第三章 (4)
そう意気込んで見たものの、やはりこの人混みのなかから特定の人物を見つけるなど無理だったわけで。
「くそ、どこにいやがるんだ。先輩は聞いてねぇんですか」
「いい加減に諦めたら? 私もどこで見ているかまでは聞いていないからわからないわよ」
すっかり元気になった白波先輩に呆れられた。
波動は個人によって流れ方や性質が違うから、わりと簡単に誰かを特定できるのだが、こっちではそんなものはない。真宵後輩だけなら何とかなるかもと思ったが、そういえば彼女は術師で、騎士だった俺より波動の扱いには長けている。
アトラクションを巡りながら探すも、うまく隠されて微塵も感知できずにいた。
「それよりお昼にしない?」
くぅと可愛らしい腹の虫を鳴らす白波先輩。
「……そうですね」
「不満そうね」
しっかり見抜かれていた。
「あそこのベンチでいいかしら。お弁当は私が作ってきたから」
「やっぱりそうだったんですか。さっきから気になってたんですよね」
そう言って白波先輩の持つバスケットに目線を落とす。
「そうなの? じゃあ楽しみにしておきなさい」
白波先輩は微笑むと、さっさと歩き出す。
俺も慌ててついていこうとすると、
「――せんぱぁい!」
「ん?」
明らかに俺に向けられた言葉に足を止めて振り返ると、砲弾のごとき勢いで誰かが飛び込んできた。驚いて受け止めると、胸にうずめた頭をもぞもぞと起こして、愛好のある顔を俺に見せた。
「こんなところで会うなんて奇遇っすね先輩!」
「帰れ」
「あはは相変わらず辛辣すぎて目の前が霞むっすッ」
笑顔で涙を流す愛璃。こいつのことは冗談抜きで苦手だ。俺は踵を返して白波先輩のところに急ごうとするが、いつぞやの出会いのように後ろから服を引っ張られて足取りを止められる。
思いっきり嫌な表情を作りながら愛璃を見ると、とてつもなくいい笑顔で俺を迎えてくれた。
「……なんなんだって。お前、友達と一緒に来たんだろ?」
愛璃の後ろから友人らしき女の子が三人こっちに走ってくる。
「そうっすよ。先輩を見つけて猛ダッシュしてきたっす」
「なんでだよ。見つけても無視しとくのが礼儀ってもんだろう」
助けたといってもはっきり言って愛璃が勝手に巻き込んできただけだ。見つけたからって駆け寄られるほど慕われる意味がわからない。
「だって先輩はあったかい心をしてるっすからね」
「……馬鹿にしてんのか?」
拳を作りながら言うと愛璃はセミロングの髪を激しく振り乱して首を横に振る。
「逆っすよ逆! むしろ褒めてるんすよッ!」
「そんなふうには思えねぇんだが。心があったかいってなんだよ」
「え、そりゃあ、こう……ねぇ?」
「聞き返されてもわっかんねぇよ。つうかほら、行ったいった。お前のツレもどうしたらいいかわかんなくて困ってんぞ」
つかず離れずの近さで俺たちを遠巻きに見つめる三人は、俺と愛璃の関係を測りかねているようだった。ただし、声を掛けようか悩んでいたり、髪を弄って無関心を装っていたり、ぼんやりしていたりと反応は様々だ。
「んじゃあみんなにも紹介するっす」
「しなくていい」
「もう、照れなくてもいいじゃないっすか」
「はぁ……」
「そこでため息とか、ひどいんじゃないっすかねー」
そう言いながら、しかしケタケタと楽しそうにする愛璃には、もしかしなくてもマゾっけがあるに違いない。
「あ、そうだ。今からお昼なんです。せっかくですから一緒に食べましょうよ」
「あのなぁ。まさかお前は俺が一人でここに来たとでも思ってんのか?」
「こないだの後輩さんと一緒だったっすか?」
「だったらよかったんだけどな。残念なことに今日は先輩とだよ」
「ほほう、先輩の先輩っすか。というか、あんな美人さんのほかの女の子とまでデートなんてやるっすねぇ、このこの」
いやらしい笑みで横腹を何回もつついてくる愛璃に手刀を振り下ろす。
「そういうのじゃねぇから。わけありなんだよ」
「どんなわけっすか? ていうか、だったらその人も一緒にどうですか?」
「……いいからツレんとこに行け」
面倒になって手で払うようにしながら言う。
その仕草が嫌だったのかしかめっ面になると、白波先輩のところに行こうとした俺の正面に回り込んで見上げてくる。
「どうしたんだよ?」
「ふっふっふ。実はうち、人の心を読めるんすよ。この力で先輩の本心を見抜いてやるっすよ」
そう言ってしたり顔の愛璃は、こめかみを両側から押さえて唸りながら、俺の目をじっと覗き込んでくる。ほんとうに心を読まんとしているようで少し気味が悪い。
「気味が悪いってなんすか!」
「おおう、よくわかったな。すごいすごい」
まさかほんとうに心を読んだのか?
雪平先輩の妹である愛璃は八年前の事件の被害者でもある。超能力発現のアルゴリズムは定かではないが、もしかしたら彼女は読心術の能力者なのかもしれない。
愛璃は俺が能力者と関わりがあることを知らないから、こうして冗談めかして言っているのだろう。
しかしそうなると下手なことは考えられない。心を読まれたらまるわかりだ。
そんなとき、不意に愛璃の表情が恐怖に彩られた。
「や、やっぱりうち、みんなと一緒に行くっす」
様子のおかしくなった愛璃は俺が何かを言う前に走り出そうとする。俺は反射的に彼女の手を掴んで引き止めていた。
「愛璃」
「は、初めて名前で呼んでくれたっすね。でもうち、もう――」
「俺の心に何を見た」
愛璃は俺から目を逸らす。
「せ、先輩、あんまりマジに受け取らないでくださいっすよ。ただの冗談ですから」
「……そうかよ」
俺が手を離すと、愛璃は何度も振り返りながら友達のところに戻っていき、すぐに人混みのなかに消えていった。
だが、愛璃は俺のなかに何を見たのだろう。
異世界の記憶を覗かれたら、あの反応にも頷ける。しかし俺はその一切を思い浮かべていなかった。とすればほかのことで恐怖したということだ。
「……白波先輩のことか?」
しかし何故だ。彼女のことで愛璃が怯える理由がわからない。
そう思い、深く考えようとすると、
「呼んだかしら?」
「うおわっ!?」
腕を組んで明らかに怒った様子の白波先輩が俺を睨んでいた。
「お弁当を作った恋人をほっといて、あなたはほかの女の子と楽しくおしゃべり?」
「た、ただのフリじゃないですか」
「それでも今は、私の恋人でしょう?」
「……先輩って以外に嫉妬深いんですか?」
「ええ。私の恋人になる人は、きっとものすごく束縛されると思うわ」
白波先輩は背筋が凍えるような笑顔でそう言った。
ああほんとう、この人の恋人になるヤツは大変そうだ。
腕を引っ張られながら心のなかで呟く。
「……愛璃」
白波先輩がその名を呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。




