでした。
黒幕に言葉巧みに操られていただけで、お姉様や皆様の説得で最終的には現実と理解してくれました。
この世界に突然現れてしまい、混乱していたのでしょう。
元々は優しい人だったようで今はお姉様の友人になりました。
私にも友人と言ってくださいます。
その黒幕には退場願いまして、我が国の膿もなくなり、ヒロインさんも今は第二王子と意気投合して――侯爵令嬢で身分的にも釣り合うことが出来ることもあり――婚約者となりました。
ハッピーエンドというものでございます。
何故私がこのような事を言えるのかというのは、私も転生者なのでございます。
悪役令嬢がヒロインになる小説の愛好者であった私は大好きなこのお話の本の発売日に事故に巻き込まれ、天に召されるはずのところをキラキラな女神様に手違いだからと特別にこの世界に本来はいない悪役令嬢ヒロインの妹として転生させていただきました。
いわゆるモブでございます。
私がそのことに気がついたのは、私が5歳、お姉様が8歳になった時に王太子殿下との婚約者の顔合わせに一緒に行った時にその場面を見て思い出しました。
ただし、記憶の奔流に耐えられず3日間寝込んだという少々不要なオマケ付きでございましたが。
幸いだったのは、倒れた私に気がついたのがお姉様の従者だけだったので顔合わせは無事に終わったということ。
私のせいで王家の方々に対して我が公爵家にお咎めでもあろうものなら私は私が許せず、家を出ていた事でしょう。
そんな話をお姉様にしたら怒られて泣かれてしまいました。
しかも王太子殿下にまでその話がいってしまい、義兄妹になるのだから遠慮はするなと言われてしまいました。
私にはもったいないくらいお優しい方々なのです。
そんなお姉様はこの婚約を義務と思っているようですが、王太子殿下……アズロ兄様――そう呼ぶようにお願いされてしまいました――はお姉様に惹かれていらっしゃるようで、応援したいと思っているのですが……。
私には応援ができないのです。
今ではあの時にお姉様と王太子殿下の婚約が上手くいかなかったら良かった、とまで思ってしまっています。
それはあの方が……お姉様の従者がお姉様のことが好きだから。
彼は侯爵令息でありながら、両親に虐げられていたところをそれに気付いたお姉様に救われました。
シナリオどおりとはいえ、彼にとっては救いです。
だからお姉様を慕って……いえ、愛しているのでしょう。
彼のお姉様へ向ける視線はいつも優しくて……。
私は彼に幸せになって欲しい。
誰よりも。
彼の幸せがお姉様と結ばれることならば私は全力で応援したいのです。
あのお優しい王太子殿下にとっては酷い裏切り行為とも言えましょう。
この想いは私の独りよがりな我儘で……。
でもそれがあの人のことが好きな私ができること。
はじめて逢った時から、幼い頃から惹かれていた。
それは私が彼を前世から好きだったからこともありましょうが、私の魂の想いであることは紛れもない事実。
でもこの想いは伝えることは致しません。
彼にもし伝えてしまって断られたら、お姉様が結婚するまでこの家に居づらくなります。
彼はきっとお姉様についていくでしょうから、せめてそれまでは彼にお姉様の妹としてでもいいから見ていて欲しい。
お姉様の妹だから彼は私にも優しくて慈しんでくれるから。
あの時、私が記憶に押しつぶされ、身体が倒れていくときに彼は私を抱き留めてくれた。
お姉様でなく私だけをあの朝露のようなアクアグリーンの瞳で見てくれた。
それだけでこの上なく心が震え、歓喜に溢れたのです。
あの一瞬の出来事だけで私は―――。
彼の役に立てるのならばこの想いなど封じ込めてみせましょう。
+++
私が読んでいたあの物語ではお姉様は王太子殿下とあの方の間で揺れておりました。
最後まで読むことが叶わなかったため、お姉様がどのような判断をしたのかは存じ上げません。
ですが私は『今はまだ決まっていない』、そのことに賭けることにし、お姉様の心が決まらぬうちにお父様にお願いしました。
あの方がお姉様と添い遂げられるチャンスを、と。
お父様には反対されると思っておりましたが、本当はお姉様が嫁いで行ってしまうことを嫌がっておられたようであの方が我が公爵家へ入ればお姉様はずっとこの家にいることになりますので結構ノリノリ……失礼しました、協力してくださいました。
彼が爵位を取り戻すことは順調に進み、お姉様を娶り我が公爵家へ入る準備が整いました。
あとはもうひと押しです。
陛下へのお目通りが叶い、お父様と共にある願いを申し上げたところ『殿下が許せば良い』との返答をいただきました。
この国では剣術大会の優勝者の願いが大概のものは叶えられます。
金銭もありますが、身分差の結婚を求めることが多いのです。
そう、そこで彼が優勝者し願いを言えば叶えられる。
そこでお姉様が受け入れるか拒否なさるかは分かりません。
でもあの人が何もせずに諦めてしまうのは嫌なのです。
その為に私は王太子殿下へお願いをしに参ります。
あの人の願いが叶うなら命だってかけられる。
剣術大会まであと一か月に迫った日。
私は一人で王太子殿下へお目通りを願い出ました。
お姉様と一緒ではないにも関わらず許可を下さったのは、義理の妹への優しさなのに……私は今、それさえも利用します。
あぁ私はなんて酷い人間なのでしょうか。
「いらっしゃい、ミーア。なにやらお願いがあるんだって? 父上から聞いたよ」
いつものように笑顔で快く出迎えてくださったアズロ兄様――アズロマラカイト・コロナ・ボレアリス殿下。
私はこれからこの方の笑顔を曇らせなければならない。私の我儘な願いのために。
胸が痛いのは傲慢というものでしょうね。
自嘲の笑みを浮かべたくなるのを抑えて笑顔を保ち、椅子を勧めてくださったのを辞退して淑女の礼をしながら殿下を傷つける言葉を発します。
「はい殿下。次の剣術大会にロアが参加いたします。そこでロアが優勝しお姉様を欲したのならばお姉様のことを諦めていただきたいのです」
アズロ兄様と言わずに殿下と言った私の言葉を聞いた殿下は目を細め、見極めるような鋭い視線を向けます。
その威圧感に後ろに下がりたくなりますが、両手を胸の前で握り締め、グッとお腹に力を入れて殿下を真っ直ぐに見返します。
「……それが君の願いなの?」
「はい」
「陛下は何と?」
「殿下に任せると。断られれば諦めよとおっしゃられました」
「ふぅん……。私が嫌だと言ったら諦めるの?」
「いいえ、諦めません」
譲れないという気持ちを視線に込めて殿下を見ると、はぁとため息を吐き、腕を組んで目を閉じられました。
私には数分とも数十分間とも感じる時間が過ぎて、殿下が目を開き私をじっと見るので、負けませんと言う気持ちを込めて見つめ返していると、フッと笑いました。
「じゃあ、見返りは?」
「見返り、でございますか?」
「まさか何もなしに叶えられるとは思っていないよね。君は願いを叶えるために私に何をくれるの?」
すんなりと肯定とも取れる言葉が殿下から出てきたことに一瞬思考が停止いたしますが、交換条件と言われたことにやはりアズロ兄様はお優しいとおもいました。
きっとそう言われると思い覚悟をしてまいりましたが、これで納得いただけるか不安になりました。
その不安を逡巡と取られたようで、殿下から怒りのような気配を感じ迷ってはいけないと思い直しました。
「……私の持っているもので殿下へ捧げられるものは私自身です。どうぞ煮るなり焼くなり殿下のお好きなようにお使いくださいませ」
「……彼のために命を賭ける、か」
「殿下?」
殿下が何を言ったのか聞こえず、もう一度言って欲しいと言えば「何でもない」と返されました。
頬杖をついて何故か楽しそうに「どうしようかな」と今度は聞こえた呟きに一縷の望みを祈り、殿下の答えを待っていると、殿下は私を見てにっこりと笑い思ってもみないことをおっしゃった。
「じゃあミーア。君が私のお嫁さんになってね」
「は?」
「良いよね。王家としてはレティクルム公爵家から人が来ればいいのだから」
「えっと、殿下はそれでよろしいのですか?」
「うん。今から他の令嬢を選ぶのは面倒だし、君なら素になっても大丈夫だし。レリアと同じ教育を受けているからね。王妃としても十分だ。でも、もしレリアが……アデュレリア ・レティクルム公爵令嬢がクリノクロア・クラテル侯爵令息を選ばなかったら君には隣国へ嫁いでもらうよ。ミーアシャム・レティクルム公爵令嬢殿?」
「……承知いたしました、アズロマラカイト王太子殿下。ご温情痛み入ります」
深々と礼をしながら、良かったと一瞬気を抜いてしまい、ふぅと息を吐いてしまいました。
それが聞こえてしまったようで、殿下はククッと笑い私をソファーへとエスコートしてくださいました。
残り少ない時間を『兄』と『妹』として。
「もしかして、命でも取られると思った?」
「覚悟はしてまいりました」
「君ってたまに突拍子のないことをするよね、毒の入ったお菓子を食べたり誘拐されたり」
「ご存知でいらしたのですね」
「ロアから報告されてね」
「……お姉様には?」
「レリアには言っていないから安心していいよ」
「ありがとうございます」
「……本当に無茶をする」
「若気の至りです」
「若気って……君は11歳だったよね?」
「3年前であれば」
「……アレには勿体ないかなぁ」
「はい?」
「ううん、コッチの話。……本当に良いんだね」
「はい」
「そう、ならいいよ。私からも彼に一言、友人として言っておくよ。『欲しいものは自分の力で手に入れろ』ってね」
「ありがとうございます」
『ありがとうございます、アズロ兄様』心の中ではそう呟いていた。
きっと兄として妹のワガママに応えてくれたと思うから。
お茶でも飲んでいく? と言うアズロ兄様の心遣いに感謝をしつつも辞退して屋敷へと戻りました。
私が扉から出るちょうどその時に反対側のドアから人が入ってきたことには気が付かなかった―――。
+++
とうとう明日は大会です。
一か月前からロアはいつにも増して空き時間は特訓をしているようで、根を詰めてしまわないか心配でしたが、体調を崩すことなく大会を迎えられそうで安心しました。
屋敷の警備の者と打ち合う姿はとても美しく、輝いているようでした。
私に出来ることは彼の休憩のときに前世の知識で作ったスポーツドリンクのようなものをお姉様からと言って差し入れしたり、料理長へ疲労回復メニューを頼んだりと少しのことしか出来ませんでした。
もっとお役に立ちたかったのに……。
あの人の姿を思い浮かべながら、部屋のバルコニーへ出て夜空に祈ります。
―――どうか彼の願いが叶いますように。
願いが叶った彼はどんな笑顔を見せてくれるのでしょうか。
きっと素敵な笑顔でしょうね。お姉様の隣で見られるかしら。
流れ星はないかと見ていたら「ミーア」と声がして振り返るとお姉様がいらっしゃいました。
お姉様が私の部屋にいらっしゃるなんて、小さい頃はありましたが最近はあまりありませんでしたから驚いてしまいました。
どうなさったのでしょうか。
「お姉様? この様な時間にいかがされたのでしょうか?」
「ミーアがバルコニーにいるのが見えて。たまには一緒に眺めるのも良いかと思ったの」
お邪魔だったかしら?と首を傾げるお姉様に、そのようなことはないと頭を振って否定します。
お姉様と一緒に過ごせるなんて思っていませんでしたので、とても嬉しいのです。
「いいえ、お姉様とご一緒できて嬉しいです!」
「私も嬉しいわ」
二人でクスクスと笑いあってから夜空を眺めます。
お姉様がご結婚されたらきっとこの様な時間を過ごすことはもうないでしょう。
あと何回、ご一緒できるでしょうかと考えると少し切なくなります。
でもそれがお姉様の幸せならば耐えることは厭いません。
星空を眺めていると、「あのね、ミーア」とお姉様から声をかけられたのでお姉様を見れば少し緊張した面持ちで私をじっと見ていらっしゃいました。
珍しい表情のお姉様に何かあったのかと不安になりますが、笑顔を保ち「はい」とお姉様の言葉を待ちます。
「あのね、ロアが明日の剣術大会で優勝したら叶えたいことがあると言うの」
「……そうなのですか。それで彼はなんと?」
「それは教えてくれなかったの。ミーアはどう思う?」
ロアは決めたのですね。それならば応援しない訳には参りません。
お姉様がどう思っているか聞いておけば彼にアドバイス出来るかもしれませんし。
「私は……ロアが望むならどんな願いでも叶えられれば良いなと思います」
「そう、ミーアは優しいわね」
「いいえ、そんなことはありません」
そうです。
私は優しくなんかないのです、お姉様。
本当はお姉様が羨ましくて仕方がないのです。
でもロアがお姉様との幸せを願うのであればそれが叶って欲しいというのも本心なのです。
だって同じくらい私はお姉様のことが好きなのです。
「お姉様は……ロアのことをどう思ってらっしゃるのですか?」
「ロアのこと? そうねぇ、頼りになる弟のようなものかしら」
「お、弟ですか?」
「えぇ。たまに可愛いのよ」
「かわいい……」
弟……身内のように近い相手ということでしょうか?
でもきっと優勝すれば格好良いと思って下さいますよね。
それにしても、ロアはやはりお姉様には色々な表情を見せるのですね……。いいなぁ。
私も見てみたいけれど、それは無理でしょうね。
彼はあまり表情を変えません。それはそれで格好良いのですが。
それに私の前では彼は笑ってくれても、困ったように笑うのみ。
たまに少し微笑んでくれて……それが見られた日はとても幸せでした。
「私はそろそろ寝ます。ミーアも夜更かししないようにね」
「はいお姉様。おやすみなさいませ」
「おやすみなさい。また明日」
お姉様を見送って、もう少しだけ眺めようとまたバルコニーへ戻り届かない星へと手を伸ばす。
「ミーア様!!」
「!」
急に名を呼ばれ――この声は私の好きな――、手すりを掴み少し乗り出すように下を見る。
バルコニー下の通路にいたのは想像通りのあの人――ロアがいました。
「ロア? どうしたの?」
「どうしたじゃありません! 危ないです!!」
「平気よ。手を上げていただけだもの。それよりこんな時間にここにいるのは珍しいわね。お姉様のところへは行かなくて良いの?」
「……明日のために早く休むようにと」
「それならば早く休まなきゃいけないわ!」
「そうなのですが、眠れなくて少々頭を冷やしてから寝ようかと」
「では私が邪魔をしてはいけませんね。じゃあ私はもど「もし!」……え?」
「……もし、ミーア様にお時間があるのでしたら、少しお話させていただけませんか?」
「! え、ええ! 時間はあるわ。どこで話しましょうか。サロン?」
「いえ、ここで」
そう言ってロアはヒョイとバルコニーの正面にある樹へと登り、枝に座って目線を合わせる。
月明かりで煌めくアクアグリーンの瞳が私を見ている。
嬉しい。
最後かもしれないけれどロアと二人で話せるなんて!
でも絶対に手の届かない距離が私達の立ち位置を表しているようで物悲しい。
ドキドキと煩いくらいになる心臓の音がロアには聞こえないのだと思えば適切な距離なのかもしれません。
「そ、それで何のお話?」
一向に治まらない胸を押さえながら、ロアを、私の大好きな人を見る。
ロアは少しの間「うー」とか「あー」など悩んでいる様子でしたが、いつもの表情に戻って言葉を選ぶように言いました。
「俺は……いえ。あの、ミーア様は触れてはいけないものが目の前にあったとしたらどうしますか?」
「? 触れてはいけないのでしょう?」
「えぇ、でも本当はとても欲しいものなのです」
一瞬何を言っているのかわかりませんでしたが、これはきっとお姉様のことでしょうね。
私が画策したせいで、諦めようとしたのに道が出来てしまったから戸惑っているのでしょう。
ごめんね、ロア。悩ませて。
でも応援しているから。
貴方の幸せを願っているの。
だから迷わず進んでほしい。
「そうね……どうしても欲しいのならきっと触ってしまうわ」
「触って怒られても?」
「私、怒られるのは慣れてますもの」
明るい気分になるように少しおどけて、胸を張るように言えば、ロアは一瞬キョトンとしてから目を数回瞬かせ「……そうですか。ありがとうございます」と私に初めて満面笑みを見せてくれました。
それには今度は私が驚くほうで、顔が熱くなってくる。
ロアから見れば逆光になるから赤くなった顔は見えないと思うけれど、手すりから一歩下がる。手で頬を押さえたいけれどそんな事をしたらロアに訝しく思われてしまうから出来ない。
早く部屋に戻らないと。
「こ、こんな答えで良かったの?」
「えぇ、気持ちが固まりました」
「そ、そう。お役に立てて良かったわ」
「ミーア様、あの……」
「ロ、ロアも、そろそろ寝ないとダメよ!」
おやすみなさい! と言って部屋へと急ぐ。
淑女としてはいけないことだけど急いでドアを開けて入り後ろ手に閉めたら、力が抜けてしまってそのままずるずると床へ座り込んでしまいました。
ロアの役に立てた事が嬉しくて、でも胸は痛くて。
涙が止まらなかった。
+++
大会当日。
私はお姉様と一緒になぜか王族の方のみが使用できる席に座っております。
お姉様だけであれば王太子殿下の婚約者としてということでわかるのですが、なぜ私まで?
会場は良く見えますが、とても居たたまれない思いです。
お姉様は王妃様とお話されていて和やかな雰囲気ですが、ロアの心中を思うとあまりお姉様に王族の方とは親密にはなって欲しくないのです。
心の中のモヤモヤを見透かされたのかアズロ兄さまは私の鼻をつまんだり、頬を伸ばしたりして私の気分を変えようとしてくださるのですが……レディになんてことをするのでしょうか!!
ぷいっと横を向いて怒りを現していると、ふと視線の先にロアがいるのが見えました。
お姉様を探しているのでしょうか?
気が付いて欲しくて手を振ろうとしたのですが、私の背では席から降りて手すりの前に行くと何も見えません。
困っているとアズロ兄様が「さっきのお詫びに」と私を抱え上げてロアから見えるようにしてくれました。
手すりから手を振ると、ロアは気が付いてくれて珍しくニコッと笑ってくれたので、手を振り返してくれると思ったら次の瞬間には無表情になってしまい、瞳には怒りを湛えていました。
私はロアを怒らせてしまったの?
私の身体がカチッと固まったのがわかったアズロ兄さまは、私を席に座らせて「ロアは余裕がないんだよ」とポンポンと頭を撫でて慰めてくれました。
ロアが怖かったのと一か月前に酷いことを言ったのに以前と変わらないアズロ兄さまの優しさに涙が出てしまいました。
最近の私は涙もろくて淑女失格ですね。
大会が始まり、ロアは順調に勝ち進み決勝まで怪我もなく上がってきました。
もうすぐ決勝戦がはじまります。
ですが戦いの前の選手は家族と会う時間がもらえます。
私はロアとは血は繋がっていませんが、いずれお姉様の旦那様で義兄になるのだから家族枠を使えるのではと思い、お父様にお願いして控え室に行く許可をいただきました。
お姉様もお誘いしたのですが、王妃様が放してくださらず私ひとりです。
でもお姉様とアズロ兄様から手紙を渡すように頼まれているので、ロアも喜ぶでしょう。
ノックをすると「はい」と声があったので、警備の方に扉を開けてもらって中に入ります。
ロアは椅子に座り、俯いていましたが私が「ロア」と声をかけると弾かれたようにこちらを見て目を見開きました。
そんなに驚かなくても良いのに。
きょろきょろと周りを見回しているので、お姉様を探していると思うと悲しい。でもそんなことは表情に出さず微笑みます。
せっかく二人きりなのですもの。私を見て欲しい。
「ロア、決勝戦、頑張ってね」
お姉様と殿下から伝言ですと手紙を渡すとロアはぎこちない動作で受け取り手紙を読み始めました。
何と書いてあるのか気になりますが、読んでいるロアの表情が苦笑いなので激励のようなものなのでしょう。
読み終えて手紙を胸にしまったロアは私を見て「ありがとうございます」と昨日の夜のような微笑みをくれました。
その微笑みにまた顔に熱が集まるのを感じ、気付かれたくなくて、くるっと後ろを向き「これ以上邪魔をしてはいけませんので、戻ります」と告げてドアへ向かおうとしたら身体が動きませんでした。
なぜ? と思い視線を下に向けると私の身体の前には手が回っていて、背中には誰かがいて……私はロアに抱きしめられている?
どうしたら良いかわからず全身が熱くなるのを感じて、視線を彷徨わせていると体に触れているロアの手が震えているのを感じました。
ロアはしっかりしていて、いつも冷静で、だから緊張なんてしないと思っていたのに。
お姉様が言っていた『たまに可愛い』ってこういう事なんだと思ったら、ふふっと笑いが零れました。
ロアは私が笑ったことにビックリして手を緩めてくれたので、彼の手から抜け出て正面に立ち、ロアに――背が高いので――椅子に座ってもらって、目線を合わせて彼へ微笑みかけます。
私の想いが届くようにと祈りを込めて。
「ロア、大丈夫よ? 貴方は強いわ、身体も心も。だから好きな道を進んでいいの。お父様もお母様もお姉様もみんな応援しているわ」
「……ミーア様もですか?」
「えぇ、もちろん! 私が一番応援しているわ。私はロアを信じてる」
「信じる……」
「ロアが優勝して、願いを叶えられるのを信じているわ」
「……ミーア様。貴女にそう言ってもらえると力が湧いてくるような気がします」
「お役に立てて嬉しいわ」
「……一つ、お願いしたいのですが」
「何かしら、私に出来ること?」
「はい。貴女からの祝福が欲しい」
真剣な顔で懇願するような目で見られて――息が止まる。
彼の言う祝福がもし『騎士への祝福』ならば、幼い頃に私がよく彼に読んで欲しいと強請った、あの絵本の『戦いに赴く騎士へ姫が祝福をおくる』ということ。
彼の目には誰が映っているのだろう。
髪の色も瞳の色も私はお姉様と同じ色。
泣きそうになるのを押し込めて、お姉様のように優雅になるように微笑む。
最初で最後だから。
赦してね、お姉様。
「かまいません」
そう言い彼の肩に手を置き、ちょっと背伸びをして驚いた表情の彼の額にキスをした。
固まったままのロアに「貴方に祝福を」と言って、そして今度こそ部屋から飛び出した。
お姉様たちのもとへ戻るとアズロ兄様に「目が赤いけど何かあった?」と聞かれてドキッとしたけれど欠伸をして目を擦ったと嘘をついた。
嘘とわかってもアズロ兄さまは「今度は擦らないようにね」と頭を撫でてくれました。
お姉様の隣に座るとお姉様は私の手を握って、「ロアなら大丈夫よ。優勝しなかったらおやつ抜きなんだから」と笑って、励ましてくれました。
本当に素敵なお姉様。
決勝戦がはじまり、ロアの相手は騎士団の副団長のひとり。
ロアは背が高いですが細身なため、体格の良さでは相手に負けてしまっています。
勝ってくれると思っても、心配でなりません。
ギュッと両手を握りしめて乗り出すように彼を見ます。
怪我だけはして欲しくない。
始めは探るような打ち合いでしたが、流れるようなロアの剣は段々と相手を押し始めて……相手の一瞬の隙をつき、ロアの剣が相手の剣を弾き飛ばして勝敗が決まりました。
ロアが勝った……。
ほぅと息を吐くと手がじんじんとするので見てみると握りしめていたためか、爪で皮膚を切っていたようです。
手をじっと見ていたらじわりと視界が歪んできました。
ロアが優勝したから、彼の願いが叶うのが嬉しくて、だけど切なくて。
ぽろぽろと泣いていたらお姉様に抱きしめられ、アズロ兄様が「良かったね」と頭を撫でてくれました。
ロア。ロア、おめでとう。
良かったね、願いが叶うね。
幸せになってね、笑顔ですごしてね。
冷たいタオルで目元を冷やして、腫れが引いた頃に表彰式がはじまりました。
私はお姉様とアズロ兄さまと一緒に王族・貴族の列に並びます。
表彰が行われる場所には一番近いです。
きっとお姉様がいらっしゃるので配慮されたのでしょうね。
陛下と王妃様の前に跪くロア。
名を呼ばれ、立ち上がり、王妃様に胸に花を飾ってもらって、陛下と一言二言話してお辞儀をしてから一歩下がり、また跪きました。
表彰される人が全て終わったら優勝者であるロアの願いが聞かれます。
再度ロアの前に立った陛下がロアへ向けて言葉を発します。
「優勝者、クリノクロア・クラテル。貴公の願いを」
「はい、陛下。ある方への求婚を願います。私は昔から彼女を望んでいるのです」
「その人物とは?」
「この場にいます」
その言葉にざわめきが広がりロアの願いは叶わないのかと心配しましたが、陛下が手を上げると段々静かになりほどなく物音一つしなくなりました。
静まり返った場内で陛下はロアに対して何かをおっしゃるとロアは「ありがとうございます」と呟いたあと立ち上がってこちらに歩いてくる。
彼が一歩一歩近づいてくるたびに、心臓が張り裂けんばかりに痛い。
お姉様への求婚するロアはきっと素敵なんだろうと思うのに身体は逃げ出したくて、彼がお姉様の前に立つ前にここから去りたくて、一歩下がろうとしたら後ろから肩に手を置かれました。
上を向くとアズロ兄さまが「最後まで」とおっしゃった。
……そうですよね、アズロ兄様にあのような酷いことを言ったのに私が途中で逃げては申し訳が立ちません。
辛いのはアズロ兄様ですもの。
最後まで見届ける覚悟をして前を向くと、横からお姉様が私の左手を握り不安げに微笑む。
お姉様のその不安を取り除けるのであればここにいることは正解なのでしょう。
そこまで考えてらっしゃるとは、本当にアズロ兄様はお優しい。
今度こそ視線を逸らさないように向かってくるロアを見ます
緊張のためか厳しい顔をしていましたが、ふいに視線が絡まったような気がしたら、彼は微笑んだ。
あの夜のように。
お姉様を見ているとわかっても、私を見てくれたように思えて心が震える。
ロアがお姉様まであと二歩のところで立ち止まり、優雅に礼をする。
「初めて逢った時から、惹かれておりました。本来ならこの想いは封じなければならないと。でも諦められなかった。頑張り屋で他人のために力を尽くす貴女は私の光なのです。貴女のいない世界では私は生きられない」
だから。とロアは二歩あった距離をゆっくりと一歩ずつ確かめるように歩き、跪いて私の右手をとり口付けたあとアクアグリーンの瞳で私を射抜いた。
ロアは何をしているの?
私はお姉様ではないのに。
「俺は貴女が好きなんです。ミーア様。ミーアシャム・レティクルム嬢、俺と結婚してください」
ロアが私を好き?
彼はお姉様が好きではなかったの?
私は彼を好きでいていいの?
目の前のロアの姿が歪んでいく。
涙が止まらない。
「ミーア……嫌なら……」と気遣わしげなロアの声が聞こえて、ぶんぶんと頭を振って否定する。
違うの、違うの。嬉しくて声が出ないの。
ロア、ロア、大好きなの。
どうしたら伝えられるのだろう。
とん、と背中を押されてロアに抱き付くようになる。
後ろにいたのはアズロ兄様のはずで、いつの間にかお姉様の手も外れていて。
あぁ、お二人は応援してくれているんだと思ったらまた涙が溢れて、ロアの首にギュッと抱き付いて想いを伝える。
「ロア、ロア。私は貴方が好きなの。ずっと好き。でも私はお転婆で我儘で。それでもお嫁さんにしてくれるの?」
ロアは一瞬身体を強張らせたあとにゆっくりと私を抱きしめて「良かった」と零しました。
しばらくギュッとロアは私を抱きしめていましたが、その力が緩んだので私もロアの顔が見えるくらい身体を離して彼の言葉を待ちます。
ロアは左腕でだけで私の身体を支えて右手で私の頬を愛おしそうに撫でて、ふわりと蕩けるような笑顔で私を見る。
こんなロアは初めてで、格好良くて、愛おしくて……顔も身体も熱くて仕方がない。
真っ赤になった私の涙の残る目元にロアはキスを落とす。ビクッと身体を揺らした私をロアは嬉しそうに眺めると私が欲しかった言葉をくれました。
「俺はミーアがいい。ミーアじゃなくちゃ嫌だ。ミーア、愛してる」
『愛してる』
私が欲しくて、焦がれて、諦めた言葉。
「ロア、私も貴方を……」
愛してると言う言葉は、彼によって最後まで言うことは叶わなかった。
「まったく……。やっと言ったわね、あのヘタレ」
「ヘタレって、レリアってミーアの前では猫被ってるよね」
「あら、貴方だってそうでしょう? アズロ兄様?」
「君にそう言われると、背筋が凍りそうだよ」
「何が兄様よ。私の可愛いミーアに言わせるなんて。この腹黒」
「君も大概同じだと思うけど」
「私は良いのよ、本物の姉妹ですもの。貴方は私と結婚しないと義理の兄になれないのですからね」
「ソウデスネ」
「でもまあ、可愛いミーアが幸せならいいわ」
「本当に。好き合っているのにここまでしないとダメだとは」
「そう、ヘタレなのに。いつまで私の可愛いミーアを抱きしめているつもりかしら」
「そうだね、そろそろ止めさせよう」
「「可愛いミーアが穢される!!」」
お粗末さまでございました。
お姉様とお兄様は恋人というより同士(悪友)。
やっとくっ付いて良かったと思う反面、妹を取られた!と思って大いに邪魔をするでしょう。
従者の心が休まる日は遠い……。