第一章 (2)
「そういやほかの子供たちはどうしたんだ?」
学校への通学路で左隣を歩くアウルに訊ねる。
初対面でダークグレーのスーツだった彼女は、桃園高校の制服を身に着けている。
紺色のブレザーは胸元や腰付近にあるポケットが金色に近い黄色で縁取りされている。桃色のプリーツスカートからすらりと伸びた足。肌が見えるのはスカートとハイソックスの間だけだが、鍛えられているのがよくわかる肉付だった。
いわゆる絶対領域に思わず視線が釘付けになっていると、右隣より強烈な肘鉄を捩じ込まれた。
首を絞められた鶏のような悲鳴を上げる。
「お、お前……何しやがる……」
「先輩がアウルさんの腿にいやらしい視線を向けているので、つい」
「……っ!?」
顔を真っ赤にしたアウルが短めのスカートを伸ばして腿を隠してあとずさる。
「き、貴様は……!」
「はいはい悪かったよ」
眉を寄せて睨みあげてくるアウルに適当に謝っておく。
「それで子供たちはどうしたんだ?」
「……あまり迷惑をかけたくないからと、年長組が面倒を見ているよ。私は気にしなくていいと言ったんだがな」
「ふうん、そっか」
つい先日、俺はとある事件に関わることになったのだが、その際にニーナのほかにも子供たちを保護したのだ。
彼女たちも今は隣の家に住んでいる。
「しかしその方がいいだろうな。今のところ『組織』で保護しているが、いつまでも面倒をみているわけにもいかない。いつかは私たちから離れなければならない」
ニーナや子供たちは俺たちには懐いているが、科学者たちに受けた数々の仕打ちのせいで対人恐怖症のままだ。
冬道家に来るにしても一歩も外に出ないよう俺の部屋を経由している。
「つってもまだまだ先だろ」
「いやそうでもない。在学中はこちらに配属されているが、卒業後は向こうに帰る予定だ」
「あ? そうなのか。てっきりずっとこっちにいると思ってたんだけど」
「子供たちはいつまでもお前と一緒にいたいだろう。だが、今ここにいるだけでもかなりの無理を通している。『組織』で保護しているといっても自由度がそこまであるわけでもないんだ」
「まあ、そりゃあそうか」
俺だっていつまでも子供たちの面倒を見れるわけではない。
『組織』に所属しているわけでもないし、卒業を目途に離れ離れになるのだろう。
もしかしたら年長組はそれを理解しているのかもしれない。いつまでも俺たちに守ってもらえるわけではない、いつかは自立しなければならないと。
「いい傾向ではないですか。ですけど、ニーナはどうするんですか?」
「そこ、なんだよ……」
真宵後輩の指摘にアウルが唸る。
「ニーナは特に冬道に依存している。実は帰還したとき、ニーナが錯乱して暴れだしたんだ」
「はぁ!? なんでだよ」
「わからないか? ニーナにとってお前たちのそばだけが安心していられる空間なんだよ。私は一度敵対したこともあって、冬道と藍霧がいないとやや警戒ぎみなんだ」
「そんなふうに見えねぇけどな……」
俺が見た限りではニーナはアウルによく懐いているように見えた。少なくとも警戒する素振りはなかったし、自分から甘えに行っていたこともあった。
それが俺たちのいないところで錯乱したと言われて信じられなかった。
「ニーナは人の感情に敏感な子だからな。お前たちに心配をかけまいとしているのだろう」
「……ったく、変な気ィ遣いやがって」
俺は乱暴に鼻を鳴らして呟く。
数々の主の元を転々としていたニーナは、少しでも意にそぐわないことをしようものなら暴力を加えられる環境にいた。自分を守るため相手の感情を察知するのを反射的に行っているのだろう。
それがすぐに直るわけがない。
ようやく安心できる居場所を掴んだニーナは、今度は俺たちに見捨てられないよう必死になっているのだろう。
「冷たく突き放すわけにもいきませんからね。ニーナを自立させるのは、少々骨が折れそうですよ、先輩?」
「なんで最初っから俺に任せようとしてんだよ」
「そういうのは先輩の役目ではないですか」
「あのな……」
他力本願の真宵後輩だった。
溜め息をこぼして前髪を掻き混ぜる。
すると途端に真宵後輩が表情を曇らせた。
「……そうですね。私もできる限りのことはしなくてはなりませんね」
こいつはまだ気にしてんのかよ。
手刀を作り、真宵後輩に軽いチョップを喰らわせる。
「お前のせいでこうなったわけじゃねぇんだから、責任とか感じてんじゃねぇよ」
「ですが私がもっとしっかりいしていれば……」
「んなこと言ったら、俺が無理させたせいでお前の体、傷だらけになっちまっただろ」
「先輩にしか見せないからいいんですっ」
……俺にしか見せないってなんだよ。勘違いしちゃうだろ。
真宵後輩のことだから無意識なのだろうけど、ドキッとする発言は控えてほしい。
「あれからやはり左目は見えないのか?」
「まあな」
俺の左目の視力は、回復しきっていなかった力を強引に行使してしまったため、その代償として失われてしまっていた。幸いにして眼球に一切損傷はない。
真宵後輩が負い目に感じる必要はないのだが、ずっと自分を責め続けている。彼女も全身を内側から切り裂かれ、肌に傷を残してしまったというのにだ。
俺たちの会話の横でしゅんとする真宵後輩。
もう一度嘆息して、ぐしゃぐしゃと頭を撫で回してやる。
「あんましつこいと俺も怒るからな。いい加減にしとけよ?」
「……先輩に怒られたって、怖くもなんともありません。ですけどわかりました。先輩に怒られるのは癪ですから」
「おう。それでいい」
いつもの調子には程遠いが少しは元気になってくれたようだ。
とはいえ、異世界でもそうだったが自分がミスと判断したことを引き摺るのは真宵後輩の短所だ。
ニーナの依存のように、言ってすぐ直るものではない。このやりとりも実は何度目になるかわからかったりする。
どうしてこいつは、俺のことになるとそんなにムキになるのやら。
そんなことを思っていると校門が見えてきた。
下駄箱で靴を履き替えていつものように昼食をどこで食べるか話し合ってから、それぞれの教室に向かう。
今日も、ありふれた一日が始まる。




