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Re:氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
02〈スカーレット・レイン〉編
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第四章 (5)


 まずは状況の整理をしよう。

 真宵後輩に治療を受けて怪我は治っているが、正直万全とは言い難い。ただでさえ異世界から帰還してステータスが下がっているのにダメージが残っているのだから、戦闘は避けるのが当然だろう。

 雪平双獅の実力はかなり高い水準にあるだろうが、魔術師・ディクトリア=レグルドにに比べれば遠く及ばないだろう。ただ相手は異世界にはなかった銃器を主体とし、波導と違い詠唱も前動作も必要ない超能力もある。一人で戦えば苦戦を強いられていただろう。

 だが、俺には真宵後輩がついている。敗北は絶対にありえない。RPGで言えば勝利確定イベントのようなものだ。

 しかし勝つだけでは意味がない。雪平先輩が俺を殺そうとする理由(、、、、、、、、、、)を叩き折り、戦意を失ってもらわなければならない。

 まさか雪平先輩があの言葉が本音とは言うまい。

 ただ俺を殺すだけなら白波先輩とテーマパークに行ったときを狙わず、一人でいるときに仕掛けるのが賢い選択だ。白波先輩を巻き込む可能性があっては元も子もない。

 だが、あれがまったく本音ではなかったわけではないだろう。正確には一部だったと言うべきだろうか。

 どうにかして雪平先輩の本音を暴き、その上で徹底的に叩き折る。

 すでに白波先輩の復讐にピリオドは打たれたのだ。これ以上つき合ってやる義理はない。


「真宵後輩、サポートは全面的に任せる」

「了解です。先輩は守りは気にせず、とにかく攻めてください」


 返事の代わりに行動で示す。腰を低く沈めると猛然と蹴り出し、地面ギリギリを滑空するように突き進む。向かい風に煽られながら、雪平先輩の姿がどんどんと近づいてきた。

 二丁拳銃で迎撃しようと構えた雪平先輩。俺はその直前で彼を飛び越えるように体を捻ると、逆さまの体勢から無防備な背中に斜め下から剣を叩きつける。だが、人間離れした反射速度を発揮し、素早く反転。体を後ろに倒しながらの連射が俺を襲った。

 とっさに剣で弾こうと軌道を変えそうになるが――。

 それより早く、薄透明色の壁が銃弾を弾き返した。

 地杖を前に突き出した真宵後輩の姿が目に入る。しかし不満そうな表情をしているのは、俺がとっさといえど防御の姿勢を見せたからだろう。

 剣を少し動かしただけなのに目敏いヤツめ。

 俺は口角を吊り上げ猛獣じみた笑みを作り、そのまま斬撃を続行する。

 雪平先輩は銃爪を絞りまくる。連続して放たれる弾丸は俺の目の前――わずか数センチ離れた位置で壁に阻まれ、空中に停止する。その光景は当たらないとわかっていても恐ろしく、銃口炎が弾けるたびに鼓動が跳ね上がった。


「おおおおおおおおおッ!!」


 それを捻じ伏せるわけにではないが、気合いの咆哮を迸らせながら腕を振り抜く。

 俺にはこの一撃が雪平先輩を切り裂く確信があった。

 ――だが次の瞬間だった。

 雪平先輩の姿がブレたかと思えば、唐突に視界から消えて失せたのだ。


「……っ!?」


 空振るなど頭になかった俺は盛大にバランスを崩し、転びこそしなかったが無様な格好を晒しながら寸でのところで踏みとどまる。

 しかし俺の頭は疑問でいっぱいだった。確実に当たると思った一撃を躱された? ありえない話ではない。翔無先輩のように空間移動の能力者なら、直撃さえしなければいくらでもダメージを回避できる。

 俺は瞬時に疑問を放棄すると、すぐさまその場から離脱する。戦闘において判断を鈍らせることと動きを止めることは死に直結する。そして俺は正解を引き当てた。

 直前まで俺がいた場所に、いくつもの弾痕が刻まれていたのだ。

 しかも明らかに銃撃の威力を凌駕している。喰らっていたら蜂の巣どころではない。まともに原型を保っていなかっただろう。

 柄を握り直しながら上を仰げば、雪平先輩が落下してくるところだった。膝の伸縮を上手く使って着地。不気味に染まった双眸で俺を見据えてくる。


「初見で躱されたのはお前が初めてだ、冬道」

「あんたの初めてなんかもらったって嬉しくねぇっての」


 ふざけた言い回ししやがって。余裕のつもりか。

 雪平先輩を注意深く観察しながら、バックステップで真宵後輩の位置まで下がる。


「いまあいつ、なにやったんだ?」


 悔しながら俺には見破れなかった。真宵後輩は「ふむん」と息をつく。


「加速したとしか言いようがありませんね。私には先輩が空振ったようにしか見えませんでしたから」

「チッ。まためんどくせぇ能力だな」


 そう言って俺たちは左右に弾ける。加速して間に割り込んできた雪平先輩は、俺の即頭部に鋭い切れ味の蹴りを放ってきたのだ。空気を切る音を耳にしながら天剣を持ち上げようとした俺の腕に、立て続けに蹴りが向かってくる。

 おもわず舌打ちをこぼして天剣を属性石に戻すと手を引き、体を捻って遠心力を加えつつ再復元。まばゆい光が迸り、一瞬にして小さな石が剣へと変貌を遂げる。剣の軌道は雪平先輩の首を捉えている。黒く変色したヤツの目がじろりと俺を見据えた。

 大気を揺るがす大音響と共に雪平先輩の姿が掻き消える。直前まで雪平先輩がいた場所は大きく抉られていた。


「上です先輩っ!!」


 剣を振り抜く直前で腕を停め、空を仰いだ。そこに雪平先輩はいた。

 雪平先輩は足を振り回して空中で縦に回転すると、勢いを上乗せした踵落としを繰り出してくる。銃撃ならまだしも単純な蹴り技に真宵後輩の手を煩わせるまでもない。そもそも真宵後輩も俺がこの程度を喰らうとは甚だ考えていないらしかった。

 動きは見えている。防御するも反撃するも難しくはない。

 だが、そんな俺を嘲笑うように振り落とされるヤツの足が霞む。加速を使って振り落としの速度を急上昇させたのだ。これで反撃の選択肢は潰された。

 俺は刀身を寝かせるようにして持ち上げ、踵落としを受け止める。とんでもない衝撃が襲いかかり、腕の感覚を一時的に麻痺させた。手から叩き落とされ地面を跳ねた天剣を、雪平先輩は遅滞なく後方に蹴り飛ばした。

 速度は増したということは比例して威力も上がる。現状で俺は身体強化Ⅲまでが限界だ。だが、加速の施されたヤツの攻撃を防ぐには三段目の強化では足りないらしい。

 俺は内心で舌を巻きつつ加速によって視認不可になった蹴りを避ける。しかし回避は完全には間に合わず、刃に切られたかのように胸に横一線の傷跡が走った。見えないながら(、、、、、、、)

この程度で済んだのだ。文句は言うまい。

 蹴りが加速しても、雪平先輩が見えなくなるわけではない。前動作を見て事前に回避行動に移れば直撃だけは逃れられるだろう。多少のダメージは割り切るしかない。

 血飛沫を無機質に見つめながら後退。地面に突き刺さった剣を引き抜きつつ、雪平先輩と視線を交錯させた。

 黒い――どこまでもどす黒い感情が渦巻いた瞳。


「邪魔なんだよ……いい加減、おれたちの前から消え失せろッ!!」


 二丁拳銃が火を噴いた。銃口が向けられた瞬間に射線から抜け出していたおかげで第一陣は躱せた。しかし、俺をゾッとさせるには十分だった。地面にいくつもの弾痕――否、人間の頭部大の陥没跡が何個もできあがっていたのだ。

 おそらくは銃撃だったのだろう。銃を使ったのだから当然だ。だが、なんとか目で追いきれていた弾丸が、今はまったく見えなかったのだ。撃ち出される際の銃口炎が弾けたときに、それは完了していた。

 嫌な汗が頬を流れ、顎を伝って地面に滴り落ちる。


「にぃ! やめてよ!」


 愛璃が叫ぶが、雪平先輩の耳には届いていない。

 雪平先輩の様子は明らかにおかしい。もしかすると愛璃に押し付けられた感情が原因なのかもしれない。

 八年前の時点で雪平先輩は理性を破壊され、完全なる殺人兵器へと成り果てた。白波先輩が殺されなかったのは、ギリギリで殺人衝動を押さえ込んだからだ。

 それに白波先輩の話では雪平先輩も自分の家族を巻き込んでしまったというのに、まるで覚えていないような態度をとっていたとか。

 これは俺の推測でしかないが、雪平先輩のなかにまだ押し付けられた感情が残っていて、少しでも悪意ある思考を抱けばそれに呑まれてしまうのかもしれない。

 だからこそ彼は気怠そうな態度で、何事にも無関心を装っているのかもしれない。


「があああああああッ!!」


 涎を口から溢れさせた雪平先輩は、正気を疑うような形相で、銃を連発させながら接近してくる。次々にできていく銃痕に寿命を削る思いで飛び回る。呼吸する時間さえ惜しいと感じるなか、ふと疑問が生じた。

 加速能力を自身と弾速に使えば、俺が回避する暇も与えないはずだ。

 もちろん雪平先輩もわかっているだろう。ほんきで俺を殺す気でいるのだから、手加減をするわけがない。ならばどうしてそうしないのか。

 おそらく加速を行えるのは一回につき一つに限るのだろう。銃撃を加速させようとすれば自身はそのままになり、逆もまた然りといわけだ。


「双獅やめなさい! 私はそんなこと……」

「――だめなんだよッ!!」


 雪平先輩は白波先輩の言葉を遮る。


「こいつがいたんじゃ華憐ちゃんが幸せになれないッ。こいつは必ず、華憐ちゃんや愛璃を不幸にするんだッ!! だから殺す。こいつを殺して、おれが二人を守るんだよォッ!!」

「……ッ、双獅……」


 絞り出すような白波先輩は呻き、唇をきつく噛み締めた。彼女がいまどんな気持ちでいるのか知る由もない。ずっと一緒にいた家族同然の存在が、狂ったように暴れるその姿にどんな心境でいるのか。

 白波先輩には申し訳ないが、俺は冷めた感情しか抱くことができなかった。


「くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ。他人の幸せをお前が勝手に決めてんじゃねぇぞ」

「うるさいんだよッ!! お前さえいなければ、お前さえいなければッ!!」

「俺がいなかったらあの二人が幸せになれるのか? 冗談じゃねぇよ」


 一陣の風となり、俺は雪平先輩の懐へと潜り込む。いっさいの工夫のない右上からの斬撃。しかし自身の目にすらいくつもに分裂して見えるほどの速度だ。狂乱していた雪平先輩が受け止められたのが意外なくらいだ。

 耳をつんざくような音が響き、飛び散った火花が両者の顔を明るく照らす。銃を交錯させて斬撃を受け止めた雪平先輩だったが勢いまでは殺せない。靴底を激しく摩擦させながら交代し、俺は鍔迫り合いに持ち込む。


「ほんきでそんなこと思ってんのか? ――だとしたらお前、滑稽すぎて笑えねぇっての」


 手首を返して力を誘導。上段からの一撃を下からの振り上げに変化させ、雪平先輩の銃を二丁とも両断した。己の武器が破壊された雪平先輩は、自由になった両手で俺の首を絞めようと手を伸ばしてくる。俺は足を踏み変えて数歩下がってやり過ごす。


「今のではっきりしたぜ。お前の事情を俺に押し付けてんじゃねぇぞッ」


 体を後ろに大きく引き、雪平先輩の額に自分の額を打ち付ける。鈍い音が直接響き、眼球のなかで火花が弾けたような気がした。

 雪平先輩は額から血をまき散らしながらたたらを踏む。


「お前は二人のためになんか戦っちゃあいねぇよ」

「知ったようなこと言ってんじゃねぇぞッ!! おれは華憐ちゃんと愛璃の為に――」

「言いたくもなるっての。残念なことに、あんたの気持ちは俺にもわかるんだよ」


 ――腹立たしいことこの上ないが、雪平先輩の立場にいたら、似たようなことはしたかもしれないから。

 俺は右足を飛ばし、雪平先輩の足を払う。ぐらりと上体が泳いだ。すかさず黄金の剣を突き込むが、雪平先輩は素早く照準を定めて連発。多段階の衝撃が剣を介して腕に伝わり、今度は俺が宙を泳ぐことになった。

 勝利を確信した表情の雪平先輩が俺を狙い撃つ。しかし通らない。真宵後輩の鉄壁の防御は鉄の塊ごときに貫かれたりしない。

 俺は勢いに逆らわず体勢を逆転させ、雪平先輩の足を掴む。そのまま体を捻ってすくいあげると、組み伏せるように地面に引き倒し――、


「チェックメイトだ」


 喉元に剣を突きつけて勝利を宣言した。この距離ならば、たとえ加速を使われたとしても即座に対応できる。銃撃だろうが体術だろうが、俺の間合いで俺のペースに持ち込めている以上、よほどのことがない限り逆転を許しはしない。

 さらに真宵後輩までいるのだ。――決着はここについた。

 それがわからない雪平先輩ではあるまい。抵抗の意思は消えていないが、実際に行動に起こすつもりはないようだった。


「せ、先輩! にぃを殺さないでっ!!」


 後ろから愛璃に抱きつかれよろめいてしまう。

 その隙を突き反撃しようと銃を握り直した雪平先輩だったが――そんなことは許さない。


「――氷よ、雪女の甘い吐息を」


 硬質的な叫びを上げ地面から飛び出した棘が、雪平先輩の身動きを封じた。

 剣を下ろして息を吐き出すと、背中にくっつく愛璃を引き剥がそうとする。だがどこにそんな力があるのか、服をがっちり掴んだ彼女はいっこうに離れない。


「お願いします! うちにできることがあるならなんでもするっすから、にぃを――うちのたった一人の家族を、殺さないで……!」


 滂沱の涙を流し懇願してくる愛璃。……こいつはなにを勘違いしていやがる。


「心配するな。誰もそんなことしねぇっての」

「へ……?」


 愛璃は涙しながら間抜けツラを作るという器用な芸を披露する。

 天剣を属性石に戻して肩に手を当て、首を鳴らす。さすがに一日に連戦は体に負担が大きかったようで、えげつない音がこぼれた。


「つうかさっさと離れろ暑苦しい。いつまでそうしてるつもりだ」

「わっ、ご、ごめんなさい」


 飛び上がるようにして愛璃は離れた。

 ため息をこぼして雪平先輩を見る。氷に体を拘束された雪平先輩は、視線だけで殺せるのではないかと思えるほどの目で俺を睨みながら、なんとか脱出しようと手足をでたらめに暴れさせている。しかし波導で構成された氷を暴れただけで壊せるはずもない。


「諦めろ。あんたじゃそれを破るのは無理だ」

「ふざ、けんじゃねぇ……ッ!!」


 氷の棘が肌に食い込み、表面を赤く染め上げていく。


「おれが、守るんだッ!!」

「……さっきからうっせぇんだよ。独りよがりもいい加減にしやがれ」


 自分でも驚くほど低く唸るような声が口から発せられた。


「違うだろ。あんたは二人を守るために戦ってんじゃねぇよ。――あんたは、二人が近くからいなくなるのが怖かっただけなんだよ」


 その感情は、俺も痛いほど共感できた。当たり前に感じるほど近くにいるからこそ、その人の意識が自分から離れていったときに感じてしまうのだ。

 寂しいと。こっちを見てほしいと。

 ここ最近、白波先輩は復讐を果たすため、俺と多くの時間を過ごしていた。

 その復讐相手である雪平先輩が手伝うことはできなかったのかもしれないが、それでも少しは頼ってほしかったのだ。ぽっと出のどこの馬の骨とも知れない男に気を許し、はてには恋人紛いのことまでやっていた。

 もしも真宵後輩がそんなことをしたならば、俺はきっと感情を抑制できない。その相手を八つ裂きにしてしまうことだろう。

 雪平先輩は顔を歪め、口をつぐむ。

 そんな雪平先輩に近づく影があった。白波先輩だ。


「……どうしたんだよ華憐ちゃん。そんな怖い顔して」

「するに決まってるじゃない。なんで、こんなことしたのよ」


 白波先輩は拳を震わせ、今にも殴りかかりそうな雰囲気を漂わせていた。


「私や愛璃を守るため? ふざけないで。私たちはあなたの籠のなかにいなければ生きていけないとでも思っているの? そんなわけないじゃない……ふざけるのもそこまでにしなさいよ。――あなたが、私の家族を殺したくせにッ!!」

「……っ。ああ……そう、だな」


 そこで雪平先輩の凄まじいまでの攻撃性が、最初からなかったかのように消え去る。白を侵食していた黒も引けていき、糸の切れた人形のように項垂れた。


「ごめんな、華憐ちゃ――」

「……謝らないで」


 雪平先輩の言葉を遮った白波先輩は、氷で肌が傷つくのも構わず彼の胸に飛び込んだ。

 急な展開に理解が追いついていなかった雪平先輩だったが、ゆっくりと下げた視線の先にいた白波先輩を見てようやく飲み込めたのだろう。俺を殺そうと野生を全開にしていた人とは思えない慌てっぷりで、目を白黒とさせている。


「私はあなたを絶対に許さない。だから、ずっと私の傍にいなさい」

「――え……?」

「何度も言わせないで。あなたはずっと私の傍にいて、一生をかけて罪を償うのよ。私が許すその日まで、ここからいなくなってはだめよ」


 白波先輩は聞く者を魅了する美しい旋律で言葉を紡ぐ。


「私は絶対に、あなたを許さないわ」

「……ああ」


 もう大丈夫だろう。俺は心のなかで呟いて氷の拘束を解除する。

 パキパキと音を立てて氷が砕け散ると、わずかな間も置かず雪平先輩は白波先輩を抱き締めた。

 俺はといえば、それをただ冷めた気持ちで見るしかなかった。人を自分たちの事情で巻き込んでおきながらこれ以上関わるなと襲われ、大立ち回りをしたというのに、結局は自分たちで解決してしまったのだ。バカバカしいにもほどがある。

 なにがあなたを許さないだ。なに清々しい顔で抱き合ってんだ。こっちは迷惑してるんだよ、ざけんじゃねぇ。ふつふつと沸いてくるこの怒りはどこにぶつけたらいいのだ。

 苛立ちに足踏みする。すると、誰かが俺の肩を叩いた。


「あの……先輩」

「あ? なんだよ」


 乱暴な口調で振り返れば、愛璃が深々と頭を下げていた。

 俺はおもわず面食らって言葉が出てこなくなる。


「うちやにぃのせいで、先輩にはたくさん迷惑をかけました。謝って許されないのはわかってるっすけど、その……ごめんなさい」

「お前が謝ることじゃねぇだろ」


 雪平先輩とか白波先輩とか、俺に謝るべき人間はほかにいるってのに、抱き合って二人だけの世界に入ってやがる。ふざけんじゃねぇっての。


「で、でも、元はといえばうちが――」

「気にしてねぇからいつまでも謝んな鬱陶しい。さっさとどっか行け」


 しっしと手を振りながら言えば、愛璃は小さく微笑んで「先輩はやっぱり辛辣っすね」と捨て台詞を残して、二人に混ざっていく。――ったく、なんで俺がお膳立てしてやらにゃあならんのだ。


「どう思うよ、真宵後輩?」

「さあ」


 気の抜ける返事に肩をがくりと落とす。こいつに期待したのが間違いだった。


「ひとまず、これで俺たちはおさらばしていいんですよね?」


 ポケットに手を突っ込んだまま、背後に現れた翔無先輩に言う。

 すると驚きに息を飲む気配があった。なにを驚いているのやら。まだ戦闘の余韻のせいで感覚が研ぎ澄まされているのだ。切羽詰まった状況でならまだしも、余裕のあるときに突如として後ろに誰かが出現すれば嫌でもわかる。

 そして火鷹。お前はなんで俺の腰に抱きついていやがる。


「そうだねぇ。できたてホヤホヤのテーマパークを派手に破壊してくれたこととか言いたいことは山ほどあるけれど、蓋を開けてみたら実にくだらない内輪もめに巻き込んじゃったわけだし――うん、お疲れさま。ごめんね、迷惑かけちゃってさ」

「ほんとですよ。もう二度とごめんです」

「あはは、かっしーはほんとうに素直だねぇ。まあもっとも――」


 翔無先輩はにやりといやらしい笑みを浮かべ、俺と真宵後輩とを視線を行き来させる。


「君にはこれから重大なイベントがあるわけだしぃ? 引き止めるのもいだだだだだっ!?」

「黙れコラ。頭かち割るぞ」

「現在進行形でそうされそうなんですけどねぇ!?」


 俺に鷲掴みにされる翔無先輩の頭蓋骨からは、聞こえてはならない音が鳴っている。

 翔無先輩が暴れながら涙目で腕をタップしてくるので、渋々ながら地面に落とした。「ぎゃんっ!?」と女の子らしからない悲鳴を上げ、ぶつけたお尻を痛そうにして撫でている。


「き、君はマジで容赦ないねぇ。ボク先輩だよ? もっと敬えよ」

「だったらそれに見合う態度をとりやがれ」

「あれ、ついに敬語もなくなっちゃった? しまいには泣くぞこら」


 俺としてはいっこうに構わないが、正直に言うと面倒そうなので黙っておく。この人のウザさは天下一品なのだ。触らぬ神に祟りなしである。


「今回ばかりはそこの女の言うとおりです。先輩にはこれから、重大なイベントが待ってるんです。早く行きましょう」

「お、おい。焦んなくたって俺の答えは変わんねぇっての」


 真宵後輩に手を引かれてバランスを崩して転びそうになりながら、半壊したテーマパークを去る。

 ずんずんと歩を進める真宵後輩の横顔は耳まで真っ赤になっていて、かなり恥ずかしがっているのが窺えた。


 ――なんだ。俺だけじゃないのか。


 夜空に浮かぶ月を見上げて頬の熱を冷ましながら、真宵後輩の手を握り直す。ただ掴まれるだけだった形から、恋人つなぎへと。


「好きだよ、真宵後輩。ずっとずっと好きだった。俺と付き合ってくれないか?」


 立ち止まった真宵後輩が、俺の胸に飛び込んでくる。


「もちろんです。先輩と付き合えるのは、私だけなんですから」

「なんだよそれ。ひでぇ言い草だな、まったく」


 俺は真宵後輩の温もりを抱きしめ、彼女の頭を撫でる。


「先輩、好きです。大好き、大好きです。もう一生――離れてあげません」


 囁かれた言葉に、背筋に寒気が走る。

 ……ちょっと、重たいなぁ。

 だけどそれが心地よい。俺には重いくらいがちょうどいいのだ。

 俺はぎゅっと真宵後輩を抱きしめる。


「いいぜ。俺も一生、お前を離したりしねぇよ」

「はい……!」


 この日、俺たちは元勇者、異世界からの帰還者という関係のほかに――恋人と、新たに書き記された。



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