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Re:氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
01〈勇者の帰還〉編
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第一章 (5)

 

 人工灯が照らす町並みを、俺たちは歩く。辺りはすっかり暗くなり、俺がどれだけの間気絶していたのか知らしめているようだった。


「悪いな。こんな時間まで付き合わせちまって」


 昼休みに俺がやったのは、強引に波脈を抉じ開けて波動の通りをよくしようとしたのだ。俺ができるのは最大でも身体強化ブーストワンまで。風船で例えれば膨らんでいるが、もう少し余裕があるといった程度だ。

 しかしそれでは副作用のせいで普通の学生生活が送れなくなる。

 強いだけで食っていけるなら学校なんて通わないが、こっちの世界ではなんの意味もない。必要なのは知恵と知識と、目に見えるだけの身分の証明だ。

 だから副作用の克服のため、わざと風船を割り、この大きさでは収まりきらないと認識させた。のだが……、


「あんな思いまでしてツーまでしか解禁されないとかナメてんのか?」


 そう。意識を取り戻して試してみたが、身体強化ブーストツーまで行えるようになっただけで、術式を組めるようにはならなかったのだ。 いちおう副作用は収まってくれたけど、痛みの対価がこれとは詐欺もいいところだ。


「真宵後輩はどこまで使えるんだ?」


 俺に進言できるくらいなのだから、身体強化ブーストは当然として術式構築までできるようになっているだろう。


「……初級までなら。中級以上となりますと、やはり先輩と同様、それなりの痛みを伴うことになります。ですので先輩の状態も相応の結果と言うべきでしょう」

「納得いかねぇ……」

「明日からもこの作業を続けていくのですか?」

「それも考えたけど、無理して気絶することもねぇからな。ひとまず副作用が抑えきれなくなったらやるってことで」


 第二段階が解禁されたおかげで副作用は抑えられている。現段階だと身体強化ブーストツーの波動消費量が回復量を上回っているようだった。

 重い足取りで帰路を歩き、それからはたわいない世間話に花を咲かせる。

 誰もいない道。ときたますれ違うのは仕事帰りのサラリーマンや、夜遊びに勤しむ若者。真宵後輩を見てはよからぬ行動を起こそうとする若者が近づいてきたが、持ち前の目付きの悪さで睨んで追い返している。こいつの魅力は校外でも底無しか。

 やがて廃墟街に差し掛かる。

 なんでも何年前かに町を活性化させようというプロジェクトとがあったらしいのだが、それも経済の傾きのせいで途中で頓挫してしまった。その名残と言うべきか、完成半ばで廃棄された建物や、取り壊し予定だった物件がいくつも残っている。

 新しく活用するにも費用がかかるということで、当時のままから放置されていた。

 その先にポツンとあるのが教会だ。当時のプロジェクトに猛反抗したため、こうして周りは廃墟だらけになった空間に取り残されている。聞いた話によると身寄りのない子供を引き取って世話をしているらしいが、昼間に訪れても不気味な場所になど誰も寄り付かない。

 大人たちも教会にいる人々を気味悪がり、近づこうとしなかった。

 それでも俺たちが通りかかったのは、ただの気まぐれでしかない。

 自分たちが生まれ育った町を、改めて見ておきたいと思ったのもあるだろう。

 そんなときだった。


「……は?」

「先輩っ!」


 ――金色の少女が、砲弾のごとき勢いで、俺を目掛けて飛んできたのだ。

 異世界は、わりとなんでもありだった。酒場で酔った者たちが勢いで波導をぶっぱなしてお互いを弾き飛ばしたり、戦場で高所から飛び降りたりするのは何度も見ているし、やったこともある。

 しかしだ。ここは異世界ではない。

 戦いがあるわけでもなければ、常軌を逸した動きを再現できるわけでもないのだ。

 だというのに決して小柄ではない少女の体躯が真横になって、吹っ飛んでくる。

 我が目を疑うとはまさにこのことだ。

 少女が俺を目掛けて真っ直ぐに飛び込んでくるのが見えているのに、頭ではそれがあり得ない光景として処理されてしまい、一切の反応が禁じられたように、指一本として動かせずにいた。身体が言うことを利かない。避けろと命じても行動しない。

 そして勢いの上乗せされた少女に巻き込まれた俺は、二回三回と地面をバウンドして、痛みを受けてようやく反応を取り戻した。空中で足を振り回して上下を逆転させると、意識が朦朧として受け身のとれそうにない少女を抱え、地面に二本の焦げ跡を刻みつつ停止した。


「先輩、大丈夫ですか?」

「これが大丈夫に……」


 軽口を叩こうとして顔を上げると、真宵後輩は俺を見ていなかった。少女が飛んできた方向を目を細めて凝視していた。

 俺もそちらを見ると、暗闇の向こうから一つの影が近づいてくるのがわかった。

 じんわりと肌を焦がす殺気が空気を伝い、貫いていく。


「――おや? もしやそのお嬢さんの援軍かね?」


 厳かな呟きが聞こえた瞬間、全身が総毛立った。

 神父の格好をした男が月明かりに照らされ、俺たちの前に姿を現した。身長は二メートルはあるだろうか。衣装の上からでもくっきりと浮かび上がる隆々とした筋肉は、スポーツ向けに鍛え上げたのではなく、人を殺すことでそうなった印象だった。

 右手には巨大な図体をゆうに越えるハルバートが握られている。

 堀の深い造形の顔立ち。神経質そうに細められた目が、舐め回すよう俺たちに視線を這わせている。


「いや、違いますね。貴方たちは偶然ここを通りかかっただけのようですね。特有の臭いがまったくしませんが――ただならぬ異臭を漂わせているのもまた事実」

「おいお前、なにをわけのわかんねぇことをベラベラ言ってやがる」

「今から死にゆく貴方たちに説明する必要がありますか?」


 右手にたずさえたハルバートが地面から起き上がり、月明かりを反射して鈍い輝きを放つ。


「先輩」


 真宵後輩は感情の欠落した冷ややかな目で俺を待っていた。

 ただし、その目は俺に向けられていない。荘厳な雰囲気をまとう神父への実力の差を見切れない愚かな態度に嫌気が差したのだ。

 しかしそれは俺もだ。会ったばかりで状況がさっぱり理解できないのに、いきなり殺すなどと言われていい気分でいられるわけがない。


「ああ、わかってるよ真宵後輩」


 少女を寝かせてそう言うと、首飾りを右手に踏み出す。


「勝手に殺そうとしてんじゃねぇよ。――殺すぞ?」

「……なるほど、少しはできるようですね。見誤っていました。なれば全力をもって排除させてもらおう。私の邪魔は誰にもさせません」

「邪魔はさせない? 俺はお前の目的もなんも知らねぇ、巻き込まれただけなんだぜ? だったらちょっかい出さねぇで素通りしてりゃあよかったんだよ」


 俺の言葉に反応して滲み出た殺気を感じて重心を低くする。

 不意になにかが収束するような甲高い音が耳に届いた。眼球だけで周囲を探るも、どこにも異常は見当たらない。


「なのにお前は俺を排除しようとした。その時点でお前は終わってたんだよ」

「――なに?」

チェック・・・・だ、オッサン」


 首を掻っ切るゼスチャーと共に俺は告げてやる。

 すると神父は俯いて喉奥でくつくつと体を痙攣させたかと思えば、猛然と背中を逸らして大声で笑いだした。


「私を前にしてそれだけ言えるとは大したものです! そこのお嬢さんよりずいぶん見所がありますね!」


 ひとしきり笑った神父はハルバートの尖端を突きつけると、獰猛な笑みと共に名乗る。


「我が名はディクトリア。――魔術師、ディクトリア=レグルドだ!」


 がちりと。

 再び歯車が動き出す。


 

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