第三章 (2)
「え、かしぎくん?」
閉じていた目を開き、記憶の回想から意識を引っ張り起こして正面を向いた俺の視線の先には、まさに清楚を体現したような女性が立っていた。
全体に柔らかい印象を与える色合い。ノースリーブから伸びる腕はとても華奢で、綺麗な肌をしている。普段は隠されていない領域がロングスカートに覆われることによって逆に目を惹かれた。
白波先輩だ。
だが、俺の知ってる白波先輩ではない。
服装ひとつで人はここまで変化するのだと俺は改めて思い知らされた。
口をぽかんと開けて間抜けな表情を作っているだろう俺を見て、白波先輩は自分の身なりに不安を覚えたのか縮こまり、肩にかけていたカバンで顔を隠してしまう。それからゆっくりと上半分だけで俺を覗くようにし、
「も、もしかして似合ってなかったかしら? いちおうデートということだから服装には気をつけてみたのだけれど……」
復讐だのなんだのと言っていても、やはり女の子ということか。
俺は緩んだ口元を引き締め直す。
「大丈夫ですよ。似合ってます」
ああ、そういえばこういうときは具体的にどこがいいか褒めろって言われたっけ。
「ロングスカートとか、なんか落ち着いた雰囲気があって好きなんですよ。あんまりにも似合いすぎてて驚いたんです」
「お、おそろしいほどの絶賛ね。裏があるんじゃないかと疑わしくなるわ」
「そんなんないですよ。思ったことを口にしただけです」
ちょっと引きぎみな白波先輩。
いちおう今は恋人という設定だ。ストーカー野郎がどこで見ているかわからないのだから気を抜くわけにはいかない。でなければ休日に出張ってきた意味がなくなる。
「そういうあなたは、やっぱりパーカーなのね。何かこだわりでもあるの?」
若干呆れぎみに白波先輩が訊いてくる。
「んなもんないですよ。まあ、好きだってのはありますけど」
「へぇ」
興味なさげに相槌を打つ白波先輩。だったら訊いてんじゃねぇよ。悪かったな。服装にこだわりとか持ってなくてよ。
白波先輩が隣に座ってくる。ふわりと日向の暖かみのある香りが漂ってきて、鼻孔をくすぐっていった。
「ずいぶん早かったけどどうしたの? まだ時間まではだいぶあるのだけど」
「俺としてはまだ寝てたかったんですけどね」
「……ど、どうしたの?」
拳を握り締めて呟いた俺に労わるような声音で訪ねてくる。たぶん白波先輩は何があったのか想像がついているだろうが、あえて言わせて少しでも愚痴を吐かせようとしてくれているのだ。
うちに半ば居候している監視員共にこの気遣いを見習わせてやりたい。
「翔無先輩と火鷹に早く行けって追い出されたんですよ。女の子より早く待ち合わせ場所に行くのが常識だとか偉そうに吐かしやがって」
白波先輩が思ったより早く来てくれたから待つこともなかったけど、時間通りだったらベンチで眠っていた自信がある。
「……ちょ、ちょっとどういうことよ雪音。彼のほうが早く着いてるじゃない」
「あ? なんですか」
「えっ!? な、なんでもないわ! あ、あはは」
いや、明らかにここにはいない人の名前言ってたんだけど。
白波先輩は背中を見せて体を丸め、今度は俺に聞こえない声量で何かをぼそぼそと呟いている。それに答えるようにして、耳を澄ませなければ聞き逃してしまいほど微量なノイズ音がどこからか届く。
不審に思った俺は感覚を集中させて辺りの気配を探る。
一切の淀みのなかった水面に雫を落とし、波紋が広がるように波打つイメージ。広げたセンサー内に妙な動きをする影は――、とそこでまたもノイズ音。今度はなにやら途切れとぎれの慌てたような音だ。
「か、かしぎくん!」
ふにゅん、と腕に柔らかい感触が押し当てられた。
驚いてそちらを見れば、白波先輩の顔がすぐそこにあった。当たり前だ。俺の腕に自分の胸を押し付けて抱きついてきたのだから。
それを煩わしく思いながら索敵を続行。胸の感触なんぞ柊で慣れているのだ。今さらその程度でいちいち反応していられない。
そして発見――したのだが、まあこれは無視してもいいか。
「なんですか?」
「え、えーと、そうね」
斜め上を見て、何を言おうかと模索しているようだった。……ごまかすなら事前に何を言うか考えてから行動してくれよ。
ため息をひとつこぼす。
「そろそろ行きますか。早めに行って早すぎるってことはないでしょうから」
「う、うん、そうね!」
ほっと安堵の息をついた白波先輩を横目に立ち上がる。
行き先は、本日開園のテーマパークだ。




