第四章 (3)
翔無先輩から監禁場所を聞いたとき、どうしてすぐにそこを思い浮かべなかったのだろうと自分を恥じた。アトラクション用のディスプレイを自由に扱える部屋なんて管理人室くらいだろう。誰にも見つからない場所を監禁場所に選ぶのはセオリーだ。
たしかに派手なエフェクトを撒き散らすアトラクションが多く、影となる場所はなかなか目につきにくいかもしれない。
それにしても、と俺は目の前で足を組むにやけ面の先輩を半眼で見据える。
遠いと言うから身構えていたのに、管理人室とやらは入場口正面にあるディスプレイの裏の、それを設置するための台のような建物だったのだ。壁に不自然な継ぎ目があって蹴り破れば「やあ」と翔無先輩が陽気に手を振っていた。
「キョウちゃんのやわこいおっぱいの感触が楽しめなくて残念だったかい?」
「…………」
意外なことに火鷹は着痩せするタイプだった。肩を貸すにあたってどうしても密着してしまうわけだが、その際に脇腹に触れる彼女の胸がとんでもない柔らかさを伝えてきたのだ。
白波先輩の自称Fカップほどではないにしろ、まず間違いなく真宵後輩や翔無先輩よりひとまわりは大きい。
「ちょっとかっしー、ボクのどこを見てるんだよ」
翔無先輩は体を抱くようにして胸を隠す。
「ちっちゃいなって」
「言うなッ」
くわっ、と目を剥いた翔無先輩はテレポートを使ってまで俺に詰め寄り、鬼のような形相で言ってくる。
「ボクは成長期なんだっ! これから大きくなるっ!」
「はっ」
鼻で笑って嘲笑してやれば、翔無先輩は「むきーっ!!」と地団駄を踏んだ。
「翔無先輩のちっぱいはどうでもいいとして」
「おい誰がちっぱいだって!?」
「うるさい」
憤怒の形相で詰め寄ってくる翔無先輩の顔面を鷲掴みにして黙らせる。
「それにしてもよく無事でしたね。正直かなり焦りましたよ」
「き、キョウちゃんに監視任務を頼んでたのはボクだからねぇ。事前に話は聞いてたんだけど……い、いい加減に離してくれないかな?」
聞き捨てならない言葉に俺は翔無先輩を地面に下ろす。
こめかみを押さえて涙目になった翔無先輩に火鷹が駆け寄り『暴力振るわれた同盟』なるものを結成していた。お前らがバカなことやるからだろうが。
「火鷹に監視任務を頼んでたってどういうことだですか こいつが仮面男と一緒にいるのと関係してるんでしょう?」
「もちろんさ。かっしーには前に言っただろう? 華憐が追ってる能力者の痕跡を見つけたって。そこから能力者のところにたどり着けたんだよ」
「だったらなんで言ってくれなかったんですか?」
「だって君、乗り気じゃなかったじゃん」
うぐっ。たしかにそれを言われると何も言い返せない。
「それに下手に言うと勘づかれるかもしれないからねぇ。彼からしたら、知っているのはキョウちゃんだけだと思っているからねぇ。バレたらキョウちゃんが危なくなる。ボクとしてはそれだけは避けたかったんだよ」
翔無先輩はそう言って縄で腕を縛った仮面男に視線を投げた。遠心力が最大限に乗せられた回り蹴りを喰らっては、さすがに能力者でも耐えるのは難しいだろう。
「まあ、なんにしてもこれで全部終わりだねぇ」
「…………」
翔無先輩は体をぐっと伸ばして肩をほぐす。
しかし、そんな彼女の言葉に俺は引っ掛かりを覚えていた。これで終わりだって? そんな馬鹿な。まだ納得していない部分がたくさんある。
翔無先輩と火鷹がよそ見をしているのを見計らって仮面男に近づき――仮面を外した。
遅れて反応した二人が俺の行動に驚愕していた。なにをそんなに驚くことがある。当然の行動だろう。
「……なるほどな。そういうことか」
そんな二人をよそに俺は納得する。
たしかにこれなら、まだ幼かった三人が生き残れたのにも頷けた。
仮面男の正体は――雪平双獅だったのだから。
痛いほどの沈黙が流れる。
八年前に多くの人間を殺し、白波先輩を襲ってきた能力者が、彼女と同居する男だった。
本来ならば驚くべきなのだろうが、俺はむしろ納得してしまっていた。
雪平先輩は襲われた側ではなく、襲った側だった。事を起こした理由は俺の知るところではないが、妹を大切にしている雪平先輩が彼女を襲わなかったのは当然のことと言えた。
「近くにいる人間が敵だってんだから、そりゃあ言えねぇよな」
「かっしー、勝手なことをするのはやめてくれないかい?」
「俺だって巻き込まれてんですよ。これくらいする権利はあると思いますが?」
苛立ちを滲ませた翔無先輩に淡々と言い返す。
「――そんな……」
今度は俺を含めた全員が驚愕し、硬直せざるを得なかった。
さっきまで意識を失っていた白波先輩が目を覚ましていたのだ。その視線の先には仮面を外された雪平先輩が映っており、彼が白波先輩の追っていた能力者なのだと、どうしようもないほどに物語っていた。
「なんでよ……なんであなたが……? 答えて――答えなさい双獅っ!!」
吊り下げられていなければ雪平先輩に掴みかかっていただろう勢いで絶叫する。
怒りが剥き出しになり、縛られた手首から血が滲み出すのも構わず近づこうとしていた。
「……あーあ。バレちまったか」
ゆっくりと顔を上げた雪平先輩は、気怠そうな雰囲気を醸し出しながら呟いた。
それは白波先輩の激情をさらに煽ることになり、目を血走らせて雪平先輩に言及を投げかけていた。さすがに見かねた翔無先輩が宥めようとするが、一度爆発した白波先輩は止められずにいた。
俺はため息を吐き出すと、暴れる白波先輩の脳天に手刀を振り落とす。
「落ち着いてください白波先輩。これじゃあ話になりません」
「うるさい! あなたは引っ込んでなさい!」
恐ろしい剣幕で怒鳴られた俺は、もう一度ため息をこぼした。
「人のこと巻き込んどいで引っ込めはないでしょう。ふざけてんですか?」
天剣を復元させ、白波先輩を縛る縄を切断する。よほど体重をかけていたのだろう。勢いよく床に叩きつけられ、顎を抱えて蹲ってしまった。あの勢いで顎をぶつけたらかなり痛いだろう。
しかし痛みが冷静にさせてくれたようで、呻きながら起き上がった白波先輩の目には知性の色が戻っていった。
「……ごめんなさい、かしぎくん」
「別にいいですよ。気持ちはわかりますから」
俺だって同じ状況だったら冷静でなどいられない。きっと白波先輩より大暴れしていただろう。
申し訳なさそうに頭を下げていた白波先輩は表情を引き締め、雪平先輩と対峙した。
「双獅、あなただったのね。私たちの家族を殺したのは」
「……ああ、そのとおりだよ、華憐ちゃん」
雪平先輩は実に落ち着き払った態度で、自分の罪を認めた。
ぎりっと白波先輩の歯が軋んだ。
「どうしてよ。……どうして、そんなことしたのよ……!」
だが次の瞬間には、彼女の目からは堰を切ったように涙が溢れた。
「ごめんな華憐ちゃん」
「……っ!! 私は謝罪が聞きたいんじゃない。どうして私の家族を殺したのか――私の家族を殺しておいて平気な顔をしていられるかが聞きたいのよっ!!」
「……ごめんな」
白波先輩から明確な殺気が溢れ出した。雪平先輩が落とした銃を拾い上げ、撃鉄を起こして照準を定め、いっさいの躊躇を忘れて銃爪を絞ろうとする。
雪平先輩は抵抗らしき抵抗を見せない。彼の実力からすれば、その場を動かずに白波先輩を無力化するなど造作もないだろう。やらないということは、殺されてもいいと考えているからだろう。
ふざけんな。誰がそんな甘っちょろいことさせるかってんだ。
散々振り回してくれた挙げ句、わけのわからないまま結末を迎えさせてたまるものか。
俺は素早く手刀を振り上げ、銃を叩き落とそうとする。
そんなときだった。
「にぃを殺さないでっ!!」
あまりにも場違いな悲鳴が届いた。
ハッとして振り返った白波先輩は、現れた人物を見て息を飲む。そこにいたのは、雪平先輩の妹である愛璃だった。肩で息を切らせながら白波先輩に飛びつくと、その手から銃を奪って外に放り投げた。
だが、俺がそれを認識したのはだいぶ遅れてから。
そのとき俺は別の人物に気を取られていた。
「真宵後輩……」
愛璃を連れてきたのが、目元を赤く腫らした元勇者の片割れだったのだ。




