第四章 (1)〈デス・パレード〉
キープアウトと書かれたバリケードテープが、オープンしたばかりのテーマパークを囲うようあちらこちらに張り巡らされている。内容は楽しいものだったが、初日から問題を起こしてしまったここは、おそらくそう長くないうちに閉園することになるだろう。
アトラクションの一つが盛大に破壊され、そこから奇怪な格好をした男と血濡れの男が争っていたのだ。誰も好んで足を運びたくはないだろう。原因の一端であるため罪悪感がないわけではないが、だからといってそれ以上の感情は抱いていない。
仮面男と遭遇してしまったのが偶然にもこのテーマパークだっただけのことだ。
規制線を跨いで入場口をくぐる。
昼間に訪れたときと打って変わりテーマパーク内はしんと静まり返っている。電源の入れられていないアトラクションの数々は、暗い空間では異様な不気味さを放っていた。
天剣を復元して隙なく周囲の気配を探る。
そのとき突き抜けるような振動が背後で起こる。反射的に振り返るも特に何かが変わった様子はない。警戒しながら引き返してみると、入場口付近で見えない何かにぶつかった。触れてみると見えない壁らしき物体が塞いでいた。
なるほど。どうやら逃げ場を封じたつもりらしい。
好都合だ。逃げるつもりなんて毛頭ない。この壁がなくなるときはおそらく同じくらいの振動があるはず。それがない間は敵もこの場にいるということになる。シンプルでわかりやすい。
俺は凄惨に口角を吊り上げる。
直後、一斉にアトラクションが起動し始めた。中央に設置されたセレモニーディスプレイが点き、鷹揚に両手を広げた仮面男が映し出された。
『ようこそ冬道かしぎ! おまえならこちらに来ると思っていたッ』
「御託はいい。さっさと白波先輩を返しやがれ」
『そう焦るな。返してほしければ、ゲームに勝利することだ』
「……チッ」
回りくどいことしやがって。
天剣の柄を握り直し、画面に映る仮面男に足元にあった石ころを蹴り飛ばす。
かんっ、と虚しい音を立てて石ころは近くの茂みに落ちていった。
『あまりおれの機嫌を損ねないことだ。うっかり殺してしまうかもしれないからな』
腕を縛られて吊り下げられた白波先輩が映し出された。仮面男は白塗りの拳銃を彼女のこめかみに当て、撃鉄を起こす。
「やれるもんならやってみろよ」
仮面男は白波先輩を撃たないだろう。そもそもなぜ白波先輩を標的にしていたはずなのに彼女を捕らえ、囮にして俺を呼び出したのか。――あるいは、初めから俺が狙いだったのかもしれない。
思い返せば最初に襲ってきたときも、白波先輩をいくらでも狙えたはずなのに、俺だけを執拗に追い続けていた。理由はわからないが仮面男は俺を所望している。
ゆえに白波先輩を撃つことはい。
俺は仮面男から視線を外して背景を観察する。この映像はパーク内のどこかで撮影して流しているはずだ。背景から居場所を特定できれば、ヤツの言うゲームに乗る必要はなくなる。
だがすぐに仮面男がアップになり背景が見えなくなる。
『ゲームの説明をしようか。といっても内容は簡単だ』
誰かの足音が聞こえた。そちらを向けば、片側を刈り上げた大男がいた。武道を嗜んでいるのか足運びが特徴的で、首回りが太く逞しい体つきをしている。えらく好戦的に口元を歪めている。
その反対側のアトラクションがの上には競技用らしき弓を携えた女がいる。やけに濃いメイクをしており、いわゆるギャルという類いなのだろう。
そして正面にフードを目深に被り、ツバ付き帽子を被った女がいた。女だとわかるのはフードから二つに結われた長髪がこぼれていたからだ。
『そこにいる三人を倒せばいいだけだ』
まさか三人も手駒を用意しているとは。いったい何を言って唆したのだろう。どうあれこいつらは能力者だ。手加減してやる必要はない。
「いいぜ。しのごの言うよりわかりやすい」
「じゃあさっそく死ねや」
すぐ近くで男が拳を振り抜いた。すでに勝利を確信しているヤツの拳は脅威ではあるが、軌道が読みやすく完全に俺を格下に見ている。こんな体重の乗っていない攻撃を待っていられるほど暇ではない。
腕が伸びきる前に男の懐に潜り込み、鳩尾に狙いを定めて風系統波導・無詠唱第二節――、
「『風掌打』ッ」
「げえぇ……っ!?」
吐瀉物を撒き散らしながら吹き飛ばされ、男は白目を剥いて気絶した。
まずは一人――とわずかに緩んだ隙に、一本の矢が打ち込まれる。だが遅い。埃を払うように天剣を薙いで斬り落とし、女に肉薄する。
「邪魔すんな寝とけ」
「……っ!?」
鳩尾への一撃をうまく躱してしたり顔になった女の化粧で飾った顔面を殴りつける。きりもみ回転して男の上に落下し、鼻血と泡を吹いて動かなくなった。
これで二人。準備運動にもなりやしない。残るはフード女だけだ。
だが、こいつは一筋縄ではいかなそうだった。
仮面男と同じ拳銃を両手に握り、俺との適切な間合いをとって踏み込まれないように位置取りを細かく変えている。さっきの雑魚とはわけ違う。そうとう戦い慣れしている。――とはいえ、長々と戦うつもりはない。
フード女が移動のために片足を上げた瞬間に距離を一気に縮める。フード女は片足だけで後ろに飛んで距離を開けようとする。しかしその分だけ、いや、それ以上の速度を以て距離を詰めてくる俺を見るや瞬時に二挺拳銃を引き抜き、でたらめに撃ってきた。
姿勢を低くしてやり過ごす。天剣の切っ先が石造りの地面を引っ掻き、激しく火花を散らした。
フード女に余裕が生まれたのか射撃精度が上がる。だがすぐに弾切れが起こる。
俺はそれを見逃さずフード女の背後に回り込むと足払い。背中から倒れるようにバランスを崩したフード女の襟首を掴んで強引に地面に叩きつけ、喉元に天剣を突きつけた。
「オイ。これでてめぇの言うゲームは俺の勝ちだろ。白波先輩を返してもらうぜ」
画面に映った仮面男は、両手で体を抱いて肩を震わせた。
『いいや。まだ終わっていないだろう?』
「こいつらはもう戦えねぇだろ。それともてめぇが戦うか?」
『だから、まだ終わってないと言っているだろう』
足元で撃鉄が起きる音がして俺は反射的に飛び退く。発砲音の直後に肌の表面を弾丸が擦過していき、鋭い痛みが駆け抜けた。
両手をつく姿勢からすぐに天剣を構え直す。フード女がのそのそと立ち上がる。女は拳銃をその場に捨てるとフードを取り払った。
「は?」
そんな気の抜けた声が自然とこぼれた。
汗で張り付いた髪を払うように首を振れば、二つに結われた黒髪が動きに合わせて鞭のようにしなった。
そこにいたのは一人の少女だった。表情が乏しくとも魅力的な美貌を誇る顔立ち。眠たげに半分だけ閉じられた瞼。付き合いは短いがそれなりに親しみを覚えていた彼女が、今はどこか遠くに感じられた。
俺は天剣を下ろして彼女を見据える。
「なんでお前がそこにいやがる――――火鷹」
火鷹鏡は表情ひとつ変えることなく、銃口を向けてきた。




