表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re:氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
02〈スカーレット・レイン〉編
43/51

第三章 (5)


「うぷっ……」

「無理して食べるからそうなるのよ」


 口元を押さえ、胃のなかを戻しそうになる俺の背中を撫でながら白波先輩が言う。

 白波先輩の用意してくれたお弁当は、二人で食べるに量がかなり多かった。

 しかしせっかく作ってくれたのだから残すわけにはいかないと無理をして食べてこの様である。我慢できなくはないが、休みたいというのが本心だった。


「そんな調子で大丈夫なの? 無理をしてまで私を優先してくれなくてもいいのに」

「別に、先輩のためだけじゃねぇすよ」


 半分は翔無先輩のためでもある。

 あの人は自分の限界を理解し、その上で行動、そしてその先をも見据えている。

 翔無先輩は自分を犠牲に誰かを助ける選択のできる人間だ。――一度は俺も通り、未だに抜け出せていない道だ。

 だからこそ彼女は軽い。自分の命を軽く考えている彼女は、自分を大切に思ってくれる人たちを蔑ろにしている。

 俺はそんな行為を許すことはできない。きっとそれは、ただの同族嫌悪。


「あなたが大丈夫と言うのなら、もう私からは何も言わないけれど。……でもそうね、あまり激しくないのにしましょうか」

「で、ここってわけですか」


 やってきたのは『鏡の国のアリス』だった。なかは迷路になっていて、その壁のすべてが鏡になっているらしい。


「さっきから行きたいなって言ってましたしね」

「なっ……!?」


 白波先輩が赤面して後じさる。キッと眦を吊り上げた白波先輩は、


「な、なんで聞いているのよ!」

「待ち時間にパンフレットとにらめっこしてるとき、何回もつぶやいてたじゃないですか。聞くなって方が無茶な注文だと思いますけど」


 行きますよ、と白波先輩の手を引いて係員が開けてくれた扉をくぐり、アトラクション内に入る。

 

「うわぁ……すごいわね」


 白波先輩がキラキラと目を輝かせてうわごとのように呟いた。ドーム状に造られた建物。たかが全面鏡張りの迷路だろうと思っていたが、あちらこちらに細かな趣向が凝らされており、幻想的な空間が作り上げられていた。

 重々しい音を立てて扉が閉まり、建物全体が小さく振動する。


「かしぎくんかしぎくん! すごいわよ見てみなさいよ!」


 人の目がなくなったと見るやぴょんぴょんと跳ねて感動を表現する白波先輩。自称Fカップの胸が激しく上下して、まくれ上がった服からお腹が顔を覗かせる。

 俺はさりげなく視線を外し、


「先輩、あんまりはしゃがないでくださいよ」


 見ているこっちが恥ずかしくなる。

 続けてそう言ってやれば、直前の自分の行動が恥ずかしくなったらしい白波先輩が急にしおらしくなった。


「う、うるさいわね。いいじゃない。私だってはしゃぐわよ」

「見かけによらず子供っぽいですからね」

「どういう意味よ!」


 威嚇してくる白波先輩をあしらって先に進む。

 だが、彼女でなくとも、これを見せつけられれば心が躍ってしまうだろう。

 鏡合わせによるどこまでも無限に続いていく空間。この最果てにはいったい何があるのか、できることならどこまでも辿ってみたくなる軌跡が映し出されている。そこには自分もいるのに、同じ姿形をしているだけで実は別人だったとか――そんな想像をしてしまうくらいには俺も感動を覚えていた。

 響く二人分の足音。それがまた神聖な空気を醸し出していて悪くない。


「ねぇ、かしぎくん」


 いつの間にか先を歩いていた白波先輩が呼びかけてくる。


「どうして私が復讐なんてしたがってるかとか、訊かないの?」


 振り返った白波先輩の瞳には純粋な疑問の色があった。

 当然か。翔無先輩から話を聞いたが、そのことを白波先輩は知らない。ただ善意で協力していると思っているのだろう。


「復讐の動機なんてだいたい予想つきますよ。聞くまでもありません」

「……そっか」


 白波先輩はそう呟いて、再び前に向き直る。

 それからしばらく沈黙が続いた。気まずいわけではないが、何を話せばいいかわからないのだ。

 どちらからも話題を切り出すことなく、ひたすら無言のまま歩き回り――ふと気づく。


「先輩、これまで誰かとすれ違ったりしましたっけ」


 立ち止まり訊ねると、白波先輩は顎に手を添えて思考する仕草。

 できれば杞憂であってほしい。だが、俺の記憶が間違っていなければ誰ともすれ違っていないどころか気配すらない。


「……そういえば、誰とも会ってない。おかしいわね」


 確信に変わる。

 俺は属性石を取り出して波動を流し込みながら、白波先輩を抱き寄せる。


「ちょ、かしぎくん!? 何をして」

「我慢してください」


 どこにも気配はないが、確実にそいつはいる。俺のセンサーに引っかからないということは範囲の外にいるのだろう。それは離れた位置からでも俺たちを仕留められるからだ。

 そいつの武器は銃だ。能力はわからないが、銃器という一度も戦ったことのないタイプが敵なのだ。感覚的には術師との戦闘をシュミレーションしておけば大まかな感覚は掴めるだろう。

 しかし詠唱をやめさせればいい波導とは違い、銃器は銃爪を引くだけで恐ろしい速度で鉛玉が飛来してくる。タイミングさえ見えていれば別だが、不意打ちされたら躱すのは不可能だ。

 しかもここは鏡に囲まれた空間だ。視認できてもそれが正しいかを一瞬で判断するのはかなり難しい。

 状況は最悪だ。油断した。俺のミスだ。

 熱い吐息をこぼして、眼球のなかがスパークを起こすほど感覚を研ぎ澄ませる。

 どこだ。どこにいる。じわじわと索敵範囲を広げる。意識を索敵だけに回せるのが功を成してか、いつもよりずっと遠くまで範囲を広げられていた。

 白波先輩が腕のなかで身じろいだ。やはり震えている。心臓が強く早く脈打っていた。

 敵は俺たちを警戒しているのか一向に仕掛けてくる気配はない。まさかほんとうに俺の取り越し苦労だったのだろうか。だが、テーマパークに入るとき殺気に満ちた視線をはっきりと感じた。この状況が偶然だとは思えない。

 俺は警戒しながら白波先輩を開放する。

 その瞬間、おぞましい殺気が膨れ上がり、一発の凶弾が貫いていった。 


「がっ……!」


 肉を抉られ、骨が砕かれる激痛が肩を駆ける。その威力に体が仰け反り、鮮血が勢いよく噴き出した。


「かしぎくん!?」


 駆け寄ってこようとする白波先輩に「来るなッ」と吠える。

 左腕が一瞬で使い物にならなくなったが、今の一発でどの角度から撃たれたのかを割り出すことができた。

 腹筋だけで上体を戻すと天剣を復元させ、靴裏を激しく摩擦させながら半回転。

 ――いた――ッ!

 そいつは遥か後方の、それも空中に佇んでいた。右手に白塗りの銃を右手にして突き出すようにしながら俺たちを捉えている。

 ブラウンのタキシードに金属製の奇怪な仮面。背丈は一九〇センチに届くかというほど。八年前と同じ装いなのは白波先輩に自分の存在をアピールするためか。何にしろいい性格(・・・・)していやがる。

 激痛に呻きながら天剣を逆手に握り、投擲の構えを作る。

 ――身体強化(ブースト)(スリー)ッ!!


「るああぁぁっ!!」


 咆哮を迸らせ天剣を放つ。膨大な波動を孕んだ黄金の剣はエネルギーの塊となり、一筋の閃光を描いて仮面男に殺到する。通過する衝撃で鏡が破片となり、発生した防風がそれを上空へと舞い上げた。

 仮面男に焦りはない。タキシードの下から同じデザインの銃を取り出し、二挺拳銃を構える。

 そして次の瞬間、銃口炎(マズルフラッシュ)が立て続けに閃いた。

 俺は銃に詳しくない。だから正確なことは判断できないが、少なくとも仮面男が手にしていたタイプの銃で連射ができないことはわかる。だというのに、響く射撃音は途切れる兆しが見えない。

 放たれた天剣に正確無比の射撃が次々にヒット。見る間に威力と速度を落としていく。弾かれた弾丸が火花を散らしてそこかしこに散らばる。

 ――この一撃は届かない。

 俺は一手目からしくじった自分の愚かしさに舌打ちをこぼしかけるも、そんな余裕があるなら次の行動に移れと勇者の片割れに囁かれたような気がして、思わず笑みを浮かべて同意する。

 俺は感覚のない左腕をだらりと下げ、まずはゆっくり歩く速さで。徐々に加速して助走をつけると、蹴躓かんばかりに疾走する。鏡の欠片が降り注ぐ通路を這うような姿勢で駆け抜け、地を蹴って飛翔。同時に靴底に集めた波動を爆発させた推進力で仮面男に接近する。

 それに気づいた仮面男が照準を俺に定め、銃爪を絞る。

 超音速の銃弾が頬を擦過する。

 苛立ったように仮面男が息を乱した。

 仮面男は焦ったように連続して銃弾を撃ち込んでくる。俺は威力を失いかけていた天剣をひったくるように掴み――正面に迫った銀弾を甲高い金属音を奏でて両断する。

 銃撃間隔が短くなる。だが、今度こそ動揺したのか精度は先程までと比べるべくもない。真横を掠めたかと思えば、次の一発は大きく外れていった。

 仮面男のすぐそこまで迫る。


「ぜあァッ!!」


 勢いを一切殺さないまますれ違い様に一閃を見舞う。――しかし当たらない。

 凄まじい反応速度を見せた仮面男が紙一重のところで回避したのだ。

 渾身の一撃を躱され、バランスを崩しながら仮面男から遠ざかっていく。

 仮面男が二挺拳銃をこちらに向け――直後に弾丸の嵐が俺を襲う。直感と本能だけで致命傷になりそうなものを切り落とす。太股や腹部を灼熱が包み、赤が噴出する。

 意識が明滅して時間が飛ぶ。気づけば十メートル以上も吹き飛ばされて地面を転がっていた。手のひらに柄の感触がない。天剣は真逆の方向、白波先輩の足元に弾き飛ばされていた。

 片腕だけで強引に体を起こして飛び退けば、床の鏡が粉砕される。二発の銃弾が深く埋まっていた。

 異常な寒気を覚え、振り払うように闘気を迸らせる。揺れる視界のまま立ち上がろうとして――途中まで腰を浮かせて、力が抜けて前のめり体が傾いた。

 血を流しすぎたのかもしれない。ブラックアウトしかけた視界で、仮面男が俺に止めを刺さんと銃口を定めていた。

 苦悶をこぼしながら地面を転がる。それだけで喉奥から鉄の味がこみ上げ、咳き込むと吐瀉物のように血塊が溢れた。

 なんとか白波先輩のもとにたどり着いて天剣を拾い上げ、庇うように彼女に覆いかぶさって押し倒す。

 すぐさま起き上がり油断なく構えながら叫ぶ。


「先輩はこっから逃げてください。あんたを庇いながらじゃ身がもたねぇ」


 しかし返事が返ってこない。

 おかしいと思い振り返り、俺は唇を噛んだ。

 白波先輩は痙攣するように体を震わせ、声にならない声を漏らしている。

 だめだ。復讐心よりも当時に受けた恐怖に呑まれている。これでは逃げられない。


「しっかりしろッ!」


 白波先輩は動かない。

 仮面男が銃を向ける。

 ヤツと視線が交錯し、それが合図だったように銃撃が再開された。

 息を大きく吸い込むと同時に白波先輩をたらい担ぎにすると一目散に逃走する。これはもうだめだ。勝ち目がない。このまま戦えば二人とも死ぬ。

 迫り来る破砕音のひとつひとつに寿命が縮むような思いで逃げ回る。一歩踏みしめるたびに太股のなかの違和感が疼く。おそらく銃弾が残っているのだろう。強化してなんとか走れるくらいだから、解いたりしたら――いや、マイナスな思考はやめだ。今は逃げに徹するのだ。

 鏡が割れているおかげで迷わず出口に向かえているはずだ。だがうまく逃げ切れるとは思わない。どこかで仕掛けてくるだろう。

 ドーム状の戦場。能力なのか空中に浮かぶ仮面男に有利に働く地理だ。未だに銃のみの攻撃なのを見るに、能力の本領は隠していると考えるべきだろう。希望的観測は裏切られると苦しくなる。

 ピィンという高い音が天剣にぶつかる。衝撃で手からすっぽ抜け、粒子となって形を失った。属性石に戻った天剣を拾う余裕はない。そのまま置き去りにして逃走を優先する。

 喉が焦げ口内がねばつく。

 ようやく出口が見えてきてなりふり構わず飛び込もうとした――直後。

 仮面男が正面に出現した。


「白波華憐を渡せ」


 変声機によって変えられた声が白波先輩を要求する。

 二挺拳銃は俺の眉間と心臓に狙いが定まっていた。

 流れる大粒の汗を煩わしく感じながら、わずかに後退する。


「断る」

「ならば死ね」


 指先に力がこもった。……しょうがない。命には代えられないか。


「だったらくれてやる」


 肩に担いだ白波先輩を仮面男に向けて投げる。仮面男は驚愕の声をもらして銃を放り捨てると、両手を伸ばしてキャッチしようとする。

 ――ここだッ!!

 無防備に隙を晒した仮面男の懐に体を滑り込ませる。遠くから射撃を主軸に戦われ防戦一方の展開になったが、武器もなく俺の得意な間合いに自らやってきてくれたのだ。ここで決めずして二度とチャンスは訪れない。

 五指を掌に押し込むように折り畳み――掌底の構え。体を捻って十分に力を溜める。

 風系統波導・無詠唱第二節――、


「『烈風掌』ッ」


 腕を覆うように発生した小規模の竜巻ごと、胴体を下から掬い上げるように掌打を捩じ込む。衝撃を逃がす間もなく素早くもう一撃食らわせる。ごきっ――と骨が折れる手応えがあった。肋骨が折れたか、最低でも皹は入っただろう。

 二本の焦げ跡を刻んで後退していた仮面男は踏ん張りきれず、背後にあった扉に背中をしたたかに打ち付け――衝撃で扉が壊れた。

 仮面男はそのまま外に転がっていき、咳き込みながらふらふらと立ち上がる。赤の雫が滴り、かなりのダメージを負ったのは明白だった。

 そこに焦燥した様子の翔無先輩たちがやってきた。


「そいつを逃がすなッ!!」


 俺は叫ぶ。

 形成が不利だと判断するや仮面男は脇目も振らずに逃走を開始していたのだ。

 翔無先輩は瞬時に状況を把握したのか、マフラーをなびかせ仮面男を追いかける。

 ひとまず窮地を脱して緊張感が途切れ、視界が傾いていく。


「しっかりしてください、先輩ッ」


 柔らかい感触に抱きとめられる。

 愛おしい少女の泣き出しそうな顔を最後に、俺の記憶は途切れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ