第四章 (2)
絞られた銃爪。橙色の銃口炎が弾け、呆然と立ち尽くしていた俺へと容赦なく殺到した。音速を超える銃弾に一拍遅れるのは致命的で、しかし運良く持ち上げた天剣の刀身がそれを弾き返した。
火鷹の小枝のような細腕が強烈な反動が蹴り上げた。組み伏せたとき肩を捻ったのか片方の拳銃を取りこぼし、苦しそうに肩を押さえている。額からは大量の脂汗が流れ、ポーカーフェイスを崩していた。
それでも火鷹の瞳には戦闘続行の意思が煌々と宿っている。もう片方の拳銃で俺を撃ってくる。回避行動のために身構えたが、訪れたのは空撃ちの音だけ。あれだけ撃ちまくれば弾切れになるのは当然だった。
火鷹は拳銃を歯で咥え片手で器用に弾倉を交換する。
「……どうしたのですか。そのままですと弾痕だらけになってしまいますよ」
交換し終えた火鷹はかすれ声で言ってくる。
「だったら言わねぇで撃ちゃあいいだろう。なんで撃たねぇんだよ?」
「…………」
火鷹は答えず銃爪を絞る。弾丸が回転しながら迫ってくるのを機械的に捉え、下から天剣を掬い上げた。割れ鐘を力いっぱい叩いたような甲高い音がして、両断された弾丸が背後に消えていった。
どうした。それでしまいかよ。――そんな思いを込めて見つめ返す。
火鷹は何も言わない。だが、攻撃しようとはしていなかった。
俺は火鷹から視線を外して仮面男を仰ぎ見る
「どういうことだ。火鷹は監禁してんじゃなかったのかよ」
『おまえこそ、これはどういうつもりだ?』
画面に一瞬だけノイズが走り映像が二つに分割された。仮面男の映る画面と、もう一方は暗がりのせいで目が慣れるまで少し時間がかかったが、やがて全貌がはっきりしてくる。そこはつい先日で戦場となった場所であり、火鷹が監禁されていると偽情報を掴まされた廃墟街だった。
老朽化して崩れたり重機で破壊されたり、あるいは建設途中だった建物が不気味に立ち並び、夜の闇も相まって想像以上の気味の悪さが充満していた。
おそらく廃墟街に設置された監視カメラの映像にハッキングしてここで流しているのだろう。柄の悪い若者がここを溜まり場にしていた時期があり、警察が対策のためにわざわざ取り付けたのだ。
とはいえ、とっくにその問題は解決している。誰も寄り付かないのをいいことに撤去を怠ったのだろう。
再びノイズ。今度は建物内部の監視カメラに接続したのか、コンクリートを破って伸びたツルや持ち込まれて放置されっぱなしの物資が散乱している。
そんな場所に人影が映っていた。
翔無先輩だ。
『おれは一人でと言ったはずだ。なぜ、彼女がここにいる?』
「敵の言葉を鵜呑みになんかできるかよ。そもそも俺は端っからどっちかだけを選ぶなんて言ってねぇぜ?」
足音を殺し周囲を警戒しながら翔無先輩が奥へと進んでいく。こちらから見られていると感じるのか、しきりに監視カメラを見ては首を傾げている。勘のいい彼女のことだから、無意識に感じ取っているのだろう。
『ルール違反だな』
「なんだと?」
『おれはどちらかだけを助けさせてやると言っただろう。彼女がここに踏み込んだ時点でおまえは重大なルール違反を犯している。――よって罰ゲームだ』
翔無先輩側の画面の左上にタイマーらしき時間表示が浮かび上がった。六〇秒に設定されたそれが、仮面男の合図と同時に減り始める。
『あの場所には爆弾を仕掛けてある。この時間がゼロになったとき』
仮面男は間を置き、
『――ドカンだ』
「……っ。火鷹ッ、お前はいいのかよ。このままだと翔無先輩が死ぬぞ」
連絡しようにも俺は翔無先輩の番号を知らない。こんなことになるのなら誘われたときに断らなければと歯噛みする。だが後悔するのはあとでいい。今は持ち合わせた手札で切り抜けなければならないのだ。
その一手が火鷹だ。翔無先輩と一緒にいた彼女なら電話番号を知っているはずだ。
翔無先輩の能力はテレポートだ。残り数秒あればいくらでも逃げおおせる。
「先輩に連絡してくれ」
「…………」
火鷹は拳銃を構え直す。それがどうしようもないほどの答えで、俺は即座に話し合いによる解決を捨てた。
地面を思い切り蹴り出して火鷹との距離を埋める。反応速度を大きく上回った動きに火鷹は完全に出遅れていた。手の甲を叩いて拳銃をはたき落すと腕をとってそのまま組み伏せる。
苦悶を漏らした火鷹。捻った肩を打ち付けたらしい。構わず彼女の体をまさぐり携帯電話を探す。
「……まるで無理やりえっちなことをされているみたいですね」
「黙っとけ。お前がさっさと出せばよかっただけだろうが」
顔をしかめながら抵抗しない火鷹を見ているとますます敵対しているとは思えなくなる。戦闘の意志こそあれどそれは俺に向けられてはいなかった。銃撃だって俺が下手に動かなければ掠りすらしなかっただろう。銃弾を防ぐはめになったのは、彼女が外して撃った軌道に自分から飛び込んでいったためだ。
火鷹は最初から俺の前に立ちながら、敵対などしていなかったのだ。
「……かっしーさん。話せるチャンスはここしかないので言っておきます」
さりげなく彼女が手渡してくれた携帯電話を受け取り、翔無先輩の番号にコールをかける。
「……私を信じてください。これから何があっても、私を信じてください」
真摯な眼差しに見つめられる。
何を言い出すのかと思えば。俺は嘆息する。
「かっしーって言うんじゃねぇ。それと見損なうなよ。敵の妄言と味方の言葉、どっちを信じるかなんて決まってんだろう」
火鷹は眠たげだった半眼をめいっぱい見開き、そして小さく「……ありがとうございます」と呟いた。
画面のなかで翔無先輩が着信に気づき、驚いて取りこぼしそうになりながらディスプレイに表示された相手を見てもう一度驚き、受話器を耳に当てた。
『キョウちゃん!? い、今どこに』
「先輩いますぐそこから逃げろッ!!」
『うえぇ、か、かっしー!? な、なんでかっしーがキョウちゃんので電話? ていうか逃げろってどういう……?』
困惑している翔無先輩に説明する時間すら惜しかった。刻々とリミットが近づいてきていて、もう一〇秒と残されていない。
「いいから早くッ。そこには――」
『タイムアップだッ!!』
刹那。
耳をつんざく大音量と共に翔無先輩が映っていた画面が砂嵐に支配された。
これも、信じろって言うんだよな、火鷹――。
『ハハハハハッ!! 残念だったな冬道かしぎ。では鏡ちゃん。そいつを殺せ』
「…………」
狂笑して身をよじる仮面男の指示を受けて火鷹が俺に目配せしてくる。
俺は腕だけで跳ね起きると、腹部に吸い込まれていく蹴り上げを刀身の腹で防御してバックステップで距離をとる。
火鷹は起き上りざまに銃弾を一発。もちろんわざと外してあった。
しかし俺はあえて軌道に身を捩じ込む。火鷹が俺の行動に悲鳴を上げそうになっているのを目尻に、天剣を薙いで銃弾を切り捨てる。打ちどころが悪かったのか天剣を介して振動が伝わって腕を痺れさせた。
火鷹が狙いをわざと外してくれているとはいえ、銃撃の威力と速度に一切変化はないのだ。荒業はもう使わないほうがいいかもしれない。
天剣の握りを確かめながら一人で納得していると、心なしか怒ったふうの火鷹と視線がぶつかった。
「…………」
火鷹は拳銃をその場に捨てると何を思ったのか腕を真上に持ち上げ――振り下ろす。
その瞬間起こった大気を揺るがす振動に俺はぎょっとして首を振る。周囲に変化はない。だが空気から伝わってくる揺れは収まることを知らず、むしろ徐々に大きくなってきている。
ここに入ったときの振動と入場口を塞いでいた不可視の壁が脳裏に浮かぶ。
俺は天剣で防御しようとして――気づけば反射的に大きく後退していた。
体を下から突き抜けるような振動が直後に訪れる。つい数秒前まで俺がいた場所には小規模なクレーターが出来上がっており、もし受け止めていたとすればぺしゃんこになっていただろう。
背筋がぞっと凍える。
手を振り下ろしたままの姿勢の火鷹は無表情で鼻を鳴らした。
「……よく躱しましたね」
「やってくれるじゃねぇか」
手汗をズボンで拭い、慄き半分、呆れ半分で引き攣った笑みを作る。
何があっても私を信じてください――それはつまり、ほんきで殺そうとしても笑って流せというのと同じだ。
俺は天剣の切っ先で地面を引っ掻き肩に担ぐ。
「……私の能力は空間を仕切る境界線を敷くというものです」
「境界線を敷く?」
イメージが沸かずオウム返しで聞き返す。
「……ええ。このように」
両腕を脱力させた火鷹が舞いを踊るように回転する。腕が翼のようにはためき、直後に正面から迫った威圧感にとっさに体を半歩横にスライドさせる。立て続けに迫ったそれに俺は跳ね回って逃げ続ける。
背後ではアトラクションが次々にバラバラになっていく。まるでバターをスライスしたような滑らかな断面図。そこから一直線には同じように不可視の壁が置かれ、閉鎖的な空間を作り出していた。
境界線を敷く能力などと軽く口にしているが、これがほんとうに言葉のままならとんでもない力だ。
これはいわば空間を断絶する能力だ。もともと一つだった空間を二つに分裂させる。分裂した空間は、形式的に名付けるならA空間とB空間という別々の世界となっている。つまり干渉できないということだ。
うまく使われたら全盛期の俺でも真っ向から太刀打ちするのはかなり厳しい。身体能力のアドバンテージがあるから速攻で勝負を決められるが、同等のスペックで戦えと言われたらほぼ確実に必敗する。
「クソ、なんちゅう隠し玉仕込んでんだよ……ッ」
愚痴だって言いたくなる。火鷹は能力を全力で使うのを無意識レベルで避けているのだろう。それでさえ第三段階までブーストした俺が全神経を集中させて回避に専念しなければ腕の一本や二本はすぐに持っていかれる。
『どうした冬道かしぎッ。その程度で白波華憐を助けられると思っているのか!?』
狂変した仮面男に天剣を投げそうになるも、火鷹らしからない裂帛の気合が耳を突き泥臭く地面を転がる。
「……さすがかっしーさんですね」
「どの口がモノを言ってんだよ」
こっちは息も切れぎれで言葉を返すのも辛いというのに。
火鷹に格闘戦ができなくてほんとうによかっ――、
「……では、もう少し強く攻めましょう」
「ふざけんなってッ」
能力を使いながら接近してきた火鷹の掌底が顎を捉えてくる。軟体動物もかくやという体勢で避け、天剣を振るう。当たらないように調整しているが、火鷹の動き次第では危ないかもしれない。避けるだけで精一杯の俺に彼女を気遣う余裕はなかった。
しかし心配は無用だった。腕を上下に振った火鷹の正面に境界線が敷かれ、振りかざしたそれ以上の力で弾き返された。
仰け反った俺の胸に掌底が叩き込まれる。肺から空気が押し出され、視界が明滅する。たいして強くはないのに嫌なところを的確に突いてきやがる。
呼吸困難になりながら片目を開ければ、至近距離で火鷹が、あろうことか股の間に足を振り上げようとしていた。
腹の底を掬い上げられるような血の気を引く思いをしながら、勢いに逆らわず体を後ろに傾かせ、地面に手をついてバック転で飛び退いて、貪るように息を吸い込む。
「……格闘戦はできないと思わせたところにつけ入る私、ドSです」
表情は変わらずだが、恍惚とした雰囲気がありありと伝わってきた。
「チッ。思ったよりやりやがる」
「……これでも『組織』の一員ですからね。掻い潜ってきた修羅場の数は雪音さんにも負けません」
火鷹はディスプレイに視線を走らせる。
「翔無先輩は無事なのかよ」
牙を剥いて正眼の構えから天剣を振り下ろす。火鷹は指を指揮棒に見立てて左右に振って空間をちぎって防御する。
火花が散り、お互いの顔を照らす。
『何をやっている!? 殺せお互いを。おまえらに選択の余地はないんだぞッ』
仮面男のヒステリックな叫びがテーマパークの音楽を遮ってこだまする。
無表情を崩して嫌悪を顔に出した火鷹はその場で後ろに反り返って回転し、爪先を振り上げてくる。とっさに上体をスウェーさせて素通りさせるも、遅滞なく戻ってきた踵が鎖骨を巻き込んで肉を抉っていった。
血潮が体を濡らし、形容しがたい激痛に顔をしかめる。よく見れば火鷹のブーツの踵には小型ナイフが仕込んであった。
火鷹のやってしまったと言わんばかりの表情に苛立ち、傷口から血をすくって彼女の目元に浴びせかける。血の生臭さとどろりとした肌触りに呻いた火鷹に。
「セイッ!!」
風系統波導・無詠唱第二節――『風掌打』
直撃させず少し手前で拳を停止させ、風圧で少女を吹き飛ばす。
「いっちょまえに気遣ってんじゃねぇぞコラ」
壊れたアトラクションの瓦礫から起き上がった火鷹は、この戦いのなか初めてとも言える俺への敵意を注いできた。フード付きのコートを脱ぎ捨て、腰につけられていたホルスターから新たな拳銃を引き抜き、間を置かずに連射してくる。
しかも宣言した通り気遣いはない。これまでのやり取りで必要ないと判断したかどうかは論じないこととする。そんなものは無意味だ。
すでに銃爪は絞られた。
銀色の弾丸が迫る。
それにはもう慣れた。
前進しながら身を捻り紙一重で躱していく。耳元を通過していく弾丸の摩擦音を聞き流し、二挺拳銃で早撃ちする火鷹と距離を詰めていく。しかし拳銃はその威力に比例して腕にかかる衝撃が凄まじいはずなのに、どういう仕組みなのか平気そうにしている。
片方を撃ち尽くせば、片手で弾倉を交換。絶え間ない銃撃は、近づけば近づくほど放たれてから着弾までのタイムラグが短くなり、さすがに最短距離でとはいかない。ジグザグに縫うように蛇行。足元で鉛玉が弾け、不規則に跳ね上がったうちの一つが頬を擦過した。
火鷹は銃撃を継続しながら能力を発動させる。躱したはずの銃弾が不可視の壁に反射して背後からやってくる。
氷系統波導・無詠唱第三節――、
「『氷蝋壁』ッ」
天剣をひと振り。その軌跡に従って氷の壁が形成。猛追してきた銃弾を防ぐ。
指揮者は慌てない。拳銃をホルスターに戻して、再び超能力メインの戦術に切り替えてくる。肩から指先までの挙動を見逃さないようにしながら火鷹の攻撃を掻い潜り、やっとの思いで彼女の前に躍り出る。踏み締めた地面が陥没。凄まじい力が右腕に流動していく。
「氷系統波導・無詠唱第二節――、」
火鷹は焦燥感に駆られた様子で腕を十字に振る。
「『氷絶』ッ」
天地を逆さに火鷹の頭上を跳躍した俺は、氷にコーティングされた天剣を腰の位置から斜め上に一気に抜刀する。硬質的な咆哮を上げて振るわれた一閃。しかし驚くべき反射速度で反転、拳銃を重ねて盾として防御する。
黄金の剣は二挺拳銃を粉々に破壊すると、火鷹を吹き飛ばした。ピッチングマシーンから投球されたかのような勢いでバウンドし瓦礫の山に激突。余波だけで直撃したわけではなかったから目立った怪我はなかったが、脳震盪を起こしたのか瓦礫に縫われたまま焦点が定まっていなかった。
『おまえの勝ちだな冬道かしぎ。さあ――敗者に審判を下すがいいッ』
「……こそこそ隠れるだけしか能のない弱虫野郎がいい気なもんだな。あんた、見ていて滑稽だぜ?」
仮面男は前触れもなく発砲する。一瞬まさか白波先輩を撃ったのかと肝が冷えたが腕が真上に掲げられていたことで安堵する。
しかしそれも束の間。銃弾を発砲して焼きゴテと化した銃口を、吊るされてぐったりとした白波先輩のお腹に押し当てた。強力な睡眠薬でもかがされたのか苦しげに喘ぎ身を痙攣させるだけで、覚醒する様子はなかった。
『つけ上がるなよ。言ったはずだ。おれの機嫌を損ねればこの女の命はないと』
「だからやれるもんならやってみろよ。てめぇの目的は俺だろ? 先輩を殺すってなら俺は帰んぜ?」
『愚かだな。おまえは白波華憐を助けるためにここに来たんだろう。おとなしく殺されるのを見過ごしつもりか』
「ほら見ろ。お前、俺が引き返そうとした途端に引きとめようとしやがる。――いい加減に回りくどい真似はやめにしねぇか?」
決着をつけようぜ、と黄金の燐光を発す切っ先を仮面男に向ける。
仮面男は沈黙。しばらく逡巡した後、遠くで開錠音が鳴るのを聞き逃さなかった。
『いいだろう。おれの下まで来るがいい。おまえに引導を渡してやる』
目を回す火鷹を放置していくのは気が引けたが、ようやく掴んだチャンスをみすみす手放すわけにはいかない。
身を翻し、仮面男のいる場所を目指そうとしたそのときだった。
ヤツの背後の空間が不規則に揺れ蠢き、歪む。
『――なら君にはボクが引導をくれてやるよ』
何もない空間を波紋のように揺らしてマフラーが特徴的な女子生徒が現れ、情け容赦のない回し蹴りが仮面男の即頭部に叩き込まれた。ごしゃっ、という人体から発してはならない鈍い音を立て、画面からフェードアウトしていく。
「翔無先輩!?」
『ん? かっしーの声が……ってああこれか。やあやあ息災かい? 翔無雪音ちゃんだよー』
毛先が跳ね、肌や制服を煤だらけにした翔無先輩が画面に向かって横ピースを決めながら俺に語るかけてくる。
「無事だったんですね」
『いやいや全然無事じゃないって。ちゃんとボクを見なよ』
翔無先輩は綺麗にターンを披露し、キメ顔で「どう?」と感想を求めてきた。
……どうと言われても。
ちらりと気絶する敵二名に視線を注ぎ意識を覚まさないか確かめてから天剣を属性石に戻し、後ろ頭をガリガリと掻く。
「スカートでやんない方がよかったんじゃないですか? その大人っぽい黒い下着はいくらなんでも背伸びしすぎでしょう」
『え、うそ!?』
スカートを伸ばして恥ずかしそうに後じさりした翔無先輩だったが、すぐに首をかしげて思案したあとジト目で俺を見てくる。
『ボク、そんな下着持ってないんだけど。ほんとうに見えたの?』
「誰も見えたなんて言ってませんよ」
スカートが翻って見えそうにはなったが、絶妙な角度だったおかげと言うべきかせいと言うべきか、こちらからは見えなかった。
というか恥ずかしいのならヒラヒラした格好で回し蹴りなんてしなければいいだろう。それでは見てくれと言っているようなものだ。もし見えてしまったとしても俺を糾弾するのはお門違いだ。
『画面越しじゃあ話しにくいねぇ』
クローズアップした翔無先輩はこちらの画面が巨大ということもあって妙な迫力で俺を圧迫してくる。心臓に悪い。そんな俺の心情を知らずに翔無先輩は向こうの画面に掴みかかり、口をへの字にしてガタガタと揺らしている。
『キョウちゃんをつれてこっちに来てもらってもいいかな? 君がノックアウトしちゃったせいでたぶん自分じゃ歩けないだろうからねぇ』
瓦礫から自力で脱出した火鷹は千鳥足でこちらに向かってこようとしている。右に左と迷走し、果てには顔面から派手にすっ転ぶ姿を見かね、彼女に肩を貸して立ち上がらせる。
だらだらと鼻血が流れていて、俺のパーカーに赤黒い染みを作った。なんとか受身はとったみたいだが鼻をぶつけたらしい。
「……やりひゅぎじゃないでふか」
鼻を押さえて火鷹が喘ぐ。
それは俺のせいじゃないだろうと思ったが、こうなった原因は俺にあるので「悪い悪い」と心のこもっていない謝罪をしておく。
「それでどこに行けばいいんですか?」
仮面男がこれから言うぞというときに翔無先輩の回し蹴りが炸裂したせいでどこにいるのか聞きそびれてしまったのだ。
『そこからだとちょっと遠いかもしれないねぇ。でもまあ、頑張ってくれたまへ』
翔無先輩はにやりと前置きして、
『管理人室だよ』




