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Re:氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
01〈勇者の帰還〉編
24/51

幕間 (1)〈花言葉〉

 

 ここ一週間で包帯の取り替えにも慣れたものだ。

 視界の半分を覆っていた白い布をとっ払い、新しい包帯を素早く巻き直していく。この異物感にはどうしても慣れそうにもないが、こうして塞いでおかないと血が流れてくるのだから、嫌でも我慢するしかあるまい。

 しかしなんだ。ただでさえ柄の悪い容姿なのに包帯まで追加されると、それに拍車がかかっている。


「おはよー兄ちゃん。すっかり不良だね」

「うっせ。言うんじゃねぇよ」


 洗面所に顔を出した妹にそう言い返してやる。


「てか兄ちゃん、なんでそんな大怪我してんの? 真宵さんも入院するくらいだいさ」

「だから車に轢かれたんだって。二人仲良く」


 ディクトリアの一件で負った怪我の数々は不注意で車に――ということにしている。

 学校でも真宵後輩が休んでいることで静かに騒ぎになっている。もっとも、そっちは俺が説明するまでもなく勝手に憶測が飛び交っているので下手に介入しないことしている。

 超能力でビルの壁を崩壊させ、電波塔を倒壊させた一連の出来事は表沙汰にできないことだ。しかもテロリスト騒ぎの最中での入院だ。勘の鋭い人間が結び付けないとは限らない。

 ついでに言うと教会の取り壊しも決まったらしい。あそこは『機械人形』の手術を施し、その子供たちを商品とする場所だった。『組織』が調査に入ったことで取り壊しに至ったのだ。


「……兄ちゃんはともかく、真宵さんが事故に遭うとは思えないんだけど」


 つみれがジト目で見上げてくる。


「俺はともかくってどういうことだよ。ひらりと躱してやるわ」

「轢かれてんじゃん」

「そうだった」


 自分で作った設定を突っ込まれて冷や汗を流す。

 つみれは俺に次いで真宵後輩と接点がある。おそらく俺の言ったことが嘘だとなんとなく悟っているのだろう。

 さすが俺の妹。勘の鋭さは一級品だ。……余計なところが似やがって。


「まあ、兄ちゃんが轢かれたって言うならそういうことにしといてあげるけど」


 それより、とつみれは持っていた包みを俺に突き出してきた。呆然として見ていると、早く取れと目線で訴えられる。

 わけがわからないままに受け取ると、口をへの字に曲げたまま、しかしどこか満足げに鼻を鳴らした。腰に手を当て、呆れたふうに、


「真宵さんにお弁当作ってもらえないからって、ここ一週間ずっとコンビニで済ませてたっしょ?」

「うっ……な、なんで知ってんだよ」


 ただでさえ家事はつみれに任せているから余計な負担はかけまいと黙っていたのに。


「兄ちゃんが行ってるとこって中学生もよく行くとこなの。包帯まみれの怖い人がずっといるって噂になってるんだから知らないわけないじゃん」

「ちょっと待て。お前は今のどこで俺だと断定しやがった?」

「言わなきゃわかんないの? ……とにかく、それが取れるまではあたしがお弁当作ってあげるから、それで我慢して」


 言われて手元に視線を落とす。どうやらつみれお手製のお弁当らしい。


「そりゃあ、真宵さんに比べたら美味しくないかもしれないけど」

「いいや。お前の飯は真宵後輩にも負けてねぇよ」


 真顔で返してやれば、つみれは恥ずかしそうに頬を染めた。


「そ、そっか。ありがと兄ちゃん」

「お礼を言わにゃならんのは俺の方だ。悪いな、わざわざ作ってもらって」

「あたしに分は毎朝作ってるんだから大して変わんないよ。ほんとうは今年から兄ちゃんのお弁当用意しようと思ってたし」

「そうだったのか?」

「真宵さんいるからその必要もなくなっちゃたけどね」


 困ったような表情をして時間を確認したつみれだったが転瞬、ぎょっとして目を見開いた。

 なんだろう、と俺も時計を見て理由を悟る。

 時計の針が遅刻を確定する時刻を今まさに指そうとしていたのだ。


「や、やばい。兄ちゃんものんびりしてないで急ぎなよ! あたしは先に行くから遅刻しないようにしてね!」


 言うやいなや玄関を飛び出していくつみれ。巻き上がった旋風で埃が舞い、咳がこみ上げてきた。

 二回三回と繰り返して落ち着いたところで、俺も学校に向かうべく玄関を出る。

 俺はぽっかりと穴の空いた日常を今日も過ごす。


     ***


 国語の授業は寝て過ごし、数学の授業は脇を通り過ぎた神経質な教師に何度も起こされたが無視していると構ってこなくなった。ほかの授業も寝るか無視するかしてやり過ごすのが、ここ一週間の俺だ。

 怪我をした理由も元の柄や口の悪さが影響してか喧嘩をしてこうなったことになっているらしい。隣の席の小動物系の女の子など俺が身じろぐたびに悲鳴を上げて怯えるものだから、ついには授業に顔を出さなくなった。

 俺がいるとクラスの空気も悪くなるだろうから、いない方があいつらもいいだろう。

 遠くに見える病院を見ながら、つみれの作ったお弁当を開ける。

 真宵後輩がいないだけでこうも生活態度が悪くなるのかと我ながら驚いている。意味もなく苛立ち、聞こえてくる耳障りな会話にはつい怒鳴りそうになった。

 お弁当を食べようとしたのとほぼ同時に、屋上のドアが開く軋んだ音が聞こえた。

 立ち入り禁止になってる屋上に誰が――と相手を見て、げんなりして嘆息した。


「人のこと見てため息とか失礼じゃねぇの?」


 男友達のような気軽さで話しかけてきた柊は、袋を片手に俺の近くまでやってくる。


「何しに来たんだよ」

「おい冬道、それも失礼だろ」


 肩をしたたかに殴られ、喉を通っていた白米が変なところに入っていった。反射的に咳き込んで持参していたお茶を一気に煽ると、半ギレで柊を睨み上げる。


「てめぇなにしやがるっ!」

「冬道が失礼な態度なのがわりぃんだろー。お、これ美味そうじゃん。一個もーらいっ」

「おい勝手に食うな!」


 俺の抗議もむなしく、つままれたおかずは柊の腹に収まってしまった。

 舌打ちを一つこぼすと柊を視界から外して昼食を再開する。食われたもんは仕方ねぇ。


「隣座るぜー」


 どっこいせ、と女の子にあるまじき掛け声で座った柊はスカートにも関わらずあぐらで袋のなかをあさり始めた。ここに来る前に購買で買ってきたらしいパンやらおにぎりが次々と出てくる。

 楽しそうに体を揺らす柊を鬱陶しく――は思わなかったが、少しやかましく思っていると、ちょうど空になった口に何かを突っ込まれた。

 驚いて噛みちぎってしまう。そのまま咀嚼して飲み下すと、


「さっきからなんなんだよお前はっ!」

「おかず貰ったからお返ししただけだろ。なに怒ってんだよ?」

「はっ、別に怒ってねぇよ」


 怒ってんじゃんの呟きは聞こえなかったことにする。


「それでどうだ? 一ヶ月に数個しか販売しない購買のおばちゃん特製、禁断の焼きそばパンの味は」

「あ? まあ、うめぇんじゃねぇか」


 息が詰まりかけて味の判別なんてできるかよ。

 柊は俺のぞんざいな返しが気に入らなかったらしく、眉間に皺を寄せている。


「あんだよ。せっかくあたしが気ィ利かせて食わせてやったってのに」

「誰もくれなんていってねぇよ。お前が勝手にやっただけじゃねぇか」

「かああぁぁ! なんでそう言うかなぁ!?」


 後頭部のちょんまげを振り乱して柊は絶叫する。


「んだようっせぇな。静かにしろよ」

「それだよそれ! ここ最近のお前すげぇおかしいじゃねぇか! 今日だってずっと無視してるしよぉ!」


 一気にヒートアッップと思えば、次の瞬間には鎮火していた。

 心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。


「なにかあったのか? ずっと寂しそうにしてさ」

「……そんなふうに見えんのはお前くらいだ」


 柊の核心に迫る一言に動揺してそう返してやれば、言質はとったとばかりにいやらしい笑みを口元に浮かべた。


「寂しいってのは否定しねぇんだな」

「ちっ……うっせぇな」

「はいまた出た『うっせぇな』! あたしと話してるだけで何回も言ってんだから相当な回数言ってんじゃねぇの?」


 にやにやと迫ってくる柊の顔面を鷲掴みにして押し返す。


「なんなんだってお前はよ。さっきからうっせ……ちっ」


 言いかけて柊の勝ち誇った笑みが視界に映って言葉を切る。

 くそ、なんだってんだよこいつは。関わってほしくないときに近づいてきやがって。


「それはいいとして、なんかあったのか? 怪我だらけだしさ」

「……何があったかなんてもう聞いてんだろ。わざわざ俺から言わせることねぇだろ」

「はぁ? あるに決まってんだろ。周りの連中は勝手に喧嘩だのなんだのって言ってるけど、あたしは違うって思ってるから」


 人懐っこい笑みで言われて、俺は参ったなと内心で呟く。

 

「怪我はちょっとテロリストの一件に巻き込まれただけだよ」

「ちょ、巻き込まれたって……!」


 大声で叫ぼうとした柊の口を塞ぎ、人差し指を立てて静かにしろとゼスチャーを送る。こくこくと縦に首を振ったのを見た俺は手を外す。


「あんまり言いふらすなよ。騒がれてもうる……鬱陶しいだけだ」

「くっ……わ、わかった。誰にも言わないようにする」

「笑うんじゃねぇよ」


 うるせぇと言おうとして中断したのがよほどツボに入ってしまったのか、こらえきれずに腹を抱えて笑い転げる彼女を冷めた目つきで見下ろした。


「それで?」

「あ? それでって、なんだよ」

「怪我した理由はわかったけど、寂しそうにしてるわけを聞いてねぇだろ」

「……それは別にいいだろ。お前には関係ねぇよ」

「あーあー、そういうのよくねぇと思うぜ? なんでもかんでも関係ないとか言うなよ。あたしまで寂しくなんじゃん」


 諭すように言われて俺は咥え箸で唸る。

 寂しそうにしていると言うが、まさにそうなのだ。

 真宵後輩と会えるのが放課後のわずかな時間だけ。

 出会ってからほぼ常に一緒にいたはずの少女がいないだけで心にぽっかり穴が空いてしまったようで、世界が灰色になってしまったようで。

 何をしてもどこにいても満たされない虚無感だけが胸中を渦巻いている。

 しかしそれを正直に言うのはあまりにも気が引けた。言ってしまえば俺が真宵後輩にどんな感情を抱いているか暴露するのと同じだ。からかわれるに決まってる。それはどうにも許容できない。


「ほんとう大したことじゃねぇんだって。ほら、あー……知り合いが入院してるから気になっちまってよ」

「ん? 入院……もしかして藍霧真宵のこと?」

「ま、まあ、そうだな」


 つっかえながらも言い切ると瞬く間に柊の視線が冷たくなっていく。

 予想外の反応に面食らってしまう。なんでそうなるんだよ?

 俺が内心でわずかに焦っていると柊が笑顔になった――が、目は笑っていない。わけもなく背筋に冷たいものを感じて戦慄する。


「へぇ、そっかそっか。冬道は藍霧真宵のことが気になってしょうがねぇのか」

「な、なんだよ。後輩のことが心配なのは別におかしいことじゃねぇだろ」


 言い訳する必要もないのについそうしてしまう。今の柊からはそうしなければならないような雰囲気があったのだ。


「いや、うん。構わねぇよ? 先輩として後輩の心配すんのは当然だよな」


 柊はそう言うと広げていた昼食を袋にしまって立ち上がった。


「そういやあたし、用事があったんだ。じゃあな冬道、その後輩に――よろしくな?」


 そう言い残して静かに屋上を出て行った。

 だがしばらくして校舎を軋ませるほどの振動が俺を襲った。

 これを起こしたのが柊ではないことを、俺は切に願った。



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